紅が躍る

 次の日の朝、名前はハンナに揺さぶられて目を覚ました。玄関ホールに行って、誰が名前を入れるのか見ようと言うのだ。彼女は既に制服のローブに着替えていた。同室の女の子達はまだ誰も起きていなかったがそれもその筈で、まだ日が昇ったばかりで辺りは薄暗かった。
 名前は眠い目を擦り擦り、ハンナに引きずられるようにして談話室を通り抜け、玄関ホールに来た。設置された炎のゴブレットは、昨日と同じく溢れんばかりの青白い炎が踊っていて、それを見た名前は少しだけ目が覚めた。考えてみれば、これほど早起きしたのは夏休みのワールドカップ以来だった。もっともあの時は、太陽が顔を出す一時間も前から起きていたが。二人は大理石の階段の端っこに座り込んで、誰かがやって来てゴブレットに名前を入れるのを待った。

 うつらうつらしながらも、名前はハンナと共に、ジッと待っていた。時々誰かがやって来たが、名前達と同じように誰が立候補するのか見物しようという生徒達だった。一番乗りは――もっとも、名前達が見ている限りではの話だが――スリザリンの生徒だった。ゴブレットに名前を入れた後、名前達見物人がヒューヒューと冷やかすと、スリザリンの強気な態度は何処へ行ったのか、すぐさま階段を駆け下りて行ってしまった。
 それからもちらほらと、何人かがゴブレットに名前を入れた。みんな金色に淡く光る年齢線を跨ぎ、自分の名前と所属校を書いた羊皮紙を青白い炎にくべていった。羊皮紙を投じられるその瞬間だけ、青白かったゴブレットの炎は真っ赤に燃え上がった。
 しかし、中には例外もあった。エントリーした人数が片手では追い付かなくなった頃、二人の男女がその年齢線を跨いだ。すると、ジュッという大きな音。ゴブレットに名前を入れようとしていた彼らは、何か透明な物に突き飛ばされるようにして、線の外へと押し出されていた。名前達が何事かと思って見ていると、ポンと軽い音がして、二人の顔から一斉に白い髭が生え出した。男女は顔を見合わせ、お互いの髭の白さに真っ青になるやら、あまりの恥ずかしさに真っ赤になるやら、超特急で医務室へ飛んで行った。
「何が起こったの?」ハンナが目を白黒させた。
 彼女の他にも、去っていった二人の背中を唖然として見詰めている生徒が何人か居た。
「多分、十七歳未満だったんじゃないかな」と、名前。
「凄いわ、あの線、ただの光る線じゃなかったのね」と、ハンナ。
「ダンブルドアもよくやるね」名前はそう言いながら、もしも十月三十一日が誕生日だったら、どういう結果になるんだろうと考えた。ゴブレットは生まれた時間まで、きっちりカウントするんだろうか。十一月一日に生まれた六年生は悔しいだろうなとも考え、ほぼ同時にセドリックの顔が頭に浮かんできた。彼は一体、いつゴブレットに名前を入れるつもりなんだろう?
 炎のゴブレットを眺めている生徒が一時よりも増えていて、どうやら朝食の時間になったらしかった。名前は何か食べる物を持ってくるからと言ってその場を離れ、トーストを何枚かナプキンにくるみ、また玄関ホールへと戻ってきた。玄関の樫の大扉が開いていて、真紅のローブを身に纏ったダームストラング生の十人が一人一人羊皮紙を投げ入れているところだった。
 名前はハンナの隣に座り込み、バタートーストを差し出しながら、ダームストラング生一人一人を眺めた。みんな希望と熱意に満ち溢れ、然るべき栄光を胸に、目を輝かせていた。
 最後の一人がビクトール・クラムだった。クラムは箒に乗っていればあれほど素晴らしい動きをするのに、どうも普通に歩いているのを見る限りではO脚気味だった。しかし黒くて太い眉はきりりとしており、プロのクィディッチ選手の気迫を感じさせた。羊皮紙を受け取ったゴブレットは、一瞬だけ赤くなった炎をボッと燃え上がらせた。

 名前が最後のトーストを食べ終えた頃、フレッドとジョージ、そしてリー・ジョーダンがやってきた。彼らは玄関ホールの端っこに佇んでいたハリー、ロン、ハーマイオニーに何事かを耳打ちし、それから炎のゴブレットへと向かっていった。三人が三人とも小さな羊皮紙を取り出したので、名前は少しだけ驚いた。
「あの人達、六年生じゃなかった?」ハンナも驚いていた。
 名前は頷き、彼らの様子を見守った。まずフレッドが歩き出し、それから年齢線のすぐ外側で立ち止まった。やはり緊張するのだろう、爪先立ちになり、体を前後に揺らしている。彼は大きく息を吸い、それからゆっくりと年齢線を跨いだ。
 玄関ホールに居た全員が見守っていて、全員が成功したと思った。
「やった!」とジョージが叫び、フレッドの後を追って線の中に飛び込んだ。
 しかし次の瞬間、やはりジュッと大きな音を立てて、二人は線の外へと放り出された。それからポンっという軽い音がして、フレッドの顔からもジョージの顔からも、それはそれは見事な白髭が生えだした。髪の毛は燃えるような赤毛のままなので、ひどい違和感だ。先程見たものよりもよっぽど立派な髭だったところから察するに、どうやら二人は年齢線を越える為に何かをしたらしい。
 玄関ホールは笑いに包まれ、本人達ですら笑い出した。
「忠告した筈じゃよ」
 名前が振り返ると、ダンブルドアが大広間から出てくるところだった。一歩一歩大理石の階段を下りてくる彼も、どうやら面白がっているようで、小さく笑っていた。ダンブルドアは二人に医務室に行くよう促し、フレッドもジョージも未だ爆笑しているリーに付き添われて玄関ホールから出ていった。
 どうやら彼らは『老け薬』を飲んで炎のゴブレットに挑んだらしい。その後も、何人かホグワーツ生が羊皮紙を炎の中に入れた。ハッフルパフの七年生や、スリザリンの六年生、レイブンクローの監督生などがエントリーしていった。グリフィンドールのチェイサー、アンジェリーナ・ジョンソンがやってきた時、名前は心の中で「頑張って!」と呟いた。アンジェリーナの羊皮紙を受け取ったゴブレットは、やはり赤く燃え上がり火花を散らした。

 暫くして、樫の大扉がパッと開いた。水色のローブ、ボーバトン生達だ。後から入ってきたマダム・マクシームは生徒達を一列に並ばせ、やはり一人一人小さな羊皮紙を投げ入れていった。名前はボーバトン生が十人、ゴブレットに名前を投じるのを見ていたが、彼らが再び樫の扉を通って外へ出ていき、入れ替わりにスーザンやアーニーがやってきたので、立ち上がった。
「名前、行っちゃうの?」ハンナが寂しそうな声を出した。
「まあね。一日中見てても仕方ないし……誰か知ってる人がエントリーしたら教えてよ」
 名前は手を振ってハンナ達と別れ、寮へ向かう為に階段を下りた。階段の踊り場でセドリックとかち合ったので、名前はおはようと挨拶した。セドリックもおはようと言った。
「今から朝食? それともゴブレット?」
 名前がそう尋ねると、セドリックはくっくと笑い、「朝食だよ」と言った。
「それじゃあセド、この道は止めた方が良いと思うな。別に行っても良いけど、玄関ホールで大勢が見物してるから、何で名前を入れないのかって聞かれると思うよ」
 名前は自分が先程まで玄関ホールに居て、朝早くから誰が炎のゴブレットに名前を入れるのか見ていたのだと説明した。話ながらも二人は階段を下りて、名前は図書室に行く為の近道を、セドリックは大広間へ向かう為の遠回りの道を歩き出した。セドリックはダームストラング生が全員と、ボーバトン生全員がゴブレットに名前を入れたと聞くと、感心したように「へえ」と声を漏らした。
「凄いな……」
「セドは入れないの?」名前が聞いた。
 彼はちらりと此方を見て、それから少しだけしてやったりという顔をした。
「実は昨日の内に入れたんだ。僕は昨日、一階の見回りに当たっててね――ほら、監督生のやつだけど――みんなが寝てる間に、こっそりとさ」
 名前が目を見開くと、セドリックはおかしそうにクスクスと笑った。
「うわー……やるね、セドリック」
「ありがとう」
 セドリックは得意げだった。
 名前とセドリックはそれから一階分の階段を上り、名前はそのまま上へ、彼は廊下を曲がっていった。階段を上りきった所でムーディ先生と出くわしたので、名前はひどく驚いた。青い目玉が好き勝手に動いている恐ろしげな顔は、休日に出会いたくない顔の上位に入る。もっとも、ベトベト髪のスネイプよりはマシだ。スネイプ先生はすぐに難癖を付けて減点してくるので、できれば平日であっても会いたくなかった。
「何だ? お前は炎のゴブレットに名前を入れないのか?」
 わざとらしく黒い目で名前を見回し、髭が生えていない事を確認したムーディ先生は、そう言って乾いた笑い声を上げた。ムーディの魔法の目がす、と足元の方に向けられた。
「今のは……――確かディゴリーと言ったか」ムーディが呟いた。
「お前はこんな所で何をしているんだ?」
「図書室に行こうと思って」
 名前がそう答えると、セドリックを追い掛けていたように見えた青い目がぐるりと回り、名前を見据えた。
「土曜日の、こんな朝早くからか? ……フム、名字、本が好きか?」
 名前が黙って頷くと、ムーディは一人「そうか、そうか……」と頷きながら、それ以上は何も言わずに去っていった。コツッコツッと音を立て、左右に体を揺らしながら歩いていくムーディ先生を暫く見詰めていたのだが、とある事を思い付き、がこんと動き出した階段から慌てて飛び降りて、ムーディに声を掛けた。
「あの、ムーディ先生、実は私読みたい本があるんですけど――」

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