密談は岩穴で

「聞かせてくれないか。ホグワーツで今何が起きているのか」ブラックが言った。
 名前は、その前に彼があの晩に何が起こったのかを喋る方が先だと言った。名前が吸魂鬼に襲われた、先学期末のあの晩にだ。バックビークが何故ここに居るのかや、先日ヘドウィグがブラックからの手紙を運んできた訳などもだ。ブラックは暫く考える素振りをしていたが、やがて話し出した。

 ブラックは、あの時捕まっていた自分を、ハリーが逃がしてくれたのだと言った。バックビークに乗って逃げるようにと。名前はブラック自身もその辺りの事情を知らないらしいと察しながら、ハリーの事を考えた。
 自分の名付け親が両親達を裏切ったならどう思う、と、去年彼は名前にそう尋ねた。
 ブラックは以前、ポッター夫妻の居場所を知る秘密の守り人を、自分ではなく他の者に代わったと言った。そしてそれがポッター夫妻の命を奪う事になってしまったのだとも。
 ハリーが言っていた裏切りというはその事で、彼はブラックが両親を裏切って、例のあの人に二人の居場所を教えたのだと思っていた。しかし本当の裏切り者はピーター・ペティグリューという別の魔法使いだった。

 ブラックは叫びの屋敷にペティグリュー、ハリーとロンとハーマイオニー、ルーピン先生とそしてスネイプが集ったのだと言った。スネイプ先生がブラック諸共、人狼であるからとルーピン先生まで捕まえようとしたが上手く行かなかった事、見つかったスキャバーズがピーター・ペティグリューだと正体を現した事、ハリーとのわだかまりが解けたのだという事、ペティグリューをブラックの代わりに吸魂鬼へと引き渡そうとしたが、逃げられたのだという事を、ブラックは続け様に話した。
 名前はあれからの数日間、スネイプ先生がやけに機嫌が悪かった事を思い出した。名前だけでなく、他に何人も減点されたので、どうもおかしいと思っていたが、ブラックを取り逃がし、しかもそれがハリーによる手引きがあった事が明白だったかららしい。
「私達はスネイプと同期だったんだ。まさかアイツまでホグワーツに居るとは思わなかった」
 ブラックが「あの根暗、ギトギト髪、鉤鼻」とぶつぶつ言ったので、名前は小さく噴き出した。

 夏休みの間、ブラックはイギリスを離れていたが、訳あって再び戻ってきたらしい。魔法省が血眼になって彼を探しているのに、頭がおかしいんじゃないかと思った。こんな所、一人のマグルも居ないホグズミード村のすぐ近くに潜んでいるだなんて、いつ通報されても文句は言えない筈だ。
 ブラックは『イギリスに戻ってきた理由』を名前に打ち明ける気はないようだった。名前は鼻をむずむずさせたし、ブラックは口を噤んでしまった。息の詰まるような沈黙が訪れたが、洞窟の中に石か何かが砕けたような乾いた音が響き、二人は我に返った。バックビークが嘴で何かを砕いた音だった。ビーキーは、どうやら洞窟の隅にあった小動物の骨を漁っていたようだ。ブラックが名前を見た。
「私の事は喋った。そっちの事を話してくれ。ホグワーツで今何が起こってる? ――さっきも言ったが、君しか頼れる人間が居ないんだ」
 名前はちらっとブラックの方を向いた。
「何が起こってるかっていうと?」
「予言者新聞を見たが……三大魔法学校対抗試合が開催されるだって? しかもハリーが四人目の代表選手? 訳が解らない。詳しく話してくれると嬉しい。どんな人間がそれに関わっているか、選手に選ばれた他の三人が誰なのか、ダームストラング、ボーバトンの校長は誰か……それに小耳に挟んだが、マッド−アイ・ムーディが防衛術の教師になったというのは本当か?」
 名前は本当だと頷き、どう話し出せば良いのかと少し考えた。
「魔法省がずっと検討してたっていうんだけど、今年ホグワーツで対抗試合が開かれる事に決定したんだって。主に携わってるのは魔法国際協力部と、魔法ゲーム・スポーツ部。協力部部長がバーティ・クラウチで、魔法ゲーム・スポーツ部部長がルドビッチ・バグマン。二人は審査員としても試合に参加するんだって」
「クラウチ?」シリウスが小さく呟いた。「続けてくれ」
「校長が誰かって言ってたけど、ダームストラングの校長は山羊みたいな髭のカルカロフって人で、ボーバトンの方はマダム・マクシーム。ハグリッドぐらい大きな……――どうしたの?」
 ブラックは口元に手をやって、少しだけ顔色を暗くさせていた。
「カルカロフ……カルカロフだって? そんな話は聞いていない。そうか、だからムーディを引っ張り出して来たんだな……」
 名前は憮然とした態度でブラックを見た。既に、彼の手にあるハニーデュークスの袋は空っぽで、お菓子のゴミばかりが散乱していた。シリウスは名前が状況を飲み込めていないのを察したのだろう、自身も考えながらではあるが、ゆっくりと説明した。
「カルカロフというのは、恐らくイゴール・カルカロフという名前だろう。彼は昔、アズカバンに居たんだ。死喰い人だった」名前が少しだけ目を見開いたのを見て、ブラックが続けた。「そう、だから元闇祓いのムーディを表に引っ張り出してきた。彼は隠居していた筈だ――カルカロフを見張らせる為に、ムーディが選ばれた。何せ、カルカロフを牢獄へぶち込んだのはムーディ本人だからな」

 ブラックは、その後も名前に色々と質問をした。名前は仕方なく、出来うる限り丁寧に答えてやった。三大魔法学校対抗試合がどういう具合に行われるのかや、四人目の代表に選ばれたハリーはどうしているのかなど。ハリーが学校全体から敵視されていると聞いて、ブラックは苦い顔をしていた。
 名前が腰を上げたのは、ブラックが黙り込んで暫くしてからだ。
「もう帰るのか?」気付いたブラックは、そう言って名前を見上げた。
「あんたに付き合ってる暇なんて無いの。もう充分でしょ?」
 よっぽどバックビークと二人きりで過ごすのが退屈なのか、ブラックは暫く口を結んでいた。名前にはそれが、ふて腐れているように見えた。やがて彼は徐に立ち上がり、「送っていこう」と言った。
「冗談でしょ、アズカバンに戻りたいわけ?」
 ブラックが去年散々言っていた事によれば、ピーター・ペティグリューなる男が実は例のあの人の手下であり、その魔法使いはブラックがアニメーガスだという事を知っている筈だ。もしもペティグリューが何らかの手段で「シリウス・ブラックは黒い犬に変身する事ができる」と告発すれば、ブラックは無事では済まないだろう。ペティグリューは死んだ筈の人間で、表に出てくるのは難しいだろうが、匿名で手紙を送ったりと方法はいくらでもある筈だ。しかしブラックは、そんな事は一切考えていないようだった。
「犬に変身していけば平気さ。それに、新しい新聞が拾えるかもしれない」
「変身……」
 名前は思わず呟いた。そして、目の前の男を見上げた。

「ねえ、アニメーガスになったの、いつだって言ってたっけ?」
「五年生の時だが?」唐突な問い掛けに、ブラックは不思議そうに答えた。「それがどうかしたか?」
 無精髭が生えた薄汚れたブラックの顔を見詰めながら、名前は暫く黙り込んだ。――そうだ、最適の人間がいるじゃないか。怒らないだろうし、魔法省に密告したりなんてしない。というよりもできやしない。何せ、自分が脱獄犯だ……誰かに何かを言おうとすれば、それだけで捕まるだろう。ホグズミード中にブラックの顔写真がベタベタと貼られていたのも記憶に新しい。
 見たところ、ブラックは危険であれば危険であるほど好んでいそうだ。自身もアニメーガスだから、的確なアドバイスができる筈だ。
「ねえ、あたしに動物もどきになる為の方法を教えてよ」
「……何だって?」
 名前は、自分はアニメーガスになりたいのだと告白した。昔からなりたかったという事や、図書室中の本を読み漁り、禁書の棚の本も苦労して読破し、必要な事は大方メモをして寮の自室に仕舞ってあるのだという事を簡単に説明した。
 ブラックは予想外だったのだろう。名前がアニメーガスになりたいという事も、しかも未登録で動物もどきになろうとしている事も、そしてシリウスに教えてもらおうと考え付いた事も。彼は暫く考えていたようだったが、やがてにやっと口角を吊り上げた。


 ホグズミードの村外れまで、黒い野良犬は付いてきた。頼むから週に一度は食料を送ってくれと懇願していたブラックは、ここでも名前に熱烈なコールをかまし、苛立った名前が杖を取り出しそうになるまで、必死で名前のローブを引っ張り続けた。犬の涎でべとべとになったローブを見て、名前は梟便で届けさせるからと約束し、やっとブラックと別れて村の中へと戻った。スナッフルはまだ名前の方を見ていたが、やがて名前が振り返りもせず歩き去るのを見て、自分も洞窟の方へと踵を返した。
 名前は自分のお腹が限界に近付いている事を察していた。空腹すぎて、お腹と背中がくっ付きそうだ。買ったばかりの蛙チョコレートを口の中に放り込み、人の多いホグズミードを歩きながらも、名前はハンナを見つける事を殆ど諦めていた。何でも良いからお腹の中に入れたいと思い、名前は三本の箒に向かった。
 三本の箒の戸口で、名前はムーディ先生と、そしてハグリッドとかち合った。
「おお、よう、名前!」ハグリッドが陽気に挨拶した。
「こんにちは、ハグリッド」
 名前はそう言いながら、目の前のムーディのギョロ目から逃げるようにして、二人に道を譲った。ムーディ先生は少し驚いたような素振りを見せたが、やはりいつものように青い魔法の目をグルグルと動かし、辺りを眺め回していた。
 変な組み合わせだな、と名前は彼らを見送り、三本の箒の中に入った。パブの中はホグワーツ生で一杯で、名前はその中に、ハンナの姿を見つけた。アーニーも一緒だ。名前が彼女達のテーブルに近付いていくと、気が付いたのだろう、ハンナがパッと此方を見たが、すぐにツンと顔を背けた。まだ名前が、ここ最近彼女を構わなかった事を怒っているのだ。
「良かった、見つけた、ハンナ。ね、ここ座って良い?」
「やあ、名前」アーニーが言った。
 名前はハンナが何かを言う前に、彼らの間の椅子に座り込んだ。マントを脱ぎ捨てるようにしながら、名前は「お腹ぺこぺこ」と言った。
「何だい、まだ昼ご飯を食べてないのかい?」
「ンー……朝ご飯も食べてないんだよね。起きてすぐに此処に来たから」
「そういや、名前は朝食に居なかったな……」アーニーはそう、思い出しながら言った。
 彼が気にしたのももっともで、時計は既に三時を回りそうだった。スナッフルとさえ出会っていなければ、名前だってもう少し早く昼食を取っていただろうに。名前が立ち上がってカウンターの方へ行き、バタービールや軽い食事を持ってテーブルに戻ると、ハンナの機嫌が少しだけ直っていたようだった。

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