差出人不明の贈り物

 名前は結局、あのショールの送り主を突き止める事はできなかった。
 包みの中にはカードどころかイニシャルすら書かれておらず、ショールが一つきりしか入っていなかった。名前は思案の末、そのショールはトランクの内ポケットに閉まっておく事にした。誰からのプレゼントなのか解らない以上、安易に身に付けることは躊躇われたのだ。それにもしもそんな事をすれば、あの過保護の度が過ぎる名付け親が烈火の如く怒り狂い、名前を叱るだろう。
 差出人が誰なのか、名前は多少は考えたが、すぐに止めた。例えばノットは去年、名前に匿名でバレンタインカードを渡したし(もしあれがノットのものでなかったならば、きっと名前はへそで茶を沸かす事ができるだろう)、プレゼントとクリスマスカードを併せて見ても、セドリックからのプレゼントはなかった。
 しかしどう考えてみても、名前の友達からのプレゼントである筈はないのだ。

 これをどこで見たのだろうと考えて思い出したのは、先週リーと共に行った、ホグズミード村のグラドラグス・魔法ファッション店だった。このショールはまさに、グラドラグスに置いてあった品物の中で一番高価な物だった。とても学生がぽんと買える値段のものではなかった筈だ。名前が覚えていたのだって、あまりの値段に驚いて凝視してしまったからだ。
 名前にはそんな目玉の飛び出るような額のプレゼントをくれるような友達はいないし、むしろ知り合い中を探したっていない。まったく心覚えがない以上、触らないに越したことはない筈だ。高価すぎる物だと気が付いた時に、触るのも勿体ないと思ってしまったことも事実だが。


 昼食を食べに大広間に登っていくと、ホグワーツに残る生徒の全員が既に揃っていた。ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人と、レイブンクローの一年生が一人、スリザリンの五年生が一人だ。大広間の長テーブルの四つが全て、壁に立て掛けられていた。
「これしかいないのだから、寮のテーブルを使うのはいかにも愚かに見えたのでのう」名前が少し驚いているのを見て、ダンブルドアがそう説明した。
 名前が空いている席に座ると(スリザリン生とレイブンクロー生の間だった。名前はこのスリザリン生に、見覚えがある気がした)、ディナーに出席する全員が着席したらしかった。ダンブルドア、マクゴナガル、スプラウト、スネイプ、フリットウィック、そして管理人のフィルチが教員の席に居た。名前はハグリッドが居ないのは、ビーキーの件で滅入っているからではないかと考えた。
「クラッカーを!」
 ダンブルドアがそう促したのを切っ掛けに、あちらこちらで爆発音のような音をさせながら、クラッカーが引っ張り合われた(ダンブルドアとスネイプが引っ張ったクラッカーから出てきた帽子を見て、ハリーとロンが顔を目配せし合っているのを、名前は目撃した)。ハリーとロンが引っ張ったクラッカーからはピカピカ光る山高帽が飛び出したし、ハーマイオニーが引っ張ったものからはファイアボルトの模型が出てきていた。
 ハーマイオニーの表情が険しくなった(彼女はミニチュアを一年生の方にぐいっと押しやっていた)ことも名前は気にせず、隣のスリザリンの五年生にクラッカーの片方を差し出した。彼は吃驚したような不思議そうな顔をしながら、クラッカーを引っ張った。

「シビル、これはお珍しい!」
 名前のお腹がクリスマスディナーで満たされてきた頃、大広間の扉がパッと開き、トレローニー先生が入ってきた。ダンブルドアの言う通りで、トレローニー先生が大広間に来るところなんて名前は初めて見た。名前は彼女を煙でムンムンする部屋でしか見たことがなかった。トレローニー先生なら、俗世に出れば心の眼が曇るだのなんだの言う筈だ。
「あたくし水晶玉を見ておりまして、自分でも驚きましたわ。皆様とご一緒するあたくしの姿が見えましたの。俗世に出る事は心眼には決して良いというわけではないのですが――」
 名前が小さく噴き出すと、ハーマイオニーが怖い顔をして此方を見た。
「――運命があたくしを促しているのを拒むことができまして? あたくし、取り急ぎ塔を離れましたのでございますが、遅れまして、ごめんあそばせ……」
「椅子を用意せねばのう――」ダンブルドアは青い目をキラキラと輝かし、杖を振って空中から椅子を出現させた。現れた椅子はマクゴナガル先生とスネイプの間に不時着し、座られるのを大人しく待った。トレローニー先生がなかなか動かなかったので、名前は不思議に思ってローストチキンを頬張ったまま顔を上げた。
「校長先生、あたくし、とても座れませんわ! あたくしがテーブルに着けば、十三人になってしまいます! こんな不吉な数はありませんわ!」
 いつもの霧のかかったような声のまま、トレローニーが芝居のようにそう叫んだので、名前は思わずチキンを噴き出してしまうところだった。思いきり咽せ込んでいる名前に一切構わず、マクゴナガル先生が「シビル、その危険を冒しましょう」とぴしゃりと言い放った。
「構わずお座りなさい。七面鳥が冷えきってしまいますよ」
 ディナーは何事もなかったかのように再開された。無事に席に腰掛け、机を見回したトレローニー先生が、ふと気付いたという様子で言った。
「あら、ルーピン先生はどうなさいましたの?」
「気の毒に、先生はまたご病気での」ダンブルドアが答えた。「クリスマスにこんなことが起こるとは、まったく不幸なことじゃ」
 名前はルーピンが人狼だと知っていたので、もしかしたら満月が重なってしまったのかもしれないと感付いた。そうでなかったなら、ダンブルドアは微笑んだままローストポテトの話に移らなかっただろう。

 二時間後に食事が終わった時も、トレローニー先生は最初に席を立つ者が最初に死ぬのだと言って、ハリーとロンのどちらが先に立ち上がったのかと知りたがった。
 名前は近頃では、トレローニー先生が占い自体ではなく、雰囲気をウリにしているのではないかと勘繰るようになっていた。名前は占い学に興味を持つことができない為、怪しげな雰囲気を纏うことが心眼と関連が有るのかは知らないが、とりあえず、このか細い声が地声というわけではないだろう。
 友達が選んでいたからといって占い学を取ったことを、名前は後悔し始めていた。名前の心眼が開花する兆しは今のところ現れないし、むかむかする匂いの籠もった屋根裏部屋にも既に飽き飽きしていた。ひたすら数字を計算するだけらしい数占い学の授業の方が、幾分かマシかもしれない。もっとも、欲張らずに二教科で終わっておく方が正しかったのかも。
 ハリーもロンも首を傾げるだけで、トレローニー先生にはっきりと答えなかった。


 譲ってもらった新品のチェスセットを持ったまま名前が席を立つと、それを見たハーマイオニーが何故か急いで食べ物を口に詰め込み、同じように席を立った。名前はギョッとしたが、ハーマイオニーは口をもごもごさせながら、大広間の外に出るようにと名前に目配せした。
 廊下に出る頃にはハーマイオニーのもごもごは終わっていて、扉が閉まった途端、急いで口を開いた。
「名前、あなたに聞きたい事があるんだけど、もし誰からなのか解らないプレゼントが届いたら、どうする?」
「誰からなのか解らない?」
 名前はオウム返しをしたが、内心で驚いていた。まさにそれは、名前に届いたあれの事じゃないか?
「しかも、それがとっても高価なものだったら」ハーマイオニーが続けた。
「ふうん」名前は思案しながら言った。「自分を特別好いている人がいるかもしれないって思うかもね」
 名前が本気で考えていないと解ったのか、ハーマイオニーは歯噛みした。
「それじゃ、それが世界最高峰のレース用箒だったら?」
「ハリーがファイアボルトをもらったの?」
 ハーマイオニーは名前がすんなりと答えを導いた事に少しだけ驚いた素振りを見せたが、すぐに神妙な顔付きで「ええ」と頷いた。
「オッケー、ハリーにちょっと乗らせてって頼んでくるわ!」
「駄目よ!」ハーマイオニーがムキになって叫んだ。
「いったい、誰がハリーにファイアボルトなんて高価なものを送ったと思うの? 堂々と名前を明かしても良い筈よ。それができないのは、名乗る事ができないからだわ」
 言い切ったハーマイオニーは、そのままの目で名前を見た。

「……それじゃ?」名前は答えを促した。
「――シリウス・ブラックよ」

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