炎のゴブレット

 大広間でいつものようにテーブルに座った後も、ホグワーツ生は未だクラムをよく見ようと必死だった。椅子に座ったまま、入口の方に背筋を伸ばし首を伸ばしているだけならともかく、ぎりぎりまで腰を浮かし、プルプルと痙攣してまでクラムを見詰めているのは、見ているこっちが笑ってしまいそうだった。ボーバトンとダームストラングの生徒達は、どこに座ればいいのかと暫くの間大広間の入口に留まっていたが、やがてボーバトン生はレイブンクローの机に、ダームストラング生はスリザリンの机に座った。
 名前はボーバトン生が皆、仏頂面をしている事に気が付いていた。室内に入ってもまだ寒いのか、しっかりとショールを巻き付けている女子生徒も居たが、肌寒さだけが彼らが機嫌を損ねている理由だ、という訳ではないように思えた。一方のコートを脱いだダームストラング生は――毛皮のコートの下は真紅のローブだった――、夜空を映す天井をしげしげと眺めていたり、宙に浮く蝋燭や金の皿に興味津々だった。他校生が空いていた席に着き、彼らの分の皿と杯がパッと現れた時、確かにダームストラング生の何人は感嘆の声を漏らしていた。
 教職員のテーブル方ではまだ誰も座っておらず、ボロボロの燕尾服を着込んだフィルチが、いくつか椅子を追加していた。ダンブルドアの右側に二つ、左側にもう二つだ。一つはマダム・マクシーム、一つはカルカロフ校長。あとの二つは誰の為の物なのだろう?
 やがて先生達がやってきて、最後にダンブルドアとカルカロフ校長、マダム・マクシームが大広間に入ってきた。マダム・マクシームが姿を見せると、水色のローブのボーバトン生達がパッと立ち上がり、マダムが座るまで動かなかった。どうやらホグワーツよりも、よっぽど礼儀に厳しい学校らしい。

 カルカロフとマダム・マクシームは着席したが、ダンブルドアは立ったままで、そのまま口を開いた。
「こんばんは、紳士淑女、そしてゴーストの皆さん。そしてまた今夜は特に、客人の皆さん。ホグワーツへのおいでを、心から歓迎致しますぞ。本校での滞在が、快適で楽しいものになることをわしは希望し、そしてまた確信しておる」
 レイブンクローの席に座っていたボーバトンの女子生徒の一人が、くすくすと嘲笑のような笑い声を漏らした。未だにマフラーをきつく巻き付けたままの女の子だ。彼女の笑い声はまるで、「自分達がホグワーツなんかで楽しめるわけがない」と言っているようだった。名前を含めホグワーツ生の何人かがその子をチラッと睨んだが、ダンブルドアはそのまま話し続けた。
「三交代校試合はこの宴が終わると同時に、正式に開始される事になっておる――さあそれでは、大いに飲み、食べ、かつ寛いで下され!」
 ダンブルドアが言い終わると同時に、いつもの宴会の時と同じように金の皿がパッと満たされた。ロースト・チキンに何種類ものパイ、山盛りのブラッド・ソーセージ、茹でたじゃがいも等々だ。しかし名前が見たこともないような料理も並んでいる。周りの反応を見てみれば、どうやら外国の料理のようだった。
「うー、ワー、何その赤いの」
 名前の視線の先にあったのは、何やら細切れの野菜が沢山入っている赤いスープのようなものだった。一体何を使ってそんな色をつけたのだろう。他にも、揚げたパンらしきものや、貝のシチューのようなものと、見慣れない、それでいて得体の知れない料理が沢山あった。どうやらホグワーツの屋敷しもべ妖精達は、遠方からの客人の舌も唸らしてやろうと張り切ったらしい。名前はいつものイギリス料理の他、揚げたパンと貝のシチューは皿に取り分けたが、赤いスープだけは一口も食べなかった。
 歓迎会が始まって二十分程が経った頃、そっとハグリッドが入ってきた。彼は一番端に座り、包帯だらけの手をハリー達に振っていた。
 名前は潰したジャガイモにオレンジ色のようなベージュ色をしたソースをかけながら、ふと、先程ハグリッドが入ってきた教職員テーブルの後ろのドアから、二人の魔法使いが入ってきたのを見た。ワールドカップで会った二人、クラウチ氏とバグマン氏だった。彼らの登場に気付いたダンブルドアはさっと立ち上がり、二人と握手していた。
「あの人達、誰かしら?」名前の視線の先を見て、ハンナが聞いた。
 彼女は勇敢にも、あの赤いスープを取り皿に取っていた。
「きっちりしてる方が魔法省国際魔法協力部部長のクラウチさんで、にこにこしてる方が魔法ゲーム・スポーツ部部長のバグマンさん」
 以前ウィーズリー氏がハリーとハーマイオニーに説明していた時のように、今度は名前がそう説明した。ハンナは感心したように「へえー」と声を漏らした。彼女は何故そんな事を知っているのかと、不思議そうだった。
「ほら、あたしウィーズリーさん達と一緒にワールドカップに行ったでしょ? キャンプ場で、あの人達がウィーズリー家のテントに来たの。おじさんに用があったみたいで」
 名前はそう言いながら、カルカロフ校長の隣に座ったバグマン氏と、マダム・マクシームの隣に座ったクラウチ氏を眺めていたが、ふとムーディ先生に目が行った。何故か、普段と違うような、そんな違和感がムーディにはあった。名前はやがて、ムーディの『魔法の目』がいつものようにグルグルしていない事に気が付いた。黒い普通の目は目の前のご馳走を見詰めていたが、ブルーの目だけはずっとダンブルドアの方に向けられているのだ。もしかしたら、新しい客人達が危険な物を隠し持っていたりしないか、警戒しているのかもしれない。ムーディの目は堅い木でも見透かす事ができるようだから、危険物を持っていても一目で解るに違いない。名前が見ていると、やがてムーディは青い目を客人達から外し、いつものように上下左右を警戒する動きに戻した。

 デザートになっても名前の知らない異国料理が並んでいたが、やがて皿は元のようにピカピカになり、ダンブルドアが再び立ち上がった。がやがやとしていた大広間が静まり返り、全員がダンブルドアに注目していた。
「時は来た」ダンブルドアが笑いかけながら言った。
「三大魔法学校対抗試合は今まさに始まろうとしておる。『箱』を持ってこさせる前に、二言三言、説明しておこうかの。今年はどんな手順で勧めるのかを明らかにしておくためじゃが。――その前に、まだこちらのお二人を知らない者の為にご紹介しよう」
「――国際魔法協力部部長、バーテミウス・クラウチ氏」ダンブルドアが紹介すると、教職員と、真面目な生徒達からの儀礼的な拍手がぱらぱらと送られた。名前も一応は拍手していたが、それもすぐに止んだ。クラウチ氏はにこりともしなかった。名前には彼のその顔が、疲れ切っているような、そんな表情に見えた。
「――魔法ゲーム・スポーツ部部長、ルドビッチ・バグマン氏」クラウチ氏の時よりも大きな拍手が上がった。バグマンはクラウチと違い、ニコニコしながら手を振っていた。手を叩きながら、生徒達の対応が違うのは、ウイムボーン・ワスプスでビーターをしていた事が関係しているのかもしれない、と名前は思った。
 拍手が鳴り止むと、やがてダンブルドアが再び口を開いた。
「バグマン氏とクラウチ氏は、この数ヶ月というもの、三校対抗試合の準備に骨身を惜しまず尽力されてきた。そしてお二方は、カルカロフ校長、マダム・マクシーム、そしてこのわしと共に、代表選手の健闘ぶりを評価する審査委員会にも加わって下さる事になっておる」
 生徒達が「代表選手」の言葉が出た途端、更に耳を澄ませた。ダンブルドア校長が合図をすると、木箱を捧げ持ったフィルチが教職員テーブルの真ん中へと歩いてきた。いくつもの宝石がちりばめられた、豪華で大きな箱だった。古めかしいデザインからして、大分昔からの物らしい。名前を含め、皆があれに一体何が入っているのかと心を躍らせた。
「選手達が取り組む課題の内容は、既にクラウチ氏とバグマン氏が検討し終えておる――」ダンブルドアの前にやってきたフィルチが、彼の前に置かれていた小さなテーブルに今、あの木箱を降ろした。ダンブルドアは言葉を続けた。「――更にお二方は」
「それぞれの課題に必要な手配もしてくださった。課題は三つあり、一年に渡って間を置かれて行われる。代表選手はあらゆる角度から、その資質を試されるのじゃ――魔力の卓越性、果敢な勇気、論理・推理力、そして言うまでもなく、危険に対処する能力などをのう」
 水を打ったようだった大広間が、今の言葉で完璧に沈黙した。
「――皆も知っての通り、試合を競うのは三人の代表選手じゃ。選手達は課題の一つ一つをどのように巧みにこなすかで採点され、三つの課題の合計点が最も高い者が、優勝杯を獲得する。代表選手を選ぶのは、公正なる選者――炎のゴブレットじゃ」

 ダンブルドアが杖を取り出し、木箱の蓋に三回触れた。蓋がゆっくりと開き、全生徒が注目する中、ダンブルドアは手を差し入れ、中から木製の大きなゴブレットを取り出した。何が『炎の』ゴブレットなのかと名前は目を見張ったが、次の瞬間、あっと息を呑んだ。
 荒削りのゴブレットから、青白い炎が燃え盛ったのだ。美しい炎だった。
 ダンブルドアは木箱の蓋を閉めるとその上に炎のゴブレットを置き、立候補する者はこのゴブレットに名前と所属校を書いた紙を入れる事と言った。炎のゴブレットは明日のハロウィーンの晩餐が始まるまでの二十四時間の間玄関ホールに設置され、周りには十七歳以下の者を弾く『年齢線』を引くのだとも。
「最後に、この試合で競おうとする者にははっきり言うておこう。『炎のゴブレット』が一旦代表選手と選んだ者は、最後まで試合を戦い抜く義務、つまり魔法契約で縛られる事になる。代表選手になったからには、途中で気が変わるという事は許されぬ。じゃからこそ、心の底から競技する用意があるかという確信を持った上で、ゴブレットに名前を入れるのじゃぞ――さて、もう寝る時間じゃ。ゆっくりおやすみ」
 宴会がお開きになると、生徒達は各々立ち上がり、そして三大魔法学校対抗試合の事を話していた。ボーバトンとダームストラングの生徒達は、どうやら外に向かっているようで、隊列を組んで玄関の方へと向かっていた。今夜ばかりは名前もハンナ達と一緒に、誰があの炎のゴブレットに名前を入れるかや、年齢線を越えようとする者がひょっとして現れるだろうかと話し合った。

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