学期末の試験

 名前はテスト最終日に行われる事になった、バックビークの控訴裁判の為に図書室に長い間籠もっていたが、試験が一週間後に迫った頃には、他の生徒も何人か、図書室の閉館時間ギリギリまで粘るようになっていた。
「毎年思うんだけど、先生達は本当に私達を目の敵にしてるんだわ!」
 名前の隣で、先程まで取り憑かれたように羽ペンを動かしていたハンナが、そう叫んだ。どうやら本当に取り憑かれてしまったらしい。アーニーやスーザンがびくりと体を震わせて、憤怒の形相をしたマダム・ピンスが此方に駆け寄って来ていない事を確認した。ジャスティンは口元に手をやって静かにするようにと促したが、ハンナは気にした様子もなく「だって」と言った。
「一年分全てがテスト範囲だなんて。基本呪文全集なんてまるまる一冊あるじゃないの。一体いくつの呪文を暗記すれば良いの? それに、今年から科目が増えたわ」
「平気だよハンナ、占い学なんて恐るるに足らず」
 歌っているかのような、そんな気楽な調子で名前がそう言ってみせると、彼女はヒステリックに「増えたのは占い学だけじゃないわ!」と叫んだ。
「私、水晶玉に何か見えた試しがないわ」
 ハンナの悲痛な呟きに、占い学を選択した三人の内、三人が同意の声を漏らした。
 去年は結局、学期末のテストが免除されたから、ハンナも今回のように取り乱す事はなかった。しかし一昨年や普段の授業でのテストなんかで、彼女がこうしたプレッシャーに弱い事を名前は重々承知していた。ハンナは普段からちゃんと勉強をして、宿題なんかもきっちりとこなす努力家なのに、こういった時々に重圧に潰れそうになるのだ。一度パニックに陥ったらそこで彼女の全ては終わり、ぐちゃまぜになってしまう。自信を持って望めば、例え彼女なら前日にまったく勉強をしなかったとしても、テストで良い成績を修める事が出来る筈なのだ。

 彼女自身はそんな自分を変えたいと思っているようだったが、名前からしてみればそれは彼女の長所だとも思う。己を疑う事は、必ずしも悪い事ではないからだ。その点で言えば、名前など真逆だ。疑わないわけではないが、信じる信じない以前に自分の直感、もとい聴いてもおらず聞いてもいない事柄が勝手に頭の中に入ってくる為に、本能という名の意思に背く事自体が面倒で仕方がない。
「あたしの直感で行くと、占い学は勉強しても無駄じゃないかな」
「不吉な事を言うのはやめて!」
 ハンナが気にした事と、名前が言った事は食い違っていたのだが、名前は訂正しなかった。


 ついに、逃げ出したいと皆が願わずにはいられない、学期末テストが始まった。
 うだるような暑さの中、狭い魔法史の教室の中にすし詰めにされての筆記試験は、相当の自制心が必要だった。居眠りしないようにする為の。しかし結局、名前は魔女狩りについての穴埋め問題を解いた後、気付けばテスト終了の鐘が鳴っていたという有様だった。論述問題は一字たりとも書かれていなかった。
 実技は実技で大変だった。魔法薬学の実技試験、スネイプ先生は混乱薬を課題に出した。名前は混乱薬を作る為に何が必要なのかを思い出すのに長い時間が掛かり、テストが終わった時、出来上がった魔法薬は完全には煮詰まっていなかった。
「最後の一煮立ち、時計回りに混ぜるんだったかしら? それとも反時計回り?」
「嫌よ、思い出させないで!」
 ハンナとスーザンが、二人して青い顔をしていた。名前からしてみれば、彼女達の混乱薬はケチのつけようがなかった。ちゃんと濃い色をしていたのだ。名前のは恐ろしく透き通っていた上、黒く煤けていた。名前がそのまま踵を返し、スナッフルの元へ向かおうとすると、ハンナが襟元を掴んで引き戻した。
「どこへ行こうとしているの? 勉強しなきゃ、駄目!」
「ええー……」
 名前は及第点さえ取れれば良いと思っているので、彼女達のように積極的に勉強しようとは思っていなかった。というよりかは、名前は普段の素行が悪いので、今更詰め込んだところで結果はあまり変わらないだろうというのが本音だった。
 しかし抗おうという気にはなれず、名前は心の中でシリウスに謝罪した。

 試験二日目、午前は魔法生物飼育学、午後は呪文学だ。
 飼育学のテストはレタス食い虫を使ったもので、一時間後に生きていたら合格という非常に簡単な試験だった。何せ、レタス食い虫は生命力が強いし、ろくな世話をしなくても飼育できるという代物だ。名前はいつものような過剰なスキンシップはせず、たまにレタスをやる際刺激する事で、フロバーワームの反射を高めた。一時間後、名前のレタス食い虫は勿論生きており、それどころか他の生徒のものと比べ、一匹だけ元気に盥の中を這いずり回っていた。監督をしている際、裁判が近付いたおかげでしょぼくれた顔しかしていなかったハグリッドは、名前が誇らしげにしているのをみて、少しだけ笑顔を見せた。
 その後の呪文学では、昼食の間にチラ見した呪文ばかりがそのまま出たという、信じられない幸運に見舞われた。きっと六月分の幸運を使い果たしてしまったに違いない。テストに出た『元気の出る呪文』の効果で皆どこか陽気だったが、テストが終わるとすぐさま談話室やら図書室やらに閉じ籠もった。

 次の日の午前中、名前は古代ルーン文字学だった。果たして名前が昨日思った事は正解で、得意な教科にも関わらず、全然勉強していない単語ばかりが並んでいて、名前は出鼻をくじかれた。終了間際になんとか全て訳し終えたものの、良い成績を修める事はできないだろう。
 午後の変身術、名前はティーポットを陸亀に変えるという課題で、何とか亀には変えられたもののやりすぎてしまい、巨大なゾウガメになってしまった。マクゴナガル先生は苦笑していた。
 それだけを集中して勉強していたおかげで、夜中の天文学ではベストを尽くせたような気がした。とりあえず、おおいぬ座は完璧に記述する事ができた。
 どう転ぶか全く予想が付かなかった占い学は、結果的には名前が想像した通りだった。トレローニー先生は以前から言っていたように、水晶玉を課題に出した。テストは一人一人行われ、各自が水晶玉と向き合い、玉に写ったあれやこれやを先生に教えた。名前はやはり何も見えなかったので(机の上に焼けこげがあるのを発見した。水晶玉を挟んだ向かい側に座っていたトレローニー先生も一緒になって覗き込んでいたので、水晶玉の凹凸と瓶底メガネが重なって、先生の顔はいつも以上に滑稽に見えた)、曰く、まさかの時の占い学に頼った。でっち上げだ。先生が真に受けたかは知らないが、名前が語った悲劇には満足していたようだった。


 ついにテスト最終日の木曜となり、バックビークの控訴裁判当日にもなっていた。名前達の最終日のテスト、一つ目は薬草学だった。皆は最後のテストという事もあって、羽ペンを持ちすぎてすっかり萎びてしまった手に鞭を打ち、クネクネ動く苗木を必死に植え替えた。勿論それは名前も同じで、強い日差しに髪や首筋を焼かれながらも、何とか課題をこなした。連日のテストでふらふらになっていたのに、名前やみんなが倒れなかったのは、最後のテストが残っていたからだ。
 名前にとって最難関の、闇の魔術に対する防衛術の試験だ。
 クィレルが教壇に立っていた時から、名前が一番苦手な授業がこの闇の魔術に対する防衛術の授業だった。名前の父親は闇祓いで、いわば闇の魔術と戦う第一人者だ。それなのに名前が防衛術が苦手だという事は、いかにもおかしな話だった。実際名前自身、何度かそう思っていた。どうも、一年目と二年目の教師のおかげで、この科目自体に対して苦手意識が芽生えたらしい。
 テストが始まる前、生徒が授業の合間に何がテストに出るのかと、ルーピン先生に尋ねていたのを名前は何度か目にしていた。しかし彼は意味ありげな笑みを浮かべるだけで、一度たりとも内容を明かさなかった。なので誰も、テストに何が出るのか知らなかったし、そうでなくともやはり名前はこの日の為に、神経を磨り減らしていた。

 粘土を食べているようだった昼食の後、名前はついに防衛術の教室へ向かった。
 いつもの闇の魔術に対する防衛術のクラスへと入った途端、名前だけでなくハッフルパフの皆が唖然とした。教室からはいつもの机と椅子が取り払われており、代わりに象も入れそうな大きな水槽が置いてあり、妙に穴だらけの岩場のような場所、大きな沼がそこには出来ていた。名前の勘違いでなければ、教室自体が小さな広場ほどに大きくなっている。
「やあ、来たね」ルーピン先生が朗らかに言った。
 彼は沼地から少し離れた場所に、大きなトランクを置いた。見覚えがありすぎるそれに、名前はこのテストが今まで受けてきた物と全く違う事を理解した。
「せ、先生!」スーザンが青い顔をして言った。「あの水槽、水魔が居るわ!」
 彼女が言ったのを聞いて、皆はどれだどれだと水槽の方へ首を伸ばした。名前も同じように其方を見て、水魔のタコのような足がヒラヒラしたのを目撃した。
「よく解ったね、スーザン――さ、みんな教室の真ん中に集まってくれ」
 生徒達は恐々、先生の近くに駆け寄った。ルーピン先生は授業開始の時刻になった事を確認してから、試験についての説明をし始めた。
「今回君達には、この教室を一周してもらう。一周と言っても、解るね、グリンデローの入った水槽を渡り、赤帽鬼が潜んでいる穴場を通り抜け、ヒンキーパンクが待ち受けている沼地を横切り、最後はあのトランクだ。中に何が居るのか、そうだな、スーザンは解っているんじゃないのかな?」
「ボガートです」
 ルーピンが「その通り」と言ってニッコリしたのと、皆の呻き声は同時だった。

「さて、それではそろそろテストを始めるとしようか――君達は皆、これが最後の試験だったね? それじゃあ、やりたい人からやる事にしよう。皆早く休みたいだろうからね。テストが終わった人から、寮に戻っても良いよ」
 やはりと言うべきか、挙手したのは十人にも満たない数だった。
「おや」ルーピン先生は、ピンと腕を伸ばしている名前を見てそう言った。
「珍しいね、名前が手を挙げるとは」
 ニコニコ顔の名前を見て、ルーピン先生も微笑んだ。確かに名前は闇の魔術に対する防衛術が苦手だったが、それは相手に対する攻撃呪文や、闇の魔術に対する反対呪文を覚えたりするのが苦手だという事で、魔法生物を相手にするのは話が別だ。
 以前ルーピンが言っていたのは、この事だったのだ。
 名前は魔法生物と付き合う事は得意だし、その事に誇りも持っていた。
「先生、大好き」名前が感極まってそう言うと、ルーピン先生は一瞬きょとんとして、それからおかしそうにクスクス笑った。

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