バグマンとクラウチ

 ウィーズリー家がテントを張っているすぐ横は、所謂通り道になっていて少々騒がしいのだが、そのおかげで食事の時も全く退屈しなかった。魔法省の役人らしき魔法使いがバタバタと駆けていく様や、老若男女が連れ添って歩いていくのを見物しているのは楽しかった。
 魔法省の人間と、そうでない人間を見分けるのは簡単だった。省の役人達は皆一様にして、マグルのなりそこないのような格好をしているし、その殆どがウィーズリーおじさんに声を掛けていくからだ。ハリーやハーマイオニーのような、完璧なマグルの服装をしている魔法使いはなかなか居なかった。一方一般の魔法使い達は、マグルの格好をしようという者が多くは居ないようだった。普通にローブを着ている魔女や、三角帽子を被り、果てはドラゴン革のジャケットを着ている者も居るぐらいだった。名前はハリー達からアーチー爺さんなる老魔法使いの話を聞いて、折角のオムレツを吹き出してしまった。
 魔法省の役人が通る度に、パーシーがぴょこぴょこと立ち上がっては挨拶をした。フレッドとジョージはその都度噴き出したり、パーシーのきっちり九十度の礼を真似したりして、名前も段々と堪えきれなくなり、ついには笑ってしまった。そのパーシーの敬愛するクラウチ氏が現れたのは、バグマン氏とウィーズリー氏が世間話をしていた時だった。
 偶々通り掛かったらしいルドビッチ・バグマンは、気さくな男だった。それと同時に、どうやら細かい事は気にしない性格でもあるらしい。
 ウィーズリー氏曰く『少し甘い』バグマン氏は、魔法ゲーム・スポーツ部の部長だというのに、マグル対策のマの字もない、実に魔法使いらしい格好をしていた。
 彼の着ているローブの鮮やかな黄色の布地には黒いストライプが入っていて、胸元にはスズメバチを模したロゴが描かれている。ド派手なクィディッチ用のユニフォームを着たバグマンが、かつてウイムボーン・ワスプスのビーターを務めていた事は名前も知っていたが、あまりの格好に唖然とした。
 どうやら、ウィーズリー家に決勝戦のチケットを融通してくれたのも、このバグマン氏らしかった。彼はそんな事は大した事ではないという風に、手を振って笑った。
「君のとこは賑やかで良いな、アーサー」バグマンはそう言って、快活に笑った。

 バグマンが賭けを持ち出したのは、それからすぐの事だった。彼がローブの胸元をポンと叩くと、金貨が擦れるジャラリという音がして、結構な人数がこの試合に賭けている事がはっきりと解る。おじさんは困ったように苦笑して、「それじゃ、アイルランドが勝つ方にガリオン金貨一枚……」と彼に金貨を差し出した。
「一ガリオン?」バグマン氏は少しだけぴくりと眉を動かしたものの、それは一瞬で、すぐに気を取り直して羊皮紙に名前と金額、勝敗の予想を書き綴った。
「他に誰か賭ける者は居ないかね?」
 バグマンがウィーズリー家の子供達と、名前達を見回した。ビルもチャーリーも、勿論パーシーもその気はないようだったし、名前はバグマンと一瞬目が合ったものの、小さく首を横に動かしただけだった。
「賭けるよ! 三十七ガリオン、それに――」
「――十五シックル、三クヌートだ!」
 フレッドが立ち上がり、ジョージが勢いよく付け加えた。
「三十七ガリオン十五シックル三クヌート?」
 名前は彼らが言った大金に、思わず呟いてしまった。子供のお小遣いを何年貯めたらそんな金額になるだろう? 成り行きを見守っていたウィーズリー氏は、ぎょっとして目を見開いた。
「まずアイルランドが勝つ――でも、スニッチを捕るのはビクトール・クラムだ。あ、それから、騙し杖も掛け金に上乗せするよ!」
 何その賭け、と名前は再び小さく呟いたが、隣にいたジニーも訳が解らないと肩を竦めるだけだった。掛け金もそうだし、二人が言った予想もちぐはぐだ。アイルランドが勝つけど、ブルガリアのクラムがスニッチを捕るだって?
 フレッドが言った騙し杖とは、手に取った瞬間オモチャに変わるという代物だ。確かに精巧に出来ているようだから、騙されもするだろう。何せ、おばさんの目を騙してここまで持ってきたくらいなのだ。フレッドとジョージが開発したジョーク・グッズだ。パーシーは「バグマンさんにそんなつまらない物をお見せしちゃ駄目じゃないか!」と怒ったが、バグマン氏は騙し杖をいたく気に入ったらしく、大きな声で笑って、二人が言った通り掛け金に付け加えた。
「お前達の貯金の全部じゃないか」
 ウィーズリー氏はその賭けを必死に止めようとしていたが、やがて諦めた。バグマンが二人の名前を羊皮紙に素早く書き込み、その半券をフレッドに渡しているのを、ただ黙って見ているだけだ。兄弟の最年長であるビルは、二人が賭けをするのを見ても首を横に振るだけで、最初から止めるつもりは無いようだった。ウィーズリー氏もビルも、双子に何を言っても無駄だと思ったのかもしれないし、彼らの意思を尊重した結果かもしれなかった。
 バグマンは予想外の立候補者にほくほくで、満面の笑みだった。
「そうだアーサー、バーティを見なかったか? ずっと探しているんだが――いや、何、ブルガリア側の責任者がだね、何かゴネているんだが、何を言っているのか俺には皆目見当が付かない。バーティなら通訳してくれるんじゃないかと思ってるんだが……」
「バーティて誰?」
 名前がぽつりと呟くと、何故かジニーが名前を睨み付け、そして何故かハリーとロンまでぎょっとした顔をして此方を見た。ジニーが口パクで、「パーシー!」と叫んだので、名前は更に何が何だか解らなかった。
「仕事の話は振ってないよ?」
「バーティ・クラウチさんだよ!」
 突然パーシーが生き生きしてそう叫んだので、名前はぎょっとした。
「ええ、クラウチさんは二百カ国語以上喋れます――国際魔法協力部の部長を務めていらっしゃる、僕の上司さ! クラウチさんは凄いんだ。二百カ国語話せるのもそうだし、仕事のスピードったら! ご自身が書類を捌くのも、僕達部下に仕事を与えるのも、何もかもが素晴らしい。立ち振る舞いから、何から何まで完璧だ!――」
 名前は初めて、パーシーを鬱陶しいと思った。彼の口は止まる事を知らず、そのクラウチ氏本人が現れた時に、やっと閉じたくらいだった。げっそりした名前を見て、フレッドとジョージは「ご愁傷様」とニヤッとしたし、ビルとチャーリーも小さく笑っていた。

 クラウチ氏は、名前がこれまで見た中で、一番魔法使いらしくない魔法使いだった。ポンと姿現しでやってきたクラウチ氏は、魔法使いというよりマグルに見えた。魔法使いがマグルに成り済まそうとする時の、あの独特の違和感がまるでない。
 きっちりと撫で付けた銀髪の毛に、ぴっちりと切り揃えられた口髭。着ているのはマグルの背広で、下にスカートを併せている事もなければ、ブラウスを着ている事もない。ちらりと見えた腕時計は、魔法使いが使うそれではなく、マグル製の、時間しか知る事のできない何の変哲もない時計だった。マグルについて詳しくない名前から見ても、完璧だ。これだけきっちりマグル対策をしている魔法使いは他に例を見ない。規則にうるさいパーシーが心酔するのも、頷けるというものだ。
「ルード、随分とあちこち君を捜したのだ。ブルガリア側が貴賓席にあと十二席設けろと強く要求している」
「ああ、そういう事を言ってたのか」
 私はてっきり、彼が毛抜きを貸してくれと頼んでいるのだと思った、とバグマンは言った。バグマンはウィーズリー家と一緒に座り込んでお茶を飲んでいたが、クラウチは彼に誘われても、地べたに座ったりはせず、立ったままで話を続けていた。名前にはクラウチがひどく表情の乏しい仕事人間に思えたので、パーシーが彼に声を掛けた時、少し驚いたように目を見開いたのが意外だった。

 クラウチ氏は、パーシーに声を掛けられて、初めて同僚の二人以外の人間が此処にいると気が付いた風情だった。ちらりとウィーズリー家の子供達とハーマイオニーとハリーを見て(一瞬、クラウチ氏の視線が間違いなくハリーの額に釘付けになった)、それから勿論名前を見た。名前を見たクラウチ氏の視線が何故か揺れ動いたように感じたが、彼と目が合ったのはやはり一瞬だった。
 名前は何故か、バーティ・クラウチという名前に聞き覚えがあった。しかし、喉の辺りまで出掛っているのに、どうして聞き覚えがあるのか、どこで耳にしたのかもサッパリ思い出せない。昨日、隠れ穴で聞いたんだろうか?
「ああ、頂こう――ありがとう、ウェーザビー君」途端にフレッドとジョージがゲホゲホ咽せ始めた。パーシーは耳元まで赤く染めたが、急いでお茶の準備をし始めた。「そう、アーサー、君とも話がしたかった」
 カップを受け取ったクラウチは、それに口を付ける事なく言った。
「アリ・バシールが襲撃してくるぞ。空飛ぶ絨毯の輸入禁止について君と話がしたいそうだ」
「ああ、その事なら」おじさんが言った。「先週、梟便を送ったばかりだ」
 クラウチ氏はウィーズリーおじさんと空飛ぶ絨毯の件について話した後も、結局一口もお茶を飲まなかった。ブルガリア側の要求や絨毯の事以外にも、バグマンが何かを言いかけたが、クラウチはそれを止めさせ、やがてバグマンと一緒に姿くらましして行ってしまった。
「あの二人、何の事を話してたの?」
「ホグワーツで何があるっていうの?」
 フレッドとジョージは口々にウィーズリー氏にそう聞いたが、彼は答える事をせず、はぐらかすだけだった。名前もその事については知らなかった。名前の名付け親も魔法省に勤めているが、彼は規則を守るタイプの人間だから、名付け子であっても省での情報を教えたりはしないのだ。
「機密情報だ。クラウチさんが明かさなかったのは正しい事なんだ」
「おい、黙れよ、ウェーザビー」フレッドが言った。

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