ドラゴンを出し抜け!

「うーむ、なかなか素晴らしい! 変身呪文の出来もさることながら、ディゴリー選手、ドラゴンの注意を上手くレトリバーの方に引き付けています。どうやら囮作戦のようだ……いいぞ、ドラゴンが気を取られてる……」
 バグマン氏の実況通り、スウェーデン・ショート‐スナウトは確かにもうセドリックの方を見てはいなかった。太い鎌首をもたげ、吠え立てる犬の方だけをジッと見ている。ドラゴンが腰を浮かし、じりじりと立ち上がるのを、名前も含め全ての観客が固唾を呑んで見守った。
 ついにドラゴンが完全に立ち上がり、犬達の方へと体を動かした。
 セドリックはこの機を逃さず素早く駆け出した。ドラゴンの目をかいくぐるようにして、一目散にショート‐スナウトの足元、金の卵へと向かっている。一抱えほどもある金色の卵をセドリックが掴んだ丁度その時、ドラゴンは何を思ったのか――会場の異様な雰囲気に、緊張の高まった生徒達に、呑まれたのかもしれない――背後に振り返った。自分の巣への侵入者を見て、ドラゴンがぐわっと口を開く。
「セドリック!」名前は思わず叫んだ。
「ディゴリー選手、気を付けろ! ショート‐スナウトが振り返ったぞ!」
 再び、灼熱の炎が吐き出され、セドリックが居る岩場が青い炎に包まれた。生徒達の間から悲鳴が沸き起こる。しかし青白い炎にその身を焼かれながらも、セドリックは懸命に走っていた。彼はやがて岩に足を取られて転んだが、その時は既にドラゴンから遠く離れていた。ショート‐スナウトの所へ十人程のドラゴン使いが駆け寄った。バグマンの絶叫が競技場に響き渡っている。
「ディゴリー選手、やりました! 見事、金の卵を取りました! 彼の元に救護隊が駆け付けています……どうやら命に別状はなさそうです……。ディゴリー選手、よくもドラゴンから卵を奪いました! 大人の魔法使いだってこうはいかない! 火傷は減点対象となるでしょうが、彼はそれ以上に素晴らしい勇気を示しました――さあ、得点です……」
 唸るような歓声、渦のような拍手が金の卵を掲げたセドリックに送られていたが、バグマン氏がそう言うと、段々とその声は静かになっていった。皆、審査員が居る方を注目した。ダンブルドアを始めとした五人の魔法使い達がそれぞれ杖を掲げており、空中に金色の文字を描き出した。ダンブルドアが九点、マダム・マクシームが八点、カルカロフ校長が六点、バグマン氏が八点、クラウチ氏が七点。
 点数が発表されると、再び競技場は拍手と歓声に包まれた。既にセドリックは治療の為に囲い地の外へと出ていたが、それでも大きな拍手が送られた。

 拍手が鳴り止み、競技場がざわついてきた頃、二匹目のドラゴンが囲い地の中へと放たれた。名前達が見せてもらった、あのウェールズ・グリーン普通種だ。日の光の下、緑色の鱗がきらきらと煌めいている。いつの間にか、青い卵が置かれていた場所に茶褐色の卵が置かれていた。その中にはやはり、金色に光る卵が一つある。
「二人目の代表選手は――ボーバトン、ミス・フラー・デラクール!」
 再び競技場がワッと沸いた。名前は水色のローブの一団から、物凄い歓声が湧き起こっているのを、名前は拍手しながら見ていた。フラーがボーバトンの代表に選ばれた時は、悔しそうに顔を歪めていた彼らも、熱心にフラーを応援している。名前は自然と嬉しくなって、ウェールズ・グリーン種の前に立ったフラーに目をやった。背筋を伸ばし、堂々としている様は、とても格好良かった。
 フラー・デラクールはドラゴンに杖を向けたりしなかった。それどころか逃げも隠れもせず、さっとドラゴンの前に立ち塞がった。一体何をするつもりなのかと、観客は口々に声を漏らした。ドラゴンがフラーを見た瞬間、彼女が自分に対して杖を向けたので、名前は口をぱかりと開けた。
「これは……ほう、ほほう」バグマン氏は自分の喉元に杖を当てたまま、そう漏らした。
「どうやらミス・デラクールは、自分に魅惑呪文を掛けたようです。確かに、あれは本人の資質が発揮される……ドラゴンにかけるわけじゃないから、呪文が鱗に防がれる事はない。それに呪文の効果だけで言えば、ミス・デラクールは一番の使い手と言えましょう。しかしドラゴンに効くかどうか……――おおっ、これは!」
 バグマンが心配した事は杞憂だった。フラーを睨め付けていたドラゴンが、その魅惑呪文にやられてしまったらしく、ふらふらし出したのだ。足元がおぼつかなくなり、先程までとは違う、熱の籠もった視線でフラーを見詰めている。観客は歓声を上げ、フラーを応援した。
「すごいなー」名前はぽつりと呟いた。
 魅惑呪文を掛けたフラーは、いつもよりも更に数段美しく見えた。
 どう足掻いても恍惚状態から抜け出せなかったドラゴンは、やがてばったりと倒れ込んだ。大きな胴体が微かに上下しているところを見るに、寝入ってしまったようだった。生徒達は歓声を上げ(グリーン普通種を起こさないようにという配慮だろう、先程までと比べれば控えめだった)、フラーはそろそろとドラゴンの足元に近付いた。
 フラーがパッと金色の卵を持ち上げると、観客席中から拍手が送られた。しかし安心するのは早かったらしく、大きないびきをかいたドラゴンの鼻から炎が飛び出し、彼女のスカートに燃え移った。フラーは急いで杖から水を出していたが、パニックに陥ることもなかったし、ドラゴンを起こすこともなかった。
「ほっ、良かった」
「本当にね」
 名前が呟くと、ハンナがそう同意した。
 バグマンが「デラクール選手、やりました!」と叫ぶと、セドリックの時と同じように競技場が歓声に包まれた。ドラゴン使い達がドラゴンを慎重に浮遊させ、囲い地から連れ出した頃、フラーの得点が発表された。ダンブルドアが八点、マダム・マクシームが八点、カルカロフが六点、バグマン氏が九点、クラウチ氏が八点だ。合計点は一点だけセドリックよりも高く、ハッフルパフ生は小さく項垂れた。

 点数の発表が終わった後、すぐに次のドラゴンが連れてこられた。紅の鱗に、真紅の目玉が少しだけ飛び出ている。頭の周りには黄金色の角が生えていて、観客が煩わしいのだろうギャアギャアと暴れていた。
「ワオ、チャイニーズ・ファイヤボールね」
「どんなドラゴンなの?」
 ハンナがそう尋ねたが、名前はドラゴン使いの一人が、茜色の卵を岩地の窪みに並べるのを見るのに夢中だったので気が付かなかった。火の玉種の卵には金色の斑点模様があったが、やはり選手達が取らなければならない金の卵はすぐに見分けがついた。一つだけ、明らかに違うのだ。大きさも殆ど同じに作ってあるのに、何かが違う。ちょうど、魔法使いがたった一人でマグルだらけの雑踏の中に立っている様に似ている。見た目は変わらない筈なのに、雰囲気がまるきり違うのだ。
 ホイッスルが鳴らされ、ビクトール・クラムが登場すると、競技場の中は爆発のような拍手に包まれた。クラムはダームストラングの制服の真紅のローブを着ていて、中国火の玉種と対峙すると不思議と感動的だった。クラムもセドリックと同じように岩陰に隠れ、徐々に巣に居るドラゴンの方へと近づき、チャンスを窺っているようだった。
「良いぞ、好機を逃さない事という事は、それだけ判断力があるという事だ。誰だってドラゴンに単身で向かっていくような事を勇気だとは言わない……――なんと!」
「ウワっ……」名前は思わずびくっと体を揺すった。
 クラムがサッと岩の隙間から飛び出したと思ったら、ぶるっと杖を振るっていた。彼の太い杖から、びゅっと光線が放たれて、中国火の玉種の真紅の目玉に直撃したのだ。ドラゴンはもんどり打って転げ回り、七転八倒した。
 生徒達がワアッと歓声を上げる中、ローブを引っ張られていた名前はゆっくりと説明した。
「ドラゴンには弱点があるって言ったでしょ? それが目なんだよ。目玉だけはどうやったって鱗では覆えないから、攻撃を跳ね返せないの」
 名前は苦しむドラゴンを見ているのが辛かったが、目を逸らしはしなかった。確かに、セドリックがやった事よりもフラーがやった事よりも、ドラゴンと対決するなら目玉を狙う事が一番効果的だ。ドラゴンの唯一の弱点が目だと知っていて、クラムが呪いを放ったのなら、それは評価に値するだろう。名前には、彼のやり方を心から賞賛する事はできなかったが。チャーリー達がちゃんと治してくれると良いんだけど、と心の中でひっそりと思いながら、クラムが金色の卵を手にするのを見ていた。
 ドラゴンを傷付けた代償と言えば良いのか、本物の卵の半数が潰れてしまっていた。チャイニーズ・ファイヤボールが転げ回って苦しんだので、その時に割れてしまったのだ。
「フーム、なんとも見事な『結膜炎の呪い』でした! ドラゴンの弱点を的確に突いた、見事な作戦です。火の玉種の卵がいくつか割れてしまったようで、これは確かに減点対象に入ります。しかしクラム選手の勇敢さは誰にも真似できません!」
 クラムの得点は四十点だった。確かに本物の卵は割れたが、それでも彼は怪我一つしなかったし、今までの二人と比べると、一番果敢にドラゴンに立ち向かったと言える。彼の評価は、決してカルカロフ校長の十点満点という、明らかな贔屓による得点ではないのだろう(と、名前は思いたい)。クラムが首位に立った事で、競技場は再びざわめきに包まれた。次は四人目の代表選手で最年少の、ハリー・ポッターの試合の筈だった。

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