日刊預言者新聞の一面記事

 名前達が眠ったのはほんの短い時間で、目を閉じたと思ったら朝になっていた。女の子達はしょぼしょぼする目を擦りながらも、コートを着て、それからリュックを背負って歩き出す。テントの外ではウィーズリー氏が待ち構えており、彼は一瞬にして魔法でテントを畳み、小さくなったそれをすぐさまリュックに仕舞った。
 一行はキャンプ場を早足で歩き去り、森の方へと向かった。
 昨日と同じようにキャンプ場の入口に立っていたロバーツさんは、八文字眉もどこに行ったのか、ゆるゆると笑って「メリークリスマス」と言った。
「ああ、メリークリスマス」おじさんがそう答えた。
「大丈夫だよ。記憶を修正されると、暫くの間はちょっとボケる事がある……それに、今度は随分大変な事を忘れてもらわなきゃならなかったしね」
 心配そうに見遣った面々に、ウィーズリー氏はそう説明した。
 太陽も昇っていないような時間だったが、名前達はせっせと歩き続け、とうとうポートキーでやってきた場所まで辿り着いた。大勢の魔法使い魔女が、移動キーの管理者であるバージルの周りに集まっていた。大変な混雑だったが、おじさんがバージルと話をつけたので、すぐに順番は回ってきた。
 十一人がタイヤに乗ると、ポートキーはすぐに作動した。
 気が付いた時は、やはり行きと同じようにストーツヘッド・ヒルの頂上に投げ出されていたが、皆は間髪入れずに歩き始めた。今回はビルもチャーリーもパーシーも一緒だった。彼らだけでも姿くらましで先に帰っていてもいいようなものなのに、名前にはそうしない理由が解っていた。ビルはずっとジニーと手を繋いで歩いていたし、チャーリーとパーシーはしんがりを務めていた。皆駆けるようにして小高い丘を下山し、無言のままオッタリー・セント・キャッチポール村を通り抜けた。

 隠れ穴の前で、ウィーズリー夫人が立っていた。
「ああ! 良かった、ほんとに良かった!」
 彼女は手にしていた日刊予言者新聞を取り落とし、スリッパのまま走ってきて、おじさんに抱き付いた。
「アーサー、心配したわ――本当に心配したわ」
 ウィーズリー氏がぽんぽんと彼女の背を叩くと、夫人は少し離れ、自分の子供達を見回した。
「みんな、生きててくれた……ああ、お前達……」
「イテッ!」
「ママ、窒息しちゃうよ――」
 ウィーズリー夫人にいきなり抱き付かれた双子は、がらにもなく焦っていた。
「家を出る時にお前達にガミガミ言って! 例のあの人がお前達をどうにかしてしまっていたら……母さんがお前達に言った最後の言葉が『OWL試験の点が低かった』だったなんて、一体どうしたら良いんだろうって、ずっとそればっかり考えてたわ!」
「さあさあ、母さん、みんな無事なんだから」
 ウィーズリー氏は涙ぐんでいるおばさんを促し、ビルに新聞を拾ってくれるよう頼む事も忘れずに、皆を家の中へと入れた。おじさんは夫人を座らせると、ビルから受け取った予言者にざっと目を通した。ハーマイオニーが夫人にとびきり濃い紅茶を淹れ、名前も全員に配るのを手伝った。
 暫くして、おじさんが「思った通りだ」と言った。

 日刊予言者新聞には、ワールドカップでの一件が一面の大見出しで書かれていた。魔法省の警備が甘く、しかも闇の印を打ち上げた犯人をみすみす取り逃がし、イギリス魔法省の無能さを全世界に知らしめた、と酷く辛辣な言葉で綴られていた。記者はリータ・スキーターだった。
「魔法省のヘマ……犯人を取り逃がす……警備の甘さ……闇の魔法使い、やりたい放題……国家的恥辱……」
「あの女、魔法省に恨みでもあるのか!」
 ウィーズリー氏が目に付いた節々を読み上げ、それを聞いたパーシーは眉を吊り上げて怒った。
 名前はリータ・スキーターの事をよく知っていた。夏の間、ブラックがその辺りをうろついているかもしれないからと、家で缶詰状態だった名前は、新聞とラジオくらいでしか暇を潰せなかったのだ。特に新聞は、自分が読みたい時読みたいだけ読めるので、名前は飽きるほど目を通していた。普段はクロスワードパズルの為にしか読まないのに、だ。
 そんな中、リータ・スキーターという記者の書いた記事はやけに目立っていた。彼女の書く物はどれも辛口で、魔法省の圧力が強く掛かっている予言者新聞の中でも、特に目を引いた。彼女はどうも、事実を客観的に伝える事より、いかにして読者が賛同し、新聞を買うかどうかに重点を置いているらしい。名前は彼女が夏の初めにダンブルドアを「時代遅れの遺物」と扱き下ろした事や、グリンゴッツの呪い破りの職員を全員インタビューした時の記事も知っていた(それに書かれていた「長髪のアホ」がビルの事だとは気が付かなかったが)。
「事実、誰も怪我人はなかった」ウィーズリー氏がうんざりしたように言った。「他に何と言えば良いのかね? 『数人の遺体が森から運び出されたという噂……』そりゃ、こんな風に書かれてしまったら、確実に噂が立つだろうよ――モリー、これから役所に行かないと。善後策を講じなければなるまい」
 おじさんがそう言うと、ハッとしてパーシーが「僕も行きます!」と言い、慌てて紅茶を飲み干した。おばさんは出ていこうとする夫を止めたが、彼は自分が事態を悪くしたようだからと言って、ローブに着替えに行ってしまった。やがて、二人は準備が整うと、ポンと軽い音を立てて姿くらまししてしまった。


 魔法省はてんやわんやなようだった。ウィーズリー氏とそれからパーシーも、それから一週間の間、ろくに隠れ穴に居なかった。名前も保護者から手紙を受け取っていた。彼も魔法省の人間なので、家に帰れていない日が続いているらしいのだ。手紙には名前の身を案じする言葉と、予定通りそのままウィーズリー家に留まってくれと書かれていた。
 名前は学校が始まるまでの一週間の間、ウィーズリー兄弟とクィディッチをしたりして過ごしていた。ジニーとハーマイオニーと一緒にぺちゃくちゃとお喋りをしている時、急にロンが割り込んできて名前をクィディッチに誘うなんていつもの事だった。
「ロン!」ジニーが怒った。「レディの部屋に勝手に入って来ないでよ!」
 ジニーのその剣幕は、おばさんが双子を怒っていた時とそっくりだった。
「はいはい――名前、来いよ、クィディッチしよう!」
 まったく悪びれなく、もしくは妹の癇癪には慣れているのか、軽い調子でロンはそう言った。名前は喜んで、すぐに立ち上がった。何せ、ロンとハリー、フレッドやジョージ、そしてチャーリーを加えてのクィディッチはなかなか接戦し、楽しいものだったからだ。
 ジニーの部屋の扉を閉じた時、ハーマイオニーの「全く、男の子ったら!」という声が聞こえてきたが、ロンは無視したし、名前も(何故なら男の子ではないので)気にしなかった。
 階段を下りようと足を下ろしかけた時、慌ててロンが言った。
「名前、フレッドとジョージを誘って来てくれよ。僕の部屋に居ると思うから」
「ええ?」名前は堪えきれず、クスクスと笑い始めながら聞いた。
「だって、自分の部屋じゃない」
 ロンは笑い続ける名前に憮然とした態度を見せたが、「あいつらが機嫌の悪い時に行ってみろ、僕は絶対ダシにされる」とぼやいた。ロンが頑として譲らなかったので、仕方なく名前は彼と反対に階段を上り、最上階の部屋に向かった。扉をコンコンとノックすると、返事は無かったものの、ガタタッと二人分の物音がした。思うに、見られると都合の悪い物を、急いで隠したような音だ。やはりと言うべきか、部屋の中からの返事は無く、此方を窺っているようだったので、名前はひょいと眉を上げるものの、やがてガチャリと戸を開けて中に入った。
 初めて訪れたロンの部屋はオレンジ色が強く目に入った。壁と天井にはチャドリー・キャノンズのポスターが貼られていて、選手達は名前に向かって笑顔で手を振った。窓際には水槽が置かれていて、大きなカエルが一匹入っていた。申し訳程度にある本棚は、その殆どをマーチン・ミグズが占めている。その脇には鳥籠があって、中ではロンの新しいペット、豆フクロウのピッグウィジョンがピーピーと飛び回っていた。フレッドとジョージ、そしてハリーが此処で寝泊まりしている為に、部屋の中には四つのベッドが押し込まれていた。
 フレッドとジョージは部屋の入口の方を向き、ひどくドッキリした表情をしていたが、現れた顔を見ると「何だ名前か」と呟いた。名前はフレッドが何かの羊皮紙を、折り畳みのベッドの中へ後ろ手に突っ込んだのを目撃していたが、何も尋ねなかった。
 フレッドもジョージも、特に機嫌が悪そうではなかったが、タイミングが悪かった事は間違いない。名前が彼らを見た瞬間、二人がサッと目配せをしたからだ。もしも現れたのがロンだったら、きつくあしらわれるに違いなかった。名前は決して聞きたがりではなかったし、彼らの都合を配慮するぐらいの気配りはできた。
「ね、クィディッチしようって。二人はどうする?」
「ああ、行くよ」
「そうさ、それぐらいしかやる事ないしな」
 フレッドもジョージも、何も聞かれなかった事に安心し、それから俄に立ち上がった。
「二人とも、夏休みの宿題は?」
 名前が尋ねると、双子は一瞬きょとんとして、「あんなもの、夏休みが終わってから取り掛かるもんだぜ」とニヤッと笑った。

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