クィディッチ選抜

 セドリック・ディゴリーは、今年度になってから、以前よりも更に忙しく過ごしていた。OWLの年だからと途端に難しくなった授業だけでは終わらず、自寮の監督生という新しい役職に加え、ハッフルパフ・クィディッチチームのキャプテンにも任命されたからだ。
 自分なんかよりも、チェンバースの方がよりキャプテンに相応しいのではないだろうか? 彼の放るクアッフルは自分の知る限り、いつでもポストの輪をくぐったし、それに僕に比べて人間が出来てる……――これはセドリックが手紙を受け取った時から、ずっと思っていた事だった。
 自分が指名された事は勿論嬉しかったが、それ以上に自分以上にキャプテンになる事が相応しい人間が居る筈だと、セドリックは思い続けていた。それが同い年で、チームでチェイサーを務めるチェンバースだった。一度チェンバース自身にその事を言った事があったが、彼は笑うばかりでまともに取り合わなかった。ただ、本当にキャプテンを務めるのが嫌になった時には自分が代わろう、とだけ彼は言って、それから笑った。
 彼のまっすぐな視線に押され、セドリックはキャプテンバッジを手放せずにいた。セドリック自身が忙しい事もあり、キャプテンらしい事をなんらせぬまま、暦は既に十月になっていた。

 しかし今日、バッジを手放さずにいて良かったと思う事ができた。今までは自分の良心が邪魔をして、自分が任命された事を心の底から嬉しがる事は出来なかったのだ。


 名前が解ったのは、アーニーがアーニーなりに、名前を元気づけようとしてくれたらしいという事だった。名前は覚えていた。彼が一年生の時の飛行訓練の授業をそんなに楽しそうにしていた訳じゃない事を。マグル生まれだから箒で空を飛ぶなんてと不安そうに言っていたジャスティンや、昔から箒に乗るのは苦手なのだと言っていたハンナの方が、アーニーよりも上手に飛べていたくらいだ。名前は彼が、手にした箒を恨みがましげに睨み付けていた事を覚えていた。それぐらい、アーニーは箒が下手だった。そして多分、彼は箒が嫌いだった。
 アーニーは、名前を元気づけようとしてくれていたのだ。ホグズミードに誘ってくれた事だって、このクィディッチに関してだって、だ。もしかしたらホグズミードで楽しく過ごせばば名前は忌々しい吸魂鬼の事なんて忘れる事が出来るかもしれない。ひょっとしたら、箒に乗ればちょっとは気が晴れるかもしれない。

 名前は彼の心遣いが嬉しかった。だからこそ、クィディッチなんて観るだけで十分だと日頃から言っている自分を棚に上げ、彼の誘いにノーと言いはしなかったし、彼と一緒にハッフルパフクィディッチチームのキャプテンであるセドリックの所に、明日に迫っていたクィディッチメンバー選抜の、候補に入れてくれないかと頼みにまで行ったのだ。

 次の土曜日が丁度、ハッフルパフのクィディッチ選手を選抜する日だった。今年は去年のキャプテンと、もう一人七年生が卒業したので、チェイサーの枠に空きが二つ出ていた。そこに二人が丁度選ばれれば、という事だ。
 セドリックは選抜のメンバーに入れてくれる事を快く許可したが、彼が不思議そうに何度も名前とアーニーの顔を見比べているのを見るのは可笑しかった。もっとも、名前とアーニーという、なんともクィディッチに縁の無さそうな二人が一緒に来たのだから、彼の行動は当然と言えるのだろうが。アーニーは少し憤慨したようだったけれど(名前、本当に二人でレギュラーになろう!)、名前はそれでも構わなかった。
 ――別に、本気で選手になりたいわけじゃないし。

 名前も、勿論アーニーも、心の底から寮の代表選手になろうとしていた訳ではなかった。
 ホグワーツの飛行訓練の授業は一年生の時だけだった。大抵の魔女魔法使いは一年だけの訓練で魔法界の一般移動方法である箒を乗りこなせるようになるからだ。だからよっぽど箒に乗る事が好きで自分の箒を持ち込んだり、寮のクィディッチ選手に選ばれたりしない限り、ホグワーツで箒に乗れる機会はないと言ってよかった。
 名前はクィディッチは観る事専門だったのだが、箒に乗る事自体は好きだった。――大抵の魔法使い魔女はそうじゃないだろうか? 競ったりしなければ、自由に乗っているのは楽しいものだ。
 だからアーニーは軽い気持ちで名前を誘ったし、名前もそれを断らなかった。ハンナやスーザンも、面白がって応援してくれたのだ。前日に許可したセドリックだって、去年だって選手の空きはあったのにわざわざ今年立候補した三年生の名前達が、本気で選手になりたがっている訳ではないと解っていたのだろう。
 選手の選抜に参加するという名目で、箒に乗る。ただそれだけだった。箒の爽快感が得られれば、それで良かったのだ。

 だからこそ名前は、自分の前でチームメイトの紹介がされていた時もまだ、目の前で起こっている事実を信じる事が出来なかったのだ。
 最初に、チェイサー志望の面々が五回だけクアッフルをゴールポストに投げている時はまだ良かった。まずそれで、箒の扱いに慣れているかをテストする。三回以上ゴールに入れる事ができれば、まずは合格だ(実にシンプルで解りやすい、セドリックの妙案だと名前は思った)。キーパーの居ないゴールは唯の枠で、箒に乗る自信がある者なら誰だって簡単にできる事だった。そのテストは名前と同じ三年生や、それ以上の上級生達、二年生も数人居て、名前の他に何人も合格者が居たので、単に嬉しがれば済む事だった。
 しかし問題は次からだった。キーパーが守るゴールは普段の試合と同じで、なかなかクアッフルは届かない。二人三人と一度もゴールに入ることもなく終わっていき、名前の番になった。助走をつけ、今までと同じようにクアッフルを投げる。止められたら止められたで構わなかった、そんなボールだったのに、名前の投げたクアッフルは信じられない事に曲線を描き、キーパーの腕をかいくぐり、たまたまゴールに入ってしまった。ギョッとしたのは名前だけでなくキーパーも同じだったようで、すっかりペースを乱されてしまい、結局名前は四回もゴールさせる事ができてしまったのだ。


「何が冗談だって?」アーニーが聞いた。
「だってそうじゃない。偶々だもん。アレはアッチが調子を崩したんだから」
「それだけなもんか。確かにキーパーは参ってたみたいだけど、四回目のアレは君の実力さ。キーパーの下を完全にくぐってゴールしたじゃないか。僕は感動したね」
 アーニーのキラキラした顔を見て、先程セドリックに手渡された黄色いクィディッチローブ(新しく支給されるまでは前のチェイサーのお下がりを使うらしく、パッと見ただけでそれが名前にとっては物凄くブカブカである事は解った)に目をやり、名前は小さく溜息をついた。
「なんだい? 嫌なのか?」
「そうじゃないよ、でもあたしよりも上手い人は居る筈でしょ。本気でなりたいって思ってた訳じゃないのに、申し訳ないなって」
 アーニーは不思議そうな顔をして名前を見たが、すぐにまたニコニコと笑った。どうやら選手に選ばれた本人よりも喜んでいるのは、他の人間らしい。
「君、存外ハッフルパフらしい所があるんだな」
 名前がアーニーの失礼な言葉にムッとしていると、彼は名前が気を悪くしたのが解ったのか、言葉を付け加えた。
「確かに、君の言うとおりかもしれないさ。けどそういう連中は、君の方がチェイサーとして優れてるって今日解った筈だ。そうだろ? 気になるなら、君がクィディッチに全力を尽くせば良いのさ。君が対寮杯戦で手を抜いて戦ったりしない限り、彼らは君を悪く言ったりしないよ。勿論、僕もね――本当に、選手になるとは思っていなかったんだけど、僕は名前がチェイサーになってくれて、嬉しいよ。とっても誇らしい気分さ。友達が、寮の代表選手だなんてね」アーニーは微笑んだ。
「まぁ何より」アーニーの声は普段の調子を取り戻していた。名前を気遣う必要は、名前の顔を見て皆無だと悟ったらしい。芝居がかった口振りで、アーニーが言う。「君はチェイサーになったし――まさか本当になってしまうとは思ってなかったけどね――、ホグズミードに行く代わりに、まんまと寮の代表選手になったわけだ。僕らがホグズミードに行ってる間、君は箒に乗っていられる。それに、日々の練習で君の堕落した生活が正される切っ掛けになるかもしれないから、一石二鳥どころか一石三鳥だね」
「ねえ、堕落したって酷くない?」名前が言うと、アーニーは鼻からわざとらしい溜息を吐き出した。
「授業中に居眠りしてたり、日に何度も禁じられた森に通ってるっていうのは、人としてもこのホグワーツの生徒としても、十分堕落してると僕は思うけどね」
 もっともな言い分に名前は吹き出し、アーニーもにやっと笑った。

[ 570/832 ]

[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -