動物もどき

 ジニーに、また今度勉強を教えると約束して別れた後、名前は昼食に向かう前に一度寮へと戻ることにして、地下に続く階段を下りた。結局読めなかった二冊の本を借りたので、大広間に行く前に部屋に置きに行く事にしたのだ。ハッフルパフ寮への近道を歩きながら、やはりジニーはフレッドとジョージの妹なのだなと名前は考えずにはいられなかった。
 名前がアニメーガスの事を伝えると、ジニーは一瞬首を傾げた。名前自身、動物もどきの事を知ったのは今年の授業での事だったので、一つ年下のジニーが知らないのも当然だと思っていた。しかし彼女はすぐにパッと顔を輝かせ、「自由に動物になれる、魔法使いの事でしょう?」と名前に言った。
 彼女が言うには、以前に二番目の兄のチャーリーが、それになりたがっていたそうだ。彼も変身術が苦手なのでなる事は諦めたらしいが、ジニーはその事を覚えていた。あれって本当に難しいみたいだけど、大丈夫?と名前に聞いたぐらいだった。
 名前は自分がアニメーガスになりたいのだ、などとジニーに一から説明したりはしなかったが、その時の名前の顔がいかにも『何かを企んでいます』という顔だったらしく、ジニーは訳知り顔で頷いた。
 企んでいますの顔は双子の兄のおかげで見慣れているのだそうだ。

 名前は昼食を食べた後、自分の部屋に引き籠もって過ごした。借りた本をさっさと読んでおきたかったのだ。しかし、名前が知りたかった事はどちらの本にも載っていなかった。つまり、アニメーガスになる為の具体的な方法だ。
 名前は昔から、アニメーガスになりたいと思っていた。好きな時に、自由に動物になる事ができるなんて最高だ。アニメーガスになる事が、小さい頃からの夢だったと言っても過言ではない。変身術の授業でマクゴナガル先生がトラ猫に変身してみせた時から、名前の心の中に自分も動物もどきになりたい、という気持ちが再びムクムクと膨れ上がっていた。今、名前が居るのは過保護な名付け親の居る我が家ではなく、ホグワーツなのだ。
 変身できる動物は自分で選べない事は残念だった。しかし例えそれがイボイノシシだったとしても、名前は嫌だと思わないだろう。――できれば、魚か何かになりたいな。そうすればきっと、ホグワーツの湖を好きなだけ探検できるだろうから。名前はそう思っていた。湖の中にも名前の見たことのない魔法生物はたくさん居るというのに、自由に入る事が出来ないというのは歯痒い事だった。

 しかし、名前が借りてきた本のどちらにも、アニメーガスになる為に必要な方法は書かれていなかった。そう簡単に見つかる筈は無いと解ってはいたが、名前は心底がっかりした。
 アニメーガスになるには魔法省の許可と登録が必要で、下手をすれば裁判沙汰。半分ガチョウになったままで一生を過ごす、なんて滅多な事じゃない。それだけ扱いが難しい魔法だったし、今世紀には七人しかアニメーガスは居ない。アニメーガスになるには相当難しい理論と方法を自分が理解し、実行しなければならない。
 それらの事実だけを二冊の本から改めて学び取った名前は、本を投げだし、そのままベッドに寝転んだ。
 この広いホグワーツの中に、たかだか変身術の呪文が載っている本が、無いわけはないだろう。今度もう一度探して無かったなら、きっとそれは閲覧禁止の棚にあるに違いない。
 考えながら名前は目を閉じた。しかし頭の中では、どうやって先生からサインを貰おうかと、図書館の中に無いと決まったわけでもないのに考え始めていた。
 適当に、閲覧禁止の棚の本が読みたいと言った所で、どの先生も、簡単にサインをくれたりしないだろう。フリットウィック先生ならどうだろうか。彼は優しいし、もしかして上手く誤魔化す事が出来たら、もしかするかもしれない。
 まずアニメーガスになる方法がホグワーツに有るかすらも解らないのに、名前は悶々と寝転んだまま考えていた。そしていつの間にか寝てしまって、起きたのはそれから数時間ほど経った後だった。

「ただいま、名前! ああ楽しかった!」
 バタン、とやかましい音を立てて部屋に入ってきたハンナがそう言ったのを切っ掛けに、名前は目を覚ました。あら名前、居ないの?とハンナの声が聞こえていたが、名前は返事をしなかった。ぱちりぱちりと数度瞬きをし、マクゴナガル先生と一緒に名前がカメレオンに変身させたフリットウィック先生を笑っていたのは、夢なのだと認識した。日は大分傾いているようで、地下に設けられたハッフルパフ寮の寝室の為に、特別な魔法で作られた魔法の天窓から西日が差し込んでいた。名前がむくりとベッドから身を起こすと、「あら、居たのね名前」とハンナが言った。
「ただいま。ホグズミードってね、すっごく楽しかったわよ――なんだ、名前ったら寝てたの?」
 やたらと上機嫌な様子で、そう聞いてくるハンナに、名前はゆっくりと頷いた。いつの間に帰ってきていたのか、スーザンも名前のベッドの端からひょっこりと顔を覗かせた。
「ただいま、名前。今起きましたって感じね」そう言ってスーザンは笑った。


 お土産だと言って渡されたハニーデュークスの袋をベッドにドサッと置いてから、名前は未だ興奮の冷めないらしい二人に連れられて、談話室の静物画をくぐった。いつもならぺちゃくちゃとお喋りしている果物達が、今日は一斉に「ハッピーハロウィーン!」と叫んだので、名前も今日がハロウィンで、そしてこれから大広間で宴会があるのだという事を、歩き出して暫くしてから思い出した。
「ホグズミード凄かったわよ、名前。やっぱり貴方も一緒に行けば良かったのに」
「郵便局が一番凄かったと思うわ――私達、本当に殆どの所を回れたと思うわ――配達距離によって梟が分けられてて、とってもカラフルだったわよ。名前のデメテルより大きな梟も居たわ」
「ハニーデュークスは混んでたけど、ちゃんと名前の分も一杯買ってきたわ。後で食べましょうね」
「ゾンコの店も二回覗いたんだけど、人が多すぎて入れなかったわ。でも二回ともグリフィンドールのウィーズリーの双子が居たんだけど、彼らまた何かするつもりかしら?」
「三本の箒のバタービール、最高だったわ!」
 ハンナだけでなく、珍しい事にスーザンまで興奮していて、 名前は大広間に着いて腰を下ろすまで、ずっと二人の止めどなく動く口に相槌を打っていた。
 オレンジ色に飾られた大広間は例年のように素晴らしかった。くり抜かれた大量のカボチャは宙に浮かんでいて、その間を所狭しとコウモリが飛び交っていた。天井から見える空は黒一色で、いつもと違う大量のランタンがとても良く映えていた。
 勿論、並べられたハロウィーンの御馳走も素晴らしかった。先程まで、やれハニーデュークスは最高だの、バタービールは天下一品だの話していたハンナ達も、ホグズミードで色々食べてきただろうに、デザートまでたっぷりと食べていた。
 食べながらも、ホグズミードを絶賛している二人に若干呆れながら、偶々隣に座っていたジャスティンに、「ホグズミードってあんなに言うほど良かったの?」と名前は聞いた。突然話し掛けられたジャスティンは驚いたような素振りを見せたものの、「ああ」とにっこり頷いた。その向こうに居たアーニーが、これでもかという程ホグズミードの魅力について語り出しそうだったので、名前は曖昧に頷き返しただけでその話を打ち切った。
 宴会はゴーストの空中滑走で締めくくられた。突如大広間の壁から現れ、隊列を組んで辺りを行進する様は見事だった。大滑走は生徒達に大受けし、顔色の悪く見えるゴースト達も、誇らしげに胸を張った。


 寮に戻ると、ハンナもそしてスーザンも、漸く落ち着いてきたらしかった。名前は再びホグズミードの話が始まるかなと考えていたのだが、ハンナはもうその事には触れなかった。暖炉の近くのソファに腰を落ち着かせると、名前の方を見た。
「私達がホグズミードに行ってる間、名前は何してたの? 宿題は終わった?」
「――うん?」
 名前がハンナ達に買ってきてもらったハニーデュークスの紙袋を物色していて、思わず聞き返したのだが、それが何とも、名前がふざけている時の生返事に聞こえたらしく、ハンナは片眉をきゅっと吊り上げた。
「まさかまた、禁じられた森に行っていたとかじゃないでしょうね?」
「行ってないよ」
 今日は、と付け足すと、ハンナは「名前ったら…!」とさきほどまでの上機嫌は何処へ行ったのか、恨みがましげな目を此方へ向け、ぷりぷり怒り出した。
「ほらほらハンナ、ごめんって。百味ビーンズあげるから――」
 名前は途中で言葉を句切った。談話室中がシンとしていて、ただならぬ雰囲気だったからだ。皆の視線が一点に集中しているのを見て、名前も視線の先を見た。入り口の静物画を潜り抜け、今まさに談話室に入ってきていたのは、思いもよらぬ人物だった。


「皆さん、これから私の言うことをよく聞き、迅速に行動して下さい」
 スプラウト先生が開かれた静物画の前に立っていた。
 これはただならない事だった。 名前は自分の寮監がこうして談話室に居るのを、ホグワーツに入学してから目にしたのが二度目だったからだ。以前の時は、とても重大な事件が起こった時だった。
 他の生徒達もそれぞれ目を見交わし、スプラウト先生の言葉を待った。
「全員、これから大広間に移動して下さい――杖だけ持って、他の物は全部置いて置いておくんですよ。上級生は下級生をちゃんと引率するように。監督生の皆さんは、全員が移動したか確認して下さい。後の事は、大広間で説明があります」
 皆は静かにスプラウト先生が話し終わるのを待っていたが、不安げな空気は広がった。七年生の監督生が代表して、一体何があったんですか?とスプラウト先生に聞いた。先生は一度きゅっと口を結んだものの、ゆっくりと口を開いた。

「グリフィンドール寮の太った婦人の肖像画が破壊されました――シリウス・ブラックが校内に侵入したのです」重々しく、スプラウト先生はそう言った。

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