選ばれた代表選手達

 生徒達が今か今かと待っていた瞬間がやっと訪れた。ゴブレットが再び赤々と燃え上がったのだ。
 ゴブレットからは羊皮紙を入れた時と同じように、勢いよく火花が飛び散り始め、次の瞬間、赤い炎がメラメラと燃え盛った。やがて、杯から溢れた炎が細長く伸び、ちろちろと舐めるように燃え、その火花の先から少し焼け焦げた羊皮紙がハラリと落ちた。
 何人かがごくりと生唾を飲み込んだ音がした。ダンブルドアはその羊皮紙が床に落ちる前に捕まえた。炎のゴブレットは再び青白くなっていた。ダンブルドアがその炎の灯りの下、羊皮紙を読もうと目を凝らした。
「ダームストラングの代表選手は」ダンブルドアが言った。
 名前はカルカロフ校長が今や、にこやかな笑顔の仮面を剥ぎ取り、爛々とした目でダンブルドアが手にしている羊皮紙を見詰めている様をありありと見た。
 ダンブルドアが羊皮紙の名前を読み上げた。「ビクトール・クラム」
 大広間中から歓声が起こり、割れんばかりの拍手が送られた。あの著名なプロクィディッチ選手、ビクトール・クラムなのだから当然だ。ホグワーツ生の大多数、いや全員が、彼に拍手を送っていた。勿論、名前も手を叩いた。逆に、どちらかと言えばダームストラング生達の方が適当な拍手だった。
 考えてみれば、あの生徒達は全員がライバルなのだ。誰しもが、学校に名誉をと、賞金の一千ガリオンをと望んでいるのだ。それがもしも自分だったら――素直に喜べないのも当然かもしれなかった。
 クラムは拍手と歓声の嵐の中でもむっつりとしたままで、そのまますっと立ち上がった。それから前屈みな姿勢でダンブルドアの方へと歩いていった。彼は大広間中が歓声を上げていても無頓着で、名前は彼がこういった歓迎に慣れているのだろうと思った。世界的に素晴らしいシーカーなのだから当然だろう。クラムが扉の向こう側へと消えても、まだ拍手は鳴り止まなかった。
「ブラボー、ビクトール!」轟いた大声の主はカルカロフだった。顔中を口にして、クラムが代表選手になった事を喜んでいる。拍手の音にも関わらず、彼の声は大広間に居る全員に聞こえたに違いない。「解っていたぞ、君がこうなるのは!」

 長い拍手が止んだのは、再びゴブレットの炎が赤く燃えだした時だった。自然と手を打つ音が聞こえなくなり、皆が次の学校と、その代表選手の名前が呼ばれるのを待った。二枚目の羊皮紙を掴んだダンブルドアは、その丁寧に畳まれた小さな紙を慎重に開き、やがて読み上げた。
「ボーバトンの代表選手は」皆の関心が一つになった。「フラー・デラクール」
 クラムの時ほどとはいかないものの、やはり大広間は拍手と歓声に包まれた。
 レイブンクローの長テーブルに座っていた水色のローブの集団から、一人の女の子がパッと立ち上がった。名前が遠目にその子を見た時、マフラーをぐるぐると巻いていたあの女の子だと気が付いた。ダンブルドアの挨拶の時に冷やかし笑いをした、あの子だ。
 フラー・デラクールは目も眩むような美少女だった。美しい、腰まで届くようなシルバーブロンドの髪は風も無いのになびいている。常人とはオーラが違っていた。顔立ちまではっきりとは解らないものの、遠くで見ても、彼女ほど美しい人は他に見た事が無いと断言できる。――いや、有るかもしれない。ワールドカップで見た、あのヴィーラ達だ。
 フラーが颯爽と歩くと、何人かの男子生徒が、拍手をしながらも恍惚とした表情で、ひどく間の抜けた顔で彼女を見詰めていた。拍手に見送られながら、フラーもクラムと同じように教職員テーブルに沿って歩き、やがてその後ろの扉から隣の部屋へと消えた。


「いよいよだぞ!」名前の目の前に座っているアーニーが、思わずといった調子で、そう声を漏らした。
 フラーが姿が見えなくなると、拍手は次第に鳴り止んでいった。ゴブレットはまだ青白い炎だったが、ホグワーツの全員が息を殺し、次の瞬間を待っていた。一秒が何分にも何時間にも感じられた。
 名前は、できればセドリックが代表に選ばれれば良いなと思っていた。ハッフルパフでは殆ど満場一致で、彼がホグワーツの代表選手になるようにと願っていて、そしてそうなる事を信じていた。その事が、座っているだけでもひしひしと伝わってくる。名前も同じだったのだ。
 確かに、友達が学校の代表だなんて変な感じだ。しかしながら、それ以上に素敵な事なんて無い。

 名前もどきどきしながら、ゴブレットを見詰めていた。
 やがて、パッと赤い炎が燃え上がった。全員が次の瞬間を待っていた。炎が宙を舐めるように燃え、やがて細長い舌のような炎の先から、三枚目の羊皮紙が落とされる。ゴブレットの炎が再び青白い炎へと変わった時、ダンブルドアは既にその羊皮紙を手にしていた。
「ホグワーツの代表選手は――」
 ダンブルドアが読み上げた。大広間の緊張が最高潮に達し、皆が興奮で胸を高鳴らせた。ダンブルドアが半月眼鏡の奥からその青い目を、煤けた羊皮紙に書かれた名前の上に走らせた。ダンブルドアが口を開いた。
「――セドリック・ディゴリー」

「おめでとう!」叫んだのは名前だけではなかった。
 ハッフルパフの机から、爆発のような大歓声が起こった。ハッフルパフ生は総立ちになり、拍手をし、歓声を上げ、足を踏みならした。他の寮生達――グリフィンドールや、レイブンクローや、スリザリンの寮生達――は、一瞬唖然としていたが、それでも拍手をした。
 クラムが代表に選ばれた時よりも、更に大きな拍手と歓声の渦だった。
「やったぞ! セドリックが代表だ! セドリックがホグワーツの代表だ!」
 誰が何を言っているのか解らないくらいだった。耳がおかしくなってしまいそうだ。しかしそれでも名前は手が痛くなるほど拍手をしていたし、何度も「おめでとう!」と叫んでいた。もっとも、隣のハンナが何を言っているのかすら聞き取れない今の状態では、誰にも聞こえてなどいないだろうが。
 セドリックは嬉しそうに、そして照れ臭そうに、にっこりと笑っていた。ダンブルドアに言われたように、隣の小部屋へ行こうと前に進もうとはしていたのだが、ハッフルパフ生が次々と握手を求め、声援を投げかけたので、なかなか思い通りに進めていないようだった。
 セドリックが教職員テーブルの奥の扉をくぐり、姿を消してからも、拍手はなかなか鳴り止まなかった。ハッフルパフ生達は皆が興奮し、簡単には正気を取り戻せなかった。
 グリフィンドール生でもない、レイブンクロー生でもない、スリザリン生でもない、ハッフルパフの生徒が、ホグワーツの代表なのだ。こんなに素晴らしい事が、他にあるだろうか? いつだったかハッフルパフ出身の校長の肖像画が、自分の寮は殆ど注目を浴びたことが無いと言っていた。いつだったか太った修道士が、皆が怪我をしなければそれで良いと言っていた。――セドリックがホグワーツの代表だ!


 他の二人へのよりも断然長く、果てしなく続いたセドリックへの拍手が、やっとの事で鳴り止んだ時、ダンブルドアが嬉しそうに「結構、結構!」と呼び掛けた。
「さて、これで三人の代表選手が決まった。選ばれなかったボーバトン生も、ダームストラング生も含め、みんな内揃って、あらん限りの力を振り絞り、代表選手達を応援してくれることと信じておる。選手に声援を送る事で、皆が本当の意味で貢献でき――」
 涙を拭っているハンナの背を優しく撫でていた名前は、何故ダンブルドアが途中で言葉を句切ったのか解らなかった。名前はダンブルドアの方を向いた。


 炎のゴブレットが再び赤く燃え上がっていた。
 宙を舐めるように揺らめき、赤々と燃えている。舌先から羊皮紙をハラリと落とし、四度燃え上がった炎のゴブレットは、やはり再び青白い炎へと戻った。役目を担い、ふわふわと舞った羊皮紙を、ダンブルドアは殆ど反射のような俊敏な動きで掴んだ。大広間に居る全員が唖然とし、ダンブルドアがその羊皮紙に書かれた名前を読み上げるまで、長い沈黙が訪れた。

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