来る十月三十日

 ついに十月三十日になった。大広間は外国からの客人を歓迎する為と、学校が始まる時のような飾り付けがされていた。壁には四つの寮を示す垂れ幕が掛かっていて、教職員テーブルの向こうには穴熊とライオン、蛇と鷲がHを取り囲んだ紋章が描かれた、ホグワーツの校章の幕があった。
 梟便の時間、いつものように沢山の梟が生徒達に手紙や小包を運んだ。
「あの梟、本当に綺麗よね」ハンナがうっとりして、飛んできたシロフクロウを見ていた。
 隣のグリフィンドールのテーブルに降り立った、ヘドウィグの事だ。白いフクロウはホグワーツにはヘドウィグしか居なかったので、彼女は時々注目の的になった。名前はクランペットを食べながら、ふと自分の方にも梟が飛んでくる事に気が付いた。名前はわざわざ手紙を送ってくる相手が見当たらなかったので、首を傾げた。
 そしてやってきた梟が、先程ハンナが呟いたヘドウィグだったので、名前は目を丸くして驚いた。ヘドウィグははっきりと、左足を名前に突き出した。何故かヘドウィグは随分疲れていて、名前はお礼を言って急いで羊皮紙を外し、労るように羽を撫でてやった。白フクロウは愛情込めて名前の指を甘噛みし、優雅に飛び立っていった。
「……至急、物資求む?」
「彼からなの?」
 名前が唖然として呟いたのを聞いてもいなかったハンナがそう尋ねた。彼女はまだ、飛び去っていくヘドウィグを見詰めていた。ハンナは『ハリーからなのか』と聞いたが、どうやらハリーからではないようだった。何故なら彼は今も隣のテーブルで朝食を食べているし、それ以前に唖然として名前の方を見ていたからだ。ヘドウィグが名前に手紙を運ぶ事が、予想外だったらしい。ハリーが出した手紙だったなら、彼はあんなに驚かないだろうし、そもそも彼は手紙という手段を名前に対して使わなさそうだ。
 一言だけ書かれた手紙の裏には、バタービールの広告があった(バーニーも言ってるよ「コウモリもコロッとはまるバタービール!)。どうやらチラシの裏面を使ったらしい。
「ハンナ、あたしちょっと厨房に行って来る」名前は大広間を出た後そう言った。
「――厨房ですって? 今、朝ご飯を食べたじゃないの」
 訳が解らないというように、彼女は眉を動かしたが、結局名前が何も言わなかったので、頷いて「一限目に間に合うようにするのよ」とだけ言った。

 名前には、『物資求む』なんてわざわざ頼んでくる人物が誰なのか、名前も書かずに手紙を寄越したのが誰なのか、想像がついていた。名前を頼らざるを得ない人物など、ほんの一握りも居ない筈だ。
 世間を騒がせた大量殺人鬼、アズカバンから脱獄したシリウス・ブラックは、今もディメンターに捕まる事なく逃げ回っていた。名前はそのブラックを、去年一年間ずっと世話してやっていた。ブラックは実はアニメーガスで、黒い大きな犬に変身する事ができる。餓死寸前だったその黒犬を、名前はずっと面倒を見てやっていたのだ。訳あってその犬がブラックだと知ってしまったが、それからも名前は彼に食べ物を運んでやっていた。
 そのブラックは学年末にホグワーツからもイギリスからも去っていったのだが、何故か今になって、名前に手紙を寄越した。
 ――物資求むだって?
 一時間目の授業が開始されるまでにはまだ時間があったが、それでも早足で階段を降りていた。早いに越したことはない。
 大広間の丁度真下の位置に、厨房はある。名前は寮の入口がある近くに辿り着き、一枚の絵の前で立ち止まった。果物ばかりが描かれた絵だ。その果物の中の一つ、洋なしをくすぐってやると、梨はクスクスと笑い始め、やがて厨房の入口が開いた。
 名前は大勢の屋敷しもべ妖精達に迎えられながら、大きなバスケットに入るだけ食べ物を詰めてくれないかと頼んだ。できるだけ日持ちがするものが良いと、付け加えるのも忘れずに。屋敷しもべ妖精達は朝食が出ている時間に名前がやってきたのに、どうして大広間へ行かないのかとか、少しも気にしたりはせず、嬉しそうにバゲットやらサラミやらを籠の中へ詰め込んだ。朝食の片付けや何やらで忙しい時間だろうにと、名前は少しだけ申し訳なく思った。
 五分後には、一抱えもある編み籠は食べ物の重みで唸っていた。
 名前は脳内にSとPとEとWの四文字が浮かんでいたが、それでも妖精達にお礼を言い、急いで厨房を出て西塔の天辺にある梟小屋を目指した。梟小屋は夜明けの狩りから戻ってきた梟が沢山居て、ウトウトと微睡んでいるようだった。迷惑げな顔を向けられながらも、名前はデメテルの所まで辿り着き、眠そうに欠伸をしている彼にバスケットを運んでくれるよう頼んだ。ルーマニアから帰ってきたばかりで疲れているかもしれないが、そういうわけにも行かない。
「これをブラックの所に――」名前はそう言いかけながら、はたと気付いた。デメテルは眠そうに、ゆっくりと首を回した。「――あの人、一体どこに居るわけ?」
 名前はブラックの居場所を知らなかった。知る筈がないじゃないか? 夏のいつだったかには、アフリカの方で目撃されたという話を耳にしたが、それでも彼は魔法省に捕まらなかった。手紙には本当に『至急、物資求む』としか書かれていなかったから、名前がブラックの居場所など知る筈がない。
 その時、デメテルの二段上の止まり木に居たヘドウィグが、眠そうな声でホーと鳴いた。名前は勿論梟の言葉なんて解らないので、不安げに彼女を見詰めたのだが、デメテルがカチカチと嘴を鳴らしたので我に返った。
 デメテルは「お任せ下さい」と言わんばかりにバスケットをその鉤爪で掴み、何の重みも感じさせる事なく悠々と飛んでいった。名前はメンフクロウが小さくなっていくのを少しの間見送っていたが、やがてヘドウィグにありがとうと礼を言った。どうやらヘドウィグは、デメテルにシリウス・ブラックの居場所を教えてくれたらしい。彼女は眠たげな黄色い目を名前に向けたが、やがて翼の間に頭を突っ込んで寝入ってしまった。名前は急いで梟小屋を後にしたが、防衛術の教室に辿り着いたのは始業のベルが鳴り終わる直前で、減点こそされなかったものの、ムーディに不気味な笑みを向けられてしまった。


 掲示されていた通り、午後の授業は三十分早く切り上げられた。飼育額の授業中、いつもより早い時間に聞こえてきた終業のベルに、名前は不満げに唇を尖らせたし、他のハッフルパフやレイブンクローの生徒達は嬉しそうにしていて、歓声を上げる者さえ居た。
 いまや尻尾爆発スクリュートは、一メートルに達しそうな程に育っていて、生徒達を見ても怖がる事は全くせず、むしろ何もしていないのに威嚇してくる程だった(スクリュートの威嚇は、尻尾をバンバンと爆発させる事だ)。なので、みんなが指を食いちぎられる機会が減るという幸運に喜んだのだ。

 名前達は地下のハッフルパフ寮へ戻って鞄と教科書を置きに行き、それから再び玄関ホールへと向かった。四人の寮監達がそれぞれ生徒を並べていて、一番前から一年生、二年生、と順々に列を作っていた。名前達は四列目に並び、ホグワーツの生徒全員が並んで外に出て石段を下り、城の真ん前に整列した。
「ああ名字、お願いだからもう少し髪をちゃんと結んで。後生だから」
 生徒達がちゃんと一列に並ぶように、身嗜みを整えるようにと注意していたスプラウト先生が、名前を見て悲痛な声でそう言った。先生があまりにも眉を八の字にして、困り果てたようにそう言ったので、名前は仕方なく適当に纏めていたゴムを解き、スーザンに櫛を貸してもらって念入りに髪を梳かし、いつもよりもきっちりと結び終えた。
 城の前に動かず立っていると、段々寒くなってきた。風はそれほどなかったが、もう十月も終わるし、日も沈みかけていた。名前は空の端っこ、禁じられた森の上空に、月が出ているのを見つけた。
 単に纏めるよりも、もしかするとハンナやスーザンみたいに三つ編みにした方が、印象が良いかもしれない。と、名前がそうぼんやりと思った時、最後列からダンブルドアの声がした。
「ほっほー! わしの目に狂いがなければ、ボーバトンの代表達が近付いてくるぞ!」
 生徒達は一斉にボーバトンの姿を探した。城へ続く道にも、校庭にも、どこにもそれらしい姿はなかった。名前は外国の学生達が一体どうやってやってくるのだろうかと、この時初めて不思議に思った。ハンナに尋ねようとした丁度その時、六年生の一人が「あそこだ!」と叫んだ。六年生は禁じられた森の上空を指差していた。

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