スキーター・パニック

 十一月もいつのまにか半分が過ぎ、三大魔法学校対抗試合の代表選手が選ばれてから二週間が経ったが、ホグワーツの中での対立は一向に変わっていなかった。それどころか、ハリーへの悪感情は益々激化していた。リータ・スキーターの記事のおかげだ。
 木曜の朝、名前はぼんやりしながらマフィンを食べていた。日曜日に一日中眠っていたというのに、連日の夜更かし、徹夜の疲れが、三日経ってもなお抜けきっていなかったのだ。もごもごと口を動かしていると、梟便の時間になった。いつものように、コノハズクが日刊予言者新聞を運んでくる。名前はゆっくりと代金を差し出した。それがあまりにノロノロした動きだったので、焦れたコノハズクが名前の手を突っついたくらいだった。
 梟が飛び立っていった後、名前は瞼が閉じていくのを阻止する為、冷たいかぼちゃジュースを飲んでいたのだが、新聞の一面をちらっと見た瞬間、ブーッと噴き出し、げほげほと咽せ返った。汚い!とハンナが名前に咎めるような視線を向けたが、名前は気にしている場合ではなかった。眠気は一気に消え失せてしまっていた。
 一面の大部分がハリーの写真だった。見出しはこうだ――生き残った男の子、課せられた試練。
 三大魔法学校対抗試合が、魔法省の尽力の末、数百年ぶりに開催された。という事は、記事の最後にちょこちょこっと入れられただけだった。記事は一面、二面、六面、七面と続いていたが、その大部分がハリーへの独占インタビューだった。ハリーが言ったとは到底思えない(「ええ、時々夜になると、僕は今でも両親を思って泣きます。試合では、絶対怪我したりしないって解っています。だって、両親が僕を見守ってくれていますから……」)事が書き連ねられていた。クラムやフラーの事は最後の一行に詰め込まれ、中でもセドリックなんて添え物扱いで、名前すら書かれていなかった。
 ハッフルパフ生はその事に激怒し、ますますグリフィンドールへの嫌悪を募らせた。皆、ハリーが目立ちたい、そして同情されたいが為に三大魔法学校対抗試合にエントリーしたのだと思った。他人を貶すのは感心しない、とセドリックバッジを付けるのを拒否していた僅かな生徒達でさえ、この記事を読むや否や一斉にバッジを付けたし、そればかりかハリーを見掛ける度にバッジを光らせたり、わざわざ予言者を引っ張り出して、見せびらかす程だった。
 主に、セドリックの友達の六年生達が、三大魔法学校対抗試合の記事(と言うより、ハリーの記事と言っても差し支えないが)の載った予言者新聞を持ち歩いていた。彼らはハリーが近付くと、ローブからさっと新聞を取り出し、「パパとママが居なくって大丈夫か、ポッター? ハンカチ貸そうか?」とか、「グレンジャーと一緒に居なくて良いのか?」とか言って、笑い出す始末だった。名前が見る限り、当事者であるセドリック自身は、彼らの対処に困っているようだった。ハリーがどうにかして名前を入れたんだろうとは思っているようだったが、それでもバッジは付けていなかったし、ハリーと会っても会わなくても、彼が悪口を言ったりしているのを名前は見たことがなかった(もっとも、セドリック本人が『セドリック・ディゴリーを応援しよう』だなんて文句のバッジを付けられない事も確かだったが)。

 薬草学の時間は、いつもはそんな事ないのに、十一月に入ってから、ひどくギスギスした空気が流れていた。スリザリンと合同の古代ルーン文字学より更に酷い。ハッフルパフ生はハッフルパフ生同士で組を作って、グリフィンドール生とは決して班を作らなかった。お喋りペチャクチャの木を植え替えるという作業の間、三人組を作るようにと言われていた。グリフィンドール側が最後に二人組が残っていて、ハッフルパフは四人が残っていたのに、ハッフルパフ生達はてこでも自分達で作業をすると言って聞かなかった。残っていたのがハリーとハーマイオニーだったから、尚更だ。スプラウト先生も容認しそうになっていたので、名前は仕方なく、残っていた四人の内の一人と代わり、ハリー達と一緒に組を作った。
 名前は植木鉢を植え替えている時、一言も口を利かなかった。ただでさえ、名前はバッジを付けていなかったから、ハッフルパフ生の間で浮いているのだ。ここで彼らと仲良くしようものなら、本格的に寮で孤立してしまうじゃないか。
 しかし、ハリーが本当に惨めそうな顔だったので、ペチャクチャの木が国歌を歌い始めたのを区切りに、黙り込むのは止めた。
「ねえ、今度のホグズミード休暇っていつだっけ?」
「……え?」
「え……って、あれ、掲示出てなかったっけ? ハーマイオニー、いつだったっけ?」
 突然話を振られたハーマイオニーは、名前が言ったのを聞いていなかったのか、それともキンキン声の国歌に耳をやられて聞こえていなかったのか、何も言わなかった。
「今度の土曜日だよ」
「そう、ありがとハリー。ちょうどお菓子を切らしてて……早くハニーデュークスに行きたいんだよね」
 名前はそのまま、適当な事を話し始めた。第三温室はそこら中でお喋りペチャクチャの木が、好き勝手に喚いていたので、ざわざわと雑音がし、生徒達も勝手にお喋りを楽しんでいた。
「名前……名前は――」ハリーが言った。緑色の目が見開かれていた。
「僕がゴブレットに名前を入れたんじゃないって、信じてくれるの?」
 名前は今度は下品な言葉遊びを始めたペチャクチャの木に少しだけ眉を顰めてはいたものの、そう尋ねたハリーにしっかりと頷いてみせた――やっぱり、ハリーは自分で名前を入れたんじゃなかったのだ。名前はそのままふんふんと鼻歌を歌いながら植え替える作業を続けたし、ハリーは奇妙に口を引き結んだまま無表情で、鉢を移動させたペチャクチャの木に、勢いよく土を放り込んでいた。ハーマイオニーはそっと目を伏せ、鉢を押さえ、そして優しく微笑んでいた。


 名前はその日の授業が終わった後、ようやくフリットウィック先生に出された『呼び寄せ呪文』の補習に取り掛かろうという気になった。何故か良い気分だったのだ。アニメーガスの資料を調べ終わった事も影響しているだろう。宿題が出された後、二回も呪文学があり、それでも名前が呼び寄せ呪文をマスターしていなかったので、そろそろフリットウィック先生の堪忍袋の緒が切れてしまうかもしれないという事も理由ではあったが。
 しかし、名前は談話室でハンナと一緒の机に座り、教科書を広げてはいたが、やはりというか、呼び寄せ呪文は二の次だった。我ながら呆れてしまう。名前の基本呪文集は机の上に置かれたままだった。名前は一週間で仕上げた羊皮紙の束を持ち、ずっとそれを眺めていた。頭の中ではアニメーガスについてで一杯だったが、名前は決してハンナにもこの事を教えていなかった。
 本と仲良くしている間、ずっと放っておかれたハンナは、ずっとぷりぷり怒っていた。名前が彼女に何も言わないので、拗ねているのだ。ハンナは呼び寄せ呪文のコツを決して教えてくれなかったし、出された宿題も見せてはくれなかった。彼女は今、名前の前で魔法薬学の予習をしている。

 動物もどきの魔法は、名前が以前から思っていた通り、とてつもなく複雑で、名前は確かに本を読みはしたが、本当に『読んでいた』だけだった。頭に入っていない部分の方が限りなく多かった。解らない事も解るようで解らない事も、全て書き写しはしたが、果たして実際自分だけでアニメーガスを習得できるか疑問だった。本当に、訳が解らないのだ。ホグワーツの七年生だって、あれをきちんと理解できるかと言われれば、無理だろう。
 勿論、誰かに頼るわけにはいかなかった。アニメーガスになる者は、まず届け出を出さなければならない。そもそも、未成年が試し半分でやっていい魔法ではないのだ。名前は勿論、届け出るつもりなど更々無かった。十数年前、ホグワーツに未登録のアニメーガスが居た事を知っている事も、名前の背中を後押ししていた。届け出無しで動物もどきになれば、名前はホグワーツに居られなくなるかもしれないし、勘当されるかもしれない。が、それだけの価値はある。
「名前、呼び寄せ呪文をやらなくって良いの?」
「んー……うん?」名前は生返事を返した。
 ハンナは、出来る限りの冷たい声を出そうとしていたようだった。
「このままじゃ、五年生に進級できないかもしれないわよ? 解ってる? 宿題くらい真面目にやらないと――名前! フリットウィック先生に怒られるわよ! 減点されるなんて嫌ですからね!」
「アー……うん、うん、そうだねえ」
 名前はちらと視線を投げ、それから杖を振った。「アクシオ!」
 談話室の向こうの方に溜まっていた五年生の方から、ひゅーんと蛙チョコレートが飛んできた。すっぽりと名前の手の中に収まり、名前はハンナを見た。突然チョコレートが宙を飛んだので、五年生達が驚いて呪文の出所は何処だと探していたが、それ以上にハンナが驚き、口をパクパクさせた。暫く彼女は無言だったが、やがて、「まったく、もう!」と言って、目にも留まらぬ速さで『薬草ときのこ千種』を鞄に詰め込み、ドスドスと歩いて行ってしまった。名前はやろうと思えばできるんだから、もう!とかぶつぶつ言っているのが聞こえた。
 失踪事件の犯人が名前だと突き止めたマホニーが、名前の頭を一発小突き、それから蛙を奪還した。
 ハンナは結局、それから一日中口を利かなかったし、金曜日になっても名前の前では一言も喋らなかった。名前は彼女がちょっと腹を立てているだけだとばかり思っていたので、そんなに重要には思っていなかった。

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