四階の魔女の像

 リーは名前が聞いてもはぐらかすだけで、一体何をするつもりなのか、はっきりと教えてはくれなかった。仕方なく名前は今歩いて来たばかりの道を戻り、言われたようにマフラーとマントを着込んで、下級生ばかりのハッフルパフ寮を出た。
 名前が彼の言う事に素直に従ったのはもしかしたら、コチコチの規則に対するちょっとした反抗心だったかもしれなかった。リーの瞳は悪戯をする前の時のように、キラキラしていたのだ。だから、彼が良からぬ手段でホグズミードへ行こうとしている事は、手に取るように解った。
 静物画を潜り抜けたすぐ先で、リーは待っていた。「それじゃ、行こうか」
 リーが歩き出した方向は、予想通りとでも言えば良いのか、どう考えても玄関へ続く道ではなかった。大広間と正反対の方向だったし、外に出るのに二階へと向かう必要はないからだ。名前達はすでに、二階に着いていた。
「どうしてコッチに行くの?」と名前は聞いた。勿論そう聞きながらも、実は何故玄関ホールへと向かわないのか、その理由はうっすらと解っている。
「抜け道を使うからさ」
 リーも、名前が解っているらしいと察し、ニコニコだ。
「別に、名前は許可証を持ってるみたいだし、アッチから行ったって良いんだけど、吸魂鬼はうんざりだろ? ホグズミードへの抜け道を使うんだ――」そう言いながら、リーは何でもない様子で左に現れた階段に乗った。その階段がすぐに動き出したので、名前も慌てて飛び乗った。
「――あいつらに遭わなくても済む方法さ。この時間だとフィルチはとっくに部屋に戻ってるし、わざわざあいつの所まで、ホグズミードへ行く許可を取りに行かなきゃならないのは面倒だしな。……正規の方法じゃあないけど、別に構わないだろ?」
 リーがにやっとして尋ねたので、名前は返事の代わりにクスクスと笑った。
「フィルチの知らない、ホグズミード行きの抜け道があるなんて知らなかったな」
「そうだろうな。知ってるのは俺とフレッドとジョージ、それからハリーだ」
 付け足されたハリーの名前は予想外だった。
「ハリー?」
「ウン」リーは頷いた。
 リーが言うところによると、今から行く抜け道の事を、許可証が貰えなかったハリーに特別に教えたらしい。ありとあらゆる隠し通路や抜け道を網羅した、ホグワーツ全体を記した地図も、彼にプレゼントしたのだとか。
「親戚のマグルの連中がサインしなかったってだけで、行けないっていうのは可哀想だろ? それに箒だとかなんだかで今、ハリーは精神的にまいってる。ちょっとぐらい楽しんだって罰はあたらないだろうさ。フレッドもジョージも、もちろん俺も、彼に教える事に賛成したよ」
「そうだね、あたしもそう思う」
 名前がそう言うと、リーは再びニッコリした。
 背中にコブのある隻眼の魔女の像のところまで来ると、リーは立ち止まった。
「ホグワーツには七つ、城の外へ出る抜け道があるんだ――」そう言いながら、リーは辺りを見回した。廊下に自分達以外が居ないことを確かめると、おもむろに杖を取り出して、言った。「――その内の一つがこいつだよ」
「ディセンディウム、降下」
 リーはそう唱えながら、隻眼の魔女像を杖でコツコツと叩いた。その途端、すぐに魔女像の背中のコブが割れだした。コブが全て割れきった時、そこには人間一人がぎりぎり通れるぐらいの、細い長い割れ目が出来上がっていた。これがホグズミードへ行く抜け道の入口なんだろう。名前がリーの後ろから割れ目を覗き込むと、石でできた薄暗いトンネルが、下の方に伸びているように見えた。
「滑り坂になってるんだ」リーが言った。「お先にどうぞ」


 マグルのいう、滑り台のような坂道を、名前は一気に滑り降りた。降りた地面はジメジメしていて、前も後ろも解らないぐらい真っ暗で、名前はどしゃっと無様に着地したが、そんな事は一切気にならなかった。今も感じている、抜け道から行くという事への後ろめたさ、それよりもホグズミードへ行けるんだという期待の方が大きかったのだ。――しかも、秘密の抜け道だ。
 少し後で、リーも滑り降りてきた。名前とリーは杖灯りをつけ、奥に続く狭い一本道へと歩き出した。
 この道は、ホグズミードのハニーデュークス店に続いているのだ、とリーは教えてくれた。店の地下室に、直接繋がっているらしい。抜け道はくねくねと曲がりくねっていて、まるでこの道が、先代の悪戯小僧達の悪戯の産物であると示しているようだった。
「誰が造ったのか、ってのは定かじゃないな。けど、相当前からあったのは確かだろうな。ホグズミードは歴史も古いし。授業を抜け出して一遊びしたいって、思った先輩が居たのも確かだと思うよ。ご丁寧に、ハニーデュークスに直通なんだから」
 名前が、いつ頃からあったんだと思う?と尋ねると、リーはそう答えた。
「存外、ハリーにあげた地図を作った人達が造ったのかもね」
「ありえるな。でも、創設者の連中が城を設計した時に……っていうのも、もしかしたらかもしれないぜ」
 あられもない想像をして、二人は笑いあった。
 ハニーデュークスに着くまでの長い時間で、名前とリーは色々な事を話した。この間のクィディッチの事だとか、フィルチの間抜け加減だとか、スネイプがいかに陰険で嫌味な奴かという話題だとかで、二人は大いに盛り上がった。一時間ほど経った頃だろうか、でこぼこ道はやがて緩やかな上り坂になり、そして一番上が見えないほど、長い石段に差し掛かった。今度はリーが先を歩いた。

 石の階段の途中で不意にリーが立ち止まった時、名前は危うく、彼の背中に鼻っ柱を思いきりぶつけるところだった。
「何なの?」
「着いたんだ。ホグズミードさ」
 杖灯りに照らされているリーが腕を上に伸ばし、何やらごそごそと物音がしていたが、やがて名前の眼にまばゆい光が入ってきた。リーが天井部分に付いている撥ね戸を開けたのだ。辿り着いたハニーデュークスの地下室は、普段は倉庫として使われているようで、人の気配がまったくしなかった。名前とリーは、物音を立てないようにこっそり動き、軋ませないように細心の注意を払いながら、部屋の隅にある木の階段を上った。扉の向こうから人の声がざわめいているのが聞こえきて、店が賑わっているのが解った。二人はドアの隙間から、するりとハニーデュークス店の中に滑り込んだ。
 扉の先は丁度、店のカウンターの裏だった。驚いた事に、店の中でホグワーツ生で溢れかえっているせいか、急に現れた名前とリーに誰も気にしなかった。
「一旦、外に出ないか?」リーが言った。足を踏まれそうになっている。
「どうせ、帰りも来るんだから」
「オッケー」
 店の中はあまりの人で、棚に置かれたお菓子が何なのかを判別することすら困難だった。名前は人混みが嫌いだったので、よけいにすぐに返事をした。名前とリーは人の間をすり抜け、出入り口へ向かった。
「わあ……これ見てよ」
「ん?」
 名前が言うと、リーは一瞬『これ』を探したが、すぐに頷いた。
「それじゃ、暗くなる前に帰るようにしないとな」
 店の出入口のドアの内側に、魔法省からのお達しがベッタリと貼られていた。住民の安全のため、日没後に吸魂鬼のパトロールが行われると書いてある。これじゃ商売あがったりだろうな、と名前は思った。

 外は吹雪いていたが、名前もリーも気にしなかった。マントをしっかりと着て、マフラーをグルグル巻きにすれば平気だったし、色々と歩き回ればこんなのへっちゃらだ、という意見で二人は一致していた。
「それじゃ、名前、ホグズミードを案内するぜ。こんな天気だし……ちゃっちゃと済ませるぞ。どこか行きたい所とかはある?」
「良いの? フレッド達と合流して、一緒に遊びたいんじゃない?」
「言ったろ、とっておきをプレゼントするって――それに名前なら、連れていけばあいつらはきっと喜ぶよ――君に色々案内する事も、ジョーダン・プロデュースに入ってる」リーはニッコリした。
 名前も嬉しくなって笑った。
「あたし、ゾンコの店に行きたい」名前がそう言うと、今度はリーが笑った。
「良いぞ、じゃあこうしよう。まずゾンコへ行って、各自必要なものを買う、それから郵便局の方に回って、三本の箒で一休みだ。叫びの屋敷も行けたら行こう。それからこっちの方に戻ってきて、反対の方を回る。そしてハニーデュークスだ」
 これで決まりだっ、とリーが手を打ったので、名前も頷いた。
「まあ何にせよ、こういう事は店の中で喋るべきだったな。やっぱり寒いや」
「かもね」名前は再びクスクスと笑った。

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