ヒッポグリフのバックビーク

 次の日からクリスマス休暇だったので、名前は去年と同じように、休暇中に家に帰る友達を玄関ホールまで見送った。皆がセストラルの引く馬車に乗って行ってしまった後、名前はこれから何をするか考えた。誰も居ない談話室(何故なら、今年ホグワーツに残るハッフルパフ生は名前一人だけなのだ)に戻るのは気が引けた。
 名前がゆっくりと大理石の階段を登っていると、大広間の扉が大きな音を立てて開いた。ハグリッドが出てくるところだった。どうやら丁度、朝食を食べ終えたところらしい。ハグリッドは名前に目を留めると、「よう!」と挨拶した。
「おはよう、ハグリッド」
「おはよう、名前。なんじゃお前さん、今年も家に帰らなかったんか?」
「まあね」名前がそう答えると、ハグリッドはモジャモジャの髭をぴくりと揺らした。
「名前、お前さんも偶には帰って親孝行せにゃならんぞ。後で後悔したって遅いからな」
 名前はハグリッドに両親が居ない事を知っていたので、それに対しては反論しなかった。ハグリッドは一年生の時、ずっと一人でブラブラしていた名前に、自分も名前と同じように父親に早くに死なれたのだと教えてくれた。そして名前には名付け親が居るのだから、彼を親のように思って頼れば良いのだとも。
「してるよ。夏休みにね」
 名前のおざなりな返事をどう受け取ったのか、ハグリッドは暫く何かを考えた様子だった。そして、名前に一度自分の小屋に来ないかと誘った。名前は頷いた。何故なら城の中で一人で本を読んでいるより、ハグリッドと一緒にお喋りした方がずっと楽しいからだ。

 ザクザクと雪を踏み分け、校庭を横切り、名前とハグリッドは彼の小屋に向かった。ハグリッドの小屋では待ち構えていたかのように、ボアファウンド犬のファングが飛び出してきて、ハグリッドに抱き付き、名前を涎まみれにした。
 名前はハグリッドがそのまま小屋に入れてくれると思っていた。しかしハグリッドは小屋の入口で名前に待っているようにと言い、自分だけ中に入っていった。ほどなくしてハグリッドは出てきて、また一緒に来るように言った。
 揺れるハグリッドの背中を見つめながら、名前は彼が何処へ連れて行ってくれるのだろうと考えた。禁じられた森なら良いのに、名前はそう思った。勿論、そんな事は有るはずがない。しかし、ハグリッドは森の方へ向かっているようだった。名前が何処へ行くのかと聞いても、ハグリッドははぐらかすだけだった。
 名前の問いの答えは、名前の足先が冷たいを通り越して氷のようになってしまった頃に解った。二人は森の端に沿って歩いていて、やがて開けた場所に出た。そこは名前が来たことがない、小さな牧場のようなところだった。目を凝らした名前は、アッと息を呑んだ。

 雪の白と土の黒、冬はそれだけしか見えない筈なのに、その放牧場には赤や黄色、栗色など、様々な色が点々としていた。名前はハグリッドの制止を振り切って、柵のすぐ側まで行った。きらめく嘴、艶やかで輝くような毛並み、美しい羽毛に覆われ、逞しくも優雅な脚が地を蹴っている。ヒッポグリフだった。
 名前が口をぽっかりと開けているのを見て、ハグリッドは満足したようだった。
「美しいだろ?」
「……すっごい!」
 名前は興奮して叫んだ。名前がはしゃいでいる様子に、ハグリッドはクスクスと笑った。
「森の中にばっか居たんじゃ、気が滅入っちまうからな。こうして、たまに外に出してやるんだ」柵の隙間から顔を挟み込むようにしてヒッポグリフを眺めている名前に向かって、ハグリッドがそう説明した。
「ね、ね、ハグリッド――ちょっとだから――お願い――」
「駄目だ」
 ハグリッドはきっぱりと言った。
「今は授業じゃねえからな。中には入れてやれねえ」
「でも――だって、休暇なのに」名前が懇願しても、ハグリッドは取り合わなかった。
 その代わり、ハグリッドは近くにいたヒッポグリフを呼び寄せ、柵のすぐ側まで来させてくれた。嵐のような灰色の毛並みをしたヒッポグリフだった。バックビークっちゅう名前だ、とハグリッドは名前に教えた。まるで宝石のような、澄んだオレンジ色の瞳と眼が合って、名前は惚れ惚れした。
「ほら、名前、お辞儀だ」ハグリッドが言った。
 名前は木の柵を挟み、バックビークにお辞儀をした。名前が顔を上げると、暫くバックビークは名前をジッと見ていたが、やがて鱗に覆われた前足をかくんと折り曲げ、お辞儀をした。バックビークがそうやってお辞儀を返してくれただけで、名前は有頂天になった。ハグリッドは、決して放牧場の中に入ることを許してはくれなかったが、名前がバックビークの嘴を撫でたり、羽毛を触ったりするのは(もちろん、バックビークが許可してくれる範囲で)許してくれた。

 名前は半日中でも一日中でもそうしていたかった。しかし、ハグリッドは名前が薄着な事に気が付いていたので、それは叶わなかった。また今度、もちろん今度はちゃんと厚着をして、それからこうして連れてきてくれる事を、ハグリッドは約束してくれた。ハグリッドの小屋に着くまで、名前は興奮しっぱなしだった。
「ヒッポグリフって、なんて美しいの! まるでビロードみたいに艶々してて――バックビークはとってもハンサムだった!――あれを芸術と言わなかったら、いったい何が芸術だっていうの? 灰色が段々と濃くなっていくのもとっても魅力的! あんなに魅力的で蠱惑的な生き物が居るだなんて、今まで思いもしなかったわ!」
 ハグリッドが大きなマグカップに紅茶を淹れてくれている間も、名前はひっきりなしに喋り続けた。
「あの毛並み、たまらないわ。触らせてくれた事を奇跡って呼ぶべきね。鱗の足もカワイイし、鷲の頭から馬の胴体に変わっていくところなんて、圧巻だわ!」
「ああ、そうだろうとも」ハグリッドが相づちを打った。
 名前は渡されたカップにフゥフゥと息を吹きかけ、紅茶を飲んだ。
「ねえハグリッド、飼育学の授業でもうヒッポグリフをやらないの? グリフィンドールとスリザリンの授業ではやったんでしょう?」
「ンー……そりゃ、勿論あいつらぐれえ美しい生き物はおらんし、やってやりてえとは思うんだがな、みんな、ヒッポグリフはもっと後でやるべきだっちゅうんだ。グラブリー−プラング先生とか――臨時の先生だがな――、ケトルバーン先生も。確かに、三年生にはちいとばかし荷が重すぎるかもしれん」
「ふーん」解ってはいたのだが、名前はがっかりした。
「レタス食い虫がぜーんぶ死んじまったから、また新しい生物を連れてきてやらにゃならんな」
「えっ、死んじゃった?」
 名前が思わず聞き返すと、ハグリッドは悲しげに頷いた。餌のやり過ぎで死んでしまったのだという。全てのクラスでレタス食い虫の授業をしたのが原因なのだろうな、と名前は思った。
「そうなの……」
 あんなに可愛らしい生き物もまたと居ないのに。名前はレタス食い虫達が好きだった。もちろん、特別に好きというわけではないが、好きなことには違いない。

「次からの授業で三年生は、そうだな、サラマンダーをやろうと思っちょる」
 名前が残念そうに顔を曇らせているのを見て、ハグリッドはそう教えてくれた。
 サラマンダーは炎を餌にする小型のトカゲで、名前は歓声を上げて喜んだ。確かにレタス食い虫だって可愛かったが、三ヶ月も続けて授業をしていたので、実の所少しだけ飽きていたのだ。きっと、他の皆も喜ぶだろうと名前は思った。炎を燃やしていなければサラマンダーには会えないので、冬に戸外でする授業にはピッタリだ。
「素敵。きっと楽しい授業になるわ」
 名前がそう言うと、ハグリッドはにっこりと笑った。二人は暫く、お茶を飲んだりロックケーキを囓ったり(名前は遠慮した)してお喋りしていたのだが、コツコツという音で、ピタリと口を閉じた。
 ハグリッドの小屋の窓を一羽のフクロウが叩いていた。
「クリスマス・カード?」名前が聞いた。
「いや、どうもそうじゃないらしいぞ」
 ハグリッドは窓を開け、フクロウを家の中に入れてやった。森フクロウはハグリッドにずいっと足を差し出し、手紙が解かれるとすぐに飛び立ち、空の向こうへと消えていった。
 椅子に座り、手紙を読み始めたハグリッドはずっと黙っていた。しかし彼の目は行を追うに従い、段々と見開かれていった。どうやら、良い知らせの手紙ではないらしかった。
 ハグリッドが何も言わないので、名前も彼の脇から手紙を垣間見た。



   ハグリッド殿
 ヒッポグリフが貴殿の授業で生徒を攻撃した件についての調査で、この残念な不祥事について、貴殿にはなんら責任はないとするダンブルドア校長の保証を我々は受け入れることに決定いたしました。
 しかしながら、我々は、当該ヒッポグリフに対し、懸念を表明せざるを得ません。我々はルシウス・マルフォイ氏の正式な訴えを受け入れることを決定しました。従いまして、この件は、「危険生物処理委員会」に付託されることになります。事情聴取は四月二十日に行われます。当日、ヒッポグリフを伴い、ロンドンの当委員会事務所まで出頭願います。それまでヒッポグリフは隔離し、繋いでおかなければなりません。

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