重大発表

 名前は次の日の水曜日、朝早くから一人起き出して(ハッフルパフではみんなが朝寝坊した)、ドラゴンが居たあの囲い地に向かった。息急き切って走ったが、四頭のドラゴンが居た事などまるで幻だったかのように競技場はなくなっていたし、分厚い木の柵もすっかり取り払われていた。残っているのは岩ばかりが目立つ空き地だけだ。どうやらチャーリー達は、昨日の内に既にルーマニアへと帰ってしまったらしい。名前はこんな事なら、寮でお祝いパーティーになど参加せず、ベッタリとドラゴンの側に居れば良かったと少しだけ後悔した。
 とぼとぼと城へ戻るといつの間にか朝食の時間になっていて、名前は何気なくハンナの隣に滑り込んだ。彼女は「どこへ行っていたの?」と僅かに睨んだが、名前は気付かなかったふりをした。スコーンにベーコンと卵が乗せられたフランス風のものを食べてから、名前は一時間目の魔法薬学へと向かった。名前がその日一日元気がなかった事は、言うまでもない。


 第一の課題が終わってからというもの、城の中の雰囲気がそれ以前とは少し違っていた。次の課題まで時間があるからか、生徒達は試合が何なのかと気にして騒ぐ事は以前ほどはなかったし、それ以上にハリーへの対応が柔らかくなっていた。リータの記事を持ち出す生徒も一部だけになったし、それで笑う生徒も段々と減っていた。名前の友達のハッフルパフ生は、もう殆どあの「セドリックバッジ」を付けてはいなかった。ハリーはロンと仲直りしたようで、三人が一緒になって笑っている場面を名前は見ていた。
 次に生徒達が関心を寄せ、興奮したのは、第二の課題に関してではなく、新しく発表されたとある事だった。
 十一月以前、課題が始まるより前は、三大魔法学校対抗試合がどれほど危険で、選手達はどんなに大変な課題をこなさなければならないのかと皆は話し合っていた。それなのに、第二の課題の事など、もはや生徒達の頭から吹っ飛んでしまった。全校生徒が(ボーバトンとダームストラングの生徒を含めた、全生徒が)浮き足立って、他に何も手を付けられなくなったのだ。十二月に入った頃、それは発表された。

 ある日の一時間目の授業、名前達四年生のハッフルパフ生は呪文学だった。呼び寄せ呪文を皆がマスターすると、フリットウィック先生は追い払い呪文に取り掛かった。名前達は事前から追い払い呪文の本を二冊も読まされていたし、呼び寄せ呪文と反対の事をすれば良いだけなので、呼び寄せ呪文の時よりは時間が掛からなかった。
 終業のベルが鳴る五分前、色々な物が(辞書や地球儀、誰かの羽ペンやらバケツなど、様々だ)散乱した教室の中、フリットウィック先生は生徒達に杖を振るのを止めるようにと言い、自分はいつものように積み上げた本の上に立った。
「えー、皆さん、今日は大事な発表があります」フリットウィック先生が甲高い声で言った。
「今年は皆さんが知っての通り、このホグワーツで三大魔法学校対抗試合が開催されています。対抗試合はその伝統に従い、三つの課題を代表選手達がこなしていくという形になっております。しかしもう一つ、重要な行事が、このトライウィザード・トーナメントにはあるのです――クリスマスに、ダンスパーティが開かれるのです」
 フリットウィックが『ダンスパーティ』という単語を口にした途端、誰かが呪文を唱えているわけでもないのに、教室は喧騒に包まれた。生徒達はワーワーキャーキャーとはしゃぎ合い、フリットウィック先生が「皆、正装のドレスローブを着て参加するように」とか、「三年生以下の生徒は四年生以上の生徒からの申し込みが無ければ参加できない」とか言っていても、誰も聞いてはいなかった。
「ダンスパーティ?」名前はわあわあとはしゃいでいるハンナの横で、絶望的な声を漏らした。
 名前は自分のドレスローブを、夏の間にウィーズリー夫人に買ってもらっていた。あの黄色のドレスローブだ。あのドレスは素敵だった。しかしやはり、自分が誰かと踊っているだなんて想像ができない。あたし帰ろうかな、と、呪文学の教室から出た後にひっそりと呟いたが、何故かハンナが駄目だと言った。
「折角のダンスパーティじゃない! それに、あなたが居ないなんてつまんないわ」
 次の時間は魔法史だったのだが、生徒達の大半はクリスマス・ダンスパーティの話題に夢中で、いつも以上に授業に集中していなかった。もっとも、魔法史だというのに、居眠りしている生徒が一人も居なかった事も確かだ。皆、ヒソヒソ声で隣の生徒と会話したり、羊皮紙を取り出して筆談したりしていた。そんな生徒達に気が付いていないわけでもないだろうに、やはりビンズ先生は一本調子で教科書を読み上げるだけだった。
 ハンナとスーザンが、「誰と一緒にパーティに行くか」とか、「誰を誘うか」とか、そういう話で盛り上がっている横で、名前はぼーっと黒板を眺めていた。名前には誘いたい男の子なんていなかったし、誘われたいなんて更に思わなかった。興味がないわけではないのだが、ダンスパーティだなんて自分には到底縁がないもののように感じられたのだ。


 縁がないと思っていたのに、名前は目の前のノットを見ながら、どう反応しようか迷っていた。とりあえず、中途半端な位置で止まっていたスプーンを降ろし、「あー……」と声にならない声を出した。まさか、自分が誘われるだなんて?
 名前は目の前にいるセオドール・ノットを黙って見詰めた。名前は彼と、それほど仲が良いわけではない。いつもより血色が良いような気がする彼の顔を見ながらも、名前は隣のハンナやスーザン達が、息を潜めて成り行きを見ている事が解っていた。
「もちろん、ほら、その、嫌なら嫌だって言ってくれたって構わないし……ほら、もし良ければで良いんだ。それに、そう……友達としてって事で良いし……」
 普段より歯切れの悪いノットは、ちらちらと視線を彷徨わせながらも、じっと待っていた。名前が返事をするのをだ。
 名前は別段、混乱しているわけでも何でもなかった。ただ、此処で自分がどう答えるべきなのかが解らなかったのだ。昼食の席、大勢のハッフルパフ生が此方を窺っている中で、ノーと言えば、彼はどんなに居心地の悪い気持ちを味わうだろう。もともと、それほど仲が良いわけでも何でもなかったし……――名前は他人事のようにそう考えていたが、暫くしてから言った。もっとも、何分も間があったわけではないのだが。
「あー……良いよ、うん、オッケー」
「本当に?!」
 ノットがぱっと表情を変え、嬉しそうにしたので、名前は少しだけ驚いた。

 ありがとう本当に、と、何度か彼は言って、名前と二言三言会話してから、大急ぎでハッフルパフの長テーブルから離れていった。二人のやりとりを見ていた生徒達が名前をひどく冷やかしたが、名前は無視した。
「凄いわ名前、こんなに早く誘われるなんて! もしかして一番最初なんじゃないかしら」
「彼、ノットだっけ? 勇気あるわ、こんなに大勢の中で誘うなんて!」
「ねえ、名前ってあの人と仲が良いの? どうなの?」
 ハンナとスーザンが口々に喚き立てたが、名前はやはり、どこか他人事のように感じていた。確かに、ダンスパーティがあるという発表がされてから、まだ半日も経っていない。それに名前だったら、誰かを誘いたかったとしたら、その誰かが一人で居る時を狙うだろう。仲が良いかと聞かれれば肯定する事は難しいが、お互い名前を知ってはいるし、仲が悪いわけではない筈だ。
「あたし帰ろうかな」
「駄目よ、何を言っているの。誘われたくせに、オーケーしたくせに!」
 名前がぼやくと、ハンナがヒステリックにそう言った。名前は「だよねー……」と適当な返事を返し、何の気なしに、スリザリンのテーブルの方を見た。偶然にも、席に着いたノットが目に入った。まだ少し顔が赤いようだった。あんまり見詰めていたせいか、彼は名前に見られている事に気が付くと、小さく手を振ってみせた。名前もほんのちょっと手を動かしてみせ、そして密かに溜息を吐いた。

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