貼り出された掲示

 十月も半分以上が経ち、マフラーが手放せなくなってきた頃、玄関ホールにとある掲示が張り出された。子守唄のような魔法史の授業を終えた名前は、一度寮に戻り、それから夕食を食べに大広間へと上ったのだが、大広間へ行く前に、玄関の方へと向かう生徒の波を見つけた。
「何かしら?」ハンナが言った。
 名前も首を捻り、一緒に行って確かめてみようという事になった。
 生徒の群れは寮杯の得点を示す砂時計の横の掲示板の前にできていて(今現在、一番少ないのは黄色いトパーズだった)、どうやら何かが張り出されているらしかった。名前達の後ろを歩いていたジャスティンが、人混みの中から頭を突き出し、掲示されている紙を読み上げてくれた。どうやらトライウィザード・トーナメントの事が書かれているらしい。
「ボーバトンとダームストラングの代表団が、来る十月三十日の金曜日、午後六時に到着する。授業は三十分早く終了し、全生徒はカバンと教科書を寮に置き、「歓迎会」の前に城の前に終了し、お客様を出迎える事」
「――やったわ!」
「――そんな!」
 ハンナと名前が同時に叫んだ。「スクリュートと三十分も早くお別れできるわ!」
 ハンナの喜びようが面白かったのか、周りの生徒達がくすくすと笑ったが、彼女は気にしなかったし、名前も気にしている場合ではなかった。尻尾爆発スクリュートとの粋な時間も削られるわ、クィディッチも中止されるわで、三大魔法学校対抗試合なんて本当にろくなものじゃない。去年と違い、防衛術の授業でも魔法生物を扱うわけではなかったので、本当に魔法生物飼育学だけが名前の癒しの時間だったのだ。
「たった一週間後だ!」アーニーが言った。
「セドリックのやつ、知ってるかな? 僕、知らせてやろう……」
 彼はそう言って生徒達の波を掻き分けて走っていった。名前は何故セドリック・ディゴリーが三大魔法学校対抗試合に関心があるのかと少し考えた。セドリックと同学年のウィーズリーの双子が、エントリーできないなんてと悔しがっていた事が印象に残っていたのだ(もっとも、彼らは悔しがるだけでなく、その上でどうすれば公明正大なる選出者を出し抜けるかと策を巡らせていた)。やっと、名前はセドリックが十月生だった事を思い出した。彼は六年生だから、今度の誕生日で十七歳になる筈だ。
「セドリックだって?」
 少し離れた所から、ロンの間延びした声が聞こえた。
「あのウスノロが、ホグワーツの代表選手?」
「セドが何だって?」
 ムッとした名前は、アーニーがしたようにとはいかないものの、生徒達の間を擦り抜けて彼の元へとやって来た。言った本人よりも、主に彼と一緒にいたハリーが「まずいぞ」という顔をした。名前の突然の登場に驚いて、暫くロンは口を開かなかった。
「あの人はウスノロなんかじゃないわよ。優秀な学生らしいし、その上、監督生です!」
 ハーマイオニーがそう言い、名前も目一杯恐い顔をして頷いてみせた。ロンが悪かったよと呟いたので、名前は途端ににっこりして、またハンナ達の所に戻った。背後でロンとハーマイオニーが言い合っているのが聞こえたが、名前も流石にそこまでは首を突っ込む気にはなれなかった。

 セドリックが代表選手か。名前は夕食の席へと向かいながら、ぼんやりと考えた。
 確かに彼は、ハーマイオニーが言っていた通り頭も良いし素行も良いから、選考の対象にはなりやすいのかもしれない。名前はマカロニ・アンド・チーズを取り分けながら、トロフィーを持ったセドリックが得意げに笑っているのを想像してしまい、手が震えないようにするのに必死だった。笑えてきたのは、彼がチャンピオンだなんて似合わないという訳ではなく、セドリックと親しくなりすぎてしまったからだろう。友達が学校全体の代表になるだなんて、何だか不思議な気分だった。
 玄関ホールの掲示のおかげで、下火になっていた三大魔法学校対抗試合についての話題が、大広間の至る所で話されていた。誰がホグワーツの代表に選ばれるかという話題は、特に生徒達を熱狂させた。名前は誰それが立候補すると息巻いているだの、誰彼が代表選手に選ばれるだの、ハンナ達が論議しているのを聞きながら、ハッフルパフのクィディッチチームには、セドリックの他にも十七歳になる生徒が居た事を思い出した。
 名前はたまたま近くに座っていたコベット(今年七年生で、ビーターを務めている先輩だ)に、対抗試合に立候補しないのかと尋ねた。
「ああ、まあ最初は、名前を出すぐらいはしてみようと思ったんだけどね」
 彼女は何故かくすくすと笑い始めた。「あれが許してくれないもんだから」
 コベットが指し示した方には、彼女と同じポジションを務めている、アバンドンが座っていた。同級生達と一緒に夕食を食べている。余談だが、名前は彼が喋った所を今まで一度も見たことがない。名前が気付いた時には、既にコベットは友達とのお喋りに戻っていた。

 談話室に戻った後も、名前はそこかしらで三大魔法学校対抗試合について話されている事に気が付いた。ボーバトン、代表選手、ハロウィーン、と途切れ途切れに聞こえてくる単語は、全て対抗試合に関係があるものだった。名前はハンナと一緒に机に着きながらも、向こうの方でセドリックが同じ六年生に囲まれているのを見た。耳を澄ませば、彼らの会話は聞く事ができた。
「立候補しちまえよ、セドリック!」
「そうだぜ。選ばれればホグワーツの代表、優勝すれば賞金一千ガリオンだ!」
 周りの生徒達がワーワーと囃し立てていたが、どうもセドリック本人はあまり乗り気ではないようだった。苦笑していた(名前はこの表情を前にも見た事がある。ワールドカップの時、ディゴリー氏がハリーに話しかけていた、あの時と同じ顔だ)。


 掲示が張り出されてからの一週間は、ホグワーツの全員が浮き足立っているようだった。少なくとも、名前にはそう見えた。みんな、外国から客人がやってくるという事に対して期待と不安を抱いているのだ。城の中が徹底的に掃除されている事にも名前は気付いていて、いつもはギシギシと動く時に軋ませる音をさせていた甲冑達が、新品同様にきらめいていた。彼らは誰かが通ると、そうするようにと仕組まれたのだろう優雅なお辞儀をした。
 先生達もどこか気を張っているように見えたが、それでも授業がどんどん難しくなる事には変わりがなかった。名前達は天文学では毎回羊皮紙二巻きという膨大な量のレポートが出されたし、魔法薬学では解毒剤の授業が終わったと思ったら(名前はやっとのところで毒を飲まされずに済んだ)今度は発光薬の調合だ。飲ませたものの全身を光らせるという薬だが、いまいち使い道が解らない。杖が無い時に暗闇を歩く際には便利かもしれないが。呪文学では『呼び寄せ呪文』、変身術では『取り替え呪文』の実技に入り、四年生達は毎夜の寝不足に苦しんだ。
 久しぶりに禁じられた森を満喫して帰ってきた名前は、玄関ホールの掲示板の前にセドリックが立っているのを見つけた。寮杯の砂時計を見ているのではなく、どうやら三大魔法学校対抗試合の掲示を見ているようだった。名前が声をかけると、彼は振り向いて「やあ」と言った。
「セドはエントリーしないの?」
「ん? ああ、そうだなあ。確かに僕も考えたけど、そんなに気は進まないな。代表選手だなんて……軽々しく立候補するわけにはいかないと思うんだ。何て言っても、やっぱり学校でたった一人の代表になるわけだから」
 セドリックはそう言って、再び掲示の方に視線を戻した。
「軽々しくねえ」名前が言った。「でもセドは、トーナメントを軽々しく見てるわけじゃないでしょ?」
「そうやって真面目に考えてるし……みんな一千ガリオンに目が眩んでるみたいで、代表選手が『学校の代表』なんだって事忘れてるよ。けどセドリックはそうじゃない。あたしに言わせれば、セドは充分重々しく考えてるみたいだけどな。まあそうやって自分で決めた事なら、立候補するしないもセドの自由だよね」
 名前がそう言うと、セドリックは乾いた笑いを漏らした。何も言わなかったが、彼の目は「名前らしい」と言って笑っていた。セドリックは暫く掲示板に張り出された羊皮紙を眺めていたが、やがて名前に尋ねた。
「名前は、僕がエントリーしたらどうする?」
「そうねえ、まず代表選手に選ばれるようにお祈りして、それから応援するかな」
 名前がそう言うと、セドリックは「参ったな」と苦笑し、頭を掻いた。それから二人は、対抗試合の事など隅に追いやり、主にワールドカップでの興奮を語り合った。いかにアイルランドのチェイサー達の動きが素晴らしかったか、ビクトール・クラムのスニッチキャッチがどれほど魅力的だったか。夕食の間も話題は尽きなかった。やがて数時間後のハッフルパフの談話室では、セドリックが友人達に試合にエントリーすると宣言し、小さな拍手が沸き起こっていた。

[ 639/832 ]

[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -