第一の課題

 時間になると、ハグリッドは再び生徒達を呼び集め、チャーリー達にさよならを言い、城への道を歩き出した。生徒達はいつもよりも更にお喋りに夢中になった。ハグリッドは勿論、それを咎めたりしなかった。名前達は三大魔法学校対抗試合の代表選手達が、どうやってあんな巨大で凶暴なドラゴンと戦うのだろうと言い合った。
 ハッフルパフとレイブンクローの四年生達は、城に着くまでずっとドラゴンについての話をしていた。しかし他の生徒達が居る所に来ると途端に口を閉ざし、話し声はごく小さな物へと変わっていった。みんな、チャーリーに言われるまでもなく、この事は自分達だけの秘密なのだと知っていたし、理解していた。こんな重要な秘密、話してしまうなんて勿体ない。例えあと一時間もすれば、全校生徒が知ってしまう事だと解っていても。
 ホグワーツ城へと帰る頃には終業のベルも鳴っており、名前はハンナと共に、そのまま大広間へと向かった。大広間では授業が終わったばかりだというのに、既に何十人もの生徒達が席に着いていて、勢いよく昼食を食べていた。みんな、第一の課題を早く見物したいのだ。彼らが、代表選手達は何をやるんだろうと話している横で、名前達四年生は普通の顔を装うのに必死だった。
 ハッフルパフの長テーブルでは、沢山の人が集まっている場所があった。中心に居るのはやはりセドリックで、彼はいつもより固い表情でサラダを口に運んでいた。名前とハンナは彼の近くを通る時、「頑張って!」と声を掛けた。二人に気が付いたセドリックは、少しだけ微笑んで手を振った。
「セドリックには頑張ってもらわなくっちゃ」彼から離れた所に腰を下ろしたハンナは、そう言って忙しなくベーコンやら何やらを口に詰め込み始めた。
「だって、ホグワーツの代表なんですから」
「うん、そうだね」名前も彼女の隣に座り、そう頷いた。
 何気ない口振りだったが、ハンナはハリーの事を指して、わざわざ『ホグワーツの代表』だなんて言っていたのだ。名前にはそれはうっすらと解っていたが、この時ばかりは何も言わなかった。名前の頭の中は先程見たばかりのウェールズ・グリーン普通種の事と、未だ見ぬ三種類のドラゴンの事で一杯だったのだ。セドリックやハリーが羨ましい。ドラゴンと戦えるだなんて。名前は別に戦いたいわけではないが、間近に見たいと思うのは当然だった。
 名前はそっと、スリザリンのテーブル、レイブンクローのテーブル、そして隣のグリフィンドールのテーブルを見た。長机の中ほどに座っていたクラムは、いつも以上にむっつりとしていた。レイブンクローの席に腰掛けているフラーは、どことなく青白い。ハリーはというと、隣のハーマイオニーに言われて漸く口に食べ物を運んでいるところだ。名前は彼らが仲違いしている事を知っていたので、ハリーの隣にロンが居ない事を不思議には思わなかった。セドリックを含めた四人とも、それぞれ緊張しているせいだろう、他の生徒達より顔色が良くなかった。
 名前がシェパードパイを食べている頃、マクゴナガル先生がやってきて、四人の代表選手に集まるようにと言った。大広間はワッと沸き、選手達を拍手で送り出した。中でもやはりハッフルパフの机が一番大きく拍手していて、名前もハンナも痛くなるほど手を叩き、声援を送った。セドリックは少しだけ気恥ずかしそうにしていたが、やがてキッと前を向き、他の選手達と同じようにマクゴナガル先生の方へと向かった。
「さあ名前、行きましょう!」
「え、ええー……」
 ハンナが勢いよく立ち上がり、そう言って名前を急かした。生徒達の波が動き出していた。どうやら、第一の課題を見る為にあの特設競技場へと向かい始めたらしい。名前は糖蜜パイをおかわりしようとしていたので、不服げにそう言ったのだがハンナは聞き入れてくれず、スーザンまでもが一緒になって、人の波に従って歩き出した。

 生徒達は名前達がハグリッドに連れられて歩いたように、禁じられた森の縁に沿ってカーブして歩き、ドラゴンの居る岩場の方へと向かった。もっとも、ドラゴンが課題なのだと知っているのは名前達一部の生徒だけなので、グリフィンドールやスリザリンの四年生や、他学年の生徒達は、何が始まるんだろうとわくわくしていた。
 生徒達は観客席付きの囲い地にやってくると、何となく寮で別れて座り、名前達もハッフルパフ生が固まった所に腰を下ろした。ただ、名前がどうしてもと引っ張ったので、三人は一番前の特等席に座った。ドラゴンの炎で火傷できるかもしれないとつい口走ってしまった為、ハンナとスーザンを説き伏せるのは一苦労だった。
 名前は改めてこの場所を見渡し、分厚い木で覆われた広い岩場の中、暗く青みがかった卵が五つほど置かれているのを見つけた。しかしその中に一つだけ、金色に輝く卵が置いてあった。それに気が付いたのは名前だけではなく、何人もが据えられた卵を指差していた。
「もうまもなくだわ」腕時計を見ながらスーザンが言った。
 スタンドは徐々に埋まり出し、一際高く作られた教職員の席も殆ど埋まっていた。ダンブルドア、マダム・マクシーム、カルカロフが一番前の席に座っている。ハグリッドがそわそわを隠しきれずに囲い地の方へと身を乗り出しているのを見て、名前は小さく笑った。もっとも、名前だって他の人からは同じように見えているかもしれない。
 突然、ギャーオという大きな咆哮が聞こえ、生徒達はどっきりして、囲い地の中の端っこにある入口を見た。十人もの魔法使い――無論、ドラゴン使い達だ――が杖から出ている魔法の縄を引っ張り、ドラゴンを連れてきたところだった。シルバー・ブルーの皮をした、スウェーデン・ショート‐スナウトだった。昼前に見たウェールズ・グリーン種より、少しだけ鼻面が短い。名前はその美しい鱗、しなやかな体の動きに惚れ惚れして、別に対抗試合なんて始まらなくたって構わないとすら思ってしまった。

 ピーッとホイッスルが鳴らされた後、途端に競技場にバグマン氏の声が響き渡ったので、名前は少しだけ驚いた。先程見た時は、確かにクラウチ氏を含め審査員は四人しか居なかったのに、今あらためて目を向けてみれば、既に最前列にバグマン氏が座って杖を構えているではないか。彼はワールドカップの時と同じようにソノーラスを使った。どうやら司会を務めるのは彼らしい。
「レディース・アンド・ジェントルメン! ようこそ、三大魔法学校対抗試合へ!」
 観衆はワーワーと叫んだり口笛を吹き鳴らしたりしていたが、ドラゴンが入ってきた方とは違う、反対側の入口からセドリックが入場してくると、競技場は爆発したような大歓声に包まれた。
「セドリックが一番なの?!」ハンナが叫んだが、隣にいた名前にしかその声は聞こえなかった。
「ご紹介しましょう、ホグワーツのミスター・セドリック・ディゴリー!」
 バグマンは生徒達の声援に負けないように叫び、それから第一の課題について説明した。
「さて、選手達は卵を守るドラゴンから、あの金の卵を奪い取る事が課題であります! ディゴリー選手と相対するは、スウェーデンのショート−スナウト種! いかにしてドラゴンを出し抜くかというその技能、そして怪物に立ち向かっていく勇気が試されます!」
 遠すぎてよくは見えなかったが、セドリックは岩に身を隠しながらドラゴンの方を窺っているようだった。そろりそろりと近寄っている。ショート−スナウトは囲い地に放たれた後、一目散に自分の卵のある方へと向かって、そこに腰を下ろしていた。観客の喧騒に苛立ってはいるようだったが、セドリックに気が付いているようには見えない。
「三大魔法学校対抗試合は以前と同じく、得点で競う事となります。審査員一人に付き十点の持ち点、選手達は五十点満点でその成績を競います」バグマンが言った。「この第一の課題は皆さんお解りの通り、非常に勇気が試されます。いかにドラゴンをやっつけるかというより、どういう姿勢でドラゴンへと立ち向かうかが、得点の基準となるわけであります」

 セドリックは呪文が届く範囲まで近付くと、いくつかの呪文をドラゴンへ向けて放ち始めた。しかしどれもドラゴンの鎧のような皮膚に打ち消された。赤色の閃光はまともに当たったようだったが、ドラゴンが気絶するどころか鱗に呪文を跳ね返されてしまい、危うくセドリック自身に当たるところだった。
「どうして呪文が効かないの!」悲痛な声でハンナが言った。
「ドラゴンの皮膚は頑丈なんだよ! 呪文でどうにかしようと思うなら、一人だけじゃ到底無理。プロのドラゴン使いだって、たった一人でドラゴンに立ち向かうなんて事しないんだ。弱点を狙うくらいしないと」
「弱点って――」
 早口で説明した名前に、ハンナは「ドラゴンに弱点なんてあるのか」と尋ね返そうとしたが、その時、ドラゴンが青白い炎をセドリックの居る方へと向けて吐き出した。観衆は息を呑み、女子生徒達の甲高い悲鳴が上がった。なんとか逃げられたらしいセドリックは、無事だった。名前もほっとして胸を撫で下ろした。
「ディゴリー選手、危機一髪です!」バグマン氏の解説にも熱が籠もっている。
「ドラゴンの吐く炎はとても高温です! ディゴリー選手、避けられて良かった! スウェーデン・ショート−スナウト種の炎は、青々としているのが特徴で――おおっ!」
 バグマンが感嘆の声を漏らした。
 セドリックが杖を振っていて、彼からもドラゴンからも離れた所に、一匹の犬が出現していた。辺りにあった大岩を、犬に変身させたのだ。一瞬、観客は何をし始めたのかとポカンとしたが、徐々に歓声が上がった。セドリックは変身させた犬を囮に使おうという魂胆らしい。大型犬が一声わんと吠え、すばしっこい動作で辺りを跳ね回ると、ドラゴンはちらりとその犬を見た。名前はスウェーデン・ショート−スナウトが、苛立たしげに目を細めたのを見た。
 再び杖が振り下ろされると競技場の犬は二匹になり、三度呪文が岩に当たると三匹目の犬が出現した。どれもこれもがワンワンとドラゴンに向かって吠え立てるので、母親ドラゴンは既にセドリックの事など眼中に無く、ぎらぎらと凶暴な眼差しを犬の方へと向けた。

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