クリスマスの朝

 ロンが淹れてくれたお茶が冷め切ってしまう頃には、ハグリッドもようやく落ち着いてきたようだった。少なくとも泣いてはいなかったし、誰かがウッカリして「バックビーク」とか「裁判」とか口を滑らしても、飛び上がったりしなくなった。小さく嗚咽を漏らしてはいたが、それでも最初に手紙が届いた時よりは、随分持ち直してきていた。
 名前はそんなハグリッドを見て安心した。ハグリッドが泣いていると、どうすれば良いのか解らなくなってしまう。名前はハグリッドが好きだったし、だからこそ、いつでも笑っていて欲しいのだ。
 銃声のような音を立てて鼻をかんだハグリッドが、名前達四人と、そして自分に言い聞かすようにゆっくりと言った。
「お前さん達の言う通りだ。ここで俺がボロボロになっちゃいられねえ。しゃんとせにゃ……この頃俺は、どうかしとった」
 ハグリッドが再び涙を流したのは、彼がアズカバンについて語ってくれた後だった。
 アズカバンの吸魂鬼は、ハグリッドに多大な恐怖を与えたようだった。名前は、ハグリッドがこれほど打ち拉がれているのを初めて見た。しょぼくれた掠れ声で(こんな声を名前は初めて聞いた)、ハグリッドが言った。
「バックビークをこのまんま逃がそうと思った……遠くに飛んでいけばええと思った……だけんど、どうやってヒッポグリフに言い聞かせりゃええ? どっかに隠れていろって……ほんで――法律を破るのが俺は怖い……俺は二度と、アズカバンに戻りたくねえ」

 名前は吸魂鬼が嫌いだった。彼らの事を考えるだけで吐き気がするようにさえなってしまったし、あの連中が城の周りをうろうろしているおかげで、名前は毎日悪夢に魘されている。
 しかし、ハグリッドをここまで不安にさせる事が、もっとも許せなかった。
 ビーキーを心配しているハグリッドの目には、同時に吸魂鬼への恐怖も映っているのだ。名前は彼とビーキーの為に、できる事は何でもしたいと強く思った。


 名前とハリー、ロン、ハーマイオニーは図書室に通い出した。もちろん、ビーキーの裁判に有利になるような資料を探すためだ。四人は寝る間も惜しんで図書室に通った。ただでさえ休暇で人が少ないのに、その少ない居残り組の生徒達の半分が図書室に通い詰めている事に、一番驚いているのは司書のマダム・ピンスだった。
 マダムは普段から図書室に通っているハーマイオニーと名前の他に、ハリーとロンが居ることに対してよほど吃驚したらしく、具合は大丈夫なのかと聞いてくる始末だった。おそらく四人全員が、図書館が閉館になっても大量の本を借りていく事も原因だろう。
 しかし、多くの時間を費やしても、有益な資料はなかなか見つからなかった。魔法生物の裁判の例を探してみても、釈放になったり、無罪になったりする例は少ないのだ。
「これは立派な差別だわ」ある時、ハーマイオニーが言った。
「魔法使いは――マグルに対してもそうだけど――自分達以外の人に冷たすぎる。魔法生物達の事なんて、虫けらみたいに思ってる人が大半なんだわ。きっと、魔法が使えるから偉いんだって思い込んでるのよ。彼らの考え方が変わらない以上、判決を覆すのは難しいわ」
「ハーマイオニー、まだ判決が出てるわけじゃないんだよ」
 ハリーが言った。彼も名前やハーマイオニーと同じように、膨大な量の本を読み漁っていた。彼の緑色の瞳は文字の見過ぎで疲れていると訴えていたが(勿論、これは四人ともそうだった)、少しも休んでいなかった。
 ハーマイオニーがハリーに小さく首を振ってみせたので、名前とロンは顔を見合わせた。
「ええ、そうね。今は」悲観的に、ハーマイオニーがそう言った。

 芳しい成果も上げられないまま、日数だけが過ぎていった。名前も弁護に役立ちそうな本を探し続けていたが、ビーキーを無実にするという事自体が、無謀な事なのではないかと思えてきた。過去の裁判記録を見るに、生物が魔法族に危害を加えた場合、それだけで生物の方が悪なのだ。バックビークが生徒を傷付けてしまったのは事実だった。
 ヒッポグリフが出てくる裁判記録は、農場のヒッポグリフが逃げ出してマグルに見られただとか、省に手続きをしないで自宅でヒッポグリフを飼っていただとかが大半だった。傷害事件もあるにはあったが、全てヒッポグリフが有罪の判決を受けていた。しかもそれらの殆どが、有罪で仕方のない場合ばかりだった。
 そもそも、名前はその場に居たわけではない。三人が話す通りにしか、その時の様子を知らないのだ。一体何が原因だったのか、どういう風に侮辱したのか、名前は殆ど知らない。その状態で裁判用の資料を探すだなんて、手探りにも程がある。
 しかし名前は諦めなかったし、ハリー達もそうだった。誰も弱音の一つも吐かなかった。

 ヒッポグリフはどういう生き物なのか、名前はまずそこから始める事にした。名前だって、知識としては知っているものの、それは九歳の時に買ってもらった『幻の動物とその生息地』の知識によるものだ。ヒッポグリフの専門書を読んで知ったわけではない。
 名前は魔法生物一般から、ヒッポグリフ専門の本まで、ありとあらゆる資料を読み耽った。
「全部の本に書いてあるよ。『ヒッポグリフは穏やかな気性ではあるが、それ故誇り高く、侮辱を何よりの罪とみる』。ハグリッドはこれをちゃんと説明したんだよね」
「したさ」ロンが答えた。「でも、マルフォイのやつが聞いてなかったんだ」
 名前は頷いた。「じゃ、こういうのは?」
「『ヒッポグリフの蹄は非常に鋭利であり、時には危険な武器となる。しかし毒は有しておらず、致命傷になることはない』」
「良いぞ!」
 ロンが歓声を上げた。ハリーとハーマイオニーも、名前の方を向いた。
「『致命傷になることはない』、最高だ!」
 四人は盛り上がり、意気込み新たに資料を探し回った。図書室の隅から隅まで、ありとあらゆる本を皆で読みまくった。しかし結局、大した収穫は得られないまま、ついにクリスマスを迎えた。


 クリスマスの朝、名前はいつもより少しだけ早くに目を覚ました。周りのベッドは空っぽだったが、名前のベッドの足元にはたくさんのクリスマスプレゼントが並んでいた。
 ハンナとスーザンから、ホグズミードで買ったのだろうキャンドルと、レターセットが届いていた。名付け親は、以前手紙で「次のクリスマスは何もなし」と書いてニンバスを寄越したくせに、スニーコスコープのミニチュアをプレゼントしてくれた。クラッブは例年通り、ハニーデュークスのお菓子の詰め合わせを送ってくれていた。
 アーニーやジャスティン、その他の友達からも、たくさんのプレゼントが届いていた。驚いた事にザカリアスも、名前にプレゼントとして、バーティー・ボッツの百味ビーンズをくれた(しかしこれは素直に喜ぶ事ができなかった。名前は百味ビーンズが苦手なのだ。嫌がらせではないかと勘繰ってしまった)。
 名前は最後に、片手で持てるほどの小さな小包を手に取った。
 まるで何も入っていないぐらい、その小包は軽かった。しかし揺らすとかさかさと音がしたので、空っぽではないらしい。質素なラッピングを剥ぎ取ると、中から淡い銀色の布が出てきた。ショールらしかった。どこかで見た覚えがある、美しいデザインだ。端には違う色味の銀糸で刺繍がなされていて、見るからに高価そうな代物だ。光に当たるときらきらと煌めき、それだけで幸せな気分になれそうだった。しかも、何かの魔法が掛かっているんだろう、ひどく軽い。
 名前は何よりも先に、訝しんだ。一体誰が、こんなものを自分におくるんだろう?
 小包には、カードの一つも入っていなかった。

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