ハグリッドの涙

 名前は屋敷しもべ妖精特製のサンドイッチを適当に詰め込んだ後、一目散にハグリッドの元へと向かった。ついでに、余ったサンドイッチはスナッフルにあげる事にした。バスケットに入れたままで、デメテルに運んで貰ったのだ。サンドイッチはまだ中に大分残っていて、相当重たい筈だったのだが、デメテルは易々と森の方へと飛んでいった。名前は時たま、あれは本当にただのメンフクロウなのだろうかと疑ってしまう。ロンが飼っていた鼠が人だったと知ってしまったので、尚更だ。
 一人で歩いていると、何処へ行くのかと何度も絵画に話し掛けられたし、もう遅いから寮に戻ると良いと、二度もゴーストに連れ戻されそうになった。名前はやむなく、目眩まし術を自分に掛け、それからハグリッドの小屋を目指した。
 小屋の近くまで来ると、ハグリッドが畑仕事をしているのが見えた。名前はハグリッドに呼び掛け、その手を一時止めさせた。もちろん目眩まし術を掛けているので、ハグリッドの目からは見えず、一体何が自分の名前を呼んだのかと彼は訝しげな顔をした。名前が彼の腕を突っついて名乗り出ると、ハグリッドは眉毛を上の方へ持っていった。

 名前が思っていたよりは、ハグリッドは元気そうだった。少なくとも泣いてはいなかった。ただそれは、すっかり泣いた後だったからかもしれなかった。彼は泣きたいのを堪えているというよりは、流すだけの涙が既に枯れ果ててしまっているようだった。
 ハグリッドが今にも泣き出しそうな顔で畑を耕し続ける傍ら、名前は邪魔にならないような隅っこに腰掛け、土が掘り返されていくのを見ていた。ビーキーの裁判はどんな様子だったのかと尋ねると、彼は少し手を休めた。ハグリッドの目には涙が浮かび始めていた。
 ハグリッドが言うには、バックビークの裁判は始めからぼろぼろだったらしい。皆が黒いローブを着ている中ハグリッドは茶色の背広で、周りの目が奇異な物を見ている様な目だった事。書き溜めてあったメモを次から次へと落としてしまって、すっかりパニックになってしまった事。そんな中での、きっちりしたルシウス・マルフォイの言い分はいかにも賛同の意を誘い、委員会全員がビーキーに非があると言った事。
「全部俺が悪いんだ、全部」
「そんな事ないよ!」ハグリッドが意気消沈しながら言い、名前はすぐに否定した。
 ハグリッドは大砲のような音を立てて鼻を啜り、しょぼくれた目で名前を見た。
「だがもう、決まっちまった。決まっちまったんだ、名前」涙声だった。
 一体、誰が、何が、ここまでハグリッドを追い詰めるのだろう。悪いのはバックビークなのか? 先生の話を聞いていなかったというマルフォイが悪いのか? それとも、ルシウス・マルフォイの証言を鵜呑みにした生物処理委員会か?
 控訴が残されていたが、名前も、そしてハグリッドですらも、望みは薄いと理解していた。
 名前は確かに、ビーキーが無罪放免になる確率は低いだろうと思っていたし、解っていた。しかしだからといって、諦めていたわけではない。必死になって、バックビークの有利になりそうな本を探した。希望が持てないからと言って投げ遣りにしていたわけでは、決してなかったのだ。

「……ビーキーは、ハグリッドが大好きだよ」名前が言った。
 一体何を言い出したのだろうと、赤い目でハグリッドが名前の方を見た。名前はハグリッドをまっすぐと見つめ、一切の嘘偽りもなく言った。
「ハグリッドが優しくしてくれるから、ハグリッドが尊敬してくれるから、ハグリッドが愛してくれるから――ハグリッドが元気をなくしてちゃ、駄目。ビーキーまで悲しくなっちゃうよ。ビーキーが少しでも、楽しかったって思えるようにしなくっちゃ」
「ああ……――」ぽつり、とハグリッドが言った。
 すまねえ、ありがとう。そう呟いてから、ハグリッドは小さく嗚咽を漏らした。


 イースターが迫ってくるにつれ、ハッフルパフ寮は何かに取り憑かれたようになっていた。休暇が始まる直前に、対スリザリン戦があるからだ。しかし異様なオーラを纏っているのは生徒達だけでなく、先生も同様だった。
 スプラウト先生は薬草学の時間中、クィディッチ選手である名前とザカリアスを呼び付け、雛菊の植え替えをやらせた。先生はそれらが非常によく出来ていると言って、寮に十点加点した。二人は多大なプレッシャーを感じないわけにはいかなかった。
 しかし、スプラウト先生の件は、実際のところ序の口だった。他の寮がクィディッチ前にどう行動するのかは知らないが、ハッフルパフに対して、スネイプ先生は殊更ひどかった。スネイプ先生は何故か、名前の罰則が終わったあの日から、ひどく機嫌が悪かった。どうしてなのか、様々な噂が飛び交っていたが、その矛先が向かったのは主にハッフルパフの選手達にであり、特に名前は大いに被害を被った。
 名前は常日頃の授業でもスネイプに難癖を付けられるが、ここ最近はその為だけの授業のように思われた。名前だって少しぐらいのネチネチならへいちゃらだが、五回十回と続くと、流石にうんざりしていた。神経をすり減らしてコガネムシの目玉を量っている名前を見て、アンソニーが恐々としていた。
 初戦の時の点数差のおかげで、ハッフルパフはぎりぎりのラインで優勝争いに食い付いていたが、次のスリザリン戦で負けてしまえば、一発でお終いだった。だからこそ、スリザリン勢はハッフルパフ以上に盛り上がっていた。ハッフルパフに勝てさえすれば、それがどんな点差だろうと、一気に首位に躍り出るのだ。
 手段を選ばないという肩書き通り、スリザリンが試合前の相手選手勢に嫌がらせをするのは常套手段だったが、今回は更にそれがひどかった。ハッフルパフの選手達は前後左右だけでなく、上方まで気を付けて過ごすのが常になっていた。水を被せられたり糞爆弾を投げ付けられたりするのに、名前はそれ相応の手段でお返しをしたが、どうやってやり返すかより、どうやってやり過ごすかの方が、専らの議論の的だった。

「最新のニンバスが七本だぜ」チェイサーのチェンバースが再び同じ事を言った。
「私達は去年スリザリンと試合をしてないからね、ニンバスの威力が実際どれぐらいなのか解らないわ」
「そりゃ、すっごいさ」
 ビーターであるコベットに返事をしたのはキーパーのマホニーで、彼はどこかしら訳知り顔だった。「あのレイブンクローと、言っちゃなんだが図体ばっかりのスリザリンが互角以上に戦ったんだぜ。戦略が売りのレイブンクローと」
 選手達は一斉に呻き声をあげた。
 最後の練習が終わった後、選手達は談話室に集まって、明日に迫ったスリザリン戦の対策を打っていた。もっとも、最新型のニンバスが七本という凄まじい相手に、手の打ちようが無い事は事実だった。額を寄せ合いながら、あれはどうだそれはどうだと話し合っていたが、これだといった作戦は出てこなかった。
「だが、こっちにもニンバスは有るぜ」
 名前は座って談話室の端で変身術の予習をしているらしきハンナ達を眺めているだけで、皆の話し合いに殆ど参加していなかったが、チェンバースに名前を呼ばれた時は、にやっと笑い顔を取り繕った。
「オッケー、まっかせといて」
 最終的に、同じくニンバス2001を持つ名前が、率先して点を稼ぐしかないのではないかという結論になった。スリザリンがパスを回し合っている時に、対抗できるのは名前しかいないのだ。名前がクアッフルを奪い、そのままスリザリンのゴールに向かう。ザカリアスとチェンバースは、その手助けをメインとする。箒が同じなのだから、後は乗り手の腕しだいで競り勝つ事も可能な筈だった。
 問題なのは、名前がまだ三年生だという事と、相手のチェイサーにはキャプテンであるフリントも居るという事だ。経験歴が違い過ぎる事が、不安の種だった。実際に、名前はニンバスを持ってしても、レイブンクローのチェイサーに殆ど太刀打ちできなかった。グリフィンドール戦でも同様だ。
 しかしグリフィンドール戦の時は初めての公式試合で、しかも借り物のニンバスだったのだ。レイブンクローと戦った時はいくらかマシになっていたと思うし、つまりは今回は更にマシになっている筈だ。理屈の上では。名前はこの半年でそこそこ飛べるようになっている。気合いの問題だ、と名前は思っていた。

 名前・名字が会議に参加していなかったように、セドリック・ディゴリーも殆ど会話に入っていなかった。彼が口を利いたのは、明日についてどんな考えが有るかと皆に聞いた時と、集まりに終わりを告げる時だけだった。その事に対して、他の選手達は明日のことを思って緊張しているのだろうと思うか、もしくは集中して良い作戦を考えているのだろうと思っていた。だから、彼が一切口を開かなくても、誰も気にしなかった。


 セドリックがまともに言葉を発したのは、次の日になってからだった。思わず名前は眉を吊り上げてしまったし、その後、周りの皆は唖然として彼を見つめた。
 朝食の時間、ハッフルパフの選手達は一丸となって大広間に登っていった。そんな彼らを見て、ハッフルパフの寮生達は声援を送ったし、スリザリンの生徒達は野次を飛ばした。
 あからさま過ぎるスリザリン生達に、ザカリアスは胃の辺りを押さえて暗い顔をしていたが、名前は平気だった。誰に何と言われようと、そこにクラッブが混ざっていなければそれで充分だったのだ。名前は彼が、応援するのはスリザリンだがハッフルパフに嫌がらせをしたりだとかは、絶対にしないのだと知っている。
 大事な幼馴染みが居る寮という事もあって、彼らを相手に全力を出しきれるのだろうかと、名前は少しだけ不安に思っていたのだが、それらは全て余計な心配だった。全てが杞憂だった。
「良いかい、みんな」セドリックがハッフルパフチームの全員に呼び掛けた。
「今日が今年最後のチャンスだ。僕達は一人一人が皆の代表なんだ。それを忘れてはならない。だから、誰か一人に任せるなんて事しちゃいけない」
 名前はスクランブルエッグを食べながら、話半分に聞いていたが、セドリックが何と言ったのか、思わず聞き返してしまうところだった。小さく咽せ返りながら、名前は彼の方を見て、それから周りのチームメイトの顔も見回した。皆名前と同じように、混乱しているようだった。
 昨日話し合って決めたじゃないか、と誰かがぽつりと呟いたが、それは殆ど音になっていなかった。
「あたしじゃ頼りにならないってわけ?」
 名前はそう言ったが、セドリックは無視した。
「僕ら一人一人が力を出し切れば、スリザリンだろうがニンバス相手だろうが勝てる筈だ。目先の情報に踊らされるなんて、僕ららしくない。僕達はいつも通り、プレイするだけだ。僕達の信条は何だい? フェアプレイだ! 正々堂々勝負する事こそ、僕達ハッフルパフの真髄なんだ。もちろん、勝ちたいのは僕も同じだ。けれど皆がベストを尽くす事を忘れちゃ駄目だ。きっと、スリザリンにだって勝てる筈だ――名前、僕は君に謝らないよ。僕は間違った事を言ったつもりはないし、何よりあれは僕の本心だ。君がまた今日の試合で無茶をしたら、僕は今度こそ、君をチームから追い出すつもりだ」
「のっ……望むところよ! あたしだって――スリザリンなんてぺしゃんこにしてやるわ!」
 名前は思わずそう言い返したが、それは今までとは違った。セドリックがほんの少しではあるが、喧嘩する前のように微笑んでいたからだ。同じように、名前もうっすらと笑ってみせた。そんな二人を見て、チームメイトの面々が不思議そうな顔をしていた。

[ 606/832 ]

[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -