強みを生かす

 のた打ち回っている中国火の玉種が無理矢理連れ出され、四匹目のドラゴンが競技場の囲い地の中へと入ってきた時、名前は小さく「アッ」と叫んだ。
 真っ黒い鱗に黄色の目玉、長い尾からは銅色に輝くトゲが無数に突き出している。今までのドラゴン達と比べると、大きなトカゲに近い。しかし剥き出しの牙はギラギラと光り、自分の卵が奪われていた事に余程腹を立てていたのかグルグルと唸っている。ゆっくりと左右に振れるトゲだらけの尻尾から逃げるようにして、ドラゴン使い達は囲い地の外へと走っていった――ハンガリー・ホーンテールだった。
「なあに? どういうドラゴンなの?」ハンナが尋ねた。
 名前の目はホーンテールに釘付けだったが、徐に口を開いた。
「凶暴なんだ、とにかく。今までのドラゴン達よりもずっと……もしかしたら、何倍もかもしれない」
 ハンナがハッとして、選手達が入ってきた入口を見た。

「四人目の代表選手、ミスター・ハリー・ポッターの登場です! 皆さん盛大な拍手を!」
 バグマンに言われるまでもなく、競技場全体から拍手が送られた。ここ数週間、ずっとハリーは冷たい目で見られていたのに、今では何かが違った。観客達は、今までの選手が見せてくれたように、素晴らしい何かを、あのハリー・ポッターが見せてくれるんじゃないかと思っていた。緑色が目立つ席からは、チラチラと光が目に付いたが、名前は無視していた。グリフィンドールの生徒達が一番大きな拍手を送り、声援を投げかけている事は明らかだった。しかし他の観客も同じくらい拍手して、そして叫んでいた。
「ポッター選手は四人の代表選手の中で、一番の年下、十四歳の代表選手です。そんな彼はどうドラゴンへと立ち向かうのか――おや?」
 バグマンが、不思議そうに言ったのも頷けた。
 ハリーはドラゴンに杖を向けるわけでもなければ、自分に魔法を掛けるわけでもなく、辺りの岩に呪文を放ったわけでもなかった。ハリーはただ、杖を空へ向けて、何かの呪文を放ったようだった。
 一体ポッターは何をしたんだ、と観客席の間にざわめきが広がった。名前も首を傾げ、ハンナと共に彼が何のつもりなのかと話し合ったが、その時、空を切り裂く鋭い音がした。それは段々と大きくなり、何かが物凄いスピードで、近付いてきているようだった。
「おお、あれは!」バグマン氏が叫んだ。
 バグマンが何を見つけたのかと生徒達はあちこちに首を動かしていたが、やがて皆、あっと息を呑んだ。ファイアボルトが疾走し、宙を裂いて飛んでくるところだった。
「箒です! ポッター選手、呼び寄せ呪文で箒を呼び寄せました! しかも、あれは……ファイアボルトか?」
 バグマンも、名前達観客も唖然とする中、ハリーはやってきた箒にさっと跨り、すぐさま地面を蹴って、空中へ飛び上がった。名前は苛立っていたホーンテールが、ハリーを目で追い掛けて、首をやや上に持ち上げたのを見た。
 ハリーは一度高く舞い上がったと思ったら、すぐさま下降に転じた。ハンガリー・ホーンテールを撹乱させようというのだ。ハリーは座っているホーンテールが届くか届かないかという絶妙な距離を保って飛び、順調にドラゴンを苛立たせていた。ドラゴンは手で薙ぎ払おうとしたり、凶悪な尻尾を振り回したりしたが、決してハリーに触れる事はなかった。
「いやあ、たまげた」バグマンが言った。「何という飛びっぷりだ」
 感嘆しているバグマン氏の言葉は、競技場中の全員が言いたい事を見事に代弁していた。ハッフルパフ生達もハリーを非難していた事も忘れ、彼が危うく炎に焼かれそうになるとハッと息を呑み、無事にひらりと宙に舞い上がるとホッとして、再び彼を見詰めた。

 ホーンテールが、ハリーの陽動に段々と釣られてきているのは確かだった。ドラゴン視線はずっと目の前を飛び回るハリーを目で追っていたし、長い首がその動きに合わせてふらふらと上下している。腰が浮いてきていて、黒い翼は今にも羽ばたかんばかりに徐々に広げられている。
「何とも素晴らしい飛びっぷりだ! それに、ホーンテールの意識が卵から離れてきている!」バグマン氏が夢中になって叫んだ。
 ついに、ハンガリー・ホーンテールが二本脚で立ち上がった。セメント色に囲まれた金色の卵は今、まったくのノーマークだった。ドラゴンが飛び立とうとぐぐっと体に力を込めた時、ハリーが一瞬で急降下して、太い足の間を潜り抜けた。その腕には、金色の卵を掻き抱いている。
 観客席がワッと沸いた。それはもう、月が爆発したんじゃないかという程の大歓声だ。セドリックの時より、フラーの時より、クラムの時よりも大きなうねりの叫びだった。最年少の魔法使いが、最短時間で課題をクリアしたのだ。観客は大声を出してハリーを称賛した。バグマンも興奮し、しきりに何かを叫んでいたが、殆ど聞き取る事は不可能だった。


 ハリーが他の選手達と同様に救護用のテントへと行き、荒れ狂ったハンガリー・ホーンテールが囲い地から連れ出された後、ハリーの点数が発表された。ダンブルドアとマダム・マクシームは、ハリーが怪我を負った為に九点を付けた。しかしハリーの怪我などセドリックに比べれば微々たるものだった(セドリックはまだテントから出てこなかった)が、減点対象には違いがない。クラウチ氏は七点を付け、バグマン氏は余程ハリーの飛び様に感動したのだろう、満点の十点を付けた。逆に、カルカロフは今までの評価の中でも最低の点数、四点を付けた。
「四点?」名前はカルカロフ校長の頭上を見て、驚いてそう呟いた。
 ハンナも驚いたようで、唖然としてカルカロフを見詰めている。名前はシリウスが言っていた事を思い出した。カルカロフが死喰い人だったという事実だ。シリウスが教えてくれた事によると、カルカロフは仲間の名前を、つまり同じ死喰い人の名前を省に密告した事で、アズカバンから釈放されたらしい。
 ハリーは、自分は炎のゴブレットに名前を入れていないと言っていた。もしかして、彼が危険な目に遭うように――彼がトライウィザード・トーナメントという危険な競技で怪我をするように――、カルカロフが彼の名前をゴブレットに入れたのだろうか?
「ハリーだって、勇敢に戦った、ホグワーツの代表なのになあ」
 名前が独り言のようにそう呟くと、ハンナが横で頷いていた。彼女はひっそりと、ローブの胸元に付いていたバッジを取り外し、ポイッと投げ捨てた。
 最早誰も、『汚いぞ、ポッター!』とバッジを胸に押し付け光らせる者は居なかった。皆が、ハリーも代表選手の一人だと認めたのだ。試合が終わった後、観客席の足元には沢山のセドリックを応援しようバッジが投げ捨てられていた。
「さて、さて! 四人の得点は、四位のディゴリー選手が三十八点、三位のデラクール選手が三十九点。そして同着の一位で、クラム選手とポッター選手が四十点! 皆、勇敢に戦い、全員が金色の卵を手にする事ができました! 次の課題、第二の課題は年を越した二月二十四日に行われます。選手諸君はそれまでに傷を癒し、力を蓄える事でしょう。彼らが今回手にした金の卵に、第二の課題に関するヒントが示されています。それでは、皆様が次の試合を待ち望み、居ても立ってもいられなくなりますよう!」


 その晩、ハッフルパフの談話室はお祭り騒ぎだった。確かに、セドリックは実際には四位だ。しかしクィディッチのトーナメントの時とは全然違い、一位との差が開いているわけではない。ハッフルパフ生は一年生から七年生まで、全員が談話室に遅くまで残り、どんちゃん騒ぎをしていた。寮監のスプラウト先生が、目を三角にして怒りに来るほどだ(もっとも、そのスプラウト先生だって喜色を隠し切れてはいなかった)。
「おめでとう、セドリック、おめでとう!」
 皆が浮かれまくり、踊り狂った。まだ完全に火傷の治りきっていなかったセドリックは、ひどい臭いのする軟膏を顔の左側に貼り付けたままだったが、それでも嬉しそうににっこりと微笑んでいた。
「ねえセドリック、あの卵を開けてみてくれないかい」
 アーニーがそう怒鳴るようにして(何せ、談話室中が五月蠅かったのだ)、セドリックにそう頼み込んだ。彼は笑って頷き、ドラゴンの巣から持ってきた金色の卵を手に取った。クアッフルより少し小さいくらいの大きさで、どうやら割れ目に従って開くようになっているらしい。セドリックは皆に急かされ、そのひび割れに手を掛けた。

 金の卵はパックリと口を開けた途端、キンキンと甲高い音を談話室中に響き渡らせた。

 名前は隅の方の机で、ハンナ達と一緒にバタービールを飲んだり、かぼちゃフィズを食べたりしていたのだが(名前がホグズミード村まで一っ走りして、ハニーデュークスや三本の箒で買ってきたのだ。ハッフルパフであの魔女像の抜け道の事を知っているのは、名前とハンナだけだった)、あまりの聞き苦しさに、バッと耳を塞いだ。
 セドリックがやっとの事で卵を元の状態に戻すと、頭が痛くなるような騒音は止み、静まり返った談話室だけが残された。
「一体、それは何なんだ?」六年生がそう叫んだ声が、やけに部屋の中に響いた。
 名前の心を代弁したかのようなその言葉を始めとして、ざわざわと話し声が広がっていった。みんな、卵に隠されたヒントが何なのかと想像を膨らませた。
「泣き妖怪みたいだったな。でもそれだけじゃ簡単すぎる」
「選手達の耐久を試されるとか?」
「いかにして、騒音を堪え忍ぶか……馬鹿馬鹿しい!」
 名前はハンナ達があの音の正体が何なのかと話し合っている時、そっと目を閉じて考えた。もしかしたら審査員のあの人だったら、この声が何を示しているのか解るのかもしれないな、と。

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