マグル製品不正使用取締局の局長

 ポートキーで辿り着いた所は、荒れ地のような場所で、すぐ近くに二人の魔法使いが立っていた。マグルに対する対策の為とは解るが、これが何ともちぐはぐな服装で、どうやらマグルの格好はし慣れていないらしい。名前だってマグルの事はよく知らない。しかし、ハリーとハーマイオニーが笑うのを必死に堪えている表情をしているのを見るに、やはり間違っているようだ。
 一人は大きな金時計を持って、もう一人は羊皮紙と羽ペンを持っていた。
「おはよう、バージル」ウィーズリー氏はポートキーだったブーツを魔法使いの一人に渡した。
「やあアーサー」
 キルトを着た魔法使いは黴びたブーツを受け取り、少しだけ眺めた後、側に置いてあった箱の中に忌々しげに投げ入れた。大きな箱の中にはたった今投げ込まれたブーツの他に、ひびの入った瓶や穴の空いた鞄、動かない写真の古新聞などが入っていた。全てが使用済みの移動キーだ。
「非番とは羨ましいよ、アーサー。まったく運がいいね。私らは夜通しここだよ……――ああ、そこをどいてくれ、五時十五分にドイツからの団体さんが来る」
「気の毒に」ウィーズリー氏が労しげにそう言うと、金時計の魔法使いも、羊皮紙と羽ペンを持っていた魔法使いも、全くだと頷いた。長いリストとずっと睨めっこしていた魔法使いは、やがてこう言った。
「ここから四百メートルほどあっち、歩いていって最初に出くわすキャンプ場だ。管理人はロバーツさんという名前だ。ディゴリー……二番目のキャンプ場、ペインさんを探してくれ」
 ディゴリー親子とはここで別れ、一行は示されたキャンプ場に向かった。

 二十分ほど歩いて辿り着いたキャンプ場の入口付近には、確かに言われたように、管理人らしき男が立っていた。マグルの格好を完璧に着こなしているあたり、どうやら本物のマグルらしい。確かイギリスにはワールドカップの会場ほどを収容できるような、魔法使いだけの土地など無い筈だから、こうしてマグルが魔法使い魔女の真っただ中に居るのも、それほどおかしい事ではない。出来る限りマグルが少ない地域に設定したのだろう。しかし名前は此処まで来るまでの短い間に、見慣れたローブ姿や、箒だのクィディッチだのの言葉を何度も聞いていた。魔法省としてもこの場所をワールドカップの会場にする事は、苦肉の策だったに違いない。
「そんで、おめえさんは?」ウィーズリー氏の陽気な挨拶とは裏腹に、愛想なく返事を返したロバーツさんは、ぶっきらぼうにそう聞いた。
「ウィーズリーです。テントを二張り、二日ほど前に予約しましたよね?」
 管理人のロバーツさんはウィーズリー氏をじろっと見て、それからウィーズリー家の子供達、名前達を眺め回した。随分子沢山だな、と管理人は呟いた。
「ウィーズリー、ウィーズリー……――ああ、あった、あった」
 ドアに貼り付けてあるリストを見ながら、ロバーツさんはそう言い、ウィーズリー家の場所が森の端にあると教えてくれた。
 お金を払う時になって、少し問題が起きた。ウィーズリー氏はマグルのお金に対してそれほど詳しくないのだ。もっともそれは名前も同じで、クヌート銅貨よりも更に小さい銅貨に度肝を抜かれていた。
「すまないね、ハリー……フーム、新しく眼鏡を買うべきかもしれない……」
「お前さん、外国人かね」
 目が悪くなったふりをしていたウィーズリー氏は、一瞬答えるのが遅れた。
「外国人?」
「金勘定ができねえのは、お前さんが初めてじゃねえ。十分ほど前にも、ホイールぐれえの大きな金貨で払おうとした奴がいた。それに、今までこんなに混んだこたあねえ。外国人だらけだ。キルトにポンチョ着て歩き回ってる奴も居る……何て言うか……集会かなんかみてえな……」
「あ、ああ……そうだな」
 しどろもどろになったウィーズリー氏を見て、名前もフレッドとジョージと顔を見合わせた。おじさんはそれから手を差し出したが、ロバーツさんはお釣りを返さなかった。
「オブリビエイト、忘れよ!」
 突然、どこからともなく忘却呪文が飛んできて、ロバーツさんに直撃した。彼は一瞬ぽかんとしたが、やがて先程と同じように一行を見回した。夢見心地な表情だ。管理人は先程までの八文字の眉が解けていて、随分と人が良さそうな印象に変わった。
「随分……子沢山だな?」
「ええまあ」ウィーズリーおじさんは妙に困ったような表情をして、そう言った。
 素直になったロバーツさんは、ウィーズリー氏にお釣りを渡し、それからキャンプ場の地図もくれた。
 忘却呪文を放ったのは、どうやら魔法省の職員らしかった。キルトにポンチョを着ているその魔法使いは、疲れ切った顔をしていた。魔法使い魔女の存在を知りそうになったマグルに対し、忘却呪文を掛ける事が仕事らしい。彼はキャンプ場の入り口まで付き添ってくれた。同じマグルに何重にも魔法を掛けないといけないんだ、とうんざりしたように言い、それから魔法使いは姿くらましした。

 指定の場所に着くまでに、名前達は他の魔法使いの家族のテントを見た。マグルっぽくしようとしたのかそうでないのか、あるものは蛍光色でパッパッと光が明滅し、またあるものは噴水付きだったりした。名前はジニーと一緒になって、余所の家族のテント見物を楽しんでいたのだが、ハーマイオニーから言わせてみれば、あんな物はテントとは言えないという。
「煙突付きのテントなんて……聞いた事がないわ」
 布を立てただけのテントなんて聞いた事がなかったので、名前とジニーは首を傾げた。
 ウィーズリー家に与えられたスペースは、キャンプ場の一番奥にあった。森の端っこであり、このすぐ側にワールドカップの競技場があるそうだ。空き地には、「うーいづり」と書いてある立て札が打ち込まれていた。
「魔法は厳密には許されないんだ。――さあ、ここからは全部マグル式だ!」
 ウィーズリー氏は楽しそうにそう言って、リュックから二張りのテントを取り出した。マグルのテントのように見えた。魔法を使ってしまえばすぐに済むのに、一行はテントの複雑な構造に悪戦苦闘したものの、やっとの事で二つのテントを建て終えた。女子用のテントは名前達三人だけしか使わないので、とても広々としていたように思えたが、男子用のテントはそれよりももう一回り大きかった。しかし同僚から借りたのだというそのテントは、何故か猫の臭いがした。
 ウィーズリー氏は仕事を分担させ、ハリー達三人には水を汲んでくるように、名前達四人には薪を拾ってくるように言った。テントの中には竈があったのに、名前達は外で火を熾して、まさにマグルのキャンプをする事になった。
「どうしておじさんは、あんなにマグル式にこだわるの?」
 名前は薪を拾いながら、誰にという訳でもなくそう尋ねた。確かに、ここはぎりぎりでマグル界だし、彼は省の役人だから規則に忠実なのも解る。しかし他の魔法使い達は、遠慮無く杖を振っていた。別に不満がある訳ではなかったが、ウィーズリー氏の執着ぶりは、名前には不思議に映ったのだ。答えたのはジョージだった。
「パパはマグルが大好きなのさ。愛してると言ったって良い」
「マグルが好き?」
 予想と違った答えに、名前は顔を上げて聞き返した。驚いた事に、ジョージだけでなくジニーもフレッドもそっくり頷いてみせた。
「パパがマグル製品不正使用取締局に勤めてるのは知ってるっけ? マグル製品を勝手に改造したり、魔法の掛かった品をマグル界に流すのを規制したりする局さ。マグル保護法を作ったのもパパなんだぜ」
「でも、パパがマグル式に拘るのは不正使用取締局の局長だからじゃない。本当にマグルが好きだからさ。実はマグル対策だからとかじゃなく、ただやってみたいんだ。パパの部屋はプラグとか切手とか、そういうマグル製品で溢れかえってる」
 ジニーが「家の車庫は名前には見せられないわ」と呟いた時、そう言えばと名前は一年ほど前にやむなく乗る羽目になった、フォード・アングリアを思い出した。考えてみれば、マグルの車は自我を持って動いたりはしないだろう。
「オッケー、ウィーズリー家の車庫は今後一切覗かないって約束する。それから、禁じられた森の中で何が走り回ってるのかも、なるべく気にしないようにするよ」
 名前が言ったのを聞いて、兄妹はトルコ色の車を思い出したのだろう、小さく噴き出した。

 名前達が戻ると、ウィーズリー氏が外で使う竈らしき物を作り終えたところだった。そこら辺にあった石を使って積み上げたもののようだ。名前は崩れてしまわないか少し心配だったが、おじさんは満足げだったし、フレッドは少しも気にせずに、拾ってきた薪をその中に放り込んだ。
 ウィーズリー氏はポケットから小さな箱を取り出した。どうやら火を点ける為の物らしい。箱の中には、何やら先っぽに丸い土のようなものがついた木の棒が、ぎっしり入っている。興奮ではち切れそうといった風情のおじさんを差し置いてまで、マッチを使いたがる子供は居なかったので、ウィーズリー氏は嬉しそうに、思う存分マッチを擦った。だが生憎と、使い方が違うのか火は灯らなかったし、たまにマッチ棒の先に火が点いても、それが焚き火になる事はなかった。ハーマイオニーが帰ってくるまで、ウィーズリー氏の周りに折れた小枝が増えるばかりだった。
 薬缶や鍋に目一杯水を汲んできたロンは、まだ火が熾せていないのかと呆れたように尋ねたが、名前を含めた薪拾い組は無言で頷いてみせた。ロンの方も、幸せそうなおじさんを見て、事情を察したらしい。マグル生まれのハーマイオニーがウィーズリー氏にマッチの使い方を手解きし、ようやく火が付いた。
 焚火が使えるほど大きくなった頃には、太陽は随分と高く昇っていた。そこら中からにぎやかな声が聞こえてきている。フライパンの上で卵が焼け、ソーセージから良い具合に脂が滲み出てきた頃、森の方からビルとチャーリーとパーシーの三人が、ゆっくりと歩いてきた。
「ただいま『姿現し』ました!」
「ああ、ちょうど良かった。昼食だ」
 十一人でぎゅうぎゅうと火を囲み、とても賑やかな昼時になった。

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