ニンバス2001

 試合前日、その日最後の授業は闇の魔術に対する防衛術だった。
 しかし、皆が大好きなルーピン先生ではなく、陰険と名高いスネイプ先生がやって来た時は、皆が一様に顔を青くさせた。名前がこっそり、「そういえば、さっきグリフィンドールのラベンダーとパーバティが、今日は何故かスネイプだったって言ってた」とハンナに囁くと、「そういう事は早く言ってよ!」とハンナは半ばベソをかきそうになりながら言った。彼女は防衛術の教科が得意というわけではなかったし、スネイプ先生を殊更好いているというわけでもなかったのだ。

 バーンと教卓についたスネイプに、教室中がシーンとなった。それ以前に教室は静かになっていたのだが、皆改めて体を強張らせたので、一層静かになったのだ。
 スネイプ先生は、ルーピン教授がご病気でお休みの為、自分が代わりに教える事になった、と至極平然な様子で言った。しかし皆、スネイプ先生がルーピン先生を目の敵にしているのは何故なのか(学期始めにグリフィンドールの防衛術の授業で、ネビル・ロングボトムがまね妖怪をスネイプ先生に変身させ、しかも女装させてしまった事が原因だと思われる)を知っていたので、彼のその様子を自然だと思う方が少なかった。
 スネイプ先生は、いかにこのクラスの授業が魔法界の平均的三年生に比べて、大幅に遅れているのかという事をつらつらと語った(というより、いかにルーピン先生が教師として『甘ちゃん』であるかについて暗に仄めかし、そして罵っていた)後、教科書の後ろの方の頁を開き、「394ページを開きたまえ」と教室中に告げた。
 皆が訝しがりながらも言われた頁を開くと、そこは『人狼』と大きく銘打たれた頁だった。
「本日、諸君が学ぶのは人狼である」スネイプ先生が言った。
「人狼とは、一ヶ月に一度、満月の時だけ残忍な獣へと変身するヒトの事である。無論、普段は普通のヒトと同じように生活しており、通常の魔法界の中にも素知らぬ顔をし、生活している人狼が常である。人狼は、噛まれたヒトだけが狼人間へと細胞が変化し、先程述べたように満月の時だけ狼へと姿を変えるのである」

「人狼と本物の狼をどう見分けるか、解る者は居るかね?」
 スネイプ先生は一通り狼人間についての触りを説明した後、教室中をネチっこく見回しながらそう聞いた。きっと誰も解らないと踏んでの事に違いない。
 確かにハッフルパフには組み分け帽子が謳った通り、勤勉な生徒が多くて、授業の予習を欠かさないという生徒が大半だった。しかし授業で次にやる予定だったのは、おいでおいで妖怪、つまりヒンキーパンクだ。人狼ではない。皆お手上げだった。
 スネイプ先生が予想した通りなのだろう、教室は静まり返ったままだった。知っている事を答えるだけでは駄目だろうと、日々の魔法薬学の授業のおかげで生徒達も解っているので、皆当てられまいと必死だった。それにスネイプもその事を解っていた。教室がシーンとしているのを見て、スネイプはふふんと鼻を鳴らしたようだった。
「ミス・名字、答えたまえ」スネイプが名前を指名した。

 薬学の時、スネイプ先生はどうやっても解らないだろうと思われる問題を、名前に寄越すのがお気に入りだった。名前が顔を顰め、「解りません」と言ってだんまりを決め込む様を見ては嘲笑うのだ。
 しかし、それは魔法薬学の授業での事だ。
 例えば普段の闇の魔術に対する防衛術の授業で、何かの反対呪文やら、呪文の防ぎ方やらについてルーピン先生に聞かれたら、名前は答えられなかったかもしれない。しかし今は、魔法生物の講義なのだ。幼い頃から慣れ親しんだ『幻の動物とその生息地』の説明文を、全て頭に描き出す事が出来た。
「――はい。まず満月の時に変身した人狼と普通の狼とでは、鼻先が違います。人狼の方の鼻面は狼の其れと比べて若干潰れています。一般的に潰れていると言われますが、作者未詳の古典文学、『毛深い鼻面、ヒトのハート』では狼人間の鼻面はユニークに折れ曲がっていると書かれており、魔法生物学上において以前の人狼と現代の人狼とでは、何らかの形で変化してきているのではないかと大きく取り上げられます。また狼人間が変身した方は大抵一人で生活しており、その点においても判別出来ます。そして一般の狼よりも人狼の方がヒトに襲おうという意思が強いため、両方と目の前で対峙した時、襲いかかってきた方が人狼であると言えます。また、人狼の尾は狼の其れに比べると短く――」
「もう良い名字! それ以上は結構! 黙りたまえ!」
 つらつらと述べ立てる名前を見かねてスネイプ先生が言うと、名前は素直に口を閉じた。

 ハッフルパフの皆から小さな拍手が沸き起こり、名前も照れる振りをした。スネイプは「たかだか人狼の見分け方を知っていたぐらいで……」と、いつものようにネチネチと嫌味を言った。が、それだけだった。
 一点も減点しないスネイプ先生に、皆の意気が上がったのは当然といえただろう。
 教科書に書いてある事を逐一写し終えた後、授業が終わり、人狼の見分け方と殺し方についてのレポートが、しかも羊皮紙二巻きが出されてからも、皆は名前を褒め称えた。あのスネイプ先生がぐうの音のでないほど、完璧な答えを言ってみせた(多少の語弊はあったが気しない事にする)のだから、当然だ。
 ばしばしと背中を叩かれながら、名前もなかなか良い気分だった。
 変身術のマクゴナガル先生や魔法生物飼育学のハグリッド、そして古代ルーン文字学のバブリング先生以外の教師陣は、名前の事をいつも居眠りしている、勤勉なハッフルパフにあるまじき不勤勉な生徒、として捉えていた。無論、スネイプ先生もだ。そんな劣等生に言いくるめられた気分はさぞ不愉快だろう。
 高揚した気分はその日の終わりまで続き、そしてそのまま、名前はクィディッチ当日を迎えた。


「ああ良いねえ、最高のクィディッチ日和だわ」
「どこが!」
 名前がわざとらしく、ほうっと溜息をつきながらそう言うと、いつにも増して苛々としているザカリアスが言い返した。彼も名前と同じで、今日のクィディッチが初めての試合だった。だからこそ、彼が緊張している事が名前にはよく解った。
 数日前から降り続いていた雨は、昨日よりも更に勢いを増していた。大粒の雨だけでなく、風も凄まじく吹いている。バケツの水どころか風呂をそのままひっくり返して、扇風機とかいうマグルの道具で掻き回しているかのようだ。ハッフルパフ寮のある地下だけでなく、それ以外の場所にも松明や燭台が大幅に増やされていたほど、辺りは薄暗かった。
 ちらりと目をやった大広間の天井は暗く、中に入ってきさえしないものの、天井を破ってきそうな勢いで雨が降っている事は解った。朝からこの調子では、夕方頃には雷まで鳴り出すのではないだろうか。
「こんな日が人生初のクィディッチだなんて。お可哀想に」
 同情たっぷりの目でザカリアスの方を見ながらそう言うと、「君もだろ!」とザカリアスは怒った。
「やあね、怒らないでよ。何? 緊張してるの?」名前はにやにやした。
「当たり前だろ!」
 今にも机を飛び越えて、名前に襲いかかってきそうなザカリアスに、見かねてハンナが名前のローブの袖を引っ張った。
「いい加減にしときなさいよ、名前」
「ごめんごめん。ザカリアスがあんまり百面相してるから」
「おい!」
 ハンナの視線が痛くなってきたので、名前は素直に「ごめんね」とザカリアスに謝った。
「ああ、ねえそうだスミス、頬の所にマーマレードが着いてるわ」
 ハンナが自分の右頬を指し示しながらそう言うと、ザカリアスはぎょっとし、急いでゴシゴシと頬を拭った。彼は何か言いたげにぱくぱくと口を動かしたが、何も言わず、慌てて紅茶を飲み干してから去っていった。
 ハンナはあっけにとられてはいたものの、気分を害した風もなく、朝食に戻った。うっすらと赤く染まっていたザカリアスの顔を見て名前が思ったのは、当分からかえるネタが出来たなという事だった。
「あなたもよ、名前。そんなにゆっくりしてて良いの?」
 名前はきょとんとしながら、自分の右頬を触った。勿論、今日はジャムを塗ったトーストを食べていないので、べったりとマーマレードが着いているなんて事はなかった。オートミールの食べ滓を拭いながら、名前はハンナの口が動くのを見ていた。
「箒、借りてないんでしょう?」


 名前は結局、めぼしい人物から箒を借りれていなかった。急に試合が決まってからの数日間、名前は箒を持っていそうな友達を当たってみたのだが、皆持っていなかった。

 これを使うしかないのかと、箒置き場で備品の流れ星を睨み付けた。恐ろしく古い、骨董モノの流れ星だ。名前は先程から、玄関ホールを出入りする気の早い生徒達や、クィディッチ選手達が箒を取りに来るのを傍目で見ていた。扉から吹き込んでくる雨の音を聞きながら、名前の焦る気持ちは刻々と強くなっていた。
 レイブンクローのチームに箒を借りれるような友達なんていないし、スリザリンのチームでは個人の箒ではなく、寄付してもらったチームの箒を使っているのだというから、借りられる筈がない。
 名前が流れ星と睨めっこしている間に大分時間が経ったらしく、名前は早い時間から箒置き場に居たのに、先程のグリフィンドールの三人組で、密かに数えていたクィディッチ選手は十二人になった。一番最初に出ていったザカリアスと、名前を除いているから、併せて十四人、つまりクィディッチの二チームが揃ったわけだ。きっと全員がクィディッチ競技場に居て、用意を済ませているに違いない。
 時間を見ると既に十一時まで十五分を切っており、名前は覚悟を決めなければならなかった。

 名前が流れ星に手を伸ばしたとき、急に後ろから腕を掴まれた。

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