箒やその他諸々の事に関するあれこれ

 残っていた最後の包帯も取れて、名前は次の日に退院した。吸魂鬼の影響は甚大なのだから無理をしないようにとマダム・ポンフリーにきつく釘を刺され、ハリーと共に医務室を後にした。
 二日間の入院生活は退屈する事が多かったが、そのおかげで良いこともあった。皆が気を遣ってくれることや、特に試合に勝った事で浮かれているハッフルパフの皆が、一限目の呪文学で名前がいきなり減点されても、誰も気にしなかったことなんかがそうだ。皆はむしろ、大怪我して入院したくせに、変わってないんだなと名前を笑った。月曜日に提出しなければならなかった、スネイプからの闇の魔術に対する防衛術のレポートを出さなくて良くなったことなんか、医務室に入院したことの最高のメリットだと言える。
 人狼に関するレポートについては、無事に復帰したルーピン先生がまだ教えていないのだからと言って(勿論、皆からのブーイングが多数あった事もある)皆の提出を取り消してくれたので、名前は深く感謝していた。日曜日に終わらせようと思っていたので、名前はレポートを完成させられていなかったのだ。

 同じような境遇だったハリーはというと、試合に負けた事よりも箒が壊れてしまった事の方が重要なようだった。ハリーが乗っていたニンバス2000は、風に流されてしまって、最悪な事に暴れ柳にぶつかってしまったのだそうだ。
 薬草学で習った事によると、暴れ柳は自分に害を成す物ならドラゴンから小鳥まで、あらゆるものに自分の体を使って攻撃する。ホグワーツの暴れ柳は大きくて、枝も一本一本が太い。だから哀れな箒が大破してしまうのは当然のことだった。
 元々自分の箒を持っていなかった名前と違い、大事な相棒を失ってしまったハリーのショックは大きいらしく、時折見掛ける彼は普段より意気消沈していた。足しになるとは思っていなかったが、名前はいつだったか(きっと、名前がチェイサーに選ばれたばかりの頃だ)に貰った、箒のカタログをハリーにプレゼントする事にした。


「スリザリンでは、ディゴリーの株が上がったな」名前の隣で、セオドール・ノットが言った。
 古代ルーン文字学の教室の机は二人から三人掛けの机なのだが、ハッフルパフとスリザリンの組み合わせで座っているのは名前とノットだけだった。他は皆、ハッフルパフならハッフルパフ、スリザリンならスリザリンと、同じ寮の友達同士で固まっている。不思議そうにちらちらと視線を投げかけるのも居たが、ノットの隣に座っているのが名前だと解ると、何だ名字か……という顔をして、自分の作業に戻る。
 先日のクィディッチ戦の事でマルフォイに礼を言いに言ったところ、案の定アーニーが機嫌を悪くしてしまって、名前はこうしてノットの隣に入れてもらっていた。
 ハッフルパフの誰かの所でも良かったのだが、クラッブが言っていた事によると、名前がハッフルパフ・クィディッチ・チームのチェイサーになった事はノットから聞いたのだという。何故彼が、名前が選手になったと知っていたのかを聞きたかったので、こうしてノットの隣に来たのだ。
 孤立主義とでも言えばいいのか、ノットはいつも一人で座っていた。クスクス笑いをするスリザリンの友達が彼の周りに居ない事は、名前にとって都合が良かった。ノットは隣に来た名前をちらりと見て、お見通しだとでも言うように薄く笑った後、名前を隣に座るように促した。
 何故名前がクィディッチ選手になったという事を知っていたのかと聞いたところ、詳しくは教えてくれなかったが、『知る』方法は色々有るとの事だった。

 授業が始まるまでにはまだ時間があったので、名前は先を促した。
「グリフィンドールとハッフルパフなら、スリザリンはハッフルパフを取るんだ。ディゴリーめ、よくやった、ってね。負けたグリフィンドール――しかも、百点も差がついてるときてる――を祝して、半ばお祭り騒ぎだったよ」
「意地が悪いんだね?」
「調子に乗ってるグリフィンドールが悪いのさ」
 名前が半ば冗談で聞くと、ノットがそう答えた。彼は冗談まじりでも何でもなく、本気だ。ノット自身もハッフルパフが勝った事が――というよりもやはり、グリフィンドールが負けた事が――嬉しいらしく、その目は意地の悪い光を秘めていた。
 それから授業が始まるまでノットが喋った事と言えば、グリフィンドールに対する雑言だった(ハリーについて、ざまあみろといったような事も言ったが、彼は名前がハリーと友達なのだと知っているのでそれ一度きりだった)。たまに思い出したように、退院できて良かったとか、三年生にしてはよくやったとスリザリンの誰々が言っていたとか、名前に関する事を言った。
 ノットはこんな風によく喋る男だったろうかと考えた後に出た答は、彼もグリフィンドールが負けた事に浮かれている、スリザリン生の一人なのだという事だ。

「……ありがとう」難解な長文の英訳に当てられたスリザリン生が苦戦している中、名前はこっそりとノットにそう言った。聞き取りきれなかったのだろうノットは、器用にも片眉と視線だけで、何が?と聞き返した。
「あなたが、私がチェイサーになったって知っててくれたおかげで本当に助かったんだ。ありがとう」
 名前がそう言うと、最初は分かっていないようだったノットも納得してくれたらしく、彼はにっこりと微笑んで「お安い御用だ」と囁いた。


 グリフィンドールとの試合があった日の三日後、名前は名付け親からの手紙を受け取った。インクが所々飛び散っていたり、穴が空きそうになるほど勢いよくピリオドが打たれている事から察するに、余程急いで書き上げたらしい。
 名前が入院するほどの大怪我をしたとでも聞いたのか、ひどく焦っている文面の手紙だった。上司の目を盗みつつ、名付け親が仕事の合間にこの説教の手紙を書いている様は、簡単に想像することが出来た。名前の綴りが間違っているが、許してあげることにしよう。

 名前は内心、届いた手紙が吠えメールでなくて、本当に良かったと思っていた。心配性の度を超している彼が、名前を戒める為に吠えメールで届けるなんて、ありえない事ではない。内容にも寄るのだが(内容によっては、吠えメールなんて笑い話にできるからだ)、ほぼ自分への説教である手紙をわざわざ大広間で、しかも他の生徒が大勢居る中で聞きたいだなんて思わない。チェイサーになれておめでとう、の一文もこの字面から見て、怒鳴り声で音読されるに違いない。
「何て書いてあったの?」
 名前がお説教以外の部分の三回目の読み直しをしていると、ハンナがそう聞いた。届けてやったのに礼も無しかとでも言いたげなデメテルに、皿の中に残っていたベーコンを一切れ投げてやりながら、名前は少し考え、結局一言だけ言った。
「箒は買ってやるって」
「まあ、良かったじゃない」
 三枚半に渡るお説教、それ以外の部分に書いてあるのは、選手に選ばれた事へのお祝いと、箒に関しての事だった。説教が本題なのだろうが、多少の省略は許してもらいたい。名前は先日、ハンナからお説教をもらったばかりなのだ。名付け親からも説教が来たと伝えれば、再び彼女の士気を盛り返してしまう結果に終わるだろう(ほら、だから言ったじゃないの! クィディッチは危ないんだから、ちゃんと気を付けなきゃいけないって! それに仕方なかったとはいえ、落ちていく男の子を受け止めるだなんて! しかもあんなに高かったのに!)。

 名前の思いを知ってか知らずか、ハンナはそれ以上手紙の内容に関して聞いてはこなかった。普段はあまりクィディッチに興味が無いハンナも箒の事が気になるらしく、どんな箒を買うつもりなのかと名前に聞いた。中古でなくても良さそうだなと考えながら、名前の頭の隅からむくりと湧き出てきたのは艶やかに黒く光っていた、あの柄の事だ。
 ハンナに曖昧な返事を返しながらとりあえず、浮いたお小遣いでハニーデュークスの高級板チョコを買ってきてもらおうと思った。名前は箒を買おうと決意した日から一切の娯楽を我慢していたし、フレッドとジョージ・ウィーズリーがホグズミードへの秘密の抜け道を知っていることを偶々知っていた。彼らはホグズミード休暇が無くとも、しょっちゅうホグズミード村へ行っているようだから、名前が頼めば、ゾンコの店のついでにとハニーデュークスに寄って買ってきてくれるかもしれない。
 あんな大嵐がデビュー戦で、しかも吸魂鬼付きだ。少しぐらいの贅沢は許されるのではないかと思ったのだ。

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