ホップ、ステップ、ジャンプ

 正直な話、誘ってくれたノットには悪いが、ダンスパーティなんてどうでも良いと思っていた。名前からしてみれば、何故ああも女子生徒達がキャーキャーと騒ぎ合い、男子生徒達がちらちらと女の子の集団に目を向けているのか、全く理解できなかった。女の子達が何をやるにも集団で動くのを見て、名前は半ば呆れていた。名前も同じく女の子の筈だが、彼女達の心理はいまいち解らない。
 しかし、そうとばかりは言ってられなくなった。
 ある日、名前が図書室でアニメーガスのメモを広げ、他の本と見比べながらうんうん唸っていると、急に頭上から声が降ってきた。
「えっ……えっ何っ?」名前はばたばたと本を閉じ、羊皮紙の束を慌てて隠して笑顔を取り繕ったが、その後で、声を掛けてきたのが見知らぬ男子生徒だという事に気が付いた。グリフィンドールの六年生で、全然知らない人だった。もしかして自分が何か知らない内に迷惑を掛けていたんじゃないかと一瞬不安になったのだが、どうもそうではないらしかった。
「あの……もし良ければ、僕とダンスパーティに行ってくれない?」
 名前は訳が解らず、もう少しで「は?」と聞き返してしまうところだった。
 名前は一瞬呆けたが、やがて「相手が居るから……」と呟くようにして言うと、六年生は「そう」と言うだけで、すぐにどこかへ行ってしまった。名前が唖然としてその背中を見送り、一体何だったんだと理解できないまま、再びアニメーガスの理論を理解しようと羊皮紙やら何やらを開いた。しかしその数分後に、名前は再び「ダンスに行かないか」と誘われた。やはり、名前が全然知らない生徒だった。
 そんな事が五回も続いたので、名前はついに図書室を離れ、談話室に戻ってその事をハンナに打ち明けた。彼女は最初、目をくるくるさせて名前が訴えているのを聞いていたが、やがてくすくすと笑い出した。どうも名前が慌てふためいているのがツボに嵌ったらしい。
「何がおかしいの?」名前が言った。
「あなたは『知らない人から誘われる訳が解んない』って言ったけど、簡単よ。あなたが一人で居て、誘いやすかったからだわ」
 これには名前も参った。もっとも、いつでも集団で動く女の子達に比べれば、彼らの考えは理解しやすい。名前だって、いざダンスの相手を誘おうとするなら、きっと一人で居る子に声を掛けるに違いない。誘いたい人が居なければだが。
 その時から、名前はハンナと共に行動する事が、以前よりも更に多くなった。他の誰かと一緒に居ると、図書室での時のようにやたらめったら声を掛けられる事はなくなった。ハンナが言った事は正しかったのだ。確かにこの頃、女の子達は以前にも増して集団で動くようになっていたし、それは名前も気が付いていた。普段から一人で動いたり、ちょっとした隠し事をして生活している名前にとって、誰かと常に一緒に居なければならないのは厄介だった。
 ハンナと一緒に居ると、アニメーガスの事が調べられないし、シリウスへの食料を届けるのにも一苦労だった。しかし一人で厨房へ向かい、その後一人で梟小屋に行くと、必ずと言って良いほど誰か男子生徒に声をかけられるので、名前は仕方なく、クリスマスまでの殆どの時間をハンナと過ごす事に決めた。

 とはいえ、ハンナや他の友達と一緒に過ごしていたとしても、例外はあった。
 名前はその日、大広間でハンナとそしてスーザンと一緒に、チェスをしていた。もっとも、負け続ける名前を彼女達は相手にしてくれなくなってきていたので、ハンナとスーザンが駒をぶつけ合っているのを横で見ているだけだが。
「やあ名前」スーザンのクィーンが白いナイトを吹き飛ばした時、フレッドがやってきた。
 彼の後ろにはジョージも居る。フレッドは手に銀皿を持っていて、その上にはクリームを挟んだクラッカーやら何やら、色々なお菓子が乗っていた。知り合いに配り歩いているらしい。
「わお、何それ」
「一つどうだ? ――君達もどう?」
 フレッドは特別ににっこりして、ハンナとスーザンの方にもお菓子の皿を差し出した。二人ともニコニコとして(特に、厄介なナイトを追い払えたスーザンは嬉しそうに笑って)、「頂くわ」と色とりどりのお菓子に手を伸ばした。フレッドとジョージの二人ともが、彼女達が食べている様子を妙に見詰めている事に気が付いたが、やがて端っこにあったジェリービーンズを一つ摘んだ。
「それで、名前、もしよければ僕とダンスパーティに行かない?」
 フレッドが言った――と思ったら、ジョージだった。名前が口を開きかけた時、向かい側からポンという軽い音がした。スーザンが座っていた所に、人間大のカナリアが座っていた。名前は思わず笑い転げた。
「カナリヤ・クリームっていうんだ」フレッドが笑いを堪えながら、カナリヤに向けて言った。
「おかしいな、名前に食べさせるつもりだったんだけど」
「残念、ハリーの従兄弟のベロが何倍にも膨れ上がったって知らなかったら、あたしだって普通っぽいのを選ばなかったんだろうけど」
 フレッドとジョージが揃って噴き出したが、大きなカナリヤはピーチクパーチクと何やら喚き立てていた。大広間にいた他の生徒達も、何事だとこっちを向いて、大きなカナリヤが怒ったようにピーピー鳴いているのを見ると、指差して笑った。
「ごめんね、あたし鳥の言葉なんて解んないんだ」
 ハンナまでもが噴き出し、四人は気が済むまで笑った。
「それで、名前、よければダンスパーティに行って欲しいんだけど」
「名前はもう、他に行く人がいるのよ! 残念だけど!」
 黄色い羽が抜けた後も、ぷんぷんと怒っていたスーザンがジョージにそう言った。しかし彼女の口からふわふわの羽毛が絶妙のタイミングで飛び出したので、四人はまた大笑いした。双子が去った後、スーザンが言った。依然忍び笑いをしている名前とハンナをぎろりと睨み付け、鼻から荒い息を吐き出した。
「私、あの二人が何をくれるって言われても、もう絶対に受け取らないわ! クリーム・サンドも、シュークリームも、ジェリービーンズも!」


 クリスマスの陽気に誘われて、浮かれているのは必ずしも生徒だけではなかった。クリスマスに向けて城が飾り付けされるのはいつもの通りだが、今年は一段と気合いが入っていた。恐らく、外国からの生徒達が大勢居るからだろう(ボーバトンの生徒達は放牧場の脇にあるあのパステル・ブルーの馬車に、ダームストラングの生徒達は湖に浮かぶあの帆船に、それぞれ滞在していた)。
 ホグワーツの職員達は、ハロウィンが近付いていたあの頃より、更にはりきって城をピカピカにしようと努めていた。もうどの甲冑もギシギシと音を立てなかったし、棚の隙間や石像の裏に、埃一つ見当たらなかった。
 授業においては、先生方はダンスパーティーにうつつを抜かしている生徒達に、呪文の定理やら公式、ルーン語の活用形などを覚えさせるのを殆ど諦めていた。クリスマスが近付くのに比例して、生徒達の集中力は削がれていくのだ。授業は続けられていたが、何人かの先生は「この時間は自習時間にする」と宣言した。
 闇の魔術に対する防衛術は、ようやくムーディが生徒に服従の呪文に抵抗させるのをやめた。服従の呪文に完璧に打ち勝つ事が出来た生徒は、ハッフルパフの四年生には一人もいなかった。名前は最後の最後、ほんの少しだけ、自分が『服従』している事に疑問を持つ事ができたが、それ以上は逆らえなかった。ムーディ先生は次の課題として、生徒達がどれだけ放たれた呪いを逸らす事ができるかを試すと言った。
「呪いを完全に断つには、それ相応の魔力と技術、知識が必要だ。知識だけなら、お前達はいくらでも詰め込める、今からならな。技術も、やればやるだけ上がるだろう。しかし魔力だけは今のお前達ではどうにもならん。絶対量が少なすぎるのだ。精神がまだ完全に大人になっておらん今の状態で、悪意の籠もった呪いを完全に防ぐのは難しい」
 油断大敵、とムーディ先生は何度も言った。
 それから生徒達は二人一組になり、お互いに軽い呪文を掛け合いながら、小さな盾を作ってそれを逸らす訓練をした。教室はそこら中に焼け跡ができ、足がくにゃくにゃになったり、サンバのリズムが耳から離れなくなったりした。

「名字、少し残れ」授業終了の鐘が鳴り響いた後、ムーディ先生がそう言った。
 名前は厨房へ行こうと思っていたのだが、仕方なくハンナ達に先に帰っていてくれと言い、何度目か解らない居残りに甘んじた。ムーディ先生はやはり名前を自分の部屋に招き入れ、紅茶を淹れてくれた。名前は彼がそうやってもてなしてくれる事に最近では慣れていたのだが、同時に長話が始まるのだという事も知っていた。
 ムーディは名前の前にカップを置き、自分の前にも同じようにティーカップを置いた。コツッコツッと音をさせ、どっかりと椅子に座り込むと、ずるずると紅茶を飲んだ。名前も倣ってカップに口を付けた。最近ではこの薄緑をしたティーカップは、名前専用になりつつあるようだった。
 ムーディ先生は暫く口を利かなかったが、やがて言った。
「名字、お前、闇祓いになる事を考えたことはないか?」
「……はい?」
 もしかして先生、私をダンスに誘って下さったりするんですか、とか、そんな冗談を言おうか迷っていた名前は、思わずそう聞き返していた。彼はダンスパーティの熱に少しも浮かされていない先生の一人だった。この人何を突然言い出したんだろう、という表情でムーディを見ていたのだが、先生が至極真面目な顔をしていたので、黙って言われた事を考えた。
 闇祓い……闇祓いだって?
 名前の父親は闇祓いだった。名付け親もそうだ。普通の人より、名前はよっぽど闇祓いという危なっかしい職業に縁があるし、それに対する理解も知識もあるつもりだ。しかし、名前自身がそんな職に就きたいだなんて、今まで考えたこともなかった。闇の魔法使いと戦うより、ドラゴンの炎を浴びながら生活する方が、名前にとってよっぽど魅力的だった。だからといって、名前がデンジャラスでスリリングな日常を求めていると考えるのは間違いだ。
 ありません、と首を横に振ると、ムーディ先生はそうかと呟いた。
「お前、この間、服従の呪文に疑問を持っていただろう。どうしてこんな事をしているのかと。服従の呪文の魔力に抵抗し始めていた筈だ。違うか?」
 ムーディが小さな黒い目で睨んだので、名前は頷いた。
「お前達の年代で、わしの服従の呪文に打ち勝てる者などたかが知れている。しかし、おまえは段々わしの呪文に慣れてきた。おまえが本気になれば、服従の呪文を掛けられても、自我を取り戻す事ができるようになる筈だ」ムーディは続けた。「無論、それだけでは闇祓いなど到底無理だ。しかしおまえには才能がある。闇祓いになってみたいとは思わないか?」
 名前は、ムーディ先生が何故こうも自分に闇祓いを勧めるのか全く解らなかった。どうも、名前の父親が闇祓いだったからだとか、そんな単純な理由ではないような気がした。はっきりとは解らないが、そう思ったのだ。名前は暫く、傷だらけのムーディの顔を眺めていた。
「先生は、あたしが闇祓いに向いているって、そう思うんですか?」名前はそう尋ねた。

 名前は初めてこの時、ムーディが目を丸くしたのを見た。
 どうしてこの娘は、自分にそんな事を聞くのだろう――彼の目は何故かそう言っていた。

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