四人目

「ハリー・ポッター」ダンブルドアが四枚目の羊皮紙を読み上げた。
 気が付けば、大広間は気味が悪いほど静まり返っていた。名前も口を開けたまま、ダンブルドアを見詰めていた。何かの冗談だ。そう思った。
 名前は校長の背後で、カルカロフが、マダム・マクシームが、同じように――本当に、馬鹿みたいに――口を開けているのを見た。他の先生達も似たり寄ったりで、仰天した表情のままダンブルドアを見ている。
 ハリーの名前を呼んだダンブルドアだけが無表情だった。少なくとも、驚いてはいないように見えた。
「どういう事?」隣に居たハンナが呟いた。
 名前が思っていた事と全く同じ事だった。しかし、彼女の声音は驚きだけを伝えるわけではなかった。
 全生徒がハリーを見ていた。そして、段々と抗議の声が上がり始めた。誰かが一人喋り出せば、もうそれは止まる事ができない。ワンワンと巨大な何かがうねっているような、蜂の大群のような音が大広間で広がった。名前は思わず口元に手をやったが、それでも教職員テーブルを見ていた。マクゴナガル先生がバグマンとカルカロフの後ろを通り、ダンブルドアに何かを囁いていた。ダンブルドアは、眉を寄せている――。
「ハリー・ポッター!」
 ダンブルドアが先程よりも大きな声で、もう一度そう呼んだ。どういう事だ、代表はセドリックだ、四人目なんてありえない。そんな声が渦巻いている中でも、ダンブルドアの大声はよく聞こえた。
「ハリー! ここへ来なさい!」三度目の呼びかけでやっと、ハリーが動いた。
 名前が見ていた限りでは、どちらかというと自主的に動いたのではなく、ハーマイオニーに押し出されたようだった。名前には、ハリーがふらふらしているように感じられた。何故、何が起こったのか、一番解っていないのは彼のようだった。
 ハリーは生徒達の暴言を背に受けながらもダンブルドアの所まで辿り着き、セドリック達と同じように右に曲がり、教職員テーブルに沿って進み、奥の扉から出ていった。彼が消えてからも、ダンブルドアが宴会の終了を口にしても、生徒達は怒ったようにワーワーと喚いていた。しかも、憤っているのはホグワーツ生だけではなかった。どうしてホグワーツの代表は二人なのかと、ボーバトン生もダームストラング生も怒っていた。
 やがてバグマンがハリーの後を追い掛け、ダンブルドア、クラウチ氏、カルカロフとマダム・マクシームが奥の小部屋へと消えた。生徒達は宴会がお開きになった後、いつものようにすぐに寮に戻る事をしなかった。みんな、口々に文句を喚いていた。やがて大広間に残った先生達が、追い立てるように生徒を寮へと戻し始めた。


 他の寮の生徒達の喚きようも凄かったが、やはりハッフルパフの怒りは物凄かった。先生に怒鳴られてもまだ大広間に残り、抗議している生徒が大勢居た。名前はハンナ達と一緒に歩きながら、彼女達が訳が解らないと大声で話し合っているのを聞いていた。
「あの人、なんだって年齢線を越える事ができたの?」
「誰かが手伝ったんじゃない? 上級生が彼の名前を入れてあげたとか……」
「信じられない。代表選手はセドリックだ。それなのにあんな――」
 ハンナもスーザンもアーニーも、誰もハリーの名前を呼ばない事に、名前は嫌でも気が付いた。皆険しい顔付きだった。アーニーなんて、普段ハリーとは仲良くしているのにだ。寮の前の静物画にやってきたハンナは、頭に血が上っていたせいで、うっかり合い言葉を間違えた。
「マーリンの猿股!」
「その――何ですって?」ブラックチェリーが思わず聞き返した。
「アー……気にしないで。マーリンは杖を選ばず」
 名前が言い直すと、「バスケットのある静物画」は不思議そうに「その通り」と言い返し、すっと横にスライドした。談話室の中でも大広間と同じように、沢山の生徒達が大声で議論し合っていた。寮生が全員残っているようだった。ポッターが狡をしたのだの、誰かが細工しただの……。
 名前達は端の方の机の一つを占領して座ったが、此処に来てもまだ、やはりハンナ達の怒りは収まらなかった。口々にハリーを罵っていて、他のハッフルパフ生達も同じだった。名前は本当なら、一人で部屋に戻って『変身術大全』の続きを読むつもりだった。おそらく、四人目の代表選手が選ばれたりしない限り、談話室は見事選手に選ばれたセドリックのお祝い一色に染まり、誰が何をしていようともみんな気にしなかっただろう。選ばれたのがセドリックでなかったにしても、やはり女子生徒の一人が寝室に行ったところで誰も気にしなかったに違いない。しかし今は、どうにもそういう雰囲気ではなかった。
 小部屋の中に入っていったセドリックは、まだ戻って来なかった。談話室の中が険悪なムードに包まれている今、自分がやる事は一つだと思えた。ハリーが自分で名前をゴブレットに入れたんじゃないかもしれないなんて考えているのは、名前一人だけのようだった。
 名前がすっくと立ち上がると、不思議そうにハンナが「名前?」と聞いた。
 名前は無言で暖炉前まで歩き、すうっと息を吸い込んだ。

「みんな聞いて!」
 名前が突然大声を出すと、近くにいた六年生や七年生がぎょっとして、談話室の半分が静かになった。残りの半分は名前の声が聞こえなかったのだろう、まだざわついていたが、四年生の女子生徒が一体何を言おうとしているのかと面白がった生徒達や、クィディッチのチームメイト達なんかが、まだ喋り合っている生徒達を静かにしてくれた。ハッフルパフ生全員の視線を感じながら、名前は少しだけにっこりした。
「オッケー、オッケー、ご協力ありがとう。みんな聞こえてる?」名前が言った。
「みんな何か大事な事忘れてるんじゃない? ――確かに、ウーン、あたしもビックリしたよ。四人目の代表選手なんて……ね? だってそんな事、『ホグワーツの歴史』にも他の本のどれにも、まったく書かれてなかった!」
 名前がそう言うと、何人かがそうだそうだと声を上げ、次第にざわめきが大きくなった。しかし再び名前が口を開こうとすると、何人かが注目してくれたので、ハッフルパフの談話室はまた静かになっていった。
「もしかしたらダンブルドアが老いぼれて間違えたのかもしれないし、ひょっとすると誰かが細工したのかも。でもさ、ほら、彼はあたしと同じ四年生なんだよ? ――みんな思い出してよ、ホグワーツの代表に選ばれたのは誰だった? フラーの後に、名前が呼ばれたのは誰?」
 途端に、呟きがさわさわと談話室に広がった。
「そう、セドリックだよ! 多分もうすぐセドは帰ってくるよね。きっと、最初の課題が何なのかとかを聞いてるだけだから。みんなさ、四人目の事なんてひとまず忘れて、セドリックをパーッとお祝いしようよ――ハリーの事をどうこう言ったって仕方がないし、言ったところでセドリックは喜ばないって、解るよね? ――スリザリンでもレイブンクローでもグリフィンドールでもない、ハッフルパフのセドリック・ディゴリーが、ホグワーツの代表選手なんだよ!」
 名前が叫ぶと、みんながそうだそうだと口々に同意した。談話室の中は再び喧騒に包まれた。皆、セドリックがいかに素晴らしい生徒で、ホグワーツ生千人の代表に選ばれたのだという事をやっと思い出したようだった。セドリックを出迎える準備をしようと言うと、何人かの生徒が部屋に戻ってお菓子やらクラッカーやらを取ってくると駆け出し、もう何人かの生徒は厨房へ行って食べ物を拝借してくると静物画の穴をくぐっていった。

 ハッフルパフ生達が皆顔を揃えてセドリックの事を話し始めた時、名前はそっと暖炉の側から離れ、ハンナ達の所に戻った。談話室の雰囲気は一変していた。もう誰も、ハリーの事をとやかく言ってはいなかった。やがて、セドリックが帰ってくると、爆発のような歓声が起こり、彼を出迎えた。名前は押し合いへし合いされているセドリックをちらと眺めてから、ハンナ達に断りもなしに(ハンナも他の友達も、みんなセドリックの方へと駆け寄っていたのだ)部屋に戻った。


 同室の女の子達が戻ってきたのは、それから大分時間が経ってからだった。とっくに消灯時間は過ぎていた。名前は天蓋のカーテンを閉め、ずっと本を読み耽っていた。『変身術大全』は殆ど読み終わり、『いにしえの変身−あなたはウサギになれるか−』に取り掛かっていた。恐らく寝ていると思ったのだろう、みんな名前に声を掛けなかった。やがて「おやすみ」を言い合う声が聞こえ、すぐに寝息が聞こえ始めた。
 名前はむっくりと起き上がり、カーテンを開けた。隣のベッドのハンナはすやすやと寝ていたし、他の女の子達もそうだった。名前は起き上がってひっそりと談話室に戻った。部屋の中よりも、談話室の暖炉の前の方がよっぽど読書が進むんじゃないかと思ったのだ。
 談話室は先程までの馬鹿騒ぎの影もなく、ひっそりと静まり返っていた。あちこちにバタービールの空き瓶や、お菓子の残骸が散らばっていた。誰も居ないと思っていたので、暖炉の前にセドリックが座っていたのを見た時、名前は心底驚いた。
「隣良い?」と声を掛けると、彼は目に見えてびくっと体を揺すったが、やって来たのが名前だと知ると、ほっと顔を緩ませて、「勿論」と言った。
 セドリックは杖を磨いていたようだった。脇の机に、布や研磨用の薬剤が置かれている。
「こんな時間に一人で何をやってるんだい?」
「ねえ気付いてる? それ、あたしも聞きたい事だって事」
 名前がそう言うと、セドリックは小さく笑った。
「ほら……同室の連中が寝かせてくれなくて。それに、眠れる気分じゃないんだ」
「そう、オッケー」名前は重い瞼を懸命に開けて、『いにしえの変身』を開きながら言った。
「あたしは見ての通り、本が読みたくて。ベッドの中でだって別に良いんだけど、つい寝ちゃうからこっちに来たんだ。暖炉前なら暖かいだろうと思って」
「そう」セドリックの声には、「早く寝ないと駄目だ」というニュアンスが含まれていた。しかしながら、彼自身にもそれは言える為、口には出さなかったらしい。磨かれたばかりのセドリックの杖が、炎に照らされてピカリと光った。
「本当におめでとう。ビックリしちゃった、セドが選ばれるなんて」
「うーん……実は僕もなんだ。まだ信じられない気分だ。代表選手なんてさ」

 名前は自分の右手がページを捲るのを拒否するようになるまで、ずっと暖炉の前に居た。その間、ずっとセドリックとは口を利いていなかった。限界がやってきた時、誰に言うでもなく呟いた「おやすみ」に、「おやすみ」という返事があった事に少なからず驚いた。セドリックはまだ名前の隣に座っていたのだ。しかしその驚きも、名前の眠気を吹き飛ばす事はできず、名前はそのままトンネルをくぐり、よろよろと自分の部屋までやってきて、ベッドに潜り込んだ。いつ寝入ったのか解らないほど、名前はぐっすりと眠り込んでしまった。

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