図書室

 吸魂鬼祓いの訓練は、すぐに成果が上がるわけではなかった。むしろ名前は、まったく上手くいかなかった。
 あの後、名前とハリーとで交互にボガート・ディメンターと対峙した。しかし、守護霊は吸魂鬼との間で盾になるどころか、杖から出てきさえしなかった。名前は吸魂鬼の前に立つと、恐怖が先立って体が動かなくなってしまうのだった。目眩に襲われるし、尋常でない寒さが襲う。父親が狼人間と乱闘している騒音が聞こえなくなったと思ったら、まね妖怪はいつの間にかトランクの中に仕舞われているのだ。ルーピンは、慣れも関係しているのだと名前を慰めた。
 ハリーの方はというと、彼の方が名前より一歩も二歩も上手だった。名前とハリーは三度ずつ吸魂鬼と対決したが、ハリーは三度目で銀色の霞のようなものを造り出し、倒れずにずっと立っていた。名前は彼ほど上手く守護霊(霊というよりは霧のようだったが)を造り出すことはできなかった。
 おまけに、守護霊の呪文は最初にルーピン先生が忠告した通り本当に高度な呪文で、気力の殆どを使い果たしてしまう。全身を気怠さが襲い、名前は訓練のある日はぐっすりどころか、死んだように寝入ってしまうのだった。次の日の朝になってから、ハンナに散々叩き起こされるのも日常茶飯事になっていた。
「一体あなた、夜中に何をやってるっていうの? ちゃんと寝てるの?」
 調合中だった混乱薬にウッカリして二角獣の角の粉末を加えそうになった名前を、危うい所で止めたハンナ(隣のテーブルだったのに、よっぽど名前の動向を気にしていたらしい)は、薬学の授業が終わった後にそう問い詰めた。恐ろしい剣幕だった。名前は思わず、うんともすんともつかない返事しか返す事ができなかった。もちろんハンナは、そんな返答で納得したりはしなかったが、名前にまともに答える気が無い事を察すると、最後にぎろっと一睨みして、聞くのを諦めた。

 夜中に何かやっているわけではないと言おうかとも思ったが、そうすると、夜中じゃない時に何かをしているのだと認める事になってしまう。名前は自分がルーピンとの守護霊の訓練の事を誰にも言わないのは、吸魂鬼が苦手なのだと公言する事がやはり恥ずかしいからなのだと、近頃では解っていた。しかも、その為の対策を習っているだなんて――もっとも、名前は芳しい成果はまだ上げられていなかったけれど。
「エクスペクト・パトローナム!」名前は力一杯そう叫んだ。
 二回目の訓練の時も、名前は殆ど気絶していた。しかし三回目の時、杖の先端から銀色の筋のようなものが吸魂鬼の前に立ち塞がった。名前はすんでの所で気絶せず、最後まで持ち堪えた。よくやったと、ルーピン先生も、そしてハリーも名前を褒めた。
 くたくたに疲れ切ってしまったが、名前はようやく守護霊の呪文のノウハウを掴め始めた。幸せな思い出として、マッチを針に変えられた事が効いたらしかった――何が嬉しかったかより、どうしてそれが嬉しいのかと意識した方が、銀色の光を強くするのには効果的なようだった。


 学期が始まって最初の週末に、レイブンクロー対スリザリンのクィディッチ試合が行われた。名前もザカリアスに引きずられるようにして見に行った。今回は僅かな差で、スリザリンが勝った。おそらくレイブンクローのシーカー、チョウ・チャンの怪我がまだ完治していない事が原因だろう。チャンの具合が万全だったら、どうなっていたかは解らない。それほど接戦した試合だった。
 レイブンクローが負けた事で、ハッフルパフは少しだけ生気を取り戻した。スリザリンに勝つ事さえできれば、もしかしたら今年こそ、最下位を脱出する事ができるかもしれないのだ。対レイブンクロー戦では大敗北を喫したが、レイブンクローがグリフィンドールに負けて、ハッフルパフがスリザリンを相手にそれ以上の点数差を付けて勝利できれば、もっと上の順位に食い込む事も今の時点では可能だった。
「まさかレイブンクローが負けるなんて――」ザカリアスが悲痛な声で言った。
「本当、まさかよね」
 名前が哀れっぽく言いながら右手を差し出すと、彼は渋々蛙チョコレートを寄越した。
「貴方達賭けてたの!」スーザンが眉を吊り上げたが、名前は気にしなかった。

 名前は空いた時間は全て、図書室に行ってビーキーの裁判の為の資料探しに費やしていた。それこそ、スナッフルに餌をやりに森に行くのをうっかり忘れてしまうぐらい、図書室に通っていた。けれども宿題を終わらせる時のように、簡単には資料は見つからなかった。
 毎日図書室に来ていると、ノットやアンソニーといった、いわゆるガリ勉な生徒達と顔を合わす事が多くなった。確かに名前は以前から図書室によく来る方だと思うが、どちらかといえば本を何冊か一度に借りて、自分の部屋や談話室や禁じられた森なんかで(マダム・ピンスが知ったら、名前の首が名前の胴体とさよならをしてしまうかもしれない)読む事の方が多かった。なので、彼らを見掛ける事が多くなったのは、それだけ図書室に入り浸っている明らかな証拠だった。
 もちろん図書室には本を読みに来るのだが、資料探しがなかなか捗らない為、名前はつい、ノットとお喋りをしたり、アンソニーに宿題を写させてもらったりしていた。そういった事に対して、ハーマイオニーは必ずしも良い顔をしなかったが、言い聞かせるのを諦めている風でもあった。彼女も、どうすればビーキーの為の資料探しが詰まっている事を知っているからだ。ついでに言っておけば、ハーマイオニーは名前よりも多くの時間を図書室で過ごしている。過去の裁判記録や判例など、粗方調べきってしまっていた。

 しかし、ハーマイオニーの苦い顔や、お喋りの声が大きすぎるとマダム・ピンスに睨まれるより、名前には困る事がある。セドリック・ディゴリーだ。
 セドリックも頻繁に図書室に通っているようだったので、図書室に籠もり出した名前が遭遇する確率は、以前よりも跳ね上がっていた。十一月に喧嘩してから、彼とは殆ど口を利いていなかった。最初の頃は目を合わせないように、できるだけ話さなくてもすむようにと(少なくとも名前は)努力をしていたのだが、最近ではそれが当たり前になっていた。いつだったかザカリアスが言ったように、一言謝れば良いのだが、名前はなかなか実行できずにいた。しかし、一生このままなのかもしれない、そう思うと背筋が薄ら寒くなった。
 この日も実は、名前はセドリックと顔を合わせていた。本の背表紙を目で追って横歩きをしていた為に、その先の角を曲がってきた生徒に、もろにぶつかってしまったのだ。名前はごめんなさいと謝るまで、その生徒がセドリックだと気が付かなかった。彼の向こう側には、名前と同じくチェイサーを務めているチェンバースも居た。
 セドリックは一瞬自分も謝ろうとした素振りをしたが、少し口を開いただけで何の音も発さなかった。彼はそのまま名前の脇を通り過ぎ、本棚の向こうに消えていった。名前が口を結んでいるのを見て、すまなさそうな顔をしたチェンバースは名前の頭を一撫でし、セドリックの後を追っていった。

「憂鬱だわ」名前がぽつりと呟くと、ハーマイオニーは書いていた数占い学のレポートから目を離さなかったが、驚く事に名前の意見に首を振ることで同意した。彼女は名前よりも更に多くの教科を選択していたので、宿題に追われるプレッシャーは名前よりも多く受けている筈だったから、当然といえば当然だ。
 今日だけでも何度目か解らない「息抜き」のため、名前が何気なく立ち上がっても、ハーマイオニーは文句を言わなかった。名前が何の当てもなく、本のタイトルだけを眺めながら本棚の間を歩いていくだけで、裁判に効果のありそうな、考えもしなかったような本が見つかるかもしれない、と彼女がそう考えたかは知らないが、どちらかといえば名前を椅子に縫い付けておくこと自体を諦めたようだった。
 ビーキーの為になりそうな本より、動物もどきになる方法の本の方がよっぽど見つけやすそうだな。名前はそんな事を考えながら、棚と棚の間を歩いた(セドリックにぶつかった教訓から、今度はちゃんと前方に気を付けていた)。
 マダム・ピンスがカウンターに居るのは解っていたので、少しばかり不誠実な事をしたって大丈夫な筈だ。名前はバックビークの事に関連の有りそうな本の背表紙を見ては、ちょっと抜き出して表紙を確かめ、信頼できそうな本であればその度に中身を確認した。マダムが見たら、図書室を追い出されるだけではすまないだろう。もっとも、生物関係の本は凡そ調べ終えてしまっていたので、何の脈絡もなく本を眺めているにすぎないのだが。
 名前はテンポ良く、本を出したり入れたりを繰り返していた。時々表紙の絵に描かれた住人が文句を言ったが、名前は無視した。それだから、後ろからローブをくいくいと引かれた時、名前は文字通り飛び上がった。
「ごめんなさい!」名前は思わず口走った。
 振り返っても、憤怒の顔をしたマダム・ピンスは居なかった。視線を下げると、名前の頭一つ下のところに、女の子の顔があった。見覚えのない顔だった。きっと一年生か、二年生だろう。
「ねえ、これ落としたよ」女の子はそう言って、名前に羊皮紙の切れっ端を差し出した。

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