フ・キ・ゲ・ン

 しかし、いくらブラックのような狂った殺人者が居ようと、吸魂鬼はやりすぎではないだろうか。次の日からそれが、名前の持論になった。
 授業が始まる日の朝、名前は物凄く寝覚めが悪かった。それはもう、年に一度あるかないかというくらい、悪かった。がばっと飛び起きた時、同室の女の子達は全員まだ眠っていた。隣のベッドから聞こえてくるハンナの寝息を聞きながら、名前は小さく悪態をついた。名前は普段ぐっすり寝て、ぱっちりと目を覚ますのに、うなされたし、気が付いた時には寝汗をびっしょりとかいていた。
 どんな内容だったかは覚えていないが、悪夢を見ていた事も確かだ。
 いつもと違うこと。ホグワーツに再びやってきたこと。――当たり前だ。新学期が始まったのだから。でも名前はホグワーツに初めてやってきた時だって、三分と経たない間に眠れた強者なのだ。今更眠れない方が可笑しい。
 再び吸魂鬼に悪態をついてから、名前は結局、ベッドに寝転んで目を瞑っていることにした。到底寝られそうになかった。


 朝食をとろうと大広間へ昇って行ったその時、スリザリンのテーブルの方で大爆笑が起こった。名前が目を向けると、丁度、ドラコ・マルフォイが何やら奇妙な動作をしているところだった。物凄くのけぞったり、大袈裟に震えてみせたり、しまいには引っくり返ってみせた。
「気にする事なんてないよ、ハリー」
「名前」肩越しからいきなり話し掛けた名前に、ハリーは驚いたようだった。
「こう思うといいよ。あれは名前・名字の事を笑ってるんだって」
 ハリーが変な顔をして此方を見たので、名前はにこりと笑ってみせた。ハリーの前にいたハーマイオニーと、その横で今まで喋り合っていたロンが揃って此方を見て「おはよう、名前」と声を掛けたので、名前も「おはよう」と返した。
「なんだい名前。Pバッジも真っ青の特待生になるかと思ったのに」
 ハリーの隣に座っていたジョージが名前に言った。
「なりたかったけど、ハンナに止められたわ。あたしにバッジは似合わないんだって」
 ジョージとフレッドは揃ってにやっと笑った。

「何だ? 君、気絶したのか?」
 ザカリアス・スミスが意地の悪い笑みを浮かべながら名前に尋ねた。どうやら隣のテーブルで名前が話していた事を聞いていたらしい。随分と良い性格をしている。彼はじっと名前の反応を待っていた。空いていた彼の隣へと座り、名前はゆっくりと聞き返した。
「そうだったら、なんだって?」
 ザカリアスは奇妙な表情をした。「いや、別に」
「――ほら、今年の時間割だ」
 ザカリアスは真新しい羊皮紙を名前に手渡すと、不自然なほど素早く朝食に戻った。
 名前が時間割に目を通すと、月曜日の頭から呪文学だということが解った。呪文学は、名前が一番苦手な授業なのだ。その次は魔法史だ。そして、月曜日の二時間目は魔法史だった。週の初めから名前の苦手な科目が続いている。驚いた事に、今日の一限目も呪文学だ。
「ワーオ初っ端から呪文学。最低だね」
「呪文学を最低だなんて言うの、名前ぐらいよね」
 名前が小さく言うと、いつのまにか隣に座っていたスーザンが苦笑した。
「そう? ――木曜日にやっと変身術、魔法生物飼育学。まったくツイてないわ」
 ふと、時間割から目を離し前を向くと、此方を見ていたハンナと目が合った。
「なあに?」
「何でもないわ。ほら、木曜日と金曜日は名前の好きな変身術が連続してるもの。ツイてないばかりじゃないわ。そうでしょう?」ハンナが言った。
「ン、そうかもね」名前はそう答えながらも、ベーコンにフォークをぶっすりと突き刺した。


 結局朝食の間も、いつもの梟便の時間になっても、名前は口数少なく過ごした。普段より多めの梟便が来ていても、隣のテーブルからリー・ジョーダンに声をかけられても、名前はなんとも言えぬ気持ちが渦巻いていたせいで、ろくな反応が出来なかった。
「さあさあ皆さん、杖を出して下さいね。今日は二年生の復習をしましょう」
 フリットウィック先生がキーキー声でそう言った。途端に呪文を唱える声やら呪文の効果やらで騒がしくなった教室で、名前も仕方なしに杖を持ち、呪文を呟いた。バーンという大きな音のおかげで、名前はやっと自分が今何をしでかしたのかに気が付いた。フリットウィック先生は吹き飛んでいて、彼が踏み台として使用していた本もてんでんバラバラな方向に飛び散っている。一番前列に居たアーニーは一番被害を受けたらしく、前髪の先がチリチリに焦げていた。爆発したらしき黒板消しのあった場所に素早く目をやってから、名前は「ごめん!」と叫んだ。
「げほっ ――アー、ミス・名字? まずは簡単な呪文から、ですよ。慌てないよう、慎重に取り組んで下さい」フリットウィック先生が吹き飛んだ本を元のように積み上げながら、言い聞かすように言った。
「君、一体何をしたんだ?」
 呪文学の授業が終わった後、不機嫌そうな顔のアーニーが名前を問い詰めた。彼の髪の毛は見事に焦げている。あの後、名前に再び注意を促してから、フリットウィック先生はハッフルパフから五点減点した。それだけですませたのは、普段の授業を真剣に聞いていない名前・名字に、今年こそ真面目に受けさせようという、彼なりの気遣いだったのかもしれない。
「だからごめんってば。ちょっと寝惚けてたのよ」
「寝惚けて黒板消しを爆発させるのかい?」
 名前は呪文学でずっとやっていたように、再び杖をひょいと振った。
「ホラこれで元通り。ばっちり男前だよ、アーニー」
「そういう問題じゃないじゃないか! 寝惚けて教室を吹き飛ばしたらどうするつもりだったんだ?」
「あたし次は占い学なの。北塔の天辺でやるんだって! 早く行かなきゃ遅れちゃう!」
「名前!」
 素早くハンナの手を掴んで歩き出した名前に、アーニーはまだ怒っていた。

 初めて受けた占い学は、とても奇妙な科目だった。
 やっとの事で辿り着いた北塔の最上階、銀色のはしごを登った先にあった教室からして奇妙だった。教室というより、何やら小さな紅茶専門店のようだ。棚には数多くのティーカップやポットが置かれており、数多ある引き出しからは紅茶葉の匂いがした。中はむっとする、霧のような靄のような、匂いのする香が立ち込めていて、しかも暑い。教室に入った途端に、名前は思わず顔を顰めた。
 霧の彼方から聞こえてくるような声で話す先生、トレローニー先生は、生徒達が行った茶の葉占いの結果を見回っている最中に、名前のカップやら手相やらをぐるぐると観察しては、早死にするだろうというような事を二回は告げた。
「あたくしには分かりますわ。あなた、行く末にあるのは無ですのよ……いくつもの虚無……其れを埋めるのは、ほんの限られたものばかり……手にする事が出来なければ、あなたはきっと、虚無の中に引きずり込まれてしまいますわ。……白いイタチにお気を付けあそばせ」

「私は占い学、好きになれないわ」昼食の時、スーザンが言った。
「紅茶の葉なんかで何が解るって言うのかしら?」
「紅茶の葉?」名前の隣に座っていたジャスティンが聞いた。彼は占い学ではなく数占い学を取ったので、スーザンがぼやいたのを聞いて不思議そうな顔をした。
「カップに紅茶を注いで、飲んだ後の紅茶葉で占うの。事実無根よ。わかってたけど、あんまりだわ。そもそも本当の占い師自体が稀なのに、それを生徒に教える事が間違ってるわ」
 私も数占いを取れば良かった、と言っているスーザンに、ハンナは困ったように言った。
「でも、占いが正しい事があるのも事実だったでしょう? トレローニー先生に『凹凸に気を付けて』って言われた子、階段から転げ落ちてたじゃない」
「そんなの」スーザンは鼻で笑った。
「受け取り方の問題でしょう?要は。言い方を濁せば、当たるも当たらないも同じよ。」
 スーザンが言ったのを聞いたハンナは、成る程と頷いた。


「おかえり。名前、ルーン文字学はどうだったの?」
 トンネルを抜けて談話室に戻ってきた名前に、ハンナは真っ先にそう聞いた。名前が肩を竦めていると、一緒に後から入ってきたアーニーが答えた。
「最悪だよ! マルフォイの奴!」
「マルフォイ?」ソファに座っていたスーザンが、読んでいた本から顔を出して聞いた。
「スリザリンと合同だったんだよ! ああもう!」
 古代ルーン文字学はスリザリンとの合同授業だった。その事に対しプリプリと怒っているアーニーは、一限目に名前にむかっ腹を立てた事も忘れて、逐一名前に同意を求めた。古代ルーン文字学を選択したハッフルパフ生は少なかったからだ。ハッフルパフとスリザリンが二対三、そんな感じだった。名前の「そうね」とか「そうかもね」といった、適当な相槌にも構わずに、アーニーは不平不満をぶちまけた。
 アーニーは気に入らなかったらしいが、名前は古代ルーン文字学が好きになれそうだった。
 バスシバ・バブリング先生は、変な先生だった。名前は占い学のトレローニー先生事をとても奇妙な人だと思ったが、バブリング先生は奇妙で素敵な先生だと思った。バブリング先生はまず、自分だって現代の人なのだから、過去の事は完璧に解る訳ではない、だからもしかしたら間違った事を教えているのかもしれない、けれど今知っている・知られている古代ルーン文字を教えるから、その事を念頭において、皆もちゃんとついてきて欲しい、と語った。
 自分の教える教科を根底から否定して、それから授業について喋りだしたのだ。なんて奇妙奇天烈で、素敵な先生なんだろう! 名前は嬉々として、言われた通り教科書を開いたのだ。心なしか、ルーン文字判読表ですら、優しく微笑んでいる気がした。
 思った通り、楽しかった授業に、名前は出された大量の宿題すら気にならなかった。
「あいつ、僕の事出しゃばりだって? よく言う、自分だって汽車の中で泣きべそかいてたくせに……」
 まだイライラしているらしいアーニーが思い出したように付け足した、ホグワーツ特急での出来事の事すら、名前は気にならなかった。
「アーニー、あんまり怒るもんじゃないわ。仕方ないって思うことも悪い事じゃないんだから。そんなに言ってると、禿げちゃうわよ。すっからかんよ」
「すっから……名前!」
 アーニーの憤慨ぶりが可笑しかったので、名前はげらげらと笑った。スーザンもジャスティンも、様子を窺っていた周りの生徒達も笑った。最後には、アーニーまでもがばつの悪そうに小さく笑った。
 くつくつと笑っていると、ふとハンナと目があった。彼女が言ったのはこうだ。
「――やっと笑ったわね、名前」

 ハンナはにっこりと微笑んだ。つられて名前も、にこりと笑ってみせた。

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