アイルランド対ブルガリアの行方

 アイルランドのチェイサー達は、名前が前から思っていた通り、素晴らしい働きを見せ、ブルガリア側のチェイサーに少しもクアッフルを譲らなかった。最初の得点以後十分間で、アイルランドは続けて二回得点した。
「トロイ決めたぁ! 三○対○、アイルランドのリード!」
 名前はブルガリアのキーパーが悔しげな動作をしたのをしっかりと見ながらも、声が枯れるほどの声援を送った。
 試合はどんどんと加速し、それと平行するように段々と荒っぽくなっていった。選手同士がぶつかるのはざらだったし、ブラッジャーが鋭く選手を狙い打つのも一度や二度ではなかった。観客は魅了され、フィールド全体から熱が沸き起こっているようだった。
 その数分後、ついにブルガリアのチェイサーイワノバが敵陣を突破し、初のゴールを決めた。赤い群衆がワッと歓声を上げ、名前はピッチの端で百人のヴィーラ達が立ち上がるのを見た。ウィーズリー氏が「耳に指で栓をして!」と大声で叫び、ウィーズリー家の息子達とハリーは、一斉に耳を塞いだ。
 ヴィーラは祝いの踊りを踊っていた。くねくねと体を揺らしているのは確かに魅力的だったが、やはり名前には綺麗な女性が踊っているだけに見えた。選手達は誰も誘惑されないのだろうかと、名前は妙な所に感心した。ヴィーラが元の場所に戻った時には、クアッフルは再びブルガリアが手にしていた。
「ディミトロフ! レブスキー! ディミトロフ! イワノバ――うおっ、これは!」
 バグマンがハッと息を呑むと、観衆は一斉に彼が示した先、二人のシーカーを見た。クラムとリンチが、空中を飛び回るチェイサー達を全く気に掛ける事もなく、真ん中を突き抜けて一直線にグラウンドへと向かっていた。矢のように飛んでいる。しかし飛んでいるというより、むしろ落ちているという方が的確に思えた。名前はしがみついてきたジニーに腕を回しながらも、思わずチェイサー達から目を離し、はらはらと二人のシーカーを見詰めた。彼らは今まさに、地面に衝突するところだった。
 一瞬の後、片方だけが地面に衝突した。スタジアム中に鈍い音を響かせ、アイルランドのシーカーのリンチは箒から投げ出された。ビクトール・クラムは地面にぶつかる寸前に上昇に転じていて、既にリンチから離れて飛んでいる。クラムが再びスニッチを探しているように見えたので、どうやら二人がスニッチ目掛けて飛んでいるように見えたのは、クラムがかけたフェイントだったらしいと理解できた。アイルランドのサポーター達から一斉に呻き声が上がった。
「ウロンスキー・フェイントだ! クラムのやつ、フェイントを掛けたんだ!」
 名前の左隣に座っているチャーリーが、興奮してそう叫んだ。胸が高鳴っているのは名前も同じだったが、真っ青になっているジニーがしがみついていたので、彼のように叫び散らす事はしなかった。
「大丈夫だよ、衝突しただけだから!」チャーリーがそう言ってジニーに声を掛けたが、彼女はまだリンチを直視できないようだった。
 リンチの治療の為、試合は一時中断された。落下していくような物凄いスピードで、地面にぶつかったので、リンチの様子は酷かった。鼻がへしゃげ、顔面血にまみれていた。魔法医達がリンチの周りに寄ってたかって集まり、何種類もの魔法薬を飲ませているのが名前にも見えた。

 シーカーの負傷で闘争心に火がついたのか、試合が再開された後、アイルランドの選手達は今まで以上の動きを見せた。眼にも留まらぬ速さでクアッフルを奪い、次々とゴールを決めた。ブルガリアのキーパーのゾグラフは、果敢に向かっていくものの、アイルランドのチェイサー達の連携には到底敵わなかった。名前は手をぎゅっと握り締め、アイルランドのチェイサー達を応援した。ピッチの端ではレプラコーン達がお祭り騒ぎだった。試合が再開され、それからたったの十五分で、アイルランドは点差を一二○点に広げた。
 試合は泥仕合になり、ブルガリア側のあからさまなファールも目立ち始めた。マレットがゴール・エリアに入った時、不意にゾグラフが彼女に突進した。ピーッとホイッスルが吹き鳴らされた時には、名前も立ち上がってワーワーと叫んでいた。
「モスタファーがブルガリアのキーパーから反則を取りました。『コビング』です――過度な肘の使用です」バグマンが解説した。「そして――アイルランドのペナルティ・スロー!」
 ブルガリア側の反則に腹を立て、歯を食いしばって宙に浮かび上がっていたレプラコーン達は、マレットがクアッフルを手にしてゆっくりゴール・ポストに向かうのを見ると、先程までのシャムロックと違い、「ハッ! ハッ! ハッ!」と文字を描き出した。ピッチの反対側に居たヴィーラは立ち上がり、ギラギラとレプラコーンを睨め付け、再び踊り始めた。
「さーて、これは放ってはおけません……誰か審判をひっぱたいてくれ!」
 審判のモスタファーがヴィーラの魅力にやられてしまったらしく、バグマンはくすくすと笑いながらそう言った。癒者の一人が大急ぎでモスタファーを蹴っ飛ばすと、彼はやっと正気を取り戻した。審判がヴィーラを怒鳴ったので、レプラコーンは有頂天になって「ヒー! ヒー! ヒー!」と文字を作った。
 それからブルガリアのビーター二人が、審判にレプラコーンの事を抗議したようだったが、モスタファーは取り合わず、二人を空中に無理矢理戻らせた。バグマンが「面倒なことになりそうです」と言ったが、確かに面倒な事態になっていた。
 空中でのクィディッチでは反則技が乱れ飛び、地上のマスコット達は今や、お互いに闘志を燃やし、取っ組み合いの喧嘩になっていた。ヴィーラは本性を現し、獰猛な鳥の頭と嘴を剥き出して、肩から翼を生やしていた。レプラコーン達はカンテラを振り回し、精一杯ヴィーラを威嚇している。名前は一体何を見れば良いのかと、うっかり迷ってしまいそうになった。

「レブスキー! ディミトロフ! ――モラン! トロイ! マレット! ……イワノバ! またモラン! ――モラン! ――モラン決めたぁ!」
 アイルランド側のスタンドはわーっと沸いたが、マスコット達の喧噪を止めようとしている魔法省役人の杖の爆発音や、ヴィーラが飛ばす火の玉が爆ぜる音、ブルガリア・サポーターの怒り狂う声のおかげで、とても些細な物のように感じられた。
 その時、アイルランドのビーターのクィグリーが打ち込んだブラッジャーが、クラムの顔面に激突した。
 パッと血が飛び散り、クラムは二度三度後退したが、ぐっと持ち堪えた。鼻が折れているかもしれなかった。普通ならタイムが取られる怪我だったが、生憎と審判は火がついてしまった自分の箒の消火に忙しく、少しも気が付かなかった為、試合は続けられた。
「見て!」ジニーが叫んだ。
 名前も彼女に言われるまでもなく、リンチの異変に気付いていた。もの凄いスピードで、地面に向かっている。スニッチを見つけたのだ! 先程クラムがやったようなフェイントではない事が、名前には何故か解っていた。血だらけだったクラムは、そんな事一切感じさせない素振りで、箒を駆り立てリンチの後を追った。
 アイルランドのサポーターが立ち上がり、ブルガリアのサポーターが負けじとクラムの名を叫んだ――クラムがリンチに追い付き始めた――貴賓席の皆も立ち上がり、バグマンは解説する事も忘れ、シーカーの行方を見詰めた――リンチとクラムが並んだ――地面まであと十数メートル――名前は息を呑み、勝負の行く末を見守った。

 再び、リンチが地面に激突した。
「スニッチ! スニッチはどこだ?」チャーリーが大声を上げた。
「捕った! ――クラムが捕った――試合終了だ!」
 列の向こうからハリーが叫び返した。
 スコアボードが明滅し、次第にアイルランド側の観客席から爆発音のような歓声が上がった。
  ブルガリア 一六○  アイルランド一七○
「アイルランドの勝利!」
 緑色をした観衆の大絶叫は凄まじく、バグマンの叫びも聞こえない程だった。バグマン氏も、この突然の幕切れに、十万人の観客と同じく事態を飲み込むのに時間が掛かったようだった。ゆっくりゆっくりと、バグマンが言葉を紡いだ。
「クラムがスニッチを捕りました――しかし勝者はアイルランドです――何たること。誰がこれを予想したでしょう!」
 ジニーの向こう側から、「俺達さ」というステレオの声が聞こえてきた。
 歓声のうねりは鳴り止むところを知らなかった。ピッチに降り立ったクラムは、今や癒師団の治療を待つばかりだった。その右腕にはしっかりとスニッチを掴んでいる。しかし彼はむっつりとしたまま、魔法医をはね除けるだけだった。
「凄い、凄いわ! 格好いい!」ジニーがぴょんぴょんと跳ねた。
 名前も全く同じ気持ちで、クラムを見詰めた。
 ピッチではやっと落ち着きを取り戻したヴィーラが、元の美しい女性の姿に戻っていた。その顔はどれも項垂れている。逆にレプラコーンは大騒ぎで、次々と金貨の雨を降らせていた。そこら中で国旗が振られ、アイルランドの国歌が流れている。ブルガリアの選手達は意気消沈し、しかし皆クラムの背中をばしばしと叩いていた。クラムと同じく癒者に囲まれ、そしてチームメイトにも囲まれたリンチは、目を回しているらしく、ぼんやりとしたままだった。
「まあ、ヴぁれヴぁれは、勇敢に戦った」
 背後から沈んだ声がし、名前にはそれがブルガリアの魔法省大臣だと解った。
「ちゃんと話せるんじゃないですか!」ファッジが怒った。「それなのに一日中パントマイムをやらせて!」
「さて、アイルランド・チームがマスコットを両脇に、グラウンド一周のウイニング飛行をしている間に、クィディッチ・ワールドカップ優勝杯が貴賓席へと運び込まれます!」
 名前はずっとトロイを見詰めていたかったのに、十万という観衆の視線、貴賓席が全員に見えるよう灯されたスポットライトのおかげで、それは叶わなかった。暫くすると、二人の魔法使いが息も絶え絶えに大きな金の優勝杯を運んできた。
「勇猛果敢な戦士達に拍手を――ブルガリア!」
 バグマンが叫ぶと、観客席から絶大な拍手が沸き起こり、七人の選手が階段を上って貴賓席へとやってきた。名前はすぐ間近でクラムを見た。真紅のローブは血に染まり、どす黒くなっていた。彼の顔も凄まじく、両目の周りには大きな痣が広がり始めていて、顔中が血にまみれている。しかし無表情ではあるものの、彼はやはり、未だスニッチを握っていた。
 一人一人の名前が読み上げられ、ブルガリア魔法大臣と握手し、それからファッジと握手した。クラムの名前がバグマンによって読まれると、再び観客は沸きに沸いた。
 ブルガリアチームの七人が脇に退くと、アイルランド・チームが代わりに貴賓席へと入ってきた。ブルガリアと同じように一人一人の名が読み上げられ、大臣達と握手した。そしてとうとう巨大なクィディッチ・カップが授与された。トロイとクィグリーがそれを持ち上げると、競技場全体から拍手と声援が送られ、国歌が歌われた。地面に激突し、モランとコノリーに支えられてやっと立っているリンチは、それでも優勝杯を渡されると、本当に嬉しそうに、にっこりと笑った。

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