ちょっと予想外のことが起きた。
「おまえ、舐められているんじゃないか」
「もしくはよほど嫌われているのだろうよ」
 静かに笑っている男が二人。そしてもう一人、無言を貫いている名前のトレーナー。
 三人とも、まったく同じ声だった。

 頭上で話される会話に聞き耳を立てる。というか、嫌でも耳に入ってきた(モノズの耳がどこにあるのかいまいち解らないが、あるにはある。多分)。何故なら、彼らが名前のことを話しているらしいからだ。ポケモンフーズに夢中になっている振りをしている名前は、決して頭を上げなかった。変に注目を浴びたくない。
 トレーナーの言うことを聞かない、名前のことを。
 名前のトレーナーは先程から何も喋らなかった。ひたすらに名前の背を撫ぜている。ただ、その撫で方はいくらか通常よりも乱暴で、心ここに非ずといった状態なのだろうと知れる。
「生後間もないポケモンが、指示を無視するなど有り得まい」
「お前の弱腰がうつったのだろう。やはり、お前ではなく私がゲーチス様から頂くべきだったのだ。私だったら、ちゃんとそいつに言うことを聞かせてみせる」
 おっと……今アレな名前が飛び出した気がしたぞ。

 名前は今まで、想像し得なかった様々な事象を受け入れてきた。朝起きたらモノズになっていたことだとか。大体にして、ポケモンになっていたことがおかしいのだ。なんかそんな小説なかったっけ? 朝起きたら人間じゃなくなっていました――。モノズになったことだって、見知らぬ男に介護(という名の世話)を受けていることだって、慣れた。というか受け入れた。受け入れざるを得なかった。
 しかし、ある一点においては全くの無視を貫いてきた。
 名前のトレーナーがプラズマ団員であるということだ。

 ゲーチス。プラズマ団を陰から操っていた、ポケモンBWにおいての悪の親玉キャラだ。スカウターみたいなのつけてる胡散臭い男。聞き間違いでなければ、その男の名前が聞こえた。しかも様付けだった。これで名前のトレーナーがプラズマ団団員であることが確定してしまったわけだ。
 まあ、「N」と会っただろう時点で、色々なフラグは立っていたのだ。しかし、この点においても受け入れざるを得ないようだ。覚悟を決めなければ。しかし悪役の手持ちかあ。やはり、どうせなら主人公側のトレーナーのポケモンになりたかった。モノズってほら、悪タイプも複合してるじゃん、ギーマのポケモンになりたい。イケメンの手持ちになりたい。あ、やべえ目は見えないんだった。
 名前のトレーナーがプラズマ団員だろうと、ぶっちゃけるとどうでも良い。ただバトルができなければそれでいいのだ。これからも名前はポケモンバトルを拒否し続ける。そのことについては何ら変わりはない。

 不意に横から手が伸びてきて、思わず叫びそうになった。
 モノズとしての体が、ひょいと抱き上げられる。
「ほら見ろ。私の方がこいつのトレーナーに向いている証ではないか?」
 目の前で喋んな。怖い。
 ふふん、と、どや顔をしているであろう、名前を抱え上げたトレーナー。声は同じだが、何か違う。これは名前のトレーナーではない。目が見えない分を他の感覚で補っているからだろうか、はっきりと解る。
 というか何故声が同じなんだ。もう少しで理解できそうな気がするのだが、何かが足りない。言われれば解ると思うんだけど。
 万歳をしているような姿勢だが、実のところ羞恥心は無い。恐怖心が恥ずかしさを遥かに上回っているからだ。
 我慢できなかった。
「っ――こいつ!」
 がぶり、と、名前は噛み付いた。


 まあぶっちゃけのところ、自分を抱え上げたのは誰なのか解っていたし、そもそもそ自分を害してきそうな気配はなかったので、わざわざ噛み付く理由もなかった。多分、噛み付かないでいようと思えばいられた筈だ。それでも噛み付いてしまったのは、まあ、何だ、名前は名前で自分のトレーナーのことを好いているからなのだろう。
例えプラズマ団団員だって。
「おまえ、よくやったなあ」
 二人の男が捨て台詞さながらの言葉を置いて去って行った後、名前のトレーナーが言った。珍しく、彼は笑っていた。くぐもった笑いだったが、笑っていたことには違いない。ぐわしぐわしと頭が揺れる。どうやら顔面から思いっきり噛み付いてしまったようで、口の中にまだ人間の髪の毛が残っていたが、名前は、これはこれで良いんじゃないかと思った。バトルさえなければ。

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