第四二二回、クィディッチ・ワールドカップ決勝戦

 貴賓席に空きが無くなった頃、ルード・バグマンが現れた。観客席は期待と情熱で溢れんばかりに満ちており、名前さえもわくわくしていた。バグマンはやはり黄色と黒の派手なユニフォーム姿で、バラ色の顔はこれからの試合への興奮でテカテカと輝いていた。
 バグマン氏はファッジ大臣に確認を取り、それから杖を取り出して自分の喉に当てた。
「レディース・アンド・ジェントルメン!」
 魔法で拡大されたバグマンの呼び掛けが会場に響き渡った途端、ざわめきが歓声に変わった。
「ようこそ! 第四百二十二回、クィディッチ・ワールドカップの決勝戦に!」

 拍手が鳴り止んだ頃、目の前の広告塔がサッと文字を変えていた。バーティー・ボッツのコマーシャルが消え、ブルガリアとアイルランドの得点を表す文字が浮かんだ。今は勿論、そのどちらもがゼロと書かれている。
「さて、前置きはこれくらいにして」バグマン氏は絶妙な間を溜め、叫んだ。「早速ご紹介しましょう、ブルガリア・ナショナルチームのマスコット!」
 真紅で染まった観客席からワーッと歓声が上がり、名前達も何が出てくるのかと注目した。実は名前は、このマスコットによるマスゲームを楽しみにしていた。クィディッチ・ワールドカップのマスゲームは、いつも各チームからそれぞれ魔法生物が連れてこられるのだ。海を越えた外国であるブルガリアが、一体何を連れてくるのかと、名前はドキドキしていた。
「あーっ!」ウィーズリー氏の声がした。「ヴィーラだ!」
 競技場のグラウンドに、百人ほどの女性が現れた。これがまたどれも絶世の美女達で、月の光のようにキラキラと輝く銀糸のような髪、すらっとした体躯、まさしくヴィーラだった。踊り始めたヴィーラは、この世のものとは思えない程美しかった。ヴィーラは異性を魅惑させる生き物で、女である名前は何の問題もなかったが、周りの男性陣の様子がおかしくなった。ジニーがちょんちょんと突いて促した先には、フレッドとジョージが揃って立ち上がり、何かを握りたそうに拳を握っては開いていた。その向こう側ではパーシーがふらふらとしていて、今にも走り出しそうだ。名前はウィーズリー氏とビルの向こう側のロンとハリーの様子が見えない事が残念だった(おじさんとビルは、流石年長という事もあって、しっかりと耳を塞いでいる)。
 ジニーと一緒にくっくと笑っていると、不意に左手を強い力で握られて、名前はドキリとした。何事かと思うと、隣に居たチャーリーが名前の手を握っていた。目が合った彼は、名前に口パクで「ごめん」と言い、それからぎゅっと目と口を閉じてしまった。名前は訳が解らなかったが、そのままにしておいた。どうやら、ヴィーラの誘惑に耐えるために名前の手を握ったらしい。
 ヴィーラが退場すると、チャーリーはゆっくりと手を離した。
「さて次は――皆さん、どうぞ杖を高く掲げて下さい! アイルランド・ナショナルチームのマスコットに向かって!」
 バグマンが叫んだ次の瞬間、緑と金色の光が、彗星のように勢いよく競技場に飛び込んできた。二つの光の玉はすぐさま合体し、きらきらと瞬いて観客の目を楽しませた。大きな花火のようだった。やがて、光は巨大な三つ葉のクローバーへと変化し、金貨の大雨を降らせ始めた。
 目を凝らしてみてみれば、シャムロックを形作っていたのは顎髭を生やした小さな小人達、レプラコーンだった。レプラコーンは観客席という観客席全てに金色の雨を降らせ、名前はヒューッと口笛を吹いた。割れるような大喝采の中、群衆は競ってレプラコーンの金貨を拾っていた。
「……すっごい!」ジニーがそう言って、大量の金貨を掻き集めた。
 名前も一枚だけ拾い上げ、それをまじまじと見詰めた。まさしくそれはガリオン金貨だった。ぎざぎざと彫り込みが入っているのも、名前の手に収まるほどの大きさなのもそうだ。ご丁寧に、ゴブリンの製造番号らしきものまで再現されている。金貨をじっくりと観察していると、隣でジニーの不思議そうな声がした。
「どうして名前もビルも、金貨を拾わないの?」
「それはね、これがレプラコーンの金貨だからだよ」ビルがくすくすと笑って言った。「あと二、三時間もすれば消えっちまう。考えてもみろよ、これだけの金貨があれば、俺達は全員億万長者だ」
「えーっ!」
 ジニーはショックを受けたような表情で、今まで一生懸命拾っていたコインを全て取り落とした。
「ああ、そうさ。レプラコーンのすぐに金貨は消えっちまう」フレッドが言った。彼はジニーが拾っていたよりも、もっと多くの金貨を腕に抱えていた。「だがこの重みは消えないぞ!」

 レプラコーンがヴィーラと反対側のピッチへと降り立つと、徐にバグマンが口を開いた。観衆のわめき声は次第に小さくなっていき、次の瞬間を今か今かと待ち望んだ。「さて、皆さんどうぞ拍手を」
「ブルガリア・ナショナルチームです! ご紹介しましょう――ディミトロフ!」
 ワーッと大歓声が上がり、うねるような拍手が起こった。真っ赤なローブ姿のディミトロフが箒に乗って飛び出した。イワノバ、ゾグラフ、レブスキーと、次々とブルガリア・チームの選手達が入場した。
「そしてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――クラム!」
 最初にバグマンがソノーラスを使った時よりも、レプラコーンが金貨を降らせた時よりも、他のどの選手が登場した時よりも、比べ物にならないような拍手が沸き起こった。ずっと此処にいたら、耳がおかしくなってしまいそうだ。しかし名前も、夢中になって拍手を送った。黒髪で痩せているクラムは、他の選手達と比べるとやはり華奢に見え、あれほど素晴らしい飛び方をするのに、十八歳なのだと改めて認識させられた。
「では、皆さん、どうぞ拍手を――アイルランド・ナショナルチーム!」
 バグマンが叫ぶと、緑色の観客席から盛大な拍手が上がった。
「ご紹介しましょう――コノリー! ライアン! トロイ! マレット! モラン! クィグリー! そしてぇぇぇぇぇ――リンチ!」
 緑色の七つの影が、ブルガリア側に負けない程の大喝采に迎えられ、颯爽とピッチを横切った。ワーワーと観衆が声援を送り、名前も手が痛くなるほど拍手した。名前ご贔屓のマレットは、女性だという事もあってか、殊更小さく見えた。

「そして皆さん、遙々エジプトからおいでの我らが審判、国際クィディッチ連盟の名チェア魔ン、ハッサン・モスタファー!」
 拍手と声援に迎えられ、審判が入場した。痩せぎすの小柄な魔法使いが悠々とピッチを歩き、やがて競技場の真ん中へとやってきた。純金のローブを着込んでおり、左腕には大きな木箱を抱え、右手は箒を掴んでいた。
 赤く染め上げられたクアッフル、二つの暴れ玉ブラッジャー、そして金のスニッチ。四つのボールが競技場に一斉に放たれた。名前は一瞬スニッチの煌めきを目で追ったが、すぐに見失ってしまった。モスタファーが銀色に光るホイッスルを吹き鳴らし、彼は同時に空へと飛び立った。
「試あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい、開始!」バグマンの大絶叫が競技場に響き渡った。


 併せて十四人の選手達がパッと飛び出し、目にも留まらぬ速さでピッチを飛び巡った。名前の眼には、彼らが赤と緑の影にしか写らなかった。何という素晴らしいスピード、そして素晴らしい動きだ。こんな試合は見た事がない。アイルランドの選手もブルガリアの選手も、皆縦横無尽に飛び回り、観客を圧倒した。
 チェイサー達は素晴らしかった。パスを回すスピードが、尋常じゃなく速い。一人がクアッフルを手にしたと思ったら、次の瞬間には味方のチェイサーがそれを抱えて飛んでいた。
「そしてあれはマレット! トロイ! モラン! ディミトロフ! ――またマレット! トロイ! レブスキー! モラン!」解説のバグマンは、選手の名前を切れ切れに叫ぶだけで精一杯だった。
 アイルランド・チームは七人全員が、世界最速の箒、ファイアボルトに乗っている。名前が目を回しそうになるほど、クアッフルを持つチェイサー達は速かった。アイルランドの選手達が、矢尻の形になってブルガリアのゴールを目指しているところだった。彼らは名前にはまだ到底真似できないような、信じられないような動きで宙を飛んだ。
「トロイ、先取点!」
 バグマンが叫ぶと、競技場がうわっと沸き上がった。名前もジニーとチャーリーと一緒になって、わーわーと歓声を送った。胸元に付けてあるロゼットは、今やひっきりなしに選手の名前を叫んでいた。うずうずとしていたレプラコーン達が爆発し、再び巨大なシャムロックを描いた。トロイがウイニング飛行をしている時、名前はジニーと一緒にキャーキャーしながら彼に手を振った。

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