休日のハロウィーン

「ほーらコッチよ、さあ、上手にお座り出来たらあげましょうねー」
 よーしよしよしそのまま腰を下ろせースナッフルーと、些か自分でも棒読み加減に呆れながら目の前の黒い犬に声を掛けた名前だった。しかしながら驚くことに、黒い犬の方は何とも従順な様子で、すとんとその場に腰を下ろした。おお、とこれまた棒読みで名前が言うと、我慢ならないという具合にスナッフルはワンと吠えた。
 催促のつもりだろうか。名前も感心して、手に持っていたスナッフル用の朝ご飯を下に置いた。
 スナッフルというのは、先日、禁じられた森で見つけた黒色の野良犬に付けた名前だ。昔読んだ絵本の中に、同じく黒い犬のキャラクターが居たので、それをそのまま拝借して付けた名前だった。なかなか格好が良いとは言えない名前だったが、名前が無いと不便ではあったし、まさか犬の意見を聞けるわけもない。結局、大して考えもせず、黒い犬の名前は『スナッフル』という何とも適当な名前に落ち着いたのだ。
 余談ではあるが、絵本のスナッフルはなかなかユーモラスなキャラクターで、俗に言う三枚目のキャラクターだった。その事はのスナッフルには教えていない。
 よっぽどお腹が空いていたのか、スナッフルは名前が適当に命令しても、ちゃんと言うことを聞いた。躾なんてした覚えがなかった事が少々気掛かりではあったが、名前は気にしない事にした。この犬がまったくの野良犬だという証拠は無かったが、ホグワーツの近くに住むマグルのペットが逃げ出してきた、という線もあながち有り得ないとは言い切れないからだ。
 とりあえず、死神犬のグリムではない事は確かだろう。名前はまだ生きている。
 スナッフルはがつがつと、脇目もふらずにハムの塊に齧り付いていた。厨房の屋敷しもべ妖精達から貰ってきてやったものだ。それを見てから、その横にこれまた屋敷しもべ達に貰った小さなパンプキンパイを置き、名前はその場を後にした。今日はハロウィーンだった。

 普段、スナッフルに餌をやりに行く時間はまちまちなのだが、今日は殊更早くに目が覚めたので、朝食を食べる前に餌をやりに行っていた。スナッフルは最初の頃、警戒して名前が立ち去るまで持ってきてやった餌にも手を付けないぐらいだった。しかし最近では名前にすっかり慣れたようで、どんな時間に行っても名前が声を掛ける前に起きあがり、尻尾を振って催促するぐらいになっていた。
 今度はホントに躾をしてやろう、と思いながら長テーブルに着くと、名前はいつもよりも人が多い事に気が付いた。平日ならともかく、今日のような休日でこんな朝早い時間帯に、これだけの生徒が起きている事なんて珍しい。 名前は暫く考えていたのだが、今日がハロウィーンであり、今年一度目のホグズミード行きの日だと思い出した。わくわくそわそわしている生徒ばかりのようで、友達同士で喋り合っている様子を見ると、どうやらホグズミードをどう回るかや、何を買うかなどを話し合っているのだろう。
 名前もトーストにジャムを塗りながら、ホグズミードとはどんな場所だろうと考えた。行く気はなかったが、考えているだけでそれなりに楽しいものだ。
 トーストを頬張っていると、ハンナがやってきた。スーザンも一緒だった。二人とも眠そうに口元を押さえながらも、いつもよりもどこか楽しげに見えるのは、やはりホグズミードのせいだろうか。
「お――はぁあよう、名前」
「ふん、ふぉふぁひょう」
 ハンナが噛み殺しきれなかった欠伸をしながら、名前が口をもごもごさせながら、そう挨拶すると、スーザンが二人をまとめて睨んだ。
「行儀の悪いことしないでよ。――おはよう、名前」
「――ん、スーザンもおはよう」今度はちゃんと飲み込んでから言ったので、スーザンも満足げに頷いた。
 暫くすると、生徒の殆どが起き出してきたようだった。アーニーとジャスティンも大広間にやってきて、眠そうな声で名前達に「おはよう」と言った。
 二人とも、とても眠たそうだった。 名前は二人が昨日の夜遅くまでかかって、今日のために変身術のレポートを仕上げていた事を知っていた。それを知っているのは、昨日のクィディッチの練習から帰ってきたのが夜遅くだったからだ。
 彼らが眠たそうにしているわけは知っていたのだが、 名前はアーニーに「そんなに眠そうにしてて大丈夫なの? 今日はホグズミードに行くんでしょう?」と声を掛けずにはいられなかった。
 途端に、先程までサラダにマーマレードをかけようと奮闘していたアーニーが、勢いよく「ホグズミード!」と叫んだので、テーブルは笑いに包まれた。
「そうだよ、今日はホグズミードに行くんだ――人生で二回目のホグズミードだ――こんな事してる場合じゃないぞ」
 言いながらアーニーは自分がやろうしていた間違いに気付き、慌ててマーマレードの入れ物を遠くへ押しやった。「お土産をよろしくね、アーニー。あたしハニーデュークス大好きなの」と名前が言った後、「勿論さ!」と即答したアーニーは、どうやら未だ寝惚けているらしい。普段なら了承する前に、何か文句を言う筈だからだ。
「君、最初からそれが狙いだったのかい?」
 すっかり目が覚めたらしいジャスティンが、くっくと笑いながらそう聞いた。名前が「勿論でしょ!」と先程のアーニーのように即答してみせると、ハンナとスーザンも、皆くすくすと笑った。


 朝食を食べ終えた頃、ぞくぞくと生徒達の波が動き出していた。皆が一様に玄関ホールへと向かっていて、皆が同じように朝食を食べ終えたらすぐにホグズミードに行こうと、考えていたらしかった。
 ハンナとスーザンもそれに倣い、あらかじめ持ってきていた鞄を掴み立ち上がった。店を全て回ってやると息巻いていたアーニーと、ジャスティンも一緒だった。名前も元からハンナ達を見送りに行くつもりだったので、楽しそうに喋っている四人の後ろから付いていった。
 玄関ホールには生徒がたくさん詰まっていて、どうやらフィルチが許可証と生徒を確認する為に、並んで順番を待っているようだった。ホグズミードに行くわけでもない名前が一緒に居ると何を言われるのか解らなかったので、ハンナ達に「行ってらっしゃい」と声を掛けてから、名前はその場を後にした。
 友達に声を掛けられたりする度に名前は手を振り、そして戻ってきた大広間を横切り、そのまま図書室へと向かった。上級生の殆どがホグズミードへと向かっていった事は解っていたので、いつもよりも図書室が空いているだろうと思ったからだ。朝方、スナッフルに餌をやりに行った時に、ハグリッドが今日は森の見回りをすると知ったので、禁じられた森へ行く事は躊躇われた。

 ハーマイオニーと一緒に来た時以来の図書室は、名前の予想通り、普段の休日よりも人数が少なかった。若干おしゃべりが目立つのは、上級生が少ないからだろうか。
 一年生や二年生達が、普段は使えない日当たりの良い席を占領しているのを微笑ましく思いながら横目で見つつ、名前はお目当ての棚を探した――変身術関係の棚だ。
 参考書代わりに借りようと思って四冊目に手を伸ばしていた時、「……名前?」と不安げに声を掛けられた。振り向くと、ジニー・ウィーズリーが名前の後ろに立っていた。ぽかんと口を開けているジニーの顔には、どうして名前がこんな所に居るのだろう?と書いてあった。名前は「こんにちは、ジニー」と返事をしながら、何食わぬ顔で三冊の本を左手だけで抱え直さなければならなかった。
「――じゃあ、名前はホグズミードに行かなかったの?」
 席に着いた途端、ジニーがそう聞いた。そして名前がその隣に腰を下ろして頷くとすぐさま、ジニーは「どうして?」と聞いた。
「ホグズミードはこれからいくらだって行けるじゃない? 図書室がこれだけ空く時なんて滅多にないでしょう?――簡単に言うとね、人に秘密にしておきたい事をするには、今日が最も最適な日って事」
 名前がわざとらしく、たっぷりと間を空けてそう言うと、ジニーは名前が何をするつもりなのかと興味をそそられたらしい。彼女はうずうずと、そしてヒッソリと、「……何をするの?」と小さな声で聞いた。
「――変身術の予習」
 名前がニッコリと擬態語が付きそうなぐらいの笑顔で言うと、ジニーは「エー!」と小さく叫び、慌ててその場を見回した。怒り狂ったマダム・ピンスが走って来ない事を確認すると、彼女はキッと名前を睨み付けた。
「ごめんごめん」なおも名前が笑いながらそう言うと、ジニーは「もう良いわ」と諦めたように言った。
「でもジニーだって、そうなんでしょ?」
 先程名前に声を掛けた後、ジニーは名前が漁っていたのと同じ棚に手を伸ばし、変身術関係の参考書を取っていた。普通は滅多なことでない限り、分厚いだけの本なんて読みたいと思う筈がないので、何か勉強をするのだなと解っていた。ハーマイオニーのように勉強熱心な本の虫ならともかく、ジニーが図書室に通い詰めているほどの本好きだという印象は無かった。
「私のは予習じゃなくて、宿題よ」
 ジニーは名前が冗談を言った事になおも腹を立てているのか、沈んだままの声でそう言った。「ごめんってば」と 名前はもう一度謝り、「あたしで良ければ手伝うよ」、とジニーに微笑んだ。ジニーが疑わしそうな目で名前の方を見たので、ホントホントという顔をして、名前は頷いた。
「だったら教えてよ、名前。ほら、去年私、名前に教わってたでしょう? 教えてもらってる時はなんとも思わなかったんだけど、その頃の変身術の授業はとっても成績が良かったの。今年に入ってからあった復習の授業でも褒められちゃったわ! でも今年は全然だめ。マクゴナガル先生にも呆れられたのよ。だから実は、名前がまた教えてくれると良いなって思ってたの」
 ジニーは早口でそう言った。彼女のキラキラしている目を見るに悪気は無いのだろうが、さり気なく酷い言われ方をしている自分に少し笑い、不思議そうな顔をしたジニーに「良いよ」と頷いた。

 ジニーの変身術の宿題(脊椎動物と無脊椎動物を無機物に変身させるにあたり、何を注意すべきか、またどの様な相違点があるのか羊皮紙一巻き分にまとめて述べよ)が一段落し、彼女がホッを息をついた頃、名前も棚から引っ張り出してきていた本の内の一冊をあらかた読み終えた。
 時たまジニーの質問に答えながら、パラパラと流し読みしただけだったが、以前にも読んだことのある本だったし、この本には概要だけで、名前が知りたい事は書いてなかったのだ。
 ジニーがジッと見つめている事に気付いた名前は、「なあに?」と聞いた。
「それ、本当に予習なの?」
 彼女は名前が持ってきていた分厚い本の、しかも後ろの方をバラバラと捲っている事に対して、疑問を抱いていたようだ。名前は本をばたんと閉じ、にっこり笑って首を横に振った。ちょいちょいと手招きをすると、ジニーはすぐに身を乗り出した。名前は小さな声で、彼女の耳元に囁いた。
「――アニメーガスって知ってる?」

[ 574/832 ]

[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -