セドリック・ディゴリー

 少し遅れてセドリックはやってきて、それから二人は歩き出した。今日は曇天で肌寒かったため湖の大イカと戯れようなんて生徒もおらず、一緒だった他のチーム・メイト達は皆先に帰ってしまっていたので、校庭を歩いているのは実際名前とセドリックだけだった。
「寒くなったと思わない? お日様が恋しいよ」
「ああ、うん、そうだね。昼間は少し晴れていたのにね。次のクィディッチ戦の時は、雨が降ってなければ良いんだけど。それはそうと名前、そのバスケット何だい?」
 セドリックが聞いた。
「んー……まあ、そうね、色々かな」
「へえ、色々か。だったら端から見えてるベーコンは?」
 指で指し示された方を見ると、確かに薄い肉片が飛び出している。名前は素知らぬ顔で、ベーコンをバスケットの中へ押しやった。
「君、まさか禁じられた森でサバイバルを繰り広げようだなんて思ってないだろうね?」
「まさか」名前が否定しても、セドリックはまだ少し疑っているようだった。
「隠してても仕方がないみたいだから言うけど、あたし今犬の面倒を見てるんだ。野良犬よ。スナッフルっていうの。――別に森の中にいるわけじゃないよ」
 セドリックが怪訝な顔をしたので、名前は付け足した。
「……その犬」セドリックが言った。「僕が一緒に居ても、出てくるかな?」


 それからスナッフルが匂いに釣られて名前の前に姿を現すまで、二人は無言だった。歩きながらでも話せるとセドリックは言ったのに、彼は何も話さなかったし、まだ話し掛けられたくないという風だったので、名前も何も喋らなかった。
 禁じられた森に沿って歩き、ハグリッドの小屋を少し通り過ぎた所で、スナッフルはひょっこりと茂みから頭を突き出した。スナッフルは見慣れない人間、つまりセドリックが居た事に最初は警戒していたようだった。しかしその人間が名前が連れてきたからかすぐに警戒を解き、すぐさま尻尾を振って名前に駆け寄った。
 バスケットの中に顔を突っ込み、がつがつと貪るように食べているスナッフルに、毒が盛られていたらどうするのだと、名前は密かに思っていた。もちろんそんな事はないのだけれど。
 手ぶらでやると嫌がるくせに、こうして食べている間、もしくは餌を貰う直前になら、スナッフルは名前の自由に触らせてくれる。そうして名前がスナッフルの横にしゃがみ込み、黒い野良犬を撫で回している間、セドリックはただ無言でその様子を眺めていた。

 スナッフルが実は何の害も与えない、腹を空かせたただの野良犬だという事を確認し終えたらしいセドリックは名前の横に座った。名前が気にしないのと同じように、彼も少し濡れた下草の上に座る事に、何の躊躇もないらしい。名前がスナッフルを良いようにしているのを見て、「随分慣れてるんだな」とセドリックは感心したように声をもらした。
「今はね。前は寄ってくるどころか唸られたよ」
「そうだろうね」
 セドリックはしばらくスナッフルを眺め、それから唐突に言った。
「最近、調子はどうだい?」
「どうって……上々よ。箒も手に入ったし、レイブンクロー戦は絶対勝てるわ」
 名前が言うと、セドリックは少し笑った。「そりゃあ良い」
「君がなんだか悩んでるみたいだったから、力になれないかと思ったんだ。練習の時も集中できていないみたいだったしね。僕で良ければ相談にのるんだけど」
 セドリックがそんな風に言うのを、意外に思いながら名前は言った。
「ありがとう。でも良いよ。別に、これといって悩んでる事なんかないから大丈夫」
「そうかい?」
 セドリックはその後もごもごと何かを言ったが、名前は聞き取れなかった。


「……僕が言ってるのは、君が今の調子で続けるなら、君がチームに居る事を改めて考えなくちゃならないかもしれないって事なんだ」
 セドリックはゆっくり言った。彼自身も言葉を選びながら言っているようだった。
「……今の調子ってどういう事?」名前は聞き返した。
「んー……例えば、君は今、クィディッチに真剣に打ち込んでいない。そうだろう?」
 セドリックはそう言ってから、「もちろん巫山戯ているわけではない事は解ってるんだけど」とすぐに否定した。セドリックの言った事は実は大体当たっていて、反論の余地が無いので名前は黙っていた。彼はそんな名前の様子を見て言葉を続けた。
「君が頑張ってくれてるのは知ってるよ。三年生になって授業が難しくなって忙しいっていうのも解る。でももう少し、気をクィディッチに回してくれても良いだろう? 君、この間ブラッジャーが肘にぶつかった時も、医務室に行かずに放っておいたじゃないか。酷くなる一方だろうに。そんな事じゃ、悪いけど駄目なんだよ。勝てるものも勝てなくなるし、君の為にもならないよ」
「けど、あたしはチームにも、他の誰かにも迷惑を掛けてないじゃない?」
 名前が言い返すと、セドリックも負けじと言い返した。
「そういう問題じゃないよ。僕が君を心配してるんだ。君はちょっと、自分を振り返らなさすぎるよ。もう少し自分を大事にしたって罰は当たらない筈じゃないか? 僕も心配してるのに、君本人がそんなままでは、いつかひどい事になってもおかしくないよ」

「心配してるのに?」名前は聞き返した。
「いったい私がいつ、心配してくれだなんて頼んだっていうの?」
 名前がそう言うと、セドリックは少しだけ不愉快そうに顔を顰めた。
「……名前、君は少し雑すぎるんだよ。僕は、そこを直してもらいたいだけだ。君が怪我をしたらすぐに医務室に行って欲しいし、もうあんな、危ない事はしないで欲しいんだ」
 グリフィンドール戦の時みたいな、とセドリックは付け足した。名前には彼が、名前がハリーを受け止めようと急降下して、彼の下敷きになって墜落した事を言っているのだとすぐに解った。
「それじゃ、ハリーを見殺しにすれば良かったってわけ?」名前が聞いた。
「そんな事は言ってないだろ、僕は君を心配して言ってるんじゃないか!」
「それが迷惑だって言ってるんでしょ!」
 気が付いた時には、名前とセドリックは立ち上がっていた。立ち上がった時に存外勢いがあったらしく、名前の足の上に乗っていたスナッフルは慌てて飛び退いていた。二人のただならぬ様子に怯えたようなスナッフルが目の端に映っていたが、名前はそれすら気にも留めなかった。
 二人とも立ち上がっていた為、名前は目の前にいる青年との身長差に気付かないわけにはいかなかった。セドリックは元から背が高かったが、今目の前に立っている彼は、壁のように思えた。灰色との距離が開いている事にも気付いていた。
「そんな事、頼んじゃいないじゃない! あたしが一体いつ、心配してくれなんて言ったっていうの? あんたがそんな事言うのは、あんたがキャプテンだからでしょ、クィディッチの! あんたは勝たなきゃならないんだもの。そうよね、こんなでも、今チェイサーに怪我でもされたら困るでしょうからね!」
 セドリックが睨み付けるだけで何も言ってこない事を良いことに、名前は早口で捲し立てた。不愉快だった。年上面で世話を焼かれるのにも、そしてそれからさも困ったというように苦笑されるのにも。――どいつもこいつも、人に勝手に気持ちを押し付けて!
「僕が、君がチェイサーだから、試合に勝ちたいから、心配してると思ってるのか?」セドリックが言った。
 それは決して大きな声ではなかったけれど、名前の理性を飛ばせるには十分の声音だった。
「前の時、開始五分で負けたくせに!」
 言ってはならないことを言ってしまったと、セドリックの目が吊り上がった時に解った。彼がグリフィンドール戦に掛けていた情熱も、思いも知っているつもりだった。しかし、名前の口は止まらなかった。
「勝ちたいだけでしょう! あなたはキャプテンであたしはそのチームのチェイサーだもの。とっても解りやすい図式じゃない。心配するのも当然でしょうよ! あたしが迷惑だってんならさっさとそう言って、チームから追い出せば良いんだわ! クィディッチなんて、こっちから願い下げよ!」
「違う! 僕が君を心配してるのは、君がチェイサーだからじゃなくて、君が君だからだ! クィディッチなんか関係ない! それに、チームは辞めさせない。今、君より上手く務める人間はいない!」


 二人は数秒の間睨み合っていた。互いが互いに相手に言う科白を探していた。逡巡の末、お互い何も言うことはないとの結論に達し、名前は背を向けてその場からずんずん立ち去ったし、セドリックはそれに対して声も掛けず、そこにただ立ち止まっていた。ぎょろぎょろと二人の様子を見比べていたスナッフルだけは名前を追い掛けてきたが、名前はそれすら振り切り、苛立った感情に任せ無我夢中で歩いた。

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