ヤドリギは実らない

 名前達はその後、三曲ほど続けて踊った。名前は踊り続けるつもりなどなかったのだが、気が付いたら四曲目に突入していた、そんな具合だった。額に脂汗を流し始めた名前に気が付いたノットが、「少し休憩しようか」と、踊る生徒達の群れから慌てて連れ出してくれた。
 名前はスプラウト先生がムーディ先生と踊っている脇を通り抜けながら(先程のシニストラ先生もそうだったが、どうも先生は自分の足元ばかりを気にしていた。もっとも名前だって、木製の義足になど踏まれたくなんかないが)、壁際に置かれている椅子に腰掛けた。
「疲れていたのなら、言ってくれて良かったのに」
 ノットはそう言って、眉を下げた。
「んー……楽しそうだったから、悪いかなって」
 未だに肩で息をしながら、名前はにこっと微笑んだ。ノットは耳元を赤くして、「あー……じゃあ僕、何か飲み物を取ってくる」と言い残して人混みの中へと消えていった。ノットが消えたすぐ後に、セドリックが現れたので、名前は少しだけ驚いた。彼の隣には、勿論レイブンクローのシーカーが居る。
「やあ、名前。その……ほら、もし一人なら踊らないか? チョウは――あ、彼女、チョウ・チャンっていうんだけど――踊り疲れたっていうし、その休憩がてら……どうかな?」
 名前は、チョウ・チャンの方を見た。アジア系の顔立ちをした彼女は、名前と目が合うと「ぜひ行ってきて」とでも言うように、にっこりと微笑んだ。エキゾチックな赤いドレスが、チョウによく似合っていた。
 名前がどう答えようかと迷っていると、バタービールのグラスを持ったノットが帰ってきて、名前とセドリック達をちらちらと見比べた。
 セドリックは彼を見ると、残念そうに苦笑し、「じゃあまた」と名前に微笑んで、チョウと一緒にどこかへ行ってしまった。ノットはその後ろ姿を不思議そうに見ていたが、やがて名前の方を見て、「仲が良いのか?」と尋ねた。名前が曖昧に微笑むと、ノットはやがて一人納得したように頷き、名前にバタービールを差し出すと、隣の椅子に座った。
 名前はひんやりと冷やされたバタービールを飲みながら、黙って大広間を眺めた。
 大勢の生徒達の間を、まるで縫うようにしてバグマン氏が歩いているのが目に付いた。その素早さときたら、誰かと競歩でもしているのかという程だ。そんな彼の後を、何故だかフレッドとジョージが追い掛けている。二人とも、ダンスのパートナーを連れていなかった。パーティーだというのに彼らは陽気さの欠片もない真面目な表情で、名前は少し驚いた。双子がバグマン氏に何の用があるのか、見当が付かない事も確かだ。一人で踊っているルーナ・ラブグッドも見つけたが、あれは無視だ(ちなみに、やはり彼女独特の奇抜なドレスローブだった)。
「外に出てみないか?」ノットが言った。「人に酔ったんだろう?」
 名前はちょっとだけ目を丸くして、彼を見た。確かに名前は、踊り疲れたというよりは、生徒達の興奮に尻込みしてしまったと言う方が的確だった。ノットに『人混みが嫌いなのだ』と言った覚えは無かったので、名前は少しの間黙っていたのだが、やがて頷いた。

 玄関ホールに出ると、途端に何かから解放されたようだった。おそらく、大広間には生徒達の熱気が充満しているのだ。玄関の扉は開け放たれたままだったので、少々肌寒いぐらいだった。名前はシリウスにもらったショールをしっかりと巻き付け、ノットと一緒に玄関の樫の扉をくぐり抜けた。
 途端に妖精がきらきら瞬く光が目に飛び込んできて、名前は自分の胸が高揚したのが解った。
 玄関を出れば広がるのは校庭の筈だったが、今夜はそうではなかった。目の前には、特別にあしらえられたバラの園が広がっていた。十二月だというのに美しく花を咲かせ、何十匹もの妖精が辺りを飛んでいて、とても幻想的な光景だった。バラの茂みがくねくねといくつもの道を作っており、その所々に彫刻が施された石のベンチが置かれていた。
「わあ……っ」
 名前は思わず駆け足になって階段を駆け下り、近くのバラの茂みまで走った。妖精達はふわふわと飛んだままだったが、名前がドレスを翻して走ってやってくるのを見て、クスクスと笑い転げた。名前は彼らに馬鹿にされた事など少しも気にせず、何度も「すっごい」と呟いた。後からゆっくり歩いてきたノットも、名前の喜びようがおかしかったのだろう、小さく笑っていた。
「すごいよ、こんなに妖精が居る」
 名前がそう言って、熱心に見遣るのを見て、ノットは更に笑った。
「もう少しバラの方も見てやりなよ。校長だって、そっちがメインだって言うだろうさ」
 確かに、数々のバラは美しかった。城の中のパーティーなど意に介さず、これでもかと咲き誇っている。しかしそんな美しい花々より、自意識過剰な妖精達の方が、名前にはよっぽど魅力的だった。
 名前は妖精達の織りなす光の数々を、惚れ惚れしながら眺めていたのだが、やがて外に出ているのが自分達だけではない事に気が付いた。風に乗ってどこからか話し声が聞こえてきたし、大広間から漏れる微かな光からでも、少し向こうの方で誰かが動くのは判断できた。
「もうちょっと歩いてみようか?」ノットがそう切り出したので、名前も頷いた。

 二人は黙ってバラの小道を歩いた。いざ二人きりになってみると、名前はノットと何を話せば良いのか解らなかった。元から仲が良いわけでもなかったし、名前は何故彼が自分をダンスに誘ったのかも未だに解らないくらいだったのだから当然だろう。名前とノットの接点と言えば、図書室でよく会う事と、二人とも古代ルーン文字学が好きだというくらいじゃないだろうか。
 バラの間を歩いていると、不意に大理石の彫像が目の前に現れた。どうやらサンタとトナカイを模したものらしく、名前はこれを学校の先生の誰かが作ったものなのかと真剣に考えた。
「可愛い」
「……可愛い?」
 ノットが不思議そうに聞き返した。
 その時不意に、近くの茂みでガサゴソと音がして、二人は小さく飛び上がった。しかし次第にその音は小さくなり、やがて何も聞こえなくなった。名前が首を傾げていると、変に顔を赤くしたノットが、「お取り込み中みたいだ」とボソリと呟いた。名前とノットは身長が違うから、見えている景色が違うのだ。思わず想像してしまって、名前はこっそり赤面した。
「――……名前」ノットが静かな声で言った。
「何?」
 名前は彼を見上げたが、彫像の影に居るせいか、彼の表情は解らなかった。

 ふと唇に何かが触れ、名前は体が硬直した。
 唇に当たっている何かがノットのそれであると気が付いた時、名前は一瞬頭の中が真っ白になった。ノットにキスされていた。な、と言ったつもりだったが声にはなっておらず、ただ吐息だけが漏れた。名前が何の抵抗できなかったのを良いことに、ノットは名前の背中側にゆっくりと手を回した。薄いドレスローブ越しに、彼の手の感触が感じられた。
 その手が徐々に下へ降りていくので、名前は体中に鳥肌が立った。
「名前……――」
 ごく近い所から掠れたノットの声が聞こえてきても、名前は動けなかった。無理にでも抵抗すれば、振り解けない事はない筈だ。熱を孕んだ鋭い眼差しに、名前は射抜かれていたのだ。
 ノットがもう一度口付けようとした時、二人のすぐ近くから別の人間の声がした。
「ノット! そこで何をしている!」スネイプだった。「スリザリンとハッフルパフから十点減点! とっととパーティーに戻りたまえ!」
 名前とノットは二人揃ってびくりと飛び上がり、その瞬間、名前は駆け出した。慣れないヒールが足に食い込む事も厭わずに、一目散に城の入口を目指した。一歩遅れて、ノットも同じように走ってきた。
「待って、待ってくれ!」玄関ホールに入った時、ノットがそう言うのが聞こえた。
 名前は無視し、溜まっている生徒達の間を早足で歩き続けた。
 ガッと腕を掴まれ、名前は無理矢理ノットの方を向かされた。
「お願いだ、話を聞いてくれ――」
「手を離して!」
 名前がきつくそう言い放つと、ノットは思わずといった調子で、掴んでいた右手をパッと離した。名前は自分の頬が紅潮しているのは解っていた。しかしそれは、照れているわけでも走って血の動きが活発になっているわけでもない。二人のただならぬ様子に、玄関ホールに居た生徒達が何だ何だと名前達の方を見た。
「名前、頼むから話を聞いて」
「気安く名前なんて呼ばないで」

 名前は何よりも、自分に腹が立っていた。
 ――こんな男に、一度でも胸をときめかせたなんて!
「名前、聞いてくれ、僕は君の事が――」
 ノットが何を言おうとしたか、名前は聞かなかった。
 彼が言いきる前に、その頬をバシッと叩いたからだ。ノットは呆気に取られ、名前を驚いた目で見詰めていた。静まり返った玄関ホールの中、名前の言葉だけが響いた。
「最っ低」
 名前はそのまま彼に背を向け、唖然としている野次馬達に睨みを利かせ、ノットを置き去りにして、興奮と熱気で包まれている大広間へと戻った。大扉が閉まるまで、生徒達のひそひそ声が聞こえていたが、名前はまったく無視したし、結局、ノットは追い掛けてこなかった。

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