Now we dance

 名前は大広間の中を、カッカしながら歩いていた。怒った形相で、しかも凄いスピードで歩くので、皆に道を空けられるくらいだった。誰に肩がぶつかろうと、「おい!」と怒ったように言われようと、名前には気にしている余裕はなかった。妖女シスターズが明るくアップテンポな曲を演奏していたが、ひどく場違いに感じられた。
 壁際の、小腹が空いた時の為と置かれていた立食用の丸テーブルに、やっと緑色の巨大なローブ姿を見つけた。名前は気付けば、一目散に彼の元へと向かっていた。
「ビンス! ――ビンセント!」
 今までポークチョップやらミンスパイやらを馬鹿食いしていたクラッブは、名前の怒鳴り声のような大声に、驚いたように顔を上げた。名前は彼の周りに沢山のスリザリンの四年生が居た事には気が付いていたが、やはり気にしている余裕はなかった。
 クラッブはグレゴリー・ゴイルと一緒に、テーブルを占領していたが、周りに女の子は居なかった。どうやら結局、パートナーは見つけられなかったらしい。
「踊ろう! 踊りましょう! 踊ってよ!」
 クラッブは何故名前がいきり立っているのか訳が解らないようで、困惑していた。
「何だって……? 踊る?」
「そうよ! ダンスパーティでしょ! 踊る他に何をするっていうの!」
 名前がヒステリックに叫ぶので、流石のクラッブも周りの目を気にしたらしく、視線をあちこちに巡らせた。それがまた名前は癪に障り、彼の手を無理矢理取って、未だ踊り狂っている生徒達の方へと引っ張った。彼とは体格にも腕力にも大きく差があるので、クラッブはぴくりともしなかったが。
 ノットはどうしたんだ、とクラッブは言ったが、名前は無視した。
「俺は嫌だよ。ダンスなんて踊れないし、まだ食い足りない」
「何なの、それでも親友! ああもう、滅べスリザリン!」
 名前が禍々しく呪詛を吐き出すのを、クラッブは意外そうに見下ろしていた。
 周りのスリザリン生達は、何故ハッフルパフの名前・名字がクラッブの所に来て、ワアワアと喚き立てているのかと不思議そうに見ていたが、やはり名前は気にも留めなかった。ぶつぶつとスリザリンへの恨み言を呟いている名前は、クラッブがふと自分の後方へと目をやった事に気付かなかった。
「俺はダンスなんて無理だけど、ドラコは得意だぜ」
 いきなり名指しされたマルフォイは、ぎょっとしてクラッブを見て、それから名前を見た。何故彼が名を呼ばれた事に気が付いたかと言えば、名前が喚き立てているのが気に掛かったからのようだ。どうも、ずっとこちらを窺っていたらしい。名前はバッと振り向き、彼を見た。マルフォイのグレーの瞳と目が合った。すぐさま名前はクラッブの元を離れ、彼の手を無理やりひっ掴み、ダンスホールの方へと歩き出した。
 彼の隣に居たパンジー・パーキンソンは、唖然としながらぱくぱくと口を動かしていたのだが、マルフォイが何の抵抗もせずに引っ張られているのを見ると、「ちょっと!」と怒鳴った(後から知った事だが、彼女はマルフォイのパートナーだったらしい。それは怒るだろう)。しかし名前の勢いが凄まじく、マルフォイが引かれるままに歩いた事もあって、パーキンソンはそれ以上何も手出しできなかった。


 名前はそれから、真夜中にパーティがお開きになるまで、ずっとマルフォイと共に狂ったように踊り続けていた。マナーも何もあったもんじゃない。髪を振り乱しショールがずれるのも気にせず、名前は気の向くままに踊り狂った。周りに誰が居るのかすら、今の名前には全く解らなかった。マルフォイは一言も口を利かずに、ただ名前の好きにさせていた。
 タンゴに、ワルツに、チークダンス。曲もダンスも網羅する程に、名前とマルフォイはずっと手を取り足を取り肩を取り踊っていた。最後の方では何度か彼の足を踏んでしまっていたのだが、やはりマルフォイは何も言わなかった。
 名前は全くの無心で体を動かしていた。最後の曲が終わって盛大な拍手が沸き起こった時、やっと我を取り戻したくらいだった。
 半テンポ遅れて名前も拍手をしたが、上がりきった息を整わせるのは至難の業だった。折角ルームメイト達にしてもらった化粧も、滝のように流れた汗で落ちてしまっているだろう。お辞儀している妖女シスターズの方を向いたまま、チラリと視線を動かすと、マルフォイも微かにだが息を切らしていた。彼のプラチナブロンドが、汗に濡れてきらきらと光っていた。

 それから先のことは、名前はあまり覚えていなかった。大広間から出ようとする生徒達の波に従い、名前はマルフォイの隣を歩き、それから玄関ホールで別れた筈だ。何か言ったかもしれないし、言わなかったかもしれないし、もしかしたら言われたかもしれなかった。おやすみとか何とか。しかしそれすら覚えていなかった。
 寮に戻った名前は、ドレスをさっさと脱ぎ捨て、一瞬でシャワーを浴び、それから瞬く間に着替えてベッドに横になった。ハンナ達が「何故マルフォイと踊っていたのか」と聞いていたようだったが、名前には丁寧に相手をする余裕はなかった。体中がくたくたで、ベッドに入った瞬間名前は寝入っていた。
 翌朝名前が目を覚ましたのは、到底朝と言える時間ではなかった。しかし他の生徒達も同じようなもので、名前は隣のベッドで未だハンナが眠っていた事に驚いた。
 遅い朝食、もしくは早い昼食を、名前はハンナと一緒に食べた。彼女は昨夜と同じように、何故マルフォイと踊っていたのかと知りたがった。ハンナが言うには、名前とマルフォイという異色の組み合わせを、何人もが不思議そうに見ていたらしい。名前は何度か彼女の近くで踊っていた事も、ハンナが言ったように他の生徒達から見られていた事も、全く気が付かなかった。
 名前は「ちょっとね」と誤魔化すだけで、本当の事は言わなかった。
 名前がちょっとした隠し事をするのは、よくある事だった。しかしこの時は、自分に都合が悪いからでも、ハンナに内緒にしておきたいからでもなく、本当に誰にも何も言いたくないからだった。だから何も言わなかったのだった。ハンナは別段不思議がらず、いつもの『ちょっとした隠し事』だと思ったようで、その事についてそれ以上言及したりしなかった。
 どうやらマルフォイと踊っていたのを沢山の生徒に注目されていたというのは本当だったようで、名前は女友達から何人も「何故マルフォイと?」と尋ねられた。しかしそれだけで、特に何かがあるわけでも何でもなかった。これがクラムだったりすれば、彼のファンの女の子達から呪いのかかった手紙が届いたかもしれないが。ただ、名前はこの時から、パーキンソンに目の敵にされるようになった。

 いつの間にか十二月が終わり、一月も矢のようなスピードで過ぎていった。名前は膨大な宿題にうんうん唸るようになり、ハンナやスーザンにレポートを見せてくれと頭を下げて回るようになった。もっとも、彼女達の答えは決まってノーだが。
 ダンスパーティが終わったので、名前は以前の生活に戻っていた。三階の陰気くさいマートルのトイレに籠もる事もなくなったし、四六時中ハンナと行動を共にする事もなくなった。名前は廊下を歩く時も本を読む時も、大抵は一人で居たが、ただ、ノットにだけは偶然会ったりしないよう気を付けていた。
 名前はもう、ノットと口を利きたくなかった。顔すら見たくない。何も言わず何も聞かず、無理矢理キスをしてくるだなんて。あっちはどうだか知らない(というより聞かなかった)が、名前の方は彼の事を友達としか思っていなかったのだ。名前は何分、普段からフィルチや質の悪いスネイプなんかと会わないように過ごす事は得意だったので、彼と顔を合わさないようにするのはそれほど大変な事ではなかった。
 帰省していた生徒達が続々とホグワーツに帰ってきだした一月のある朝、名前は一人で長テーブルに座り、ポリッジを食べながら魔法史のレポートを広げていた。ザカリアスになんと馬鹿にされようと、ハンナやスーザンが手伝ってくれない限り、形振りは構っていられない。誘惑してくるものが沢山ある談話室より、一人きりで大広間に座っている方が格段にはかどるような気がした。もしかすると、心優しい上級生が手伝ってくれるかもしれないし。談話室ではそれもハンナに阻害されるのだ。名前を思ってのことだとは解っているが、だからといって煩わしくないわけではない。
 テーマが小鬼の反乱についてなので、いつもよりは早いスピードで羊皮紙を埋めながら、名前は日刊予言者新聞を受け取った。新聞を運んできた森フクロウは、スプーンをくわえながらレポートを書いている名前を見て、咎めるような視線を寄越したが、名前が二クヌートを脚にくくりつけられた皮袋に入れてやると、もう用はないとばかり飛び立っていった。
 名前はゴブリンの反乱についてのレポートを一時中断し、ポリッジを掬いながら何の気なしに予言者をめくった。ずっとバグショットの魔法史と向き合っていたのだから、ちょっとくらいクロスワードパズルにうつつを抜かしたって良いんじゃないかと思ったのだ。
 数秒後、名前は口に含んだばかりのポリッジをブッと噴き出した。ゲホゲホと咽せ返り、周りの生徒達が何事かと名前を見遣るが、名前は気にしてはいられなかった。名前は夢中になってその記事を読んだ。


 名前は記事を読み終わり、二度読み返した後、それからすっかり冷えきってしまったポリッジの残りを掬い取って食べ、ごくごくとかぼちゃジュースを飲み、忘れ去られていた書きかけの羊皮紙をくるくると丸め、羽ペンやら『魔法史』やらを適当に鞄に詰め込むと、すっくと立ち上がって大広間を後にした。

[ 665/832 ]

[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -