守護霊の呪文

 差出人不明のファイアボルトがどうなったのか、名前は全てを聞いたわけではなかったが、次の日のハーマイオニーの様子を見て大体を察した。
 名前はハーマイオニーに、もし自分がそんな物品を受け取ったとしたら、触らないで放っておくだろうと言った。彼女がその言葉をどう受け取ったかは知らないが、ハーマイオニーはハリーの炎の雷を彼らに断りも入れず、マクゴナガル先生に教えたらしい。もちろん、マクゴナガル先生なら不審な荷物は調べようとするだろう。プレゼントに届いたというファイアボルトは、きっと現在はハリーの手元に無いに違いない。
 普段なら三人揃って図書室に来るのに、今日はハーマイオニー一人きりだった。
「ね、ファイアボルトはどうしたの?」名前は魔法生物読本をめくりつつ、そう聞いた。

 答えないハーマイオニーにしびれを切らして名前が彼女の方を向くと、ハーマイオニーは目にいっぱい涙を溜めていた。名前はぎょっとした。確かに、ハリーやロンと仲違いしたのではないかと思ってはいたが、泣き出すとは露にも思わなかったのだ。
 ハーマイオニーはぽろぽろと涙をこぼしながら話したので、何を言っているのか解らないところもあったが、しかし名前は話の大体を察した。大方は、名前が想像した通りだった。二人と喧嘩してしまったそうだ(やはり、玄関ホールに極悪人は待ち構えていなかったようだ)。ただ、怒っているのはハリーというよりも、実はロンの方らしかった。
 クリスマスの日の朝から、クルックシャンクスとスキャバーズの間で再び一悶着あったらしく、それが影響して彼と大喧嘩に発展してしまったらしい。
 名前は、ハーマイオニーが彼らに何も言わずにファイアボルトの事を先生に話してしまったのは、まずかっただろうと思った。しかし、彼女が泣いているのを見てしまった今は、その事を告げる事はできなかった(それに、ハーマイオニーだってその事はきっと解っているのだろう。彼女は優しい子だから、ハリーに危険が迫っているかもしれない事に、黙っている事ができなかったのに違いない)。


 クリスマス休暇の間、名前はずっとハーマイオニーと共に、図書室で過ごした。ハリーとロンは、クリスマスの日から一度も図書室に来なかった。ハーマイオニーはその事に対して何も言わなかったが、仲直りはできていないらしく、閉館時間のぎりぎりまで図書館に居ることが多くなった。
 名前は自分にも差出人不明の贈り物が届いた事を、ハーマイオニーに言う事ができなかった。あのショールが取り上げられる事についてはどうでも良かった。なんなら、バラバラにされたって構わない。ショールの事をハーマイオニーに言ってしまえば、きっと彼女はパンクしてしまうだろう。もちろん名前と、ブラックに関連がある筈はないのだが(ブラックを捕まえたのは、凄腕の闇祓いではなかった筈だ)。
 もちろん図書室に居る時は、名前もハーマイオニーもビーキーの為の資料を探し続けていた。しかし、やはり最適な文献は何も見つからないし、何故か以前よりも調べる速度が遅くなっていたのだった。
 新学期が始まると、名前もハーマイオニーもずっと資料探しをしている事は困難だった。授業が始まったし、名前はクィディッチの練習も始まった。ハーマイオニーとロン達とが仲直りできていないように、名前もセドリックと仲直りができていなかったので、クィディッチの練習は苦痛だった。
「いい加減、謝っちまえ」三度目の練習の後、ザカリアスが言った。
「キャプテンとチェイサーの雰囲気が悪いと、チームの雰囲気まで悪くなるじゃないか」
 暖炉の近くの席で二人は座っていた。一月の凍えるような寒さの中でのクィディッチの練習は、生半可なものではなかった。ハンナが気を利かせて淹れてくれたホットミルクを飲みながら、名前は生返事をした。返事はしたが、視線は机の上に置き忘れられていた予言者新聞に釘付けだった。
 痺れを切らしたらしいザカリアスが、今度は少し声の調子を変えて言った。
「ごめんね、これだけだろ?」
「名前、ザカリアスの言うとおりじゃないかしら。最近のあなたは、なんだか前のあなたと違うわ。彼との事が原因じゃない、違う?」ハンナが言った。
 これにも、名前は生返事を返した。隣で、ハンナが小さく首を振ったのが見えた。
「僕は、今のままでも良いと思うけどな」
 天文学のレポートを仕上げていたジャスティンが口を挟んだ。名前を含め、三人の視線が自分に向かったのを見て、ジャスティンは少し驚いた素振りをみせた。
「だってそうじゃないかい? 自分と違う人が自分と違う考え方をしているのは当たり前なんだから。仲違いだって当たり前さ。それに――」
 彼がそれにの後に何と言おうとしたのか、名前達のすぐ背後で物凄い音がしたので聞く事ができなかった。名前達が振り返ると、顔を煤だらけにした数人の五年生がいた。暖炉脇に立つ彼らの周りにはキラキラと火花が散っていて、談話室中がなんだなんだと注目していた。
「ウィーズリー達が言ったんだ」チェンバースが言った。「火トカゲにフィリバスターは凄いぞって」

 木曜日の午後八時、名前は一人で魔法史の教室に向かっていた。以前約束した、吸魂鬼祓いの訓練の為だった。名前はハッフルパフの誰にも、吸魂鬼に対する防衛術をルーピンに習うのだという事を話していなかったが、この時間ならば図書室かどこか別の場所に行ったと思われるだろうと踏んでいた。
 魔法史の教室では、ハリーがぽつんと待っていた。ランプの側で二人は話し合った。守護霊の呪文を習うとは聞いていたが、それが具体的にどういうものだったか、はっきりとは覚えていなかった。名前は話している合間にハーマイオニーの事も聞いたが、ハリーの返答は決して良いものではなかった。彼が言うには、ロンが怒っている以上、二人の間に入りたくないそうだ。しかし、ハリーもハーマイオニーが善意でやった事だという事はちゃんと解っていた。納得できるかは別として。
 ルーピン先生はそれからすぐにやって来た。がたがたと揺れるトランクを小脇に抱えていて、名前は少し嫌な予感がした。「何ですか?」とハリーが聞くと、ルーピンは「またまね妖怪だよ」と答えた。
「火曜日からずっと、城をくまなく探したら、幸い、こいつがフィルチさんの書類棚の中にひそんでいてね。本物の吸魂鬼に一番近いのはこれだ。君達を見ればこいつは吸魂鬼に変身するから、それで練習することができるだろう」
 先生が机の上に置いても、まだトランクはがたがたしていた。ルーピンは杖を取り出し、二人にもそうするように促した後、守護霊の呪文について説明し始めた。
 守護霊の呪文はとても高度な呪文であり、しかし成功すれば吸魂鬼を祓う守護霊が出てきて、吸魂鬼との間で盾になってくれる。守護霊はプラスのエネルギーだが絶望などを感じる事はできない為、吸魂鬼は守護霊を傷付ける事はできない。出てきた守護霊の姿は、造り出す魔法使い一人一人によって変わるのだという。ルーピンは、これで本人かどうかを確かめる事もできるのだと付け加えた。
「どうやって造り出すのですか?」ハリーが尋ねた。
「呪文を唱えるんだ」ルーピンの返事は簡潔だった。「何か一つ、一番幸せだった思い出を、渾身の力で思いつめた時に、初めてその呪文が効く」
「一番幸せだった思い出?」
 名前が聞き返すと、ルーピンは頷いた。
「順序はさほど重要ではない。しかし、吸魂鬼に対抗できるような守護霊を造り出そうとすれば、それ相応のエネルギーがいるのだ」
 名前もハリーも頷いた。ゆっくりで良いから考えてごらんと言われ、名前も考えた。一体、何が一番幸せだっただろう? 一番幸福だった事を考えようとするのは、一番恐いものを考えようとするのとは、似ているようで全く違っていた。箒を買ってもらった事も、マクゴナガル先生に褒められた事も、特別功労賞をもらった事も、どれも幸せな思い出には違いなかったが、それでいてどれも違うような気がした。当て嵌まるべきものが全く思い当たらなかった。

 名前は最終的に、初めて魔法が使えた時の事を考えた。六歳の時、花壇の花をすべて咲かせてみせたのだ。名前が手を叩くだけで一輪一輪と花が開いていって、あっという間につぼみが無くなってしまった。その後父親にこっぴどく怒られたが(魔法がどうこうより、あの花壇の中には大切な薬草なども含まれていたらしい)、しかし魔法を初めて自分の力で使えて嬉しかった。
「呪文はこうだ。エクスペクト・パトローナム、守護霊よ来たれ!」ルーピンが言った。
「エクスペクト・パトローナム」
 名前とハリーは繰り返して練習した。何度目かの時、不意にハシバミの杖の先から銀色の糸のようなものが噴き出した。殆ど同じ時に、ハリーも成功していた。
「見えましたか?」ハリーの声が高ぶっていた。「何か出てきた!」
「二人とも、よくできた」ルーピンがにっこりした。
「よーし、そうだな――吸魂鬼で練習しても良いかい?」
「はい」名前とハリーの声がピッタリそろった。ルーピンはまたにっこりした。
 ルーピン先生はどちらからやるかと聞き、まずハリーからやってみる事になった。名前は後ろに下がり、逆にハリーは前に進み出た。ルーピンが杖を振って片付けてくれたおかげで、魔法史の教室の真ん中は小さな広場のように開かれていた。
 ルーピンが蓋を開けると、吸魂鬼に扮したまね妖怪が立ち上がった。
 黒いローブが風もないのにはためいているのを見ていると、名前は冷気を感じた。しかし、前に感じたような吐き気は感じなかった。本物の吸魂鬼ではないからだろうか?
 名前は離れた所からずっと見ていた。ハリーが硬直して後に気を失って倒れるのも、ルーピン先生がすぐに飛び出しまね妖怪にリディクラスと唱えたのも、銀色に輝く月がトランクに押し込まれるのもだ。
「ハリーは大丈夫ですか?」
 名前は教室が普段通りに戻るとすぐ駆け寄って聞いた。名前が見てみると、失神したハリーはひどく冷や汗をかいていて、顔色も悪かった。
「大丈夫、吸魂鬼の気に当てられただけだ。目を覚ましてすぐチョコレートを食べさせれば問題はないだろう。少しの時間だったからね――長く吸魂鬼と共に居ると、それだけで気力が全て吸い取られてしまう。名前、覚えておきなさい」
 名前はしっかりと頷いた。ハリーが自然に気を取り戻すまで、二人は無言のままじっと待っていた。

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