革靴のポートキー

 フレッドとジョージが持っていた飴はトン・タン・トフィー、ベロベロ飴というらしい。一種の肥えらせ呪文が掛かっていて、それを舐めると舌が何倍にも膨れ上がるそうだ。名前には彼らがありとあらゆる手段で大量に隠し持っていた事より、その飴が二人で開発した物だという事の方が驚きだった。ジョークグッズを自分で作るだなんて、一朝一夕でできる事ではない。しかしトン・タン・トフィーの一件のおかげで、名前達の出発は気まずい雰囲気に包まれていた。
 暗い庭先で、ウィーズリー夫人は自分の夫にいってらっしゃいのキスをしていたが、むっつりとした表情のままだった。双子までも彼女と同じように、不服そうに口を引き結んでいる。努力の結晶を全て棄てられたのだから、フレッドとジョージが頭に来ているのも理解できる。しかし彼らは、ロンが話したところによると、どうもワールドカップであの飴玉を売り捌こうとしていたらしい。名前は口には出さなかったものの、文句を言う事はできないのではないかと思った。
「さあみんな、お行儀良く、するんですよ」
 ウィーズリー夫人は特に双子に言い聞かせるように、『お行儀良く』の言葉に力を込めた。彼女の圧力に気押され、名前とハリー、ハーマイオニーは思わずハイと返事をしたが、フレッドとジョージは何も言わなかった。
「ビルとチャーリーとパーシーは、お昼頃にそっちにやりますからね」
 ウィーズリー夫人に見送られ、一行はウィーズリー氏を先頭に歩き出した。

 空ではまだ星がきらきらと瞬いていて、夏だというのに肌寒いくらいだった。月も出ていた。下草を踏みしめ、名前達は黙々と目的地を目指す。どうやら、丘の上に行こうとしているらしかった。名前はシルエットまでそっくりな双子の後頭部を見詰めながら、ふと思い出してジニーに尋ねた。
「ねえ、ウィーズリー・ウィザード・ウィーズって結局は何だったの?」
 ジニーはきょとんとして此方を見て、それから双子の兄達の方にちらりと視線を向けてから、おもむろにクスクスと笑い始めた。
「フレッドとジョージはお店を開きたいんですって。ゾンコみたいな、ジョーク・ショップ! ウィーズリー・ウィザード・ウィーズっていうのはその店の名前よ。ホラ、二人が持ち出そうとしてたベロベロ飴、あれが商品の一つなんだって」
「店? フレッドとジョージが?」名前は驚いて、そう聞き返してしまった。
 ジニーは頷いた。
「昔から、あの二人の部屋からはいつも喧しい音がしてたんだけど、まさか自分達でジョークグッズを作ってるとは思わなかったわ。みんな、フレッド達は五月蠅い音が好きなんだと思ってた。でも、この間ママがフレッドとジョージの部屋を掃除してる時に、商品の注文書が出てきたのね。ベロベロ飴とか、騙し杖だとか……名前も聞いたでしょう? 『前にも全部捨てなさいって言ったでしょう』って。フレッドとジョージは、前にも増してママに隠れて活動しなくちゃならなくなったわけ」
「ワーオ……」名前は感心したのか呆れたのか、自分でも解らなかった。
「ああそうさ、だから今日持っていこうとしてたのさ。ホグワーツ生が沢山来るし、ワールドカップのおかげで財布の紐が緩い。そうでなくても、反応を見るには打って付けだ。ワールドカップの会場じゃ、流石にママの目は届かないからな」
 どうやらこちらの会話が聞こえていたらしく、フレッドが振り返ってそう言った。ジョージも同じく後ろに振り返りながら、つまらなそうに言った。
「けど、ママはロマンが解ってないんだ。男のロマンってやつが」
 一行はオッタリー・セント・キャッチポールの村を、何事もなく通り過ぎた。誰かと出くわした時には、「星を追い掛けるツアーの真っ最中なんだ」という言い訳をする予定だったのだが、その必要はなかった。村のマグル達はまだ誰も起きていないようで、村は静まり返っていた。やがて空が白み出し、代わりに星が姿を消していった。
「さあ、あとは『移動キー』があればいい」
 ストーツヘッド・ヒルの頂上に辿り着いた時、ウィーズリー氏がそう言った。東の果てから日が昇り始め、まったくの暗闇だったのが、仄暗いと言えるまでになっていた。みんな少しキツいハイキングに息を弾ませていたが、一斉に俯いて、ポートキーを探し始めた。ウィーズリー氏は「それほど大きい物ではない」と言ったが、この自分の靴の色さえ判断しかねる薄明りの中で、それらしい物を見つけるのは、なかなか難しそうに思えた。

 皆、ポートキーを探していると自然と無言になったが、その沈黙はそれほど長くは続かなかった。名前が何か妙な素材でできた蓋のような物を拾い上げ、ポイと投げ捨てた時、聞き慣れない男の声が草原に響き渡った。
「ここだ、アーサー! 息子や、こっちだ。見つけたぞ!」
 少し離れた丘の向こうで、二つの黒い影が立っていた。ウィーズリー家の一行は、その声に導かれるようにして、彼らの元へと向かった。叫んでいたのは、見覚えがあるようなないような、ウィーズリー氏と同じくらいの年代の魔法使いだった。彼はボロボロで黴だらけのブーツを手にしていた。あれがポートキーだ。
「エイモス!」ウィーズリー氏が嬉しそうに駆け寄り、その男性と握手した。
「みんな、エイモス・ディゴリーさんだよ。『魔法生物規制管理部』に勤めていらっしゃる。息子のセドリックは知ってるかね?」
 おじさんに言われるその一瞬前に、名前はセドリック・ディゴリーの存在に気が付いていた。癖のない黒髪に、シーカー向きではないしっかりした体型、名前が少し上を向かなくてはならないほどの身長。名前がセドリックを見ていたのと同じように、彼もこちらの面々を見回していたようで、名前がここに居る事に気が付いたセドリックは、驚いたような顔はしたものの、やがて嬉しそうににっこりと笑った。
「やあ」とセドリックは言った。
 名前は勿論、皆返事を返したが、フレッドとジョージだけは何も言わなかった。どうも、以前のクィディッチの時に、彼がスニッチを掴んだ事を未だに許せないらしい。
 名前がディゴリー氏に見覚えがあるような気がしたのは、彼がセドリックの父親だからだったのだろう。口髭のおかげで解りづらかったが、どことなく顔付きや表情がセドリックと似ていた。
「随分歩いたか、アーサー?」
「いや、まあまあだな」ウィーズリー氏が言った。「村のすぐ向こう側に住んでるから。そっちは?」
「朝の二時起きだ。なあ、セド? まったく、来年だったら、セドも姿現しできる年齢だっていうのに。いや、愚痴は言うまい……何せクィディッチ・ワールドカップだ。たとえガリオン金貨一袋やるからと言われたって、それで見逃せるものじゃない」
 もっとも、切符二枚で金貨一袋分はしたがな、とディゴリー氏は付け足した。そして彼はウィーズリー家の子供達を見回した。今このストーツヘッド・ヒルには、ディゴリー家の二人の他に、五人の魔法使いと三人の魔女が居た。ついでに、その内の七人が未成年だ。
「アーサー、みんな君の子か?」
「まさか」ウィーズリー氏は小さく笑った。「赤毛の子だけだよ」
「フレッド、ジョージ、ロン、ジニー、私の子だ。この子は名前、少しの間、家で預かる事になった。その子はハーマイオニー、ロンの友達だ。こっちはハリー、やっぱりロンの友達だ」
「おっと、どっこい」
 ディゴリー氏は素っ頓狂な声を上げた。彼の目は、ハリーの額を見ていた。
「ハリー? ハリー・ポッターかい?」
「あ……うん」
 ハリーはどこかしら気まずそうに、そう答えた。
「セドがもちろん君のことを話してくれたよ。去年君と対戦したこともね。私は息子に言ったね、こう言った――セド、そりゃ孫子にまで語り伝えることだ。そうだとも……お前はハリー・ポッターに勝ったんだ!」
 何せ、あのハリー・ポッターだ、とディゴリー氏は嬉々として語った。彼の理屈で行けばひょっとすると、名前は子々孫々まであのハリーと一緒に落下したのだと伝えていかなければならないかもしれない。嬉しそうに息子を褒めちぎるディゴリー氏に、ハリーはどう反応すれば良いのかと困っていたし、その息子のセドリックでさえも、自分の父親を何と言って止めれば良いのか解らないようだった。名前はフレッドとジョージが、憮然とした表情をしていて、しかもそれを全く隠す気が無いらしい事に気付いていた。
「……父さん、彼は箒から落ちたんだよ。言ったでしょう? 事故だったって」
「ああ。でもお前は落ちなかった。そうだろう?」ディゴリー氏は、セドリックの背中をバシッと叩いた。「うちのセドはいつも謙虚なんだ。いつだってジェントルマンだ!」
 セドリックは苦々しげに笑った。上機嫌の父親に言い聞かせるのは諦めたらしく、ディゴリー氏がハリーに話し掛けるのを暫く眺めていたが、やがて名前に尋ねた。
「どうしてウィーズリーさん達と一緒なんだい?」
「決勝戦のチケットが手に入ったんだけど、保護者は仕事が忙しくて行けなかったから、ウィーズリーさん家に連れて行ってもらう事になったの――貴賓席だよ!」名前は簡単に説明した。名前が持っている切符が貴賓席のチケットだと知って、セドリックは驚き、そして羨ましそうな顔をした。貴賓席なのはウィーズリー家も一緒だったので、そんなセドリックの様子を見て、フレッドとジョージの機嫌は幾分直ったようだった。
「そろそろ時間だ」
 ウィーズリー氏がそう言った。彼は懐中時計を不必要なまでにジッと見つめていた。
「エイモス、他に誰か来るかどうか知ってるかね?」
「いいや」ディゴリー氏は先程までとは一変し、思案を巡らせながら言った。「ラブグッド家はもう一週間前から行ってるし、フォーセット家は切符が手に入らなかった。この地域には他には誰もいないと思うが、どうかね?」
「私も思い付かない」おじさんははっきりとそう言った。

「さああと一分だ。準備をしないと。みんな、ポートキーに触るんだ。指一本触れているだけで良い」
 ウィーズリー氏は主に、移動キーに慣れていないであろうハリーとハーマイオニーの方を見てそう言った。ウィーズリー家と名前とハリー、ハーマイオニーが草臥れたブーツの周りに集まった。ディゴリー親子もそれに加わる為、本当に腕一本しか伸ばせないくらいぎゅうぎゅう詰めだ。名前は文字通り、人差し指で触れているだけだった。
 やがて、ウィーズリー氏が秒読みを始めた。
「三秒……二秒……一秒……――」
 名前は触れている指の先、ポートキーの中から、何かの力が働いたのを感じた。黴だらけのブーツから、青白い光が放たれている。見えない鈎と糸に手繰り寄せられているようだ。人差し指がピッタリと糊付けされたようになり、臍の裏側がグイッと引っ張られたような気がした。
 どれくらいの時間だったのか。肩と肩とがぶつかり、ぐるぐると回転させられた移動キーでの移動は、名前にはひどく長く感じられたが、どうもそれほどの時間は過ぎていなかったらしい。ドサッと不時着し、みんな呻いていた。ウィーズリー氏とディゴリー氏、そしてセドリックは何とか立っていたが、それでも強風に煽られたようにフラフラしていた。
 いち早く立ち上がった名前は、隣のジニーを立たせてやりながら、流れてきたアナウンスに耳を澄ました。
「五時七ふーん。ストーツヘッド・ヒルからとうちゃーく」

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