飴談義

 たまたま訪れたヒーロー協会本部で、真っ先に目に付いたのは言い合う男女、いや、言い合う女と子供だった。そして言い合うというか、むしろ言い争うと言った方が良いのかもしれない。どちらも黄金ボールの知る顔で、女の方はA級26位の名前、子供の方はS級ヒーローの童帝だ。
 微妙に知っている顔触れなのが、黄金ボールの嫌な予感を確かにする。関わらないようにしようと、彼らを無視して歩き出した。しかし、現実は非情だ。
「あーっ、黄金さん!」
 女の声が黄金ボールを呼び止めた。名前だった。彼らから見えない位置で大きく溜息をつき、二人の方へ向き直る。何だよと口にすれば、名前が手招きする。心なしか、童帝の方も期待顔で自分を見ている気がする。仕方なく、彼らの元へ向かう。


「何だよ」
 二人の所まで歩みよった黄金ボールは、嫌々ながら再びそう口にする。名前とはランクが近いこともあって、互いに顔見知り程度の仲だった。会えば挨拶くらいは交わすが、こうして呼び止められるような間柄では決してない。しかもS級ヒーロー付き、不穏な雰囲気付きだ。そしてもしかすると彼女とこうしてまともに口を利くのは初めてかもしれなかった。「黄金さんは棒と玉、どっちが好きですか?」

 一瞬、猥談かと思ってしまった。

 そして数秒後、彼女の話し相手がS級ヒーローとはいえ小学生だったと思い直す。
「――一体何の話だ?」
「飴の話ですよ、もちろん」
 アメと言われても解らなかった。そんな黄金ボールに、名前がキャンディのことですよと念押しした。ああ、飴か。
 するとあれか、この二人はたかが飴のことで言い争い、他のヒーローから遠巻きにされていたのだろうか。黄金ボールは半ば呆れ、そしてどうして自分が呼ばれたのかと内心で頭を抱えた。
「私は断然飴玉派なんですけど、童帝さんはどうしても棒付きだって譲らなくて」
「譲らないのは名前もでしょ。僕だけが頑固者みたいに言わないでよ」童帝が言った。「大体黄金さんも棒派だって、見れば解るじゃん」
 童帝の言葉で漸く自分が呼ばれた理由が解った。俺は確かに、この二人と同じように常日頃から飴を舐めている。トレードマークだと言っても過言ではない。
 どうやら名前は飴玉が好きで、童帝は棒付きの飴が好きらしい。そして、衝突した。子供の喧嘩のようだった。論争の観点が飴だということから、黄金ボールを自分の味方に引き入れようとしている事まで、全部。もちろん片方は本当に子供であるわけだが。まあ、罵り合いに発展していないだけマシなのだろうか。しかし天下の上位ヒーロー達が、たかだか飴のことで言い争っているとは。
 単純に格好付けて舐めているだけだと、言い出しにくい雰囲気だった。

「童帝さん、決め付けは良くないよ。お兄さんが飴工場で働いてて、棒付きばっかり家に溢れてるのかもしれないじゃない」
「名前は想像力豊かだよね」
 どう答えようか迷っている黄金ボールを置いておいて、二人が勝手に話し始めた。
「棒がついているとさ、確かに喋ったりする時に手に持てて便利かもしれないけど、転んだ時に危ないじゃない。下手をすると口に刺さっちゃうでしょう。やっぱり玉になってる方が安全だよ」
「それを言うなら、飴玉だって危ないよ? うっかりして喉に詰まることだってあるじゃんか」
「棒付きはごみがより多く出るよ」
「確かにそれはそうだけど、ちゃんと分別すれば問題ないよ。それより飴玉はさ、大きさが限られてくるじゃん。棒付きだともっと大きいのもできるよ」
 不毛な舌戦だ。こいつらはもしかして、お菓子会社の回し者だろうか。それともスポンサーに飴の製造業者が居るのか。有り得ない話ではない。
 あまり関わり合いになりたくないなあと、素直に思う。


 不意に名前の手が動いた。
「ほら、棒付きはこうやって盗られちゃうじゃない。やっぱり飴玉の方がよいよ」
 黄金ボールが咥えていた飴が、名前の口の中でかろりと音を立てる。呆気に取られていたが、童帝の「……盗る人なんて居ないでしょうが」という言葉で我に返った。名前は相変わらず飴玉が至高であると譲らず、納得し切れないとでもいうように、「そうかなあ」と呟く。
「というか黄金さん、飴、とっちゃってごめんね」
「ん……いや……」
 これあげる、と彼女一押しの飴玉を三個押し付けられた。それから名前は呼び出しが掛かり、またねと言って去って行った。

 隣から、憎々しげな視線を感じる。
「童帝、これやろうか」
「……いらないよ」
 黄金ボールは少しだけ頬を掻いた。飴玉では格好が付かないなあとそう思いながら。

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