ただの人間には興味ありません

 可愛いしずえがついに私の物になるのか――名前は実に愉快な気持ちで、キングとA市を歩いていた。人垣が自然と割れていく件については、無視することにした。
 キングは結局、名前をヒーロー協会に行かせることは諦めたらしい。そしてメイド喫茶に入ってみたかったのも事実だったらしい。別にこの人、一人でもこういう店、余裕で入ってくんだけどな。そう思いながらも、名前もノリノリでメイドさんと戯れることができた。ついでだが、S級ヒーローとして召集を受けているのに、堂々とメイド喫茶に入って行く彼は実に王者然としていた。キングさんパネェ。
 まあ観光でもしていなよと、キングはヒーロー協会本部に向かいがてら名前にそう言った。どうも、他にも二人連れでないと行き辛い場所をリストアップしてあったらしい。頷きながら、これは俗に言うデートではないのかと思ったが、口には出さなかった。名前とキングはそういう関係ではないわけだし――。
 ヒーロー協会本部の手前で二人は別れた。黒く聳え立つヒーロー協会本部には窓がなく、陰気な施設だなあと、ぼんやり眺めながらそう思った。ヒーローの総本部というより、悪の組織のアジトのようだ。失礼なことを考えながら、名前はヒーロー協会を後にした。

 A市は大都市なだけあって、店や娯楽施設も充実している。しかし一人で行っても仕方がない。まあ適当に時間を潰すか、メイトでも行って。名前は適当に駅方面へ向かって歩いていた。そしてもちろん、空から降ってくる巨大なミサイルになど、少しも気が付かなかった。


 A市が瓦礫の山と成り果てるまでに、さほど時間は掛からなかった。
 コンクリートの破片に頭を抉られ、ようやく生き返って瓦礫の下から這い出た時には、周りの光景が様変わりしていた。名前は唖然としながら辺りを見回す。見渡す限りの焼野原だ。いや、そもそも周りを見渡せることがおかしい。ビジネス街と言ってもいいほどに、ビルが立ち並んでいた筈なのに――どうして地平線が見えるというのか。辺りには人っ子一人居らず、少々不安になった。
 後方にある、唯一壊れずに立っている黒いビルは、ヒーロー協会の本部だろうか。
「どういうことなの……」流れた血を拭いながら、小さく呟いた。

 呆然と立ち尽くしていた時、後方から声が掛かった。振り返れば、随分と時代錯誤な人が立っている。何だその鎧。何故だか見覚えのあるその人を見ながら、突然の出来事だったが生き残っている人間が居たのかと、名前はどこかほっとした。
 西洋の甲冑を身に纏ったその人は、彼の方を見た名前を見て、再び「大丈夫か?」と言葉を発した。一言目よりもその声が大きくなっているのは、血にまみれた名前の顔を見たからだろう。
「少し額を切っただけなので大丈夫です」名前が言った。それから深く追求されないように、急いで付け足す。「いったい、何が起こったんですか?」
「解らない。俺は宿に居たんだが、気が付いたらA市がこんな状態だったん――」
 男が言葉を区切った。ひどく驚いた様子で何かを見ている。名前も彼の視線の先を追い、目を見開いた。
 頭上に大きな物体が浮かんでいた。そう、「浮かんでいた」のだ。飛行機でもヘリコプターでもないそれは、大きな円の形をしていて、遠目からだと黒い岩のように見えた。いつだかのZ市での事件を思い出し、もしかすると隕石かもしれないとも思ったのだが、それにしては落ちてこない。
 あれは何なのだろうかと名前が思案していた時、突然腰のあたりに衝撃が走った。それからどさりと地面に降ろされる。例の鎧の男が名前を抱え、移動したのだ。

 二人が先程まで立っていた場所に、異様な何かが存在していた。頭が五つあり、身体付きこそ人間とよく似てはいたが、全く別の生き物だった。――怪人だ。
 この怪人が、A市をこんな風にしたんだろうか。
 怪人が押し潰したヘルメットを投げ捨てた時、名前の前に背を向けて立っていた男は、腰元へ手をやっていた。よくよく見てみれば、男は刀を提げている。「君は隠れて伏せていろ。すぐに終わらせる」
 その時になってようやく、名前はこの甲冑を身に纏った男が誰なのかを思い出した。A級二位のイアイアンだ。以前に会ったことがある、スーパーマーケットで。
 怪人がゆっくりと名前達の方を見る。
「そんな殺気に気付かぬと思うか?」


 全然気が付きませんでした。ごめんなさい――名前は脳内で謝った。

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