流れ星と黒い犬

 クィディッチの選抜が済んだ次の日、名前はアーニー曰く『骨董品』の、学校に常備してある流れ星を手にし、同じチェイサー仲間と一緒にクィディッチ競技場へ向かっていた。
 名前は自分の箒を持っていなかったので、学校の箒を借りなければならなかった。箒置き場に並べられた恐ろしくボロい流れ星を見て、名前と同じくチェイサーに選ばれた同級生のザカリアス・スミスは遠慮無く笑ったし、置いてある中でも極力マシなのを名前に選んでくれようとした先輩チェイサーのアドルフ・チェンバースも、笑い出しそうになるのを必死で堪えていたらしかった。箒の善し悪しなんて解らない名前にも、この箒達がクィディッチをするのに最適でない事ははっきりと解っていた。

「まあな、選手の価値は箒では計れない。そうだろ?」
 チェンバースのクィディッチに関する説明が一通り終わった後、ザカリアスは名前が持っている流れ星にわざとらしく目をやってそう言った。口ではそう言いながらも、顔中で笑っているザカリアスに一発お見舞いしてから(彼は名前の行動を予想していたのか、綺麗によけた)、名前は再び手にしている流れ星を見つめた。これでクィディッチ・ピッチを飛んでクアッフルを投げ、ブラッジャーを避ける自分はさぞかし滑稽だろう。
「あー……うん、マーリンは杖を選ばずだよ、名前」チェンバースが優しく言った。
 彼の後ろで尚にやにやしているザカリアスを見てから、名前は言った。
「まあね、これであたしがアイツより上手く飛べたら、箒のマーリンって呼ばれても良いと思うわ」


「そうだ。名前、クィディッチどうだったの?」
 不意に、思い出したようにハンナが言った。それまでスーザン達と一緒に何か別の事を話していたのだが、彼女は本当に突然思い出したらしく、名前にそう聞いた。
「……え?」
「……何かあったの?」不安そうに聞いたハンナに、名前は首を振った。
「別に、普通だったと思うよ。みんな優しくしてくれたし。ただね、……箒は、買わないといけないのかも」
 名前は自分の飛びっぷりを思い出しながら言った。流れ星での飛び様は、前々から危惧していた通り、最低だった。よくもまあ、あんな箒で他の候補生に勝てたよな、と、自分でも思えたほどだ。子どもの頃、おもちゃの箒に乗った事があったが、もしかしたらあれと同等の性能かもしれない。
「それはそうでしょう、普通」ハンナが言った。
「箒ぐらい、買って貰えば良いんじゃないの?」
 家のを持ってくるとか、と、スーザンが提案したが、名前は首を振った。
「あたし、ホラ、お世話になってる身だから。箒なんて買って貰うのも悪いと思って。学校のを借りれるんだから、それで良いかと思ってたんだけど」
「予想以上に悪かったのね、箒」
「うん。小遣いで買えれば良いんだけどなー」
 名前がううんと悩んでいるのを見て、スーザンが「そういうものかしらね」と小さく苦笑した。

「ホントなのか?」
 突然、名前の向かい側に座っていたスーザンの横から男の首が生えた。
「君がクィディッチ選手に選ばれたっていうのは」スーザンの横から生えた男の首――フレッドだ――は中途半端な姿勢のまま、最初の質問に名前が答える間も無く急いでそう聞いた。
「ホントだったら?」
 名前がそう言うと、フレッドは顔をしかめた。ちょっと脇にどいたスーザンに礼を言ってから、今度は後から来ていたジョージが「飼育学の時にディゴリー達が話してるのを聞いたんだけど、君、ハッフルパフのチェイサーになったって?」と聞いた。
「そうだけど?」
 ジョージは一瞬複雑そうな顔をしたものの、すぐに「おめでとう」と言った。
「そうだけどじゃないぜ、名前。これから俺らと君は敵同士って事になっちゃうじゃないか」
 と、納得しきれないという顔でフレッドが言った。そうかもね、でも仕方ないんじゃない?決まっちゃったんだから、という顔をして名前が頷くと、フレッドは更に顔をしかめ、そして大広間から出ていってしまった。名前と、そしてジョージを含めた周りの皆は、唖然としてフレッドの背を見送った。静かになったのも束の間で、すぐに元のがやがやに戻る。
「あたし、何か怒らせるようなこと言った?」
 ジョージに尋ねると、彼は首を横に振った。
「いいや。ただ……拗ねてるのさ。君が選手になったら、これまでみたいに遊べないから」
「フレッドも選手じゃないの」名前が言うと、ジョージは「まあね」と肩を揺らした。
「でも君は僕らと一緒のチームじゃない。そこの所に問題点があるのさ」
「今更じゃない」
「まあね」ジョージが再びそう言った。
 確かに今更ではあったのだが、フレッドがジョージの言う通り、本当に拗ねているのだったら、それほど嬉しい事はない筈だ。何故なら、名前も二学年上のフレッドやジョージと遊べる時間が、彼らのOWLやらなんやらで少なくなっていた事に、フレッドと同じように拗ねていたからだ。
 自分と同じ気持ちを相手も感じているという事は、とても素敵な事じゃないか。
「でも、まさかあたしがチェイサーになったからって、禁じられた森のツアーに誘ってくれないなんて事はないんでしょ?」
 名前が言うと、ジョージはすぐに口角を持ち上げた(逆にハンナは下げた。それはもう、急降下だった)。
「そりゃそうさ、名前。まさか君、ちょっと忙しくなったからって、俺らが学校中に糞爆弾を仕掛けてる時に、ただ傍観してるだけなんて事はないだろうな?」
「勿論よ、ジョージ」名前がにっと笑うと、ジョージも満足げに頷いた。


 普段の時はともかくとして、名前が試合の時は、ジョージが箒を貸してくれる事になった。何故ならハッフルパフとグリフィンドールが対戦するのは二月の事で、それまでならお互いが必要なときが重なる場合が無いからだ。
 なんなら普段の時も僕のを使えばいい、どうせ違う寮なのだから同じ時に練習はしないのだから、と言ってくれたジョージに甘え、名前は試合の時だけ、彼からクリーンスイープを借りる事にしたのだ。なんならフレッドでも、もしくは頼めばハリーがきっとニンバスを貸してくれる、とも言ってくれたジョージに、名前は深く感謝した。

 これで心配事は無くなった。少なくとも当面は。まあ、きっと何とかなるだろう。晴れ晴れとした心地で、名前は禁じられた森に向かった。いつもの探索だ。今日はどこまで行けるだろう、どんな生き物がいるだろう、前回森に入った時は偶々出会ったフィレンツェと、長く語り合ってしまって時間が無くなったから、と、さあ禁じられた森をいざ、と進み出したところで、名前の足はピタリと止まった。
 此処最近、名前は禁じられた森に入る頻度が少なくなっていた。クィディッチ練習が名前の日常に組み込まれ、必然的に自由な時間が少なくなっていたからだ。吸魂鬼のせいで気分が乗らず、森に入ろうか入るまいかと考えるだけで終わってしまった、なんて事が多くあった事も原因の一つなのだが。
 今日はフィルチにも会わなかったし、ピーブズにも遭遇しなかった。運が良かった。禁じられた森の神は名前に微笑んでいたのだ。証拠に名前がいつもこうやって森に行こうと画策していると知っている、太った修道士や先生達に見つからなかったし、ハグリッドだって、今日は畑の方に居たから、名前が禁じられた森に入っていくのに全く気が付かなかった。絶好の機会だった。それなのに、森の端である入口へ辿り着いた時、名前は入るのを一時中断した。しかも自分の意思で。
 真っ黒い犬がそこに居た。
 実際は、黒い固まりが視界に急に飛び込んできたのだが、鼻面(だと思われる)所の上にある目玉が日を受けてきらりと光ったのが見えたので、かろうじて何か生き物であるらしいと判断出来た。
 まさか、熊じゃないだろうな、と一瞬名前はひやりとした。その黒い犬は大きくて、それこそ小熊ほどの大きさがあったからだ。
 犬であると判断出来たのは、足の形やら尻尾やらで、熊ではないようだと思えたし、その黒い物体が赤い舌を出してハッハッと息をし、そんな事は熊がする事ではないだろうと、直感的に判断出来たからだった。
 とりあえず、熊だか犬だか判断しがたい黒い犬(いや、もしかしたら黒い狼なのかもしれない)が、その場に座り込んで、ジッと此方を睨み付けていた。名前は自分の足が自然と止まった事に、素直に納得する事ができた。
「そうね、取り敢えず………」名前と黒い犬との視線はかち合ったままだ。
「ほーら、おいでおいでおいで。蛙チョコレートあげるわ」
 名前はしゃがみ込み、その犬らしき黒い生き物を呼んでみた。しゃがみ込んだ瞬間に襲われるかもしれない、と、そう思わない事もなかったが、どうやら黒い犬にそんな考えはないらしい。逃げもせず、襲いかかるでもなく、ましてや名前の呼び掛けに応えるでもなく、ただ最初と同じようにその場に寝そべったまま、名前の方を見つめていた。少々小馬鹿にされているような気さえするのは気のせいだろうか。
「ああ……犬にチョコレートは駄目なんだっけ?」
 近所に住んでいたマグルの男の子が、そう母親に叱られているのを見た覚えがあった。
 チョコレート以前に、犬に言葉が通じているわけはないんだけどね、と名前は内心で笑う。一人で呟き続ける名前に、犬はただただ無反応だった。少しくらいリアクションを起こしたって良い筈だが、何とも可愛げがない。取り出していた蛙チョコレートを仕舞って、「うーん」と名前は唸った。
「もしかしてグリムだったりとか? だったらどうしよう、後ちょっとしか生きてる時間がないって訳ね。そうだな、折角良いよって言ってくれたのに借りれなかったらごめん、ってジョージに言っておこうかな」
 名前はもし目の前に居るのがそのグリムだったら、と考えながら、別段慌てるでもなく、もし本当に、本当に自分が後数時間で死んでしまうのだとしたら、親不孝な子どもならぬ名付け親不幸な名付け子という事になってしまうのだな、と冷静に考えた。
 死神犬の事が名前の頭に浮かんだのは、学期始めにそんな噂がホグワーツで流行っていたからだ。なんでも、ハリー・ポッターがグリムに取り憑かれているのだとか。その割には、名前は先日も彼に会っている。
 死神犬なら、それはそれで構わない。名前は今までグリムを見たことがなかった。なので、その存在は半分くらいしか信じていない。世間の評判もその程度だ。名前は若くて健康だ。よっぽどのことがない限り、まあ死なないだろう。あと何日かで急に死んだとしたら、それはグリムの存在を証明することに他ならないじゃないか。ハンナやクラッブ、名付け親は悲しむかもしれないが、自分がグリムの存在を証明できるなんて最高だ。
 そうなると、誰かに死神犬を見たと言っておくべきかもしれない。ハンナは駄目だ。心配し過ぎて、名前より先に、彼女の方がどうにかなってしまう可能性がある。ジャスティンとか、まあザカリアスとか、話半分に聞き流してくれるような人にだけこっそり言っておこう。

 まあ――目の前の犬は、死神犬ではない。名前の想像するグリムはもっと堂々としている。こんな昼間から茂みの影で息を潜めていたりしないし、何より痩せ細ってもいない。
 仕方ないか、そう思って名前は振り返り、来た道を引き返して歩き出した。名前が歩き出してからも、黒い犬は付いてくる気配も、立ち去る気配もなかった。その視線だけ感じながら、名前は考えた――腹が減りすぎて動けないなら、放って置いたら死んじゃうだろうし、それじゃ後味悪いもんなあ。
 野生の動物が人に出会っても動かない時は、何か理由がある筈だ。例えば鳥だったら、巣の中の卵や雛鳥を守るために、親が敵の注意を引き付けておこうとする種類もある。怪我をしていたり、それこそ今にも死にそうな動物は、逃げも隠れもせず、人間を真っ向から見据えようとするかもしれない。
 さっさと厨房に行って、何か食べるものを持ってきてやろう。犬って何食べるんだっけ? 屋敷しもべ妖精達がそんな事、知ってるかな。……そうか、ハグリッドに聞けば良いんだ。そうだ、そうしよう。その方が確実だし、もしかしたら厨房まで行って帰ってくる手間が省けるかもしれない。だってきっとハグリッドなら、餌になるものを分けてくれる筈だから。
 そう考えて、名前は禁じられた森を抜けた所にあるハグリッドの小屋を目指して歩いた。

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