ハッフルパフ対レイブンクロー

 名前はセドリックと言い争ったその日から、空いた時間を禁じられた森付近で過ごす事が多くなった。森にいれば、他の誰かに会う事が殆どなかったからだ。
 名前が森に頻繁に来るようになった事に対して、名前に妙に興味を抱いているケンタウルスのフィレンツェは純粋に喜んでいるらしかった。ハグリッドは名前の心象を察してくれたらしく、一度咎めるような視線を寄越しただけで、何も聞かなかった。ただ毎日、暗くなる前に帰らなければならないと促した。

 セドリックは、真剣に名前を心配してくれていた。それは対峙していた名前が一番よく分かっていた。しかしそんな彼に、名前は言わなくても良いことまで言ってしまったし、セドリックだって非がないわけではなかったと思う。お互いが、謝るタイミングを逃し切っていた。
 名前がセドリックを避けているのと同じように、彼も名前を避けているようだった。聞いた話によると、セドリックは図書室に入り浸っているらしい。
 気まずさから、お互いに避け合っていたが、クィディッチの練習だけは名前もセドリックもきちんと出ていた。彼はキャプテンだから当たり前だし、名前だってクィディッチは好きなのだ。最初はそれほど打ち込んではいなかったかもしれないが、一つ一つができるようになっていく事を実感できるのは楽しい。すぐに次の試合がやってくるし、今のハッフルパフに名前以上のプレイができるチェイサーはいないため、おいそれと辞めるわけにはいかなかった事も事実だった。

 名前はいつもの名前を振る舞っていたし、セドリックもそうらしかった。違うのは、二人とも頑として目を合わさない事だけだ。練習中は会話だって交わしていた。二人が普段通りでない事に、チームメイトの誰も気が付かなかった。



 レイブンクロー戦の当日は、グリフィンドール戦の時と違い、からりと晴れた冬の日だった。風は冷たかったし、雲一つ無い青空というわけではなかったが、とりあえず雨は降っていなかった。
 十一時になる十五分前に、名前はハンナやアーニーに背を押されて大広間を出た。他の選手達も声を掛けられたり肩を叩かれたりしながら同じく校庭に出る。グリフィンドール戦の時よりもハッフルパフ生達に活気があったのは、相手側に不幸な事故があったにせよ、大きな点差を付けて試合に勝利した事が原因らしかった。今日のレイブンクロー戦にも勝って欲しいという願いが、掛けられる声の一つ一つに籠もっていた。
 レイブンクローに勝つことが出来たなら、優勝杯を手にするのも夢ではないと息巻いていたのだ。

 しかし、現実は甘くなかった。結果は惨敗だった。
 ゲームが始まったと思った時には既に、点差が開いていた。息つく間もなく試合は進み、最終的なスコアは210対50になっていた。あまりの悲惨さに、試合終了のホイッスルが競技場に鳴り響いた時、ハッフルパフの誰もが言葉を発する事ができなかった。ハッフルパフ側のベンチは静まり返っていたし、名前を含め、選手の誰もが舌縛りの呪いにでも掛かってしまったかのようだった。圧倒的な勝利に驚喜して沸くスタンドも、皆が現実を取り戻す足掛かりとしては不十分だった。
 レイブンクローはまず、チェイサーが上手かった。三人の内の二人が七年生で、技術力と経験において圧倒的な差があった。名前達ハッフルパフのチェイサー陣はボールを手にする事すら困難だったし、たとえクアッフルを持っても、すぐにレイブンクロー側に奪われてしまっていた。ビーター達の間にはそれほど差はなかったように思えたが、例えどれほど上手くブラッジャーを打ち込んでいたとしても関係なかった。
 結局接戦の末にスニッチを掴んだのは、打ち返されたブラッジャーの直撃を喰らった、レイブンクローのシーカーだったのだ。
「脅威の点差を叩き出し、レイブンクローが勝利しました。まさに圧倒的! ハッフルパフも形無しであります。さあ、これで優勝戦の行方はますます解らなくなりました。ボードの上ではレイブンクローが一歩リード。グリフィンドールとハッフルパフの優勝も、大きく点差が開いているとはいえゼロではありません。スリザリンなんて全くの未知数、今後の活躍に期待ですね――次のクィディッチはそのスリザリンとレイブンクローの試合です。年明け最初の週末に行われますので、お間違いのないよう。さて、レイブンクローの皆さんがそろそろ寮に戻り、馬鹿騒ぎに興じたい、そう思ってらっしゃるみたいですからこの辺で。実況は私、リー・ジョーダンがお送りしました。それでは皆さん、よいクリスマスを」


 試合が終わった後のハッフルパフ談話室は酷い有様だった。みんな貝のように口を噤み、黙り込んでいた。偶に場を盛り上げようと喋り出す声も聞こえたが、重い空気にすぐに萎んでいった。まるで一気に寮の点数を減点されてしまったかのようだった。クィディッチ戦に勝てば得点が加算されるのだが、減点される事はない。つまり試合に負けた事に対して皆が、この世の終わりが来たとでもいうように落ち込んでいるのだった。
 クィディッチ選手達の落ち込みようは殊更ひどかった。チームの皆は互いに黙りを決め込み、お互いが自分がもっとよくプレイしていられたらと思っているらしかった。こういう時に何かしらぼやくザカリアスも、今は何も言わず黙り込んだままだ。
「みんな、よくやったよ」セドリックが誰に言うでもなく――無論、チームの面々にだろうが――そう言った。
「結果は素晴らしいものではなかったけど、僕達は精一杯プレイできた。優勝の可能性も無くなったわけではないし、今日出来なかった事は次回に生かせば良い。気を落とすことはないよ」
 何人かが小さく、「ああ」とか「うん」とか言った。

「……気を落とすことはない?」名前は小さく笑って聞き返した。
 ぎょっとしたような視線がいくつか名前の方へと向いたが、名前は気にしなかった。
「ああ、そうさ」
 セドリックが言った。彼は一瞬たりとも名前の方を向かず、そう言った。
「それで? レイブンクローがグリフィンドールやスリザリンに圧勝してもまだ、優勝の望みは有るだとか言い切れるわけ?」
「そうじゃない。僕はこれからの可能性を提示しただけだ」
「可能性ね。今日負けたのだって――最後の最後でスニッチを取り逃したのは、一体何処のどなたさんなの?」
 名前が何を言おうとも聞き流そうとしていたらしいセドリックも流石にカチンと来たらしく、きゅっと眉を吊り上げて名前を見た。おい、という周りの制止の声も聞かず、名前は薄く笑った。名前だって、今日のクィディッチの結果に納得が行っていないハッフルパフ生の一人だったのだ。
「だったら、君達が、もっと点を稼いでくれていたら良かっただろう?」
 セドリックは静かな声で、しかしはっきりとそう言い返した。
「あれだけ近くで競り合っていたくせに。チャンが女の子だからって遠慮したわけ?」
「彼女は怪我をしていたんだ。それにそうじゃなくても、多分スニッチは彼女が掴んでた。彼女の方が手を伸ばすのが早かったんだ」
「負け惜しみじゃないの? クィディッチに勝つことが大事なんだって言ってたくせに」
「誰もそんな事は言ってないだろ」

「おい、二人ともよせよ」
 睨み合ったままの名前とセドリックに、チェンバースがそう声を掛けた。
 いつのまにか、談話室中が静まり返っていた。其処に居たみんなが二人の言い争いに注目していた。チェンバースが再び何かを口に出す前に、名前は踵を返して談話室を出て女子寮へと向かっていた。何人かが名前を呼び止めていたようだったが、名前はそのまま振り返らず歩いた。結局誰も、談話室の外までは追い掛けてこなかった。バタンと談話室と女子寮への通路を繋ぐドアが閉まった後、ざわざわと会話の波が広がるのが名前には解った。


 ベッドについてる天蓋のカーテンを閉め切って、横になってから少しした後、「……名前?」と戸惑いがちに声が掛けられた。どうやらハンナは先程まで、談話室に居たらしかった。そうでなければきっと、こういう風に――恐る恐る、呼び掛けたりはしないだろう。
 少し迷っていたようだったが、ハンナは灯されないままだった部屋の蝋燭に火を付け、それから名前のベッドの側までやってきた。
「――解ってる」
 名前はハンナが何かを言う前に言った。
「あたしが悪いんだって事。自分でも、こんなあたしが嫌なの。お願い、一人にしておいて」
「ええ」
 少し間を置いて、ハンナは答えた。

「灯りはこのままにしておく? それとも消した方がいい?」
 部屋を出掛けに、ハンナはそう聞いた。きっと彼女はこれから談話室に戻り、名前を一人にさせてくれるのだろう。そうして、同室の女の子達をもやんわりと引き留めてくれるに違いない。名前が言ったのを聞いて、ハンナは部屋の灯りを消した。

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