方法は多種多様

 闇祓い、闇祓いねえ――名前はムーディに言われてから、時々考えるようになった。
 ムーディ先生はあの後、わしはそう思うとか何とか、ごにょごにょと歯切れの悪い言い方をして、ディゴリーはあの卵の謎を解いただろうかと出し抜けに言った。急に話を換えられたので驚いたのだが、それからムーディが語るおどろおどろしい想像を黙って聞いていた。第一の課題がドラゴンだったのだから、次はキメラを屈服させなければならないだとか、今までの三大対抗試合は必ずと言って良いほど死傷者が出たので、今度も安心はできないだとか。他の人が聞けば、これを被害妄想だと言うのだろう。
「あの卵って……」名前が言った。「水中人ですよね?」
 ムーディの魔法の目がピクリと痙攣し、やがてその引きつった口元がニヤリと吊り上った。

 ブラックが名前の調べた紙の束を読んでいる横で、名前はぼーっと自分が闇祓いになったらどうなるだろうと考えていた。バックビークの羽毛に埋もれ、他愛のない想像をしているのはとても良い気持ちだった。ヒッポグリフが鶏の死体を食い漁っているのだって、名前は平気だ。しかしやはり、どうせなら呪文で傷だらけになるより、鉤爪やら牙やらで傷だらけになりたかった。
「凄いな……本当にこれを一人で?」ブラックが尋ねた。
 名前が頷くと、彼はもう一度、「凄いな」と呟いた。
 日曜日、名前は隻眼の魔女像の抜け道を通ってホグズミードに来て、村から外れた所の、岩だらけの洞窟に居るブラックの元へとやってきていた。アニメーガスになる為の、教えを請いに来たのだ。ブラックと約束を交わしてから、名前は彼の所を定期的に訪れる事に決めていた。ホグズミード休暇よりも短い期間での定期的だ。勿論その際には、ちゃんと手土産を持っていく(無論、食料だ。洞窟に小動物の骨が積み上げられているのを見るに、彼らは本当に鼠やら何やらを手当たり次第食べているらしい)。
 洞窟へとやってきた名前が、小振りのバスケットを振って見せると、彼は飛び付かんばかりに喜んだ。誠意を表そうというつもりなのか、ブラックはすぐさま食べ物を受け取る事はせず、まずは名前が差し出した羊皮紙の束に目を通した。名前が調べた、アニメーガスについての文書をまとめた羊皮紙だ。
「ここの所なんか――」ブラックが、六枚目の羊皮紙の一点を指差した。「――私も読んだ覚えがある。閲覧禁止の棚の、吐きたくなるくらい分厚い本だろう」
「変身術大全」
 名前が吐き捨てるように言うと、ブラックは「そうそれだ」と頷いた。
「よく調べてある……確かに、必要な箇所は揃っている。しかし名前、まだ完全には理解できていないようだな?」
 ブラックは訳知り顔で微かに笑みを漏らしたが、すぐに真面目な顔になった。
「君も気が付いていると思うが……アニメーガスというのは、本当に複雑な魔法なんだ。全く違う動物に、自分が変身しようというのだから。杖で他人をヒキガエルに変えるのとは訳が違う」

 ブラックは空きっ腹だろうに、熱心に名前に動物もどきになる為の様々な事を教えてくれた。後から考えてみれば、名前一人では理解するのに何ヶ月も掛かったに違いない。経験者だけあって、ブラックは名前が知りたい事を逐一教えてくれた。魔法がメラニン色素に働きかける仕組みや理由、一度変わったものをまた元に戻す方法などなど。
 アニメーガス講座は、名前の頭がパンクしそうになるまで続けられた。確かにブラックの説明を聞いていれば、名前一人でやるよりは格段にスピードが早い。だが、理解しなければならないのは名前なのだ。ブラックが講釈を話し終えた後、試しに動物になる為の呪文を自分に掛けてみたが、一向に変身する気配はなかった。
 退屈そうにしていたバックビークが居眠りし、大欠伸とともに目を覚ました時は、既に二人ともがお手上げ状態だった。名前はどうしても人間が動物に変身してまた元へ戻るその理屈が理解できなかったし、ブラックはそんな名前にどう説明すればいいのか解らなかった。
「うーん……名前、『私はカモノハシだった』は読んだか? 解説書というより、自伝に近いものだが。私達は全員あれを読んだぞ。バイブルとも言える。アニメーガスじゃないが、それに近い呪いをかけられ、十八年もカモノハシだった魔女の話だ。あれには動物になる為の心積もりや、その後の心理などが詳しく描写されてる」
「多分読んでない」名前はムスッとしながら言った。「ていうかあたしだって、他に何もしてないわけじゃないよ。変身術関係の本は去年からずっと読んでたし、図書室中の本という本を読んだから」
「そうだろうな、私達も飽きるほど読んだ――ああ、すまない、カモノハシは私の実家にあった本だ。おそらくホグワーツには無いだろう。動物変身についての知識は称賛に価すべきだが、呆れるほどひどい純血思想の著者だったからな、ダンブルドアは置きたくないと思ったのだろう」
 ブラックは機会が有れば是非読んでみると良い、と言って、筋は悪くないと名前を慰めた。彼が心苦しげな表情をしたので、名前は更にみじめな気持ちになり、メモの最後のページに『私はカモノハシだった』と投げ遣りに書いた。

 ブラックがいつものバスケットに手を伸ばしたので、今度は名前が喋る番だった。名前はクリスマスにダンスパーティが開かれる事になった事や、第一の課題で選手達がどんな風に課題のドラゴンを出し抜いたかなどを話して聞かせてやった。ブラックはハリーがファイアボルトに乗って、上手くドラゴンを陽動し、最終的に一番早いタイムで金の卵を手に入れたのだと聞くと、嬉しそうに「ああ」と頬を緩ませた。
「ハリーにも手紙で聞いたよ。君がそういう風に言うのなら、凄かったのだろう」
「ねえ脱獄犯さん、思ったんだけど、愛する名付け子さんにご飯を送ってもらえば?」
「ハリーにかい?」親指に付いたソースをしゃぶりながら彼は言った。「格好悪いだろ」
 名前は太陽が沈み始めた頃、スナッフルに見送られて帰途についた。誰も通った跡がないような雪の道をざくざくと歩き、段々とオレンジ色が濃くなっていくのを見ているのは、何だか楽しかった。ブラックは、「前にも言ったかもしれないが、シリウスと呼んでくれないか?」と苦笑していた。名前は微笑みながら、「じゃあねスナッフル」と人間のままの姿をした彼に言った。


 名前はずっと誰かと一緒に行動していないといけないのだと脱獄囚に打ち明けたのだが、シリウスに言われて初めて、自分の考えが足りなかった事を知った。誰かに声を掛けられたくないなら、何も他の誰かと一緒に居るだけが手じゃない。誰も来ないような所に居れば良いのではないかと。今までだって、名前は本当に誰かに邪魔をされたくない時は、そうしてきていた。ただ、名前だって冬場に禁じられた森の地べたに一日中座り込むだなんて、馬鹿な真似はする気が起きなかった。
 名前はその日から、嘆きのマートルが居るトイレに籠もり出した。
 授業が無い時、ハンナ達からすっと離れ、すぐさま三階の女子トイレに向かい、個室に閉じ籠もって鍵を掛けた。そこでアニメーガスについての研究に耽るのだ。トイレの中は確かに冷え冷えとしていて寒かったが、瓶の中に消えない炎を燃やし、それを抱き抱えていればそれほど苦にはならなかった。
 マートルの癇癪だけが難点だった。しかし彼女はただ単に泣き喚いているわけじゃないようで、名前が熱心に愚痴を聞いてやれば、それほど名前の邪魔はしなかった。元々、名前は彼女の事を嫌いだとか思ったりはしていなかったので(延々と泣き喚かれると、確かにうんざりはしたが)、それに気が付いたのだろうマートルは、名前も見てもムスッとした表情を見せる事はなくなった。名前はただ、「シチューが食べたい」だとか、「ここって寒くない?」とか言わない事にさえ気を付けていれば良かった。
 その日名前は、やはり三階の女子トイレに籠っていたのだが、トイレを出たその瞬間に声を掛けられたので心底どっきりした。いつもマートルが泣き喚いているせいで、此処は人通りが少ないのだ。しかも声を掛けてきたのが男子生徒だったので、名前は内心で「またか!」と呟いた。パートナーを見つけられない男の子が、ぶらぶらと宛もなく城の中を歩いているんじゃないかと思ったのだ。
「やあ、たまには抜け道なんてものを使ってみるもんだね」くっくとセドリックは笑っていた。「名前に会えた」
「こんな所でどうしたの?」
「気が付いてるかい? それ、僕も聞きたい事だよ」
 二人は顔を見合わせると、どちらともなく笑い出した。

「たまには抜け道とかいうのを使ってみようと思ったんだ。ほら、職員室に行く廊下に大きなタペストリーが掛かってるだろう? あれの前で立ってると、道が出てくるって聞いたもんだから、使ってみたくて。此処って……三階かな?」
 セドリックが辺りを見回したので、名前は笑いながら頷いた。
「君はどうしてここに……なんて野暮な事は聞かないよ。教えてくれそうにない雰囲気が漂ってる。きっと、監督生の僕には言いにくい事に違いない」
「まあね、でもセドが監督生でなくても、ちょっと言えないかも」
 名前が笑うと、セドリックはちょっとだけ眉を下げた。
 去年、名前とセドリックは長い間、ほんの少しの諍いによって喧嘩していた。名前は何故セドリックが怒っていたのか、その理由が今ではよく解っていたので、もう二度と同じ過ちは踏みたくなかった。こういう風に言えば、彼が追求してこない事が名前には解っていたのだ。
「……そうそう、君を探してる人がいたよ」セドリックが静かに言った。

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