vsスリザリン

 午前十一時の二十分前、ハッフルパフの選手達七人は玄関ホールに集まり、それぞれ自分の箒を持ち、競技場へと向かった。校庭は、穏やかな三月の風が吹いていた。この分なら、箒が流される心配はしなくて良いだろう。雷が鳴っていたグリフィンドール戦の時や、強い風が吹きしきっていたレイブンクロー戦とはまるで違う、良い天気だった。
 クィディッチ場へと歩く間、他の選手達は同じポジションの選手と作戦を練り直していたり、他愛のないお喋りをしたりしていたが、名前は誰とも連れ合わずに一人で歩いていた。少し頭を横に退ければ、先頭を歩くセドリックの背中を見る事ができた。笑っているのを見るに、緊張を解きほぐそうと冗談を言い合っているらしかった。
 名前はセドリックと仲直りをしたわけではない。しかし今までと違い、名前は彼に話し掛ける事ができるだろう。そして、謝るべきは名前なのだ。
 競技場は既に観客で満員のようだった。ロッカールームの扉をぴたりと閉じる前、興奮したざわめきが聞こえていた。名前はカナリア・イエローのユニフォームに着替えながら、その下に杖を忍ばせた。泣いても笑ってもこれが今年最後のクィディッチなのだ。万が一にも、吸魂鬼に邪魔をさせるわけにはいかない。
「みんな、用意は良いかい? ――さあ行こう」
 セドリックが促し、七人は歩き出した。

 箒を携えたハッフルパフの選手達が入場すると、競技場中から拍手が沸き起こった。実況が一人一人名前を呼び上げ、そしてその時自分の名前が呼ばれる事に、名前はまだ慣れていなかった。ハッフルパフ・チームが中間地点に差し掛かる頃、反対側から緑色のローブを着た集団が入場してきた。黒く光る箒を握っているのは七人のスリザリン生だ。
 フィールドの真ん中に十四人が二列に整列し、各チームのキャプテンがより中心へと歩み寄る。フーチ先生の合図で二人は握手した。名前の位置からはセドリックの顔は見えなかったが、スリザリンのキャプテン、フリントが、これでもかと言わんばかりの表情をしており相当の力で握り締めている事は解った。
 選手達がそれぞれのポジションに着くと、マダム・フーチは右腕を上げ、彼らが動くのを制した。彼女の足元には一抱えもあるトランクが置いてあり、その中には四つのボールが入っている。フーチ先生が金色のスニッチ、続いて二つのブラッジャーを空中に放った。そして――
「さあ試合開始です! クアッフルを取ったのは――スリザリン! フリント選手、スタートが速かった! フライングじゃないではないでしょうか――」
「ジョーダン、実況は公正に、ですよ」
「アイ、マム!」おそらく、リーは敬礼しているのだろう。
 リーが言った通り、フリントのスタートダッシュは素晴らしく、ぐんぐんとハッフルパフのゴールへと飛んでいる。その後をスリザリンのチェイサー二人が追い、そのまた後ろをハッフルパフが追っている形だった。最初の出だしにそれほど差はなかったのに、気付けばスリザリンの三人と、ハッフルパフのチェイサーとでは間が開き始めている。明らかに箒の差だ。名前はザカリアスとチェンバースの追い抜きざまに、「後ろで待ってて!」と叫んだ。
 ――オッケー、あたしは掻き回す役よ。
 名前は姿勢をぐっと下げ、ニンバスの柄をしっかりと握り、全速力でフリントを追い掛けた。大柄揃いのスリザリン勢よりも、小柄な名前の方が加速力があった。彼らの頭の上を飛び、前方に回り込む。フリントは現れた名前に気が付くと、すぐに後ろに控えているワリントンにパスを出した。しかし彼らはきっちりと陣形を作って飛んでいたので、パスのルートは限られている。名前はスリザリンのチェイサー達三人の隙間を縫うように飛び、すり抜けざまにクアッフルを奪い取った。
 フリント達がUターンをし終える頃には、名前は後ろに追ってきていたチェンバースにパスを出し終えていた。
「名字選手、非常に上手いパスカットでした!――」リーが興奮して叫んでいるのが聞こえた。


「――さあ泥沼の展開になってきました。なかなか試合が動かない。依然として、両シーカーともスニッチを見つけていないようです。五○対四○で、ハッフルパフが僅かにリードしています――おいおい、ハッフルパフは半分がコメットなんだぜ……選手の実力が知れるというものですね――」
「ジョーダン!」
 マクゴナガル先生の声が大きくなってきた。名前は一度も実況席の方を見ていなかったが、マクゴナガル先生が眉をきゅっと吊り上げ、身を乗り出し始めている様子は簡単に想像することができた。
「ほんの冗談ですよ、先生」悪びれもなくリーが言う。「組んず解れつの、クアッフルの奪い合いを制したのは――ハッフルパフのチェンバースです。チェンバース選手、物凄いスピードでゴールを目指します。スリザリンとしては何としてでも防ぎたいところ――キーパーのブレッチリーが迎え撃ちます――ハッフルパフ決めたあ! 六○対四○! チェンバース選手、スコア・エリアに入る直前に、真下に居た名字に鋭いパスを出しました。完全にブレッチリーの裏をかきました。上手いぜアドルフ!」
 競技場がうわっと沸き、名前も小さくガッツポーズをした。
 点数に差が出てきたからか、それともノロノロした試合運びに焦れたのか、スリザリン側のラフプレーが目立つようになってきた。ハッフルパフの選手達はブラッジャーだけでなく、その後に飛んでくる棍棒にも気を付けなければならなくなった。
「ペナルティー! わざと衝突させるつもりで飛んだ事によるペナルティー!」
 審判のマダム・フーチが、先程からあらんかぎりの声で何度も叫んでいる。後ろからのタックルをまともに喰らったチェンバースはゴール・ポストに激突し、鼻っ柱が折れてしまったようだった。彼は顔面に鼻血を飛び散らせながらも、ペナルティー・シュートを決めた。これで、点差は三十点になった。
 スリザリンの選手達は悔しそうに箒を叩き、憎々しげな表情でハッフルパフ選手を睨み付けていた。もし彼らが地上に居たなら、地団駄を踏んでいるに違いない。此方をギラギラと睨み付けているブレッチリーと目が合ったので、名前はわざと、にやっと笑ってみせた。彼は元から赤くなっていた顔を更に上気させ、歯を剥き出して威嚇した。スツージングでもしてきそうな勢いだ。本来はキーパーを襲うチェイサーへの反則技だが、打ちのめされては敵わないと、名前は背を向けてゴール区域から飛び出した。

 名前が率先して点を稼ぐ、というのが昨日決まった作戦の筈だった。何故なら名前が持っている箒はニンバス二○○一で、スリザリンに対抗できる唯一の箒だったからだ。
 しかし試合が始まってみれば、最新のニンバス七本という事実は、それほどの脅威には感じられなかった。怖れていたよりは点差は開かないし、それどころかハッフルパフの方がリードしている。それはニンバス二○○一は性能が高い分、扱いも難しいからだ(もっとも、それは名前も同じだが)。
 クアッフルのコントロールの上手いチェンバースがシュートを狙い、ザカリアスがそれのサポート、名前は専ら、スリザリンのチェイサー達を妨害する役だった。元より名前は、クアッフルを持って飛ぶ役目には向いていない。体格差があるため、すぐにクアッフルを掠め取られてしまうからだ。名前が相手チームからクアッフルを奪ってしまえば、後はこっちのものだった。
 しかし試合が進み、皆が息を切らし始めた頃、ついに恐れていた事が起こった。
 女子生徒の甲高い悲鳴がいくつも競技場に響いた。息を呑む音が聞こえた。何本もの箒が空中で静止した。名前もそれに気が付いた時、クアッフルから視線を外し、そして気が付いたらただ浮かんでいるだけの状態になっていた。
「――セドリック!」
 誰がそう叫んだのかは判断がつかない。名前だったかもしれない。名前が気付いた時には、彼は既に箒から放り出されており、彼が地面とぶつかる時、誰も間に合わなかった。ハッフルパフの選手達は急いで彼の元に向かった。
「っ――ペナルティーだ! 試合中止だ!」チェンバースが叫んだ。
 墜落したセドリックは、ぴくりとも動かなかった。名前も地面近くまで降下し、恐々と駆け寄った。チームでただ一人のシーカーが、負傷したのだ。アバンドンがチェンバースの肩を掴んで揺すぶったが、彼は振り払い、なおも叫び続けた。
「駄目だ、あれは反則じゃない」ザカリアスが言った。
「じゃあ何か? セドが落ちたっていうのに、あいつらは何のお咎めも無しってのか?!」
 チェンバースが噛み付き、ザカリアスも言い返した。名前は何が起きたのか、クアッフルを追い掛けていた為に見ていなかった。

 コベットが説明するには、スリザリンの二人のビーターが同時に打ったブラッジャーが、後頭部に当たったらしい。二人分の威力を持ったブラッジャーは凄まじい威力を発揮し、一撃で選手を沈めた。当たり所が悪ければ、恐ろしい事になっていたかもしれない(名前が見た限りでは、セドリックは気を失っているだけだ)。確かにブラッジャーを二人で打つ事は、ルール上禁止されてはいない。スニッチを見つけたのだろうか、セドリックが低い位置を飛んでいた事だけが幸いだった。
 クィディッチは一切中断がされない。特例として、チームのキャプテンがタイムを要求した時だけそれが認められる。キャプテンが意識を失い、ペナルティーを取られた訳でもない今、試合は続いていた。マホニーが奮闘しているが、如何せん一人ではどうしようもならない。同点に追い付かれるどころか、逆転され、スコアは七○対九○になっていた。名前は担架を携えたマダム・ポンフリーが、見物人を掻き分けて走り寄ってくるのを見た。名前は息を吸い込んだ。
「――みんな聞いて!」
 名前が特大の声でそう言うと、言い合っていたチェンバースとザカリアスも、おろおろしていたコベットもそしてアバンドンも、皆一斉に名前の方を向いた。名前は皆の視線を感じ、ぐっと言葉に詰まったものの、そのままの大声で皆に叫んだ。
「あたし達が今一番しなくちゃいけない事は何? それは、セドリックが帰ってくるまで、あたし達で持ち堪える事よ。セドなら絶対大丈夫。マダム・ポンフリーが治せなかった怪我なんて、一つもないよ! ――良い? セドリックが帰ってくるまで、絶対に負けちゃいけないわ。ううん、彼が居なくても、勝ってやるってつもりでいなくちゃ」
 名前は早口でそう言い切った。誰も何の反応も示さなかったので、彼らが名前の言った事に納得したのかどうか、判断がつかなかった。
「二人は――」名前はコベット達、ビーターを見ながら言った。「シーカーを妨害する事だけを考えて。絶対にスニッチを掴ませちゃいけないわ。何としてでも、持ち堪えるのよ」
 名前が力強くそう言うと、コベットが「ええ、解ったわ!」と棍棒を握り直し、アバンドンもしっかりと頷いた。
 二人のビーターが勢いよく飛んでいった後、名前は振り返り、チェイサーの二人の顔を見比べた。
「解ってるでしょ? あたし達が今しなくちゃいけない事は?」
 ザカリアスとチェンバースの声がぴったりと重なった。「クアッフルをゴールに叩き込む事だ!」
「――オッケー、行きましょ」
 名前がそう言って飛び立つと、二本の箒がその後に続いた。

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