心配されてる?

「彼女、大丈夫か?」
 レタス食い虫からとった粘液は、一体何に使えるだろう。強化剤としての効力以外にあるのだろうか? もし違う使い道が存在するなら、つまらないと断定されてるレタス食い虫の評価を変えるきっかけになるかもしれない。奴らは魔法薬学界の常識を変えた、素ン晴らしい生き物なのだと。彼らがユニークだと思われた訳でなくそういった評価を受けるのは本意では無いが、彼らの事を皆が好きになれば良いと名前は思うのだ。一舐めしたら即死してしまうような猛毒を持っていたりしたら、なお良いのだけど。少しくらい危険な方が愛嬌があるというものじゃないか。
 名前がぼーっとしているのを心配したらしい。グリフィンドールのディーン・トーマスはハンナに話し掛け、調子は大丈夫なのかと尋ねた。体の調子というか、頭の調子を聞いているのじゃなかろうか。ハンナは肩を竦めただけだったが、彼はそれで察したようで、それ以上名前について何も言わなかった。
 名前・名字が授業に集中していない事なんて、いつもの事なのだ。
 初めての魔法生物飼育学が終わった後は、昼食を挿んで薬草学の授業だった。先程はレイブンクロー、今度はグリフィンドールと、合同授業が続く日らしい。
「ねえハンナ、あたしレタス食い虫のあのヌトヌトは、多分治療薬系統に特に効力を発揮すると思うんだ。授業で出たハグリッドのレタス食い虫は、本当にレタスしか食べてないって言ってたでしょ? だから余計にそうだと思うんだよね。純粋にレタスの成分しか摂取してないんだから! そうでしょ? 他の物も食べてたらまた違うかもだけど、レタスだけなら治療薬によく効くと思うの。レタスは体にも良いし、そうでしょ?」
 名前はハンナにそう言ったが、スプラウト先生の暴れ柳についての講義を遮ってしまった事で、五点の減点を貰ってしまった。

「名前、もう授業に出ても大丈夫なの?」
 薬草学の授業の後、ハリーが心配顔で名前にそう聞いた。彼の後ろにはハーマイオニーとロンも居る。ハンナは気を利かせて、スーザン達と共に先に寮へと戻ってしまった。
 ハリー・ポッターは本当に心配そうに、名前にもう一度尋ねた。
「平気だよ。別に大怪我したって訳じゃないんだから」
「そう? でもマダム・ポンフリーは、吸魂鬼は繊細な人に影響を与えるって言ってたよ」
 ハリーの言い方では、まるで名前が繊細だと言わんばかりだ。名前が思わずぷっと吹き出すと、ロンが代弁してくれた。
「本人が良いってんだから、良いんだろ。ハリー、名前は落石で出来た壁を爆発させるぐらい大雑把な奴なんだぜ」名前がもっともらしくハリーに頷いていると、ハーマイオニーが言った。
「女の子にそんなこと言うもんじゃないわよ、ロン!」
 ロンはさも呆れたという風に、肩を竦めてみせた。どうやら、この三人の中で名前のことを一番理解しているのはロンらしい。名前は特別に繊細なわけじゃない筈だ。しかし、どうもハリーは納得できていなさそうだ。そんな彼に代わって、今度はハーマイオニーが名前に聞いた。
「本当に大丈夫なの? 私達も昨日、闇の魔術に対する防衛術の授業があったわ。ハリーのまね妖怪も吸魂鬼に変身したの。あれは本当に、本物そのままに変身するのよ。吸魂鬼なら吸魂鬼に、バンシーならバンシーに。バンシーをそのまま放っておいたら、私達の魂を全て抜き取っていた筈だわ。平気なの?」
「平気、平気」名前がそう言って笑うと、ハーマイオニーはハリーと同じように納得しきれていない顔をしたが、それ以上は何も言わず、ただ「そう……」とだけ言った。


 次の日、最後の授業は今年二度目となる闇の魔術に対する防衛術の授業だった。ルーピン先生は再び魔法生物を用意していた。赤帽鬼だ。檻をガリガリと引っ掻くレッドキャップを眺めながら、名前はまるで魔法生物飼育学が週に三回もあるみたいだなと思った。
 確かに、ルーピン先生の授業は面白かった。しかし、ホグワーツ特急での活躍をハリー達から聞いた名前は、なんとも歯痒い気持ちになってしまい、すっかり闇の魔術に対する防衛術への関心がなくなってしまった。だって、ルーピン先生はあの吸魂鬼だって追い払える魔法使いじゃないか。それなのに、防衛術の授業は二年生でもやれそうな内容だ。それに加えて、名前は前回の吸魂鬼の事も引きずっていた。
 呪文学の授業中と同じように、名前は欠伸を噛み殺さなくてはならなかった。

 授業が終わった後、ルーピン先生が名前に声を掛けた。
「すまないね、名前。少し残ってくれないか。話したい事があるんだ」
 特に断る理由も見当たらない。名前はハンナ達に先に行って欲しいと伝え、ルーピン先生の後について歩いた。先生はレッドキャップの入った檻を抱えていて、手伝いを申し出たが断られてしまった。赤帽鬼は半人前のヒトを見ると、拳を振り上げ威嚇してみせた。

 着いたルーピンの部屋は質素なものだった。名前は去年、幸か不幸か一度だけ、闇の魔術に対する防衛術教師の自室に入った事があった。その時は、部屋一面にロックハート自身の写真が飾ってあり、所構わずウィンクを飛ばしていた始末だった。写真だけでなく本人もそうだから直しようがない。あれは禁止だ。名前はああいう人間を好きになるのは難しいと解っていたし、彼の記憶が盛大に吹っ飛ぶ瞬間を見てしまった時は、ロンのイカれた杖にとてつもなく感謝したものだ。
 教師の部屋がどういう割り振りになっているのか知らないが、ルーピンの部屋はロックハートが使っていたのと同じ場所だ。全く同じ部屋の筈なのだが、全く雰囲気が違う。高級そうな家具が所狭しと並べられていたロックハートの部屋と違い、ルーピンの部屋は必要最低限の物しか置かれていないようだった。
 彼の継ぎ接ぎローブと同じく、家具類も新品という訳ではないらしかった。ルーピン先生はレッドキャップの入っていた檻をヨイショと部屋の隅に置き、布を被せた後、名前に椅子に座るようにと促した。一番まともそうな、ぐらぐらしそうには見えない椅子だった。名前が腰を下ろしても、軋みはしなかった。
「次の授業までに時間はあるね。紅茶を飲むかい? 生憎、ティーバッグしかないが」
 名前が頷くと、彼は奥の戸棚に向かい、お茶を淹れる準備をし始めた。やかんを取り出し、水を入れ、備え付けのコンロでお湯を沸かしている。何故魔法でしないのかという名前の視線に答えるように、ルーピンは「マグル式でやった方が、味がずっと良いんだ。なんでもかんでも魔法で完璧な仕事ができる訳じゃないからね」と言った。
 ルーピン先生が淹れた紅茶は、なるほどとても美味しかった。それは別段紅茶が好きだという訳ではない名前にも解るほどだ。ただのティーバッグだった筈なのに、だ。
「美味しいです」
「そうかい? それは良かった」ルーピンは微笑んだ。

 ルーピンは二口目の紅茶を飲んだ名前を見届けてから、唐突に口を開いた。
「君に謝らなければならないと思っていたんだ。すまなかった、名前」
 名前がちらりと目を向けると、ルーピンは真剣に名前を見ていた。彼は自分の紅茶に手をつけてすらいない。名前が何も答えなかったのを、ルーピン先生は不思議に思わなかったらしく、話を続けた。
「君を辛い目に遭わせてしまった。君の前に立ったまね妖怪が、吸魂鬼に変身するとは思わなかった。止められなくてすまない」ルーピンは本当に、心苦しそうに言った。
「良いんです、先生」名前はにこりと微笑んでみせた。
 名前にはルーピン先生が何を言いたいのか、解ったからだ。

 ルーピン先生は名前の父親がどうして死んだのかを、知っているらしい。名前は何故なのか、その理由を知っている気がしたが、何も話さなかった。
 どうして名前が、気絶してしまう程影響を受けて、まね妖怪に姿をとらせるほど吸魂鬼を怖れているのか。
 吸魂鬼とは、人の感じた幸福を根こそぎ吸い取ってしまう生き物だ。文章でしか読んだことの無かった名前は、奇妙なものも居るものだと思ったものだ。そしてそれは、一体どういう物なのか、冷たい字体だけでは解らなかった。真っ黒い挿絵。幻の動物とその生息地を読んだ時から、一度ぐらい会ってみたい、とも思っていた。
 しかし、吸魂鬼と対面した時に名前を包み込んだのは、絶望だった。
 人の感じた幸福を根こそぎ吸い取ってしまうとは、その逆の感情で心を満たしてしまうという事だ。名前は覚えていた。母が死んでしまった時の深い悲しみ、父が死んでしまった時のあの孤独感。友達の辛い想いを全て合わせても凌ぐほどだろうと、名前は思っている。それだけ、名前には思い出したくない記憶があった。吸魂鬼は二度と会いたくないし、既に吸魂鬼それ自体が名前の中で恐怖の対象になっていた。

「大丈夫かね? 名前?」
 ルーピン先生は、名前の意図した事が解らなかったように、そう聞いた。
「はい、良いんです、先生」
 もうそんな事は。そういう意味を含めて、名前は再度言い、そして微笑んだ。自分でも知らず知らずの内に、子どもらしからぬ笑みを携えたまま。


「ルーピン先生」名前は急に、思い付いた事を尋ねてみた。
「吸魂鬼の影響を、受けずに済む方法はありますか?」
 ルーピンは何も言わなかった。
 ないだろうな、と、名前は思っていた。あるならば、監獄の看守になど採用されはしないし、あそこまで嫌われはしないだろう。最も汚れた生き物と言われる吸魂鬼を不憫に思っていたことが信じられないくらい、名前は吸魂鬼に対して嫌悪感を抱いている自分に気付いた。それと同時に、そんな自分に対しても嫌悪感は表れた。
「無いことはないのだろうね」
 口に手をやったまま、考えながらルーピン先生は言った。言った後すぐに、自分の言った事が信じられないと言いでもするように、彼は少しだけ目を見開いた。名前は彼のその答えを意外に思った。
「あるんですか?」
「さあ……無いことは無いと、一概には言い切れない筈だが。しかし、私はその術を知らない」ルーピン先生は言葉を濁らせた。

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