イアイアンが怪人を斬り付ける。どうやらその名の通り、居合を得意技としているようだ。目にもとまらぬ速さで動いたと思ったら、次の瞬間には怪人がばっさりと斬られていた。この様子では、心配しなくてもヒーローが勝つだろう。大きな瓦礫の陰に隠れていた名前はほっとして、それから唖然とした。ほぼ真っ二つに斬られていた怪人が、その切り口をぴったりと閉じ合せ、何事もなかったかのように元通りになったからだ。
 男も名前同様驚いていたようだったが、ヒーローだけあってすぐに順応した。恐らく、こうして復活する怪人とも何度も戦ったことがあるのではないだろうか。イアイアンは二回、三回と次々に居合斬りを怪人に浴びせてゆく。しかし、怪人はその都度驚くべきスピードで元通りになった。何だコイツ、もしかして不死身か?

 名前は自分自身を棚に上げながら、こんな化け物染みた回復力を持った奴が他にも居るんだなあと、半ば感心した。いや、驚異的な回復力を持っているから怪人なのだろうか。まああまり考え過ぎると居た堪れなくなるからやめておく。名前はまだ「人間」で居たかった。

 とにかく、この怪人が名前と同じように「不死身」であるならば、成す術がない。怪人が諦めるのを願うばかりだ。しかし仮に「不死身」でないならば、何かしらの弱点がある筈だった。生き返られる回数が決まっているとか、致命傷なら死ぬとか、実は賢者の石が核だとか、色々と。
 名前は空に浮かぶ巨大な飛行物体を見上げた。この怪人は、おそらくあの大きな岩のようなものと関係があるのだろう。遠近感がよく解らないが、直径一キロメートルはあるだろうか。岩が浮いているとばかり思っていたが、もしかするとあれは怪人の戦艦とか、そういう類かもしれない。今のところ、この不死身っぽい頭が五つある奴の他には、怪人は地上に降りてきていないようだった。
 後方を振り返ると、先程と同じようにビルが一つだけ聳え立っているのが見えた。現時点でヒーロー協会は無事だったが、あそこにはキングが居る筈なのだ。あの黒い建造物がいつまで持ち堪えるのかは解らない。すると、この怪人を始めとした例の飛行物体も何とかしなければならない。どうするべきかと、名前は回らぬ頭で考えた。

 取り敢えず、あの頭が五つある怪人をどうにかするのが先だろう。あの鎧のヒーローだって、体力は無尽蔵ではない。しかし、名前は今殆ど丸腰だ。一応小さなピストルを二丁持ってはいるが、あれだけの斬撃を食らって平然としている怪人に、効果があるとは思えない。
 名前は覗かせていた頭を引込めた。加戦するにもしようがない。むしろ、下手に名前が動き回れば、あのヒーローの邪魔をするだろう。勝手にそう解釈して、名前は頷いた。
 その直後、名前のすぐ真横を物凄い衝撃波が通り過ぎていった。あと数センチ左に居れば、危なかった。そりゃあ名前は不死身だが、死んだり生き返ったりするのは良い気分がしないし、無駄死にはできる限りしたくない。心臓をばくばくと言わせながら瓦礫から顔を出せば、今の衝撃波を放ったのはあの怪人だったようで、イアイアンの左腕が吹き飛ばされていた。やべえ。


「なんだ弱小種族かよ」
「こんなのしかいないのか」
「殺すの簡単」
「いいと思うよ」
「弱くても、油断、よくない」
 つまらなそうな口振りだった。どうやらあの五つの頭は、それぞれ違う思考回路を有しているようだ。
 気付けば怪人の五つの頭がぐいぐいと伸びていた。それから体も分裂し始める。どうやら頭部だけでなく、体自体も五つに分けることが可能らしい。プチプチと気味の悪い音を立てながら身体が等分されていき、一人だった怪人が五人に増えた。

 左腕を失ったイアイアンは、死んではいなかった。今のところ。
 普通、自分の腕がぶち切られれば、ショック死とかするもんじゃないのか。ヒーローというのは、精神力も並大抵のそれではないのかもしれない。自分の前に立ちはだかった名前を見て、イアイアンは「おい……!」と声を上げた。
「えーと……私のことなら心配しなくていいですから」注意を此方に引くように、五つに分かれた内の一体に撃ち込んだが、効果は少しも期待できそうになかった。銃創がみるみる内に塞がっていく。怪人が名前の存在に初めて気付いた。「お兄さんは止血を優先してください。それくらいの時間は稼ぎますから」
 銃を手にした名前を見て、全くの一般人ではないことを察したらしい。すまないと言ったその声にはいやが上にも苦痛が滲んでいて、早く何とかしなければと思う。名前には、この男を守り切る自信がなかった。

 名前は不死身だ。しかし、このヒーローは違う。

 名前は以前、ボディーガードとして雇われていた時期がある。そして、時間稼ぎは確かに本職だ。しかしこのヒーローは腕を失くし、ただでさえ危険な状態なのだ。怪人の攻撃を防ぐ防がない以前に、放っておいたら死んでしまう。彼が上手く逃げられるかどうか。
 こいつらは俺が殺しておくからと、一番右に立っていた怪人の一人が言った。どうやらこの怪人の役目は、地上の生き物の監視と、あの飛行物体の護衛らしい。ヒーロー協会本部を襲おうとしているようで、それはそれで困るなと、名前は両手に銃を構える。

 右手の怪人に続け様に二発撃ち込んだ。頭部に一つ、人間なら心臓がある位置に一つ。しかし、やはり少しの効果も見受けられなかった。瞬く間に傷が癒えてゆく。
「新しい兄弟ですかお父様。勘弁してください」名前の呟きは空へと消えた。

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