シリウス・ブラックの侵入再び

 翌日、名前は少しだけ早起きをして、こっそりと厨房に向かった。スナッフルの餌を分けて貰う為だ。クィディッチがあるので、今日は皆が早起きをする筈だからという配慮だった。屋敷しもべ妖精達は喜んで名前を出迎え、たっぷりとハムやらパンやらを持たせてくれた。名前は何度も訪れる為、すっかり気に入られてしまっていた。熱心に世話を焼こうとしてくれる屋敷しもべ妖精達を断るのに、名前は相当のエネルギーを使わなければならなかった。

 ひんやりとした朝だった。森の端に辿り着くと、すぐにスナッフルは現れた。美味しそうな匂いを嗅ぎ付けたからなのか、名前の足音を聞き付けたからなのかは定かではないが。いつも通り、中身を確かめもせずバスケットに頭を突っ込んだスナッフルに名前は半ば呆れ、その隣に腰を下ろした。
 生徒達で溢れ返る大広間を避ける為に時間をずらしたのは確かにその通りだったが、別の目的もあったのだ。名前は鞄から本を取り出し、ページを捲り始めた。久々にゆっくりと本が読めそうだった。ハンナやスーザンは名前を探し回るかもしれないが、十一時までに顔を見せ、クィディッチが始まってしまえば、そんな事は気にならないだろう。
 名前は『鳥か盗りか?』を読み始めたが、数ページも読まない内に、すぐ側で揺れた茂みに気を取られて中断した。木立から現れたのは、フィレンツェだった。
「フィレンツェ!」
「こんにちは、名前」
 名前は唐突に現れたケンタウルスに驚きもし、呆れもした。今居るここは禁じられた森の一部ではあったが、端の端だからだ。森の奥深くに居る筈のケンタウルスが居るべき場所ではない(もっとも、生徒が居るべき場所でもないが)し、それ以前に彼らの種族はヒトと関わるのを良しとしない筈なのだ。
 立ち上がろうとした名前をフィレンツェは腕で制し、自らが脚を折り曲げ、名前の傍らに座り込んだ。スナッフルは脇にケンタウルスがやってきた事に対し、殆ど関心を向けなかった。一度だけちらりとフィレンツェを見遣ったが、すぐにバスケットの中へと頭を消した。
「どうしてここに?」名前は本を閉じた。
「星が教えてくれたのです。貴女に会えると」フィレンツェは微笑みもせず、ただ淡々と言った。
「ああ――」名前は考えたが、結局洒落た返事はできなかった。「――そう」
 透き通るような青色の瞳に見つめられて、名前は対応に困ったが、気付かなかったふりをして本をめくり、目次を確かめるふりをした。フィレンツェはお喋りをしたいと思っているのかもしれないが、名前は本を読みたいと思っているのだ。不作法な名前にも、フィレンツェは全く動じなかった。結局、根負けするのは名前だった。
「今日はどうしたの?」名前は読書を諦めた。
「今日はホグワーツで、何かあるのですか?」フィレンツェが問い返した。
「クィディッチがあるよ。グリフィンドール対レイブンクロー」
「なるほど」フィレンツェは訳知り顔で頷いた。「名前、今日はあまり、出歩かない方が良いかもしれません」
「クィディッチを見るなって?」
 彼は肯定するでも否定するでもなく、僅かに首を動かした。プラチナ・ブロンドの髪が微かに揺れた。フィレンツェが黙り込んだので、名前は仕方なく、彼が言わんとしている意図を想像した。
「星が教えてくれたわけね」名前は言った。「どうもありがとう、フィレンツェ」

 結局名前は、試合が始まる直前までフィレンツェと他愛ない世間話をしていた。五分前になって漸くスタンド席に現れた名前を見て、ハンナは探し回ったのだからと名前に文句を言った。しかしその行動も、そしてクアッフルが放たれてからそれが途端に忘れ去られるのも、名前が想像した通りだった。
「どっちが勝つかな?」
「賭けるか?」
 名前の独り言に、ザカリアスが返事をした。
「駄目――!」スーザンの注意の言葉を、丁度リーの実況が遮った。
「今回の試合の目玉は、何と言ってもグリフィンドールのシーカー、ハリー・ポッター乗るところのファイアボルトでしょう。『賢い箒の選び方』によれば、ファイアボルトは今年の世界選手権大会ナショナル・チームの公式箒になるとの事です」
「ジョーダン、試合の方がどうなっているか解説してくれませんか?」
「了解です、先生」
 例の如くマクゴナガル先生が諫めたが、勿論リーは期待を裏切らない。
「ところでファイアボルトは、自動ブレーキが組み込まれており、更に――」
「ジョーダン!」マイクに拾われる先生の声に、競技場で小さく笑いが起きた。
 リーはファイアボルトの精錬された動きに夢中になっていた。それもその筈で、世界最高峰の箒は見惚れるほどの速さで飛んだ。誰よりも早く上昇したと思ったら、一瞬にして下降に転じている。しかもハリーの箒捌きは格別だった。名前も思わず歓声を上げたほどだ。
 ハーマイオニーから聞いた話から考えれば、彼がファイアボルトを再び手にできたのは、つい一昨日のことだった筈だ。たった一日だけで、ファイアボルトをあれだけ自在に乗りこなしているハリーが、素晴らしい才能の持ち主である事は誰もが認めるところだった。
 アンジェリーナ・ジョンソンが美しいロングパスを放っていた。
 名前は以前まで、あまりクィディッチに興味がなかったし、見るとしてもシーカーがスニッチを猛特急で追い掛ける様子や、キーパーが上手くセーブしたシーンを見ようと躍起になっていた。しかし今では、クアッフルの行方ばかり目で追うようになってしまっていた。グリフィンドールのチェイサー達は連携が上手で、少しもパスのミスをしなかった。レイブンクローの三人は裏をかくのが上手く、たびたび相手チェイサーをかいくぐってゴールを決めた。

 実力は均衡しているようだったが、チームにあのファイアボルトがあるという高揚とした気持ちからか、グリフィンドール勢が次第に圧し始めていた。レイブンクローは何度もブラッジャーを打ち放ってコースを変えさせたり、クアッフルのパスカットをしたりと奮闘していたが、点差は五十点開いており、グリフィンドールがリードしていた。
「ハリー、紳士面してる場合じゃないぞ! 相手を箒から叩き落とせ!」フィールドの端のキーパーの怒鳴り声が、観客席にまで聞こえた。
「そうだ、ハリー! ファイアボルトの威力を見せてやれ!」
「ジョーダン!」ついにマクゴナガル先生が大声で怒鳴った。
 名前はくっくと笑いながら、また試合観戦に戻った。しかしクアッフルを追い掛けるのは一瞬で止めてしまった。視界の端に入った人影を見て、見間違いだろうかと、名前は何度もぱちぱちを瞬きをした。隣のハンナを小さく小突き、フィールドの入口辺りを見るように促した。
 ハンナは息を呑んだ。「吸魂鬼だわ――!」
 三人の吸魂鬼を見つけたのは名前だけではなくなっていた。段々とざわめきが広がっていた。しかし名前には、あの黒いフード達が吸魂鬼だとは思えなかった。名前はホグワーツの入口に吸魂鬼が立っているだけで、普段から気分が悪くなるのに、これだけ接近しているのにも関わらず、普段と何ら変わりはなかったからだ。もしかして、吸魂鬼祓いの訓練で慣れてしまったのだろうか? 何にせよ、吸魂鬼はああやってのしのしと歩くのではなく、するすると滑って移動するのだ。
 名前は教職員席に座るダンブルドアに目をやった。よくは見えないが、立ち上がって杖を構えるでもなく、競技場のただ一点を見ている。名前も彼の視線の先を追った。
 猛スピードで飛んでいたハリーが、胸元からサッと杖を抜き放ち、そのまま腕をしならせた。名前はその杖の先から銀色のパトローナスらしき影が飛び出したのも、その守護霊が三人の吸魂鬼に向けて疾走していき、驚いた彼らが折り重なって倒れたのも、金色に輝くスニッチをハリーが掴むのも、ちゃんと見ていた。
「グリフィンドール、やりました!」リーがマイクに向かって大絶叫をした。自寮の勝利という事もあって、一言一言に熱が籠もっている。「二三○対五○で、グリフィンドールの完全勝利です!」
「さあ皆さん、お気付きだったでしょうか? 先程このクィディッチ競技場に三人の吸魂鬼がやってきました――紳士淑女の皆さん、ご安心を――ご苦労な事ですね。私は吸魂鬼のローブが捲れているところなんて、初めて見ましたよ」
 笑いを堪えながらリーは言っているようで、三人の吸魂鬼の正体を解っているらしかった。もっとも、フードの中を見たことあったとすれば、それは吸魂鬼の接吻を受けたという事であり、無事ではいられない筈だ。リーの実況に観客全員がグラウンドの中央付近に関心を寄せた。
 遠目でも、名前にはそれが見慣れた幼馴染みらである事が解った。今は起き上がっている。クラッブはきっと、ばつの悪そうな顔をしているに違いない。実況席の方から物凄い勢いでマクゴナガル先生が降りていくのを見て、名前はうすく笑った。

 その日は、名前は同じハッフルパフの選手達と、これからの試合の流れがどうなっていくかについて盛り上がった(セドリックとはやはり一言も言葉を交わさなかった)。グリフィンドールがレイブンクローをこてんぱんにしたので、ハッフルパフも大いに盛り上がっていたのだ。主にスリザリンがどういった点数差でこれからの試合を終わらせるか、それで優勝杯の行方は決まってくる。ハッフルパフも一縷の望みを捨ててはいなかった。四週間後のスリザリン戦での勝利を夢に見て、ハッフルパフの皆はベッドに潜った。
 しかしそれから、城中の人間が寝静まった後、シリウス・ブラックが再びグリフィンドール塔に侵入した。

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