トン・タン・トフィー

 夜の七時、仕事から帰ってきたウィーズリー氏も加わり、本当に大人数での食事が始まった。ウィーズリー家の九人に、名前とハリーとハーマイオニーだ。肘と肘とがぶつかってしまいそうな間隔で、実際名前は、何度もジョージに肘鉄をかましてしまっていた。しかし、こんなにわいわいと、もしくは誰かと一緒に食べたのなんて、名前にとっては本当に久しぶりで、楽しかった。ちょっと狭苦しい事なんて、全く気にならない。それにウィーズリー夫人の料理はどれもこれもが美味しくて、名前は気付けば全ての料理をおかわりしていた。
 テーブルの真ん中で、ウィーズリー夫人とビルが、彼の髪の毛について話し合っていた。どうやらおばさんからしてみれば、彼の髪型は喜ばしいものではないらしい。ジニーが半ば呆れたように、そしてどこか面白そうに、長兄が母親に押し負けているのを眺めている。反対側では、ハリー達三人が何やらこそこそと話したそうにしているが、やはりこれだけの人数だと内緒話はできないわけで、話そうにもすぐに打ち止めになっているらしかった。その向こうでは、パーシーとウィーズリー氏が何やら仕事について話し合っている。名前はパーシーが学生時代から底抜けの真面目だという事を知っていたが、家でも全く同じ調子だという事に少し驚いてしまった。

 ウィーズリー氏と名前が会ったのは一応は二度目だったのだが(二年生の学年末、『秘密の部屋』から無事に脱出した後に顔を合わせていた。もっとも、あの時は会話なんてしていない)、やはり握手を交わし、初めましてと言った。ウィーズリー氏はやはり兄弟達と同じように背が高く、眼鏡を掛け、頭のてっぺんはうっすらと地肌が見えていた。彼が朗らかに笑うので、名前はすぐにウィーズリー氏も好きになった。
 名前はというと、チャーリーやフレッド、ジョージに混じって、ワールドカップの話題に夢中だった。
「絶対、アイルランドだ」チャーリーが言い張った。
 彼はポテトを頬張りながらモゴモゴと言ったので、殆ど聞き取る事はできなかった。しかしながら名前も双子も、彼の言わんとしている事は自ずと解っている。チャーリーがごくりと茹でたじゃがいもを飲み込んだ。
「何せ準決勝で、ペルーをあそこまでぺちゃんこにしたんだからな」
「でも、ブルガリアにはビクトール・クラムが居るぜ!」
 フレッドが勢いよく言った。しかしチャーリーは、訳知り顔で首を振ってみせた。
「クラムは良い選手だが、一人だ。アイルランドには彼並みの選手が七人居る」
「そうだよフレッド! それに、アイルランドにはマレットが居るんだよ? あの人にかかればブルガリアなんて一捻りだよ!」
 名前が握り拳を作り、ブンブンと振り回して力説すると、隣に居たハーマイオニーが迷惑そうな視線を寄越した。しかし名前はそれほど気にせず、いかにマレットが素晴らしいチェイサーなのかをフレッドに訴えた。
「へえ、名前はマレットが好きなの?」
「うん大好き! あのクアッフル捌き、憧れちゃう。って言っても、新聞で見ただけなんだけどね」
「確かに、あの三人はみんな素晴らしいチェイサーだよ。けどなあ、全く、イングランドが勝ち進んでくれりゃなぁ。あれはまったくの赤っ恥だ」ご贔屓の選手が居たのか、悔しそうにチャーリーは言った。
「どうしたの?」
 ハリーが尋ねた。話に寄ると彼はこの夏の間、一切魔法に関わらない生活をしていたので、当然今までのワールドカップの試合運びを知らないのだ。イギリス勢がどういう結末になったのかを、心底悔しがりながらチャーリーが教えた。
「トランシルバニアにやられた。三九○対一○、最悪だ。それからウェールズはウガンダにやられたし、スコットランドはルクセンブルクにボロ負けだ」
「アイルランドに汚名を返上してもらわないと、ホントに赤っ恥よ」と、名前。
「けど、相手がブルガリアなんだ」ジョージがチキンハム・パイを突っつきながら言った。「あそこはホラ、世界一のシーカー、クラムが居る。元々ブルガリアは攻撃重視の国なんだけど、それは今回のアイルランドも同じなんだ。各チームの一番の得点王のチェイサーが選ばれたし、一年も前から一緒に組んで練習してる。正直言って、アイルランドはチェイサー合戦になればどこにも負けない」
 ジョージが言った事に付け加えるようにして、フレッドがハリーの方に身を乗り出しながら言った。
「けど、クラムが先にスニッチを捕っちまえばそれでお終いだ!」
「だから問題なんだ。こっちはビーターの二人は同じワスプスでコンビネーションは抜群、簡単に捕られないとは思うんだけど」チャーリーは先程までと違い、段々と考えが変わってきているようだった。悩みながら喋っている。
「何にしろ、もしかするとって事があるのよ。開始直後にスニッチがシーカーの方に向かって来た、アレっていつの試合だっけ?」
 名前とチャーリーは根っからのアイルランド派、フレッドとジョージはブルガリア派、もといクラム派だった。四人ともハリーを味方に付けたくて、持っている情報を洗いざらい喋ったが、ハリーは結局どっちつかずの返事しか返さなかった。
 夜も更け、デザートのストロベリー・アイスクリームが空っぽになってしまった頃、ウィーズリー夫人が「あら、もうこんな時間」と言った。いつのまにか日は沈んでいて、名前達はおじさんが魔法で灯した蝋燭の火の下で夕食を食べていた。
「さあさあ、もうみんな寝なくっちゃ。明日は夜明け前に起きるんですから――ハリー、それに名前、学用品のリストを置いていってちょうだいね。みんなの買い物のついでに、明日ダイアゴン横丁で買ってきてあげますから。ワールドカップの後は時間が無いかもしれないわ。前回の試合なんか五日間も続いたんですから」
「ウワー、今度もそうなると良いな」ハリーが嬉しそうにそう言った。
 彼とは反対に、パーシーは少しだけ嫌そうだった。
「あー……僕は逆だな。五日もオフィスを空けたら、未処理の書類の山がどうなってるかと思うとゾッとするね」
「そうとも」フレッドが至極真面目そうにそう言い、それからニヤッと笑った。「また誰かがドラゴンの糞を忍び込ませるかもしれないし。な、パース?」
「あれはノルウェーからの肥料のサンプルだった! 僕への個人的なものじゃなかった!」
 パーシーは顔を紅潮させてそう言ったが、名前はその後、ジョージに「個人的も個人的、僕達が送ったのさ」と聞いてしまった。名前はその後、パーシーの角縁眼鏡を見る度に、笑いを堪えなければならなくなった。


 翌朝、名前達は日が昇らない内に起き出し、うーうー呻きながら着替えて朝食に向かった。時計を見ると、やっと四時を回ったところだった。ウィーズリー夫人に起こされる前、名前は何か夢を見ていた気がしたが、どうも目覚めが悪いらしいジニーを揺り起こした時には、既に夢を見ていた事すら忘れていた。
 テーブルにはウィーズリー氏、それにロンとハリー、フレッドとジョージが揃っていた。みんな寝惚け眼でオートミールを啜っている。女の子達が席に着き、名前も座ると、さっそくおばさん特製オートミールを口に運んだ。
「どうしてこんなに早起きしなきゃいけないの?」
「結構歩かなくちゃならないんだよ」
 噛み殺した欠伸で流れた涙を拭いながら言うジニーに、おじさんは少し苦笑して、それからワールドカップへ行く為の方法を話した。どうやら会場までは、ポートキーで行く事になっているらしかった。確かに、これだけの大人数なのだから、一番手っ取り早い方法ではある。クィディッチ・ワールドカップはマグルの目から隠れて行われるから、それ相応の手段が魔法省から設けられているに違いない。ウィーズリー氏がマグルの格好をしているのも頷けた。
「チャーリーや……パーシーやビルはどうしたの?」
 名前がそう尋ねると、ロンは肩を竦めてみせた。
「姿現しで行くんだってさ。だからまだベッドで寝てる――」
「ジョージ!」
 ウィーズリー夫人が突然大声を出したので、名前はびくっと震えてしまった。しかしそれは名前だけではなく、ロンもそうだったし、むしろテーブルに着いていた全員が飛び上がっていた。中でも一番どっきりしているのは名前を呼ばれたジョージと、そして何故かフレッドだった。
「そのポケットにある物はなんなの?」
「何にもないよ!」
 ジョージはそう即答した。しかし、それがかえって酷くわざとらしかった。おばさんの目にもそう映ったらしい。夫人は杖を取り出し、「アクシオ! 出てこい!」と叫んだ。
 途端、ジョージのポケットからいくつかの小さな物体が飛び出した。名前の見間違いでなければそれは、鮮やかな包み紙にくるまれたキャンディだ。双子が焦って取られまいとしたが、後の祭りだった。
「全部捨てなさいって言ったでしょう!」二人は尚もしらばっくれようとする雰囲気を出したが、もはや手遅れだった。
 ウィーズリー夫人が「アクシオ」と言うと、その度にひゅんひゅんと飴玉が飛んだ。驚く事に、ポケットなんて当たり前の場所だけじゃなく、ジーンズの折り目やジャケットの裏地、その他思いもかけない所からピュンピュン飛び出した。フレッドとジョージは出来る限りの方法で、出来る限りその飴玉を持ち出そうとしていたようだった。名前にはただのお菓子に見えたが、それだけでウィーズリー夫人がこれほど怒る筈がないし、双子が必死になって取り戻そうとする筈がない。
「僕達、それを開発するのに六ヶ月も掛かったんだ!」
「あらまあ、ご立派な六ヶ月の使い方ですこと! OWLの成績が悪かったのも当然だわね!」
 彼らの話を聞いているに、どうやらあのキャンディはフレッドとジョージが作ったものらしい。しかも、半年かけて。そう言われてみれば、この半年の間、確かにウィーズリー家の双子が禁じられた森に忍び込む事が無かったようにも思う。何故名前がそれを知っているかと言えば、無論、名前がこっそりと森に行った時、双子と遭遇する事がなかったからだ。
「あの飴、何なの? 二人はアレをワールドカップに持っていってどうするつもりだったの?」
 名前はジニーにそう尋ねたが、彼女は困ったような顔をしただけで、質問には答えなかった。理由を知らないというより、ウィーズリー夫人の前で言う事は憚られる、そんな感じだった。名前はそれ以上尋ねなかった。
 フレッドとジョージが開発したのだという色とりどりの飴玉は、無情にも全てゴミ箱行きになった。

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