思い掛けない特別授業

 名前はその日の晩、さっそく厨房に赴いて、シリウスの為の食事を目一杯バスケットに詰め込んでもらった。屋敷しもべ妖精達は、バゲットやハムの薫製、ブラッジャー程もあるチーズの塊、大瓶のかぼちゃジュースやらを出来る限り籠に詰めてはくれたものの、こんなに食べられるのかと名前を心配した。名前は愛想笑いを返しながら、やはり割に合わないと感じ、心の中で溜息を吐いた。
 随分と重たくなってしまった籠は、学校の梟が二羽掛かりで運ばなければならなかった。奇妙なシルエットは、フラフラとよろめきながら禁じられた森の向こうへと飛んでいった。名前はふと、月明かりに照らされた大きな梟が、此方へと飛んできている事に気が付いた。それは名前のメンフクロウ、デメテルで、やがてやってきたデメテルは差し出された左腕に留まり、ズイッと脚を伸ばした。太い脚には手紙が括られていた。チャーリーからの手紙だった。
 いつもの日取りの間隔からしてみれば、今日返事が返ってくるのはおかしい。早過ぎるのだ。名前もチャーリーも、手紙を受け取ってからすぐに返事を書いているわけではない。二人とも自分達の生活があるし、名前自身は「そういえばチャーリーから手紙が来ていたな、そろそろ返事を書こう」という具合だった。仮に、チャーリーが今回の手紙を受け取ってすぐ送ってきたのだとしても、ルーマニアとの距離を考えて、最低でも二週間は掛かる筈だ。名前が手紙を出したのは、ほんの五日前だった。名前は訝しがりながら開封し、見慣れたチャーリーの文字を目で追った。



 やあ、名前。元気にしてる?
 思ってたより返事が早いってんで、驚いてるんじゃないかな。でも、それより驚く事があるぞ! 君が腰を抜かして驚いてくれる事を、僕は期待してるんだけど。
 詳しい事はここでは教えないよ。だって、楽しみが減ってしまうかもしれないからね。
 そうそう、君はロンと同い年で、ハッフルパフだったよな? もし違ったら、速達だって言ってデメテルを僕の所へ寄越してくれ。そうでないと、ひどくガッカリしてしまう事になるからな。違わなかったら、返事はまだ書かないでくれ。驚いた感想を聞かせて欲しいから。
 それじゃ――チャーリーより

 追伸 ロン達にもよろしく!




 チャーリーが手紙で寄越した「驚く事」は、その二日後に明らかになった。
 十一月二十四日、ホグワーツに居る全員が、午後一時から行われる第一の課題の事を考えていた。どんなに危険でスリリングか、選手達は何を試されるのか、どこでやるのか等々。生徒達は口を開けばその事ばかりだったし、先生達もどこかしら上の空だった。
 名前達ハッフルパフの四年生は呪文学を終えると、嫌々ながら校庭の隅のハグリッドの小屋へと向かった。魔法生物飼育学だ。名前以外のみんなは、スクリュートに会いたくないと思っていた。
 小屋の前で、ハグリッドが待っていた。しかしいつもと違い、尻尾爆発スクリュートが入っている大きな木箱の山を抱えてはいなかった。彼は生徒達を見回し、ハッフルパフとレイブンクローの四年生が揃っている事を確認すると、よしよしと頷いた。
「みんな、俺に付いてこいや」
 ハグリッドはそう言って、城から離れるようにして歩き出した。生徒達は何なんだろうと顔を見合わせ、慌ててハグリッドを追い掛けた。

 ハッフルパフ生もレイブンクロー生も、不思議そうな顔で喋り合いながらも、急いでハグリッドの後を歩いた。ハグリッドが森の方へと向かったので、一瞬、生徒達は禁じられた森に入るのではないかとヒヤッとしたのだが、そんな事はなかった。ハグリッドは森の際に沿って歩いた。森を回り込むように歩くと、やがて城の塔の天辺が見えなくなり、湖も姿を消した。
 二十分ほど歩いた頃、生徒の群れの先頭から、段々とざわめきが広がってきた。名前はハンナとのお喋りを一旦ストップし、前に何があるのかと首を伸ばして、アッと声を上げた。
 クィディッチの競技場のような物が、そこには建てられていた。ワールドカップの物に比べると小さいが、クィディッチの試合をするだけならば必要以上に大きい。円形のドームの端には、大きな白いテントが建てられている。名前は観客席の椅子と椅子の隙間に目を凝らし、競技場の中は大きな窪地のような場所だという事が解った。
「きっと、ここで第一の課題をやるんだわ!」ハンナが興奮して言った。
 名前も頷いた。他の生徒達もその事を話していた。対抗試合で何をするのかと、皆は興味津々だったのだが、ハグリッドが目指していたのはどうやら此処ではなかったらしく、彼は立ち止まらなかった。生徒達はドーム状の建物を振り返りながら、大股でハグリッドを追い掛けた。
 そのドームも、カーブした森に沿って歩いていた為に、やがて見えなくなった。しかしその時、地を裂くような鳴き声が聞こえて、生徒達は一様に竦み上がった。

 鳴いた「それ」が見えた時、何人かの女子生徒は悲鳴を上げたし、名前を含めた生徒達の何人かはワーッと歓声を上げた。
 艶々とした緑色の鱗に黄色い目玉、かぎ爪の生えた翼に長い尻尾。本物のドラゴンがそこには居た。七、八人ほどの魔法使いがその周りを取り囲んでいる。苛々しているらしいドラゴンは、神経質そうにバシンバシンと地面に尾を打ち付けていた。
「もう解っちょると思うが」ハグリッドが言った。
「このクラスは運がええぞ。特別授業をする事になった」
 ドラゴンの周りに居た魔法使いの中から、一人の青年がハッフルパフとレイブンクローの生徒達の方へと歩いてきた。燃えるような赤毛に、顔中にあるソバカス、ローブの袖からは火傷の跡が見える。
「みんなも知っている通り」チャーリーが言った。「今年、ホグワーツで三大魔法学校対抗試合が行われる事になっている」
「その第一の課題として、ドラゴンが連れてこられた。ルーマニアの、ドラゴン研究所から遙々とね。代表選手達はそのドラゴンを出し抜く事が、一つ目の課題なんだ。恐ろしいものに立ち向かう、勇気を試される。君達がさっき見たあの競技場、あそこは第一の課題の為に作られた場所で、みんなはそこで試合の様子を観戦する事ができる」
 君達は試合の内容を知ってしまったけれど、この授業を受けていない他のみんなにはまだ言わないで欲しい、驚かせたいからね、とチャーリーは付け足したが、生徒達は皆ドラゴンを見るのに夢中で、あまり真剣に聞いていなかった。チャーリーはにっこりして、ドラゴンの説明に移った。
「あのドラゴンは、ウェールズ・グリーン普通種だ。その名の通り緑色で、他のドラゴンに比べると少し小型だ。ウェールズの高い山に巣を作る。彼らの鳴き声は音楽的で、今は繁殖期で苛立っているけれど、そうでない時は実に優雅な歌声を聞かせてくれる――みんな、その柵の所までは近付いても大丈夫だ。生でドラゴンを見れる機会なんて早々ない筈だから、じっくり見ておくと良い」
 生徒達は皆恐々と、しかし目を輝かせながら、夢中になって柵の側まで近付いた。柵はどうやら、この授業の為に急拵えで作られた物らしい。ドラゴンまでは三十メートルほどの距離があり、皆はドラゴンが鳴いたり、細長い炎を吐き出したりすると、ひゃーっと悲鳴を上げた。
 名前もハンナを引っ張って、木の柵のぎりぎりまで近寄ってドラゴンを見詰めていたが、隣にチャーリーがやってきた事を知ると、バッと彼を見上げた。
「チャーリー、ホグワーツに来るならそう教えてくれたって良かったのに!」
「教えたらつまらないじゃないか。吃驚したかい、名前?」
「当たり前だよ!」名前が叫ぶようにしてそう言うと、彼はくつくつと笑い出した。
 名前はキングズ・クロスでウィーズリー家の三人と別れる時、チャーリーが「またすぐに会えるかもしれないよ」と言っていた事を思い出した。彼が言っていたのはこの事だったのだ。名前が憤慨しているのを見て、にやにやと笑っているチャーリーは、双子の弟達にそっくりだった。

 何故ルーマニアの職員と名前が知り合いなのかとハンナが不思議そうに見遣る中、チャーリーは名前に色々と教えてくれた。ルーマニアからどうやってドラゴンを連れてきたかや、このドラゴンは雌で営巣中だという事、対抗試合の代表選手達は一人に付き一頭のドラゴンを与えられて、出し抜かなければならないという事。
「まだドラゴンが居るの?!」名前は興奮して叫んだ。
 名前はうっとりと、目の前に居るドラゴンを見た。名前は昔からドラゴンが大好きだった。学生の内に本物を生で見られるだなんて思ってもみなかったし、ウェールズ・グリーン種だけでなく、他の種類のドラゴンまで居るという。チャーリーは何の種類なのかは教えてくれなかったが、名前は俄然、対抗試合が楽しみになった。
「ねえチャーリー、営巣中だって言った?」
「駄目だぜ」チャーリーは名前が言わんとしている事を察して、先に釘を刺した。「僕らはハグリッドを止めるのだって精一杯なんだ。卵をくれなんて言われても、流石にあげられないよ」
 名前は唇を尖らせたが、すぐにドラゴンをうっとりと眺める作業に戻った。名前の目には、ドラゴンの噴いた炎がローブに燃え移り、慌てて揉み消しているルーマニアのドラゴン使い達など映ってはいなかった。何人かの生徒達が、仕方がないなという目で名前を見ているのも同様だ。チャーリーはそんな名前を見て、小さく笑っていた。

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