当然の報い

 一月は、ビーキーの裁判の為の資料を探したり、ハグリッドと話し合ったり、休暇の宿題を仕上げたり、罰則をもらったり、クィディッチの練習をしたり、ルーナの行動を逐一見続けたり、罰則をもらったりして過ぎていった。
 図書室での一件以来、名前はやけにルーナ・ラブグッドに懐かれたようだった。どこにその要因があったのかはルーナのみぞ知るだが、決して悪い気はしなかった。しかし、廊下や大広間なんかで彼女が名前に手を振ったり挨拶したりする時、名前と一緒にいた友達や擦れ違った生徒達なんかが、奇妙な表情をして此方を見遣るのだけは気に食わなかった。
 二月のある朝、いつものように予言者新聞を読みに来ていたシェーマスが、オートミールを掻き回していた名前を、これでもかとばかり小突き回した。名前は何の嫌がらせかと憤慨したが、彼に見せられた新聞の見出しで、そんな気持ちは何処かに吹き飛んでしまった。
 名前はいつもなら、予言者を気前よくそのままシェーマスにあげるのだが、今日はそうしなかった。彼も承知して、今朝一番のビッグニュースを伝えるべく、大急ぎでグリフィンドールの長テーブルに駆けていった。名前が一切朝食に手を付けず新聞を読み耽り始めたので、ハンナとスーザンが不思議そうな表情で顔を見合わせた。
「どうしてこの間までやれ節約だって言ってたくせに、今名前は新聞なんて読めるんだ?」偶然近くに座っていたザカリアスが、そう言って名前をなじった。名前が予言者新聞を定期購読しているのは、保護者に買わされているからだ。それにザカリアスにはクリスマスプレゼントのお返しとして、新品のインクを1ダース買って寄越したんだからそれで良いじゃないかと、普段なら答えていただろう。しかしその時の名前はまだショックを受けていて、返事をする事ができなかった。
「何が載ってるの?」
 ザカリアスに何の反応も返さない名前を見て不審に思ったらしく、ハンナがそう尋ねた。名前は答えようか答えまいか一瞬迷ったが、結局、予言者から目を離さないまま言った。
「ブラックを見つけたら、吸魂鬼が接吻をしても良い事になったって」

 名前は吸魂鬼の接吻なんてものを許可した魔法省を、どうかしてるんじゃないかと思って過ごしていたが、他の生徒達は全く気にしていないようだった。そもそも予言者を買っている生徒が少ないのだ。見るべき所なんてクロスワードパズルぐらいしかないし、仮に読みたい記事があったとしても、図書室に行けば事足りる。それに、過去何十年分もの予言者新聞を読む事ができるので、自分で購読している生徒など本当にごく少数だ。しかしその僅かな生徒達や、人伝で聞いた生徒達も、脱獄犯が接吻させられる事を当たり前だと思っているらしかった。ハンナ達ですら、名前が何故ここまで衝撃を受けているのか、理解できないようだった。
「そりゃ、そういう風に決まったんなら、それに従うっきゃねえ」
 ハーマイオニーと共に小屋を訪ねた時、ハグリッドが言った。ビーキーの裁判が近付いてきており、二人は必要になりそうな資料を殆ど集め終えていた為、こうしてハグリッドの元へ行く事が多くなっていた。上手く弁護できるように、ハグリッドには過去の裁判歴やら日付やらを覚えてもらわなければならなかった。
 ブラックの件について、ハグリッドは渋い顔を崩さなかった。ディメンターのキスは、聞いているだけでも気分が悪くなりそうな代物なのだから当然だ。しかし彼は、それがブラックに施される事に関しては、特にどうとも思ってはいないようだった。


 その日の終わりになって、名前は自分と近い考えをしている人に会った。ルーピン先生だった。
 二月になっても(週に一、二度ではあるが)吸魂鬼祓いの訓練は続けられていた。名前はまだ完璧な守護霊を造り出す事はできなかったが、吸魂鬼と向かい合っても気絶しないぐらいにはなっていた。吸魂鬼に慣れ始めていたのだ。もっとも、これはボガートだし、一体だけしか居ないのだが。
「高望みしてはいけないよ、ハリー。十三歳の魔法使いにとっては、ぼんやりした守護霊でも大変な成果だ」
 月に変化した(ルーピンが、危うく負けそうになったハリーと、まね妖怪の間に割って入ったからだ)ボガートを、荒い息をしながらも悔しそうに見ているハリーの心情を察し、ルーピンがそう言った。名前とハリーは交代でボガートと対決していたが、最近ではどちらも順番の譲り合いをするようになっていた。この時それを制したのは名前だった。
「僕、守護霊が吸魂鬼を追い払うか、それとも連中を消してくれるかと――そう思っていました」
 ハリーが呟くように言うと、ルーピン先生は頷いた。
「本当の守護霊ならそうする。しかし君も名前も、驚くほどの短期間で随分とできるようになった。次のレイブンクロー戦では、クィディッチ競技場に吸魂鬼が現れたとしても、しばらく遠ざけておいて、その間に地上に降りる事ができる筈だ」

 確かに、ハリーならきっとそれができるだろう。名前は何故か、そう確信していた。実際彼のパトローナスは形こそ霧のようではあるものの、先程だって吸魂鬼とハリーの間に立ち塞がり、立派に壁の役目を果たしていた。名前はまだ、彼ほど上手く守護霊を造り出す事ができなかった。名前の守護霊はひょろひょろと紐のようだし、ハリーのものよりずっと小さかった。
 名前も誘われた身ではあるが、次のクィディッチの試合――対スリザリン戦の時までには、吸魂鬼が現れても対処できるようになれれば良いと思っていた。
 ハリーはまだ渋っていたが、ルーピンが大丈夫だと念を押して微笑んだので、口を閉ざした。
「さあ二人とも、ご褒美に飲むと良い。『三本の箒』のだよ。ハリーはまだ飲んだ事がない筈だ」
「バタービールだ!」嬉しげな声を上げたのは、名前ではなかった。「ウワ、僕大好き!」
 次の瞬間、ハリーがしまったという顔をした。彼は許可証にサインを貰えていなかったので、三本の箒はおろか、ホグズミードにすら行った事がない筈だった。教師であるルーピンは、彼が許可を貰っていない事を知っている筈だ。
 ルーピン先生の眉が不審そうに動いたのと同時に、名前が言った。名前はハリーがホグズミードに行けない筈だという事と、同時に彼が秘密の抜け道を知っている事を知っている。
「前にあたしがあげてから、すっかりバタービールに夢中になっちゃったんだよね、ハリー」
「うん――うん、そうなんだ」目配せも肘打ちも必要なかった。ハリーはルーピン先生の方を一切見ずに、名前に相づちを打った。そんな様子を見てルーピンは訝しんだに違いないが、深く追及はしてこなかった。

 机を囲んで、三人はバタービールを飲んでいた。沈黙が気まずかったのか、それとも何故自分がバタービールを飲んだ事があったのかと聞かれないようにするためか、ハリーがルーピン先生に聞いた。
「――吸魂鬼の頭巾の下には何があるんですか?」
 名前はちびちびとバタービールを飲んでいたが、あまりの質問に思わず噴き出した。
「えっ――」げほげほと咽せ返っている名前を、ハリーが驚いたように見遣った。「――ごめん。名前、大丈夫?」
 ハンカチで顔を拭いながら、名前はひらひらと手を振った。ハリーは何故名前がいきなり咽せ込んだのか解らないのだろう、当惑したような表情で名前を見ていたが、ルーピン先生が話し出すと彼の方を向いて耳を澄ました。
「本当の事を知っている者は、もう口が利けない状態になっている。つまり、吸魂鬼が頭巾を下ろす時は、最後の最悪の武器を使う時なんだ」
「どんな武器ですか?」ハリーが聞いた。
「『吸魂鬼の接吻』と呼ばれている。吸魂鬼は徹底的に破滅させたい者に対してこれを実行する。おそらくあの下には、口のようなものがあるのだろう。奴らは獲物の口を自分の上下の顎で挟み、そして――獲物の魂を吸い取る」
 今度はハリーがバタービールを噴出させた。
 ルーピン先生は少しばかり皮肉げに、ディメンターのキスの事をハリーに教えた。接吻させられてしまった人間は魂が抜け、抜け殻になってしまう事。もしも運良く心臓が動いていたとしても、廃人同然になってしまうのだという事。名前はそれらの事を全て知っていた。『幻の動物とその生息地』に書いてあるし、改めて吸魂鬼の事を調べた際に、心底愕然としたのでちゃんと覚えていたのだ。
 名前はそんな極刑とも言えるような仕打ちが行われる事が、半ば信じられなかった。アズカバンに収容されていれば、それだけで十分な罰の筈だ。もっとも、ブラックはそこから脱獄したのだが。
 名前は確かに、吸魂鬼の接吻が許可された事に対して僅かな憤りを感じていた。しかしそれは、執行される事自体にではなかった。ブラックがどうこうというわけでもない。小さな憤りの理由に、名前はこの時気付いていなかった。
「シリウス・ブラックを待ち受ける運命がそれだ」ルーピンは、どこか遠い所を見ているような表情だった。「今朝の日刊予言者新聞に載っていたよ。魔法省が吸魂鬼に対して、ブラックを見つけたらそれを執行することを許可したようだ」

 暫くの静寂の後、ハリーが言った。
「当然の報いだ」彼はきっぱりと、そう言い切った。
「そう思うかい? それを当然の報いと言える人間が本当にいると思うかい?」
 ルーピンが尋ねた。彼は何気ない風を装っていたが、ブラックへの処罰は同意せざると言っているように名前には感じられた。
「名前はどう思うね?」ルーピンが聞いた。
 思ったままのことを名前は言った。
「わかりません」
 先生はそれを聞くと、少しだけ微笑んだ。三本のビール瓶が空になった頃、訓練はお開きになった。
 熱々のバタービールを飲んだのに、体はぽかぽかするどころか、うっすらと鳥肌が立っているような心地がした。上へ伸びる階段と地下へ続く階段の場所に差し掛かった時、ハリーがぽつりと言った。
「もしも自分の名付け親が、パパとママを裏切ったんだとすれば、どう思う?」
 名前は「え?」と聞き返したが、彼は此方をちらりと見るだけで、何も口には出さなかった。ハリーがおやすみと言って去っていったので、名前は暫くそこに突っ立っていたが、やがて地下へと向かう階段に姿を消した。

[ 599/832 ]

[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -