屋敷しもべ妖精のウィンキー

 ついに、今年最後の授業が終わった。名前達は魔法薬学が最終の授業で、勿論スネイプ先生は「良いクリスマスを」だとか一言も言わなかったし、生徒達だって授業中にその事を口にしたりはしなかった。みんな、気味が悪いほど静かに薬学の授業を受けた。スネイプがネチネチと解毒剤のテストの出来を槍玉に挙げて嫌味を言っても、それほどダメージは受けなかったし、やはり皆黙り込んだまま熱心に大鍋を掻き回した。確かにスネイプ先生は授業中の私語を窘める権利は持っていたが、授業後、廊下で起こる「クリスマス万歳!」という歓声を止める手立ては生憎と有していなかった。
 終業のベルが鳴り響き、ハッフルパフとレイブンクローの四年生達はワッと廊下に駆け出し、そこら中で「クリスマスおめでとう!」と叫び合った。ミセス・ノリスが不愉快そうに髭をひくひくとさせて生徒達を見ていたが、みんな気にしなかった。

 次の日からクリスマス休暇が始まったが、城の中は恐ろしいほどの騒がしさに包まれていた。四年生以上の生徒は殆ど残っていたようで、名前は休暇になってもハンナと一緒に行動していなければならなかった。名前はホグワーツに残る生徒が書き込む羊皮紙に、ずらっと名前が並んでいた事は知っていたが、ハッフルパフ以外の寮の生徒も同じような有様だったらしいと理解できたのは、実際に休暇に入ってからだった。
 生徒が大勢学校に残っている事もそうだが、やはり今年のクリスマスは何かが違った。城の中は徹底的に掃除され、あちこちにリースやヤドリギのモニュメントが飾られていて(名前はその付近になると、セドリックがあからさまに早足になる事に気が付いていた。彼は代表選手に選ばれてからというもの、以前にも増して女の子からモテるようになっていた。女の子達にキャーキャーされながら、サインをねだられているのも名前は目撃した事があった)、ホグワーツじゃないみたいだった。
 図書室の本棚一つ一つにも、クリスマスの飾りが付けられていた。余程見栄を張りたいらしい。
 シリウスと何度かアニメーガスについて話し合ってからというもの、名前は以前よりも図書室に通うようになっていた。禁じられた森には殆ど足を運ばなくなっていたし、スクリュートに会いに行くのも本当に観察日記の当番の時だけだ。その当番も生徒達からのあまりの苦情により、ハグリッドは二週間ほど前に取り止めていた。この日も、厨房へ行き梟小屋に赴いてから、名前は図書室に来ていた。
 ハンナやスーザンは談話室で宿題の真っ最中だったので、名前は一人だけだった。だからこそこうして少しでもアニメーガスになる為の手掛かりを探しに来られるのだが。法律破りの件でコソコソしている時に、「ダンスに行かないか」なんて声を掛けられる事は勘弁して欲しかったので、名前は棚と棚の間を歩きながら、誰か知り合いは居ないだろうかと探していた。もう少し奥に行けば、セオドール・ノットが一人黙々と本を読んでいるだろうという事は解っていたのだが、ここ最近名前は彼と会うのが何だか気恥ずかしく、進んで彼の元へ行こうとは思わなかった。ノットとはダンスに誘われた時以来、ルーン文字学の教室で顔を合わせた時に挨拶するくらいで、まともに会話すらしていなかった。彼の方は名前と話したいと思っているかもしれないが、それはそれ、これはこれだ。
 他に誰も居なければノットの隣に行く他仕方ないな、と名前は思っていたが、本棚の隙間からハーマイオニーを見つけたので、その必要はなくなった。彼女は机に突っ伏すようにして、『クィディッチ今昔』を読んでいた。
「クィディッチなら教えてあげようか?」
 名前がそう声を掛けると、ハーマイオニーは目に見えて飛び上がった。何故か顔を赤らめ、ぱくぱくと口を動かしている。名前はにっこりして、彼女の向かい側に腰を下ろした。ハーマイオニーはその事に対して何も言わなかったし、名前が授業とは全然関係ないような変身術の本を持っていても少しも気にしなかった。
「ね、ハーマイオニーは誰とダンスに行くの?」
「だ、誰って……そういう名前は、誰かと一緒に行くの?」
「セオドール・ノット」名前は事も無げにそう答えた。
「スリザリンの同級生だけど……ね、それで?」
 ハーマイオニーは暫くの間、黙っていた。しかし名前がにやにやしているのを見て、心を固めたらしい。
「ビ、ビクトール・クラムと行くの」
「凄い!」名前がキャーキャー騒いでみせると、ハーマイオニーはあたふたしながら、口元に手をやって、静かにするようにと頼んだ。
「ハーマイオニー、注目の的だよ! だってあのクラムなんだから!」
「名前、名前、お願いだから、誰にも言わないで。恥ずかしいわ」
「恥ずかしい?」名前は聞き咎めた。「それってクラムと踊るのが嫌って事?」
 ハーマイオニーは驚いて、急いで首を横に振った。
「ちが、違うわ、そういうんじゃなくって……ええそうよ、だってそうじゃない。私なんてただ本に齧り付いてるだけで、髪もボサボサ、全然女の子らしくなんかないのよ。みんなが私の事、『知ったかぶり』って言ってるのだって知ってるし……私がクラムと踊るなんて言ったら、みんな馬鹿にするに決まってるんだもの」
「ハーマイオニー」名前は優しく言った。「別に、女の子らしくなくたってクラムは気にしてないよ。だからこそ、ごまんと居る女の子の中からハーマイオニーを選んだんでしょ? 彼、すっごく見る目あるよ」
「でもハーマイオニーが言わないで欲しいっていうなら、あたしは絶対言わない。オッケー?」
 名前がにっこりすると、やっとハーマイオニーは小さく笑みを見せた。

 クラムと話が合う気がしないから、こうしてクィディッチの本を読んでいるのだとハーマイオニーは言った。名前もそうだろうと思ったので、頷いて返した。二人はそれから暫くの間、クリスマスのダンスパーティーについて話していたが(勿論、マダム・ピンスに怒られないよう小さな声でだ)、思い出したようにハーマイオニーが言った。
「そうだ名前、厨房にウィンキーが居るの」
「ウィンキー?」名前は鸚鵡返しをした。「――って誰だっけ?」
 ハーマイオニーはワールドカップの時に偶々森で居合わせた、あのクラウチ氏の屋敷しもべ妖精だと説明した。名前は彼女と違い、ウィンキーと直接顔を合わせたわけではなかったので、思い出すのに暫く時間が掛かったが、やがて「ああ」と言った。
「クラウチさんが解雇したとかいう?」
「そうよ」ハーマイオニーは頷いた。
 クラウチ氏に洋服を貰ってしまったウィンキーは、今はホグワーツに勤めていて、厨房に居るのだという。しかしクラウチ家の事を思い、泣き暮らし、バタービールに溺れて生活しているのだそうだ。
 名前は解雇された屋敷しもべ妖精が偶然ホグワーツにやってきたという事に関して、ハーマイオニーほど違和感を覚えなかった。ホグワーツはイギリスで一番と言って良いほど、沢山の屋敷しもべ妖精が居る。普通、例えこのくらいの規模の城であっても、せいぜい三十人いれば事足りるのに、だ。生徒達が次から次へと仕事を増やすのに加え、より良い学びの場にする為と、大勢の屋敷しもべ妖精が働いている。
 名前はハーマイオニーが、ウィンキーが何故泣いているのか解らない、そう言っているように感じた。


 名前としては、一人の屋敷しもべ妖精が泣いていようと笑っていようと、喚いていようとどうだって良いと思っていたのだが、ハーマイオニーが秘密を打ち明けるように「どうしたら良いのかしら」と言ったのが印象に残り、寮に戻る前にもう一度厨房へ行ってみようという気になった。
 厨房の入口である果物の絵、その絵の洋なしを、名前は人差し指ですりすりと擦った。すると、途端に洋なしはクスクスと笑い声を上げ、身を捩るようにグラグラと動き始める。パッと扉が現れ、厨房に入ると、名前はすぐさま五、六人の屋敷しもべ妖精に囲まれた。
「お嬢様、いかがなさったので?」
「もうお腹がお空きになられましたか?」
「また沢山お詰め致しますか?」
 屋敷しもべ妖精達は口々にそう言った。
 名前は去年から、どうも彼らに大食いだと認識されているらしいと気が付いていた。しかし何十人も居るしもべ妖精達に一人一人訂正して回る気にはなれなかったし、彼らに誤解されたところでそれほど不便な事は、今の所なかった。
「アー……別にそういうんじゃないんだけど、そうだな……ちょっと小腹が空いちゃって。何か軽い物をお願いできるかな? あ、でも、夕食も沢山食べたいから、ほんのちょっぴりで良いんだけど」
 妖精達はキーキー声で「お任せ下さいませ!」と返事をし、名前を脇にある小さなテーブルの方へと促し(どうやら、過去の生徒が持ち込んだ品のようだ)、ティーポットやティースタンド等々持ってきて用意をし始めた。名前一人の為に随分と本格的だった。何でもきっちりと仕事をこなすのが、彼らの誇りであるようだ。
 名前は小さな椅子に腰掛けると、紅茶を飲み、クリーム付きスコーンをちょっとだけ摘んだ。
 ほっと一息ついた頃も、まだ一人の屋敷しもべ妖精が給仕をしてくれていた。ホグワーツの屋敷しもべは、何から何まで完璧なのだ。名前は夕食の準備にあくせくと働く妖精達を見ながら、その屋敷しもべ妖精にそっと尋ねた。
「あのね、あたしウィンキーって子に会いたいんだけど、今大丈夫かな?」
「ウィンキー……でございますか?」
 名前には、すぐ脇にいるしもべ妖精が、「何故ウィンキーの事を知っているのだろう」と思っている事が手に取るように解った。一生徒が働いている屋敷しもべ妖精の名前など、知っている筈がないのだ。しかし不思議に思っただろうに、その屋敷しもべ妖精は「此方でございます」と名前をウィンキーの所まで案内した。

 厨房の奥まった所にいた若い屋敷しもべ妖精は、確かにウィンキーだった。彼女の周りにはゴロゴロとバタービールの空き瓶が転がっていて、ウィンキーの顔は泣き疲れた後のようだった。遠目から見ても、しゃくりを上げているのがよく解った。彼女、いつもあんな感じなの?と名前が尋ねると、案内してくれた屋敷しもべはこっくりと頷いた。
「ウィンキーめとお話しになりますか?」
「あー……まあ良いわ、ありがと」
 『ありがとう』の言葉を受けて、その屋敷しもべ妖精は感激のあまり卒倒しそうになった。名前は彼が正気を取り戻すまで暫く待たなければならなかった。やがて、元通りになったその屋敷しもべ妖精に、名前はゆっくりと尋ねた。
「ねえ、ホグワーツで働いてるのって楽しい?」
「勿論でございます」屋敷しもべは言った。「このお城ほど、働き甲斐のあるお屋敷はございません」

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